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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ボガーダンの獣
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◆3-29 襲撃→計画発動!

???視点




 パエストゥム村境から離れた草原の中の街道を、1人の人物が馬で疾走していた。

 その後ろを一匹の大きな獣が追い掛けている。

 真っ黒な毛皮を逆立てて追う姿は、夜が勢い良く迫って来る様にも見える。


 逃げる人物の被っていたフードはあまりの速さで捲れ上がり、その下の髪も乱れて広がる。

 馬も呼吸が激しくなり、苦しそうに走っているが、速度は落とさなかった。



 馬を追う『ボガーダンの獣』こと、黒いドゥーム・フェンリルは中々追いつけない獲物を見て苛々していた。


 …あの匂いだ…!

 村の土の匂いもするが、強く香る臭い!

 森の中で、時々見かける『鼻潰し』の花…

 村人は、あの花を嫌う。

 あの花をつける奴は村人では無い。

 我が弟を拐った奴が道に残した香りだ…!

 我が子達を拐った奴等が残した香りだ!!

 嫌いな香りと鉄と鉛が混じった匂い…あいつ等と同じ匂い…

 狩って…殺して…狩って…殺して…

 我が弟と子供達を取り返すまで、殺し続けてやる!!!

 


 ドゥーム・フェンリルは全力で追うが、馬の脚が早くて、中々追い付けない。

 既に結構な距離を走っている。


 すぐにバテると思ったが…意外と粘る…

 村境を目指しているな…

 逃がすわけにはいかぬ…!



 ドゥーム・フェンリルが速度を上げて近づくと、追っていた人間が突然姿を消した。

 彼はギョッとして、速度を落とした。


 消えるニンゲンだと…?

 いや、匂いは消えていない。足音もする…

 以前見かけた神獣様と同じ魔術を使うのか?

 たかがニンゲンが?

 なんと不遜!なんと不敬な!



 ドゥーム・フェンリルは、馬の足音と香水の香りを頼りに、追跡を再開した。


 僅かに離されたか…

 だが村境までは、まだまだ距離はある!

 村の土と嫌な香りが混じって、独特な匂いになっているな…

 姿が見えなくとも見失わぬ!

 …妻は…ついて来ているな…

 まだ本調子では無いとはいえ、追い込むだけなら問題ない。



 足音と匂いを頼りに追い込むドゥーム・フェンリル。

 馬が疲れたのか、少し速度が落ちて来た。


 いける!

 そう考えた矢先、今度は足音が消えた。


 なんだこれは?

 姿だけでなく音も消えるだと…?

 いや、まだ香りは続いている。

 匂いを辿り、我が爪を振り下ろす。

 それだけでニンゲンは壊れる。

 簡単だ。殺れる!



 彼が匂いを追跡した先の方に1台の馬車が停まっていた。

 その異様さにドゥーム・フェンリルは少し警戒した。


 あれは…時々見かける馬が引く大きな箱…だが…。

 何か変だ…匂いが…しない?

 全ての物には、それ独自の匂いがある筈…

 なんだ、アレは…?

 村人の物か?それとも奴等の物か?

 あの箱の周りの土に、村の泥の香りが混じっている…。

 村の物である可能性があるな…。

 手は出さぬ方が良いか…?



 ドゥーム・フェンリルは警戒して、逃げた香りの方向を確認した後、馬車を大きく迂回して、先に進んだ。


 うん? 追っていたニンゲンの匂いが消えた…!?

 馬鹿な!

 たかがニンゲンが神獣様より凄い魔術を使ったのか?

 ありえん!


 混乱して立ち止まった彼を、いきなり強烈な(にお)いが襲った。


 !!!

 (くさ)い!

 たまらん!

 気持ち悪い!!!

 前に襲った『汚い奴』の箱から漂った臭いだ!

 そこの箱は、村の物ではなく、以前逃してしまった『汚い奴』の物なのか!?


 ドゥーム・フェンリルが臭いから逃げようと走り回る。

 しかし、その後を、さっきの馬車が追いかけて来る。

 自分の周りから『汚い臭い』が離れない。

 今迄の追走の疲れで、息が荒くなっている。

 そのせいで、息を止める事も出来ない。

 速度が落ち、何度か吐いた。

 気持ち悪さで目を回していると、馬車の中から熊が飛び出して来た。


 ニンゲンの箱の中に熊だと!?

 くそ!

 鼻が利かん!

 目も痛い!

 脚がふらつく!

 マズい!逃げねば!


 逃げようとした彼の前に回り込んだ熊は、彼の首に太い腕を回し、彼を押さえ込んだ。


 貴方!

 不味いわ!彼の様子が可怪しい!


 押さえ込まれる様子を見た時に、隠れて追走していたもう一匹のドゥーム・フェンリルが飛び出して来た。

 飛び出して来た彼女が、熊に押さえ込まれている彼を助け出そうと疾走した。


 ポン!

 何か軽い音が響いた。


 何?いえ、気にしている場合では無いわ!

 急がないと…


 彼女は、気を取られている場合では無いとして、音のした所を無視して、彼の下へ疾走(はし)った。

 しかし、近づく途中で大きく転倒した。

 その勢いそのままで、何回転もしてから倒れ込んだ。

 すぐに立ち上がろうとしたが、脚がふらつき吐き戻してしまった。


 何が…おきたの…?

