◆3-32 仲介者による解決へ
第三者視点
「あくまで仮説だけどね…」
クラウディアが口を開いた。
「まず…」と言い、クラウディアは自分の能力を説明した。
クラウディアは、生物の持つそれぞれの体内魔素の動きを感じ取る事が出来る。
目で見えない場所に隠れている生き物も『視』つけられる。
ただし、魔素の無い無生物は、当然視えない。
一度覚えた相手は、体内魔素の動きの癖を読む事で、姿を見なくてもおおよその判別が出来る。
だから隠れている相手も、変装している相手も発見出来る。
パックやニグレド達と近い能力。
味は分からないけどね。と、冗談を交えつつ。
「それで、アゴラ達?の魔素の動きを視たら、人間と同じ様に魔石が出来てたの。喉元辺りに。
小さな魔石だったから、成長途中だったみたい…。
魔獣化しているから、既に普通の獣としての寿命は関係無いのでしょうね。
潜在的な魔力器は大きいから、完全に成長すると、かなり強い魔獣になると思うわ。
恐らく神獣という位には…」
今はまだ半魔獣…というところかな…?と説明した。
あれでまだ、成長途中…?と絶望的なため息が聞こえた。
「質問いい?」
今迄黙って聞いていたルーナが手を挙げた。
「そもそも魔獣って、どうしたら発生するの?」
「詳しい事は解ってないわ」
アルドレダが、クラウディアに代わって答えた。
「ただ、魔素濃度が濃い地域に多く発生するから、空気中の魔素が喉元辺りに溜まると固まって魔石になるのではないか?と、予測されているわ」
魔獣も人も、喉の付け根辺りにある固まった魔石の中に蓄えた魔素を利用して、魔術式を使う。
魔獣の場合は本能による魔力操作だから、正確には魔術式とは言わないのだが。
高濃度魔素の中に居ると、ほとんどの生き物達は魔素中毒で死ぬ。
中毒に耐えた個体が魔獣になるのではないか?
その様に予測されているが、魔獣は捕獲する事も難しいので研究は進んでいない。
「魔素濃度の濃い状態を維持した施設と、実験動物達が揃えば…解明されるのでしょうけどね。
何とか造れないかしら…」
「あの…クラウ…。私も質問いい?」
今度はヴァネッサが、おずおずと手を挙げた。
「分からないの私だけかな…?あの…魔力器って何?」
「そう言えば、パックやクラウが時々言ってるよね。
私、全然意味分からないから無視してたわ」
理解していなかった事をサラリと話すジェシカ。
「あ…私も…」
ルーナがおずおずと手を挙げた。
「え〜、ルーナには何度も説明したのにー!」
「パックの説明は、擬音語や擬態語ばかりで意味が分からないのよ!
クラウの説明は専門用語が多すぎて、よく分からないし…」
クラウディアは考え込みながら解説した。
魔力器は魔石を支える基礎となる部分。
魔石がどのくらいの大きさに成長出来るか判る、成長限界を示す物。
大きければ大きい程、魔力も魔石も大きくなる。
魔力器の大きさは、クラウディアやパックみたいに魔素の動きを視る事の出来る者にしか分からない。
解剖しても、人の目には違いは分からない。
同時に、どのくらいの魔素濃度に耐えられるのかを示す物でもある。
魔素中毒になりやすいかどうかは、体内魔石の大きさではなく、魔力器の大きさに関係する。
「…と、クラウディアの専門用語を省いて解説すると、こういう事よね」
アルドレダが皆に解りやすく説明した。
「…だから、そう説明したじゃない…」
クラウディアが不満気に口を尖らせた。
「…だから、そう教えたのに〜」
パックも同じ様に口を尖らせた。
「魔素中毒で死ぬか魔石が出来て魔獣になるか、魔力器の大きさで判断出来るのね。
これは新しい学説ね。帰ったら発表しましょう!」
アルドレダが嬉しそうに、論文の構成を考え始めた。
「私や魔獣達にしか視えない物を、どうやって他の人間に信じ込ませるのよ…」
クラウディアが呆れて溜息をついた。
「魔力器や魔石の話はもういい…。問題は、どうやって教皇猊下の依頼を完遂出来るか…だ」
オマリーが深刻な顔で皆をみる。
「オマリー…ここに来て悪いが、アタシは協力出来ない…弟達を殺す事は出来ない…」
「そんなこと…!ワシだってやりたくない…だが、教皇猊下の依頼が達成出来ないなんて…言う事は出来ない…。ワシ1人でも…」
ハンナもオマリーも沈痛な面持ちで黙り込んでしまった。
「深刻なところ申し訳ないけれど…もう解決したようなものじゃないの?」
クラウディアは二人を見ながら首を傾げた。
◆◆◆
数日後、前回と同じ様にジェシカが香水を少しつけて、馬でアゴラ達の居る辺りを走り回った。
初めは警戒して出て来なかったが、痺れを切らせたらしく、黒の森から姿を現した。
しかし、追い掛けては来ないで、遠くからこちらを見ているだけだった。
ジェシカの合図で、近くに潜んでいたハンナとオマリーとクラウディアが姿を現す。
ハンナが、昔、アゴラ達とやり取りしていた合図を見せた。
アゴラが一声鳴くと、ハンナも遠吠えで応えた。
アゴラの後ろからスカリが現れて、警戒しながらもこちらへ近づいて来た。
ハンナ達四人は地面に座り込み、武器を外した。
二匹に対して敵意の無い事を示した。
アゴラ達が、ハンナのすぐ側まで来て匂いを嗅ぎ、尻尾で何かを合図した。
ハンナは手で合図をすると、二匹も警戒を解いて座った。
『ふむ…先日私が話したドゥーム・フェンリルの夫婦か…』
クラウディアの後ろから声が聞こえて、アゴラ達は警戒して立ち上がった。
「レクトス…驚かさないで」
『驚かせたつもりは無いのだがな…』
レクトスが認識阻害を解いて、クラウディアの後ろから姿を現した。
『まだまだ体内魔石が小さくて、私の認識阻害を見破れなかった様だな。魔術には不慣れか?』
レクトスから話し掛けられて、アゴラ達は怯えてしまった。
『そんなに恐縮せずとも良い。良い。…うむ、私は神獣ウニコルヌスである。レクトス、と呼ぶ事を許そう…』
アゴラとスカリが小さな吠え声で何事か喋っている。
『このニンゲンの子供達は、我が主人の客人である。手を出してはならん』
アゴラ達は恐縮したように頭を垂れた。
「レクトス様…アタシ達の言葉も、この子達に通訳してもらえないかしら…」
『良いぞ。ニンゲンの娘』
「アゴラ、スカリ。お帰り」
そう言って、ハンナは泣きながら二匹に抱き着いた。
二匹は嬉しそうにハンナの顔を舐めた。
「このデッカイのは、アンタ達の弟、オマリーだよ。こんなにでっかく、髭モジャになったので分からないかもしれないけど…」
「髭は伸びたが、そんなに変わってないだろう?」
そう言いながら、オマリーも二匹に抱き着いた。
二匹はオマリーの事を何度も嗅いで、顔を舐めた。
「兄ちゃん、姉ちゃん。久しぶりだなぁ…。紹介したい子供が居るんだ。ジェシカとクラウディア、ワシの娘たちだ。」
オマリーは泣きながら、嬉しそうに話した。
二匹は驚いた顔をして、ジェシカ達の匂いを嗅いだ。
「他にも子供達がいっぱい出来たんだ。実の子供では無いのだが…ワシ等の子供達だ。
つまり、お前達の子供達でもあるんだ。今度、紹介したい。
お前達、生まれ故郷の村へ戻って来てくれないか?」
レクトスが通訳して、アゴラとスカリに教えた。
二匹は何事か吠えた後、項垂れた。
『まだ、帰れない。私達の子供達を取返さないと…と言っている』
「子供達に、何かあったのかい…!?」
ハンナは思わず大声をあげた。
『ふむ…ふむ…。あの花の香りのする奴等が誘拐した…と言っている…あの花…?よく解らんが…。
弟は帰って来たが、子供達はまだ戻らない。
誘拐した奴等に子供達を返させるまで、奴等の仲間を殺す…そうだ』
「成る程…ね」
「解ったのかい? クラウディア」
「オマリー様が引き取られた後に植えられた花から作った香水をつけていた者達は、全て誘拐犯の仲間だと思ったのね。
これ以上、仲間を殺されたく無ければ、子供達を返せ…という脅しをかけていた…と、もう二十年以上も…」
「二十年…?それはおかしい…アゴラ達が問題になり始めたのは、この数年だよ」
レクトスは二人の話を二匹に伝えた。
『…ふむ…成る程…。
誘拐した奴等の匂いと魔素を頼りに、追い掛けながら移動していた…。
生まれ故郷付近に戻って来たのは、奴等の魔素の匂いが村を東西に横切って残っていたから、この道のどこかに潜んでいる筈だ。
子供達を取り返す。そして、村を奴等から護る。
奴等が音を上げる迄、奴等の仲間を殺し続ける。
…だそうだ』
「それは困る。
兄ちゃん達が殺したのは、恐らく子供達を誘拐した奴等と関係無い人達ばかりだ。
ワシは兄ちゃん達がこれ以上、人に害をなさない様にさせろと命じられている」
『…ふむ、…弟には悪いが、子供達を取り戻す為には止める訳にはいけない。
お前も大事だが、子供達も大事なのだ…だそうだ』
「兄ちゃん、分かってくれ!」
バゥバゥ!
「ワシや村の者達も困っているんだ!」
バゥワゥ!バゥワゥ!
「兄ちゃんの分からず屋!」
クゥ〜ン…バゥワゥ!
1人と一匹は通訳無しで話し出した。
『何故、お互いの話している事が解るのだ?
アレは本当にニンゲンなのか?』
「ジェシカ…アンタの父ちゃん…本当は熊の魔獣だったんじゃないの?」
「う〜ん…」
ジェシカも否定出来なくて渋い顔をしていた。
見かねたジェシカが、手を叩いて二人の話を止めた。
「レクトス…通訳お願い…
お父ちゃんのお兄ちゃん、お姉ちゃん!
犯人探しは、私達に任せて頂戴!」
「…ジェシカ、安請け合いしていいの?」
「いいのよ! クラウなら解決出来るでしょ?」
「他力本願じゃないの…」
「出来ないの?」
「出来る…とは断言出来ないわ…でも、やるだけやってみるしか無いでしょう?」
「流石、クラウ!」
ジェシカがクラウディアの肩をバンバンと叩いた。
ハンナやオマリーだけでなく、アゴラとスカリも呆気にとられて、二人を見ていた。
クラウディアはアゴラとスカリに向き直って、じっと目を見て話した。
「私達が犯人を見つけてあげる。
だから、貴方達は人を襲うのを止めて。
そして、私達に協力して。
それと…言い難いけれど、予め言っておくわ…。
子供達が生きている保証は出来ないわ。
それは覚悟をしておいて…」
アゴラとスカリは覚悟を決めた目でクラウディアの目を見た。
そして、高く響く声で鳴いた
『お前を信じる…だそうだ』
「そう…それは良かったわ」
レクトスは鼻で笑った。
「どうしたの?」
『いや…お主の言い方が御主人様と似ていてな…魔素も喋り方も似ているか…。
御主人様がお主と対面した時、どの様な反応をするのか楽しみになってしまった…。
…クラウディア、私もお前を信じよう』
クラウディアもふっと笑い、ありがとう、と話した。
『では、またな、クラウディア!
私が必要な時は呼ぶと良い。お前なら歓迎しよう』
そう言って姿を消し、風が疾走する音だけが響いた。
「じゃあ、村に帰りましょうか」
クラウディア達は立ち上がって馬に跨がった。
ハンナとオマリーは、アゴラとスカリに跨がって疾走った。
数十年ぶりの家族の再開に四人とも嬉しそうにはしゃいでいた。
ジェシカには、小さな白い子犬達と二人の子供達が、じゃれ合いながら遊んでいる風景が見えた様な気がした。