 気持ち悪い…目が…回る…


 動きが止まった時を見計らった様に、馬車から女性が現れ、彼女を押さえ込んだ。




◆◆◆




 上手くいったわ…


 馬車の中で、クラウディアは胸を撫で下ろした。


 必要だった物は、

 早い箱馬車。外から中を目視出来ない物。

 精錬された硫黄粉。計算外の毒が発生しないように純度の高い物。

 塩酸、鉄粉、密閉容器。カプセルに封入した酩酊毒数個。

 そして、昔作った魔導具。


 加えて、作戦を補強した物は、

 ノーラ。

 


 パックを服に入れたジェシカが囮となり『ボガーダンの獣』を釣る第一作戦。

 オマリーからドゥーム・フェンリルの特徴を聞き取り、作戦を立てた。


 パックの認識阻害は完璧ではないけれど、ドゥーム・フェンリルも目がそれ程良くはない。

 鼻と耳で獲物を追うから、認識阻害はあくまで補助。

 もし危なくなったら、ジェシカの『無音』で音を消す。


 匂いだけで追わせると、途中で諦める可能性があった。

 だから、危険だけどギリギリまで引き付けてもらった。

 馬車が視界に入った辺りで音を消し、ドゥーム・フェンリルには匂いに集中してもらった。


 そのまま、馬車の側まで付かず離れず引っ張って来てもらってから、作戦を開始した。



 ルーナの『風』で、馬車の周りだけ匂いを上空に吹き飛ばし続けてもらった。

 ジェシカが、その風の範囲に入ったので、彼女につけた香水の匂いも消えた。


 混乱した獣の足が止まった処で、箱馬車の扉を開ける。

 息を止めて、大きめの密閉容器に入った硫黄と鉄粉の混合物に、塩酸を一気に流し込む。

 発生した硫化水素を、ノーラがテネブラムの加護で、ドゥーム・フェンリルにだけ向かわせた。


 元々は扇風機を使うか、ルーナに難しい気流操作を頑張ってもらう予定だった。

 ノーラがやって来て、加護について教えてくれたので、より確実な方に作戦を変更した。


 テネブラムの加護は『毒の支配』。

 本人が毒だと『認識』している物を、自身の魔力を触媒として使う事で、ある程度自由に操作出来る。

 そして、本人が望んだ者にだけ、その毒に対する耐性を持たせる事が出来る。


 聖教国は火山国。

 当然ノーラは、硫化水素の毒性も知っていた。


 本来の予定通り以上に上手くいき、獣達が動けない所をオマリーが捉えた。

 オマリーにはテネブラムの加護で耐性を付けてもらった為に硫化水素は効かない。


 ノーラが居なければ、扇風機で硫化水素を流し込み、弱ったところで、ルーナが硫化水素を吹き飛ばす。

 その後、オマリーが押さえ込む予定だった。


 しかし、これは不完全な作戦だった。

 その為に、作戦立案に行き詰まっていた。


 発生させた硫化水素が馬車の中で充満すると、自分達が死ぬ。

 扇風機で硫化水素を流しても、上手く獣の方へ流れて行くか、賭けだった。

 獣が硫化水素で倒れ、その毒をルーナが吹き飛ばした後で、すぐに獣が復活する恐れがあった。

 とても勝率が低く、採用するかどうか迷っていた。


 …ノーラのお陰で助かったわ…。



 捕らわれたドゥーム・フェンリルを見て、もう一匹が助けに出てくる事も想定していた。

 前もそうだったし、お互いに助け合って生きて来たのだろう事は、容易に想像がつく。


 脚を怪我しているから、ハンナでも捕らえられると思ったが、万が一、走れるくらい治っていたら…と考えた。

 ハンナが捕まえ損ねると、オマリーに危険が及ぶ。

 それに、レクトスは2匹しか見てないが、2匹だけとは限らない。


 私は、万が一を想定して立案しておいた。

 助けに出る獣が走れた場合に備えて、ヴァネッサに『音響攻撃』で足止めをして貰う。

 走るルートは、出現場所から助けに行く場所までの、一直線上。

 もう一匹と違い、ルート上に攻撃位置を定めておくだけで良かった。


 音響攻撃の予定位置と同位置に、送ってもらった毒物を私の魔導具で撃ち込む。

 これも、ランダムに動き回る相手には当てるのは無理だが、ルートが判れば簡単。


 受け取った酩酊毒は、ノーラのお手製だったらしい。


 ノーラが、毒の粉や毒ガスの操作に関して異様に上手かったのは、加護のおかげだったなんてね……

 これからはガラティア姉様を敬おうかしら…


 『良きに計らえ!』

 『やっぱり止めよう。神様じゃないって言ってたし』

 『クラウディアのいけず!』



 飛び出して来たもう一匹のドゥーム・フェンリルは、私がこの前魔導銃で脚を撃ち抜いた個体だろう。

 しかし既に、その脚はほとんど回復していた。

 だから、物凄い速度で駆けて来た。


 万が一を想定しておいて良かったわ…


 すぐに狙いを定めて、魔導具で毒物を空中にばら撒いた。

 ガラティアの知識から作った、小型迫撃砲という物で。

 デミちゃん用に作った対物ライフルの製作過程で、冶金(やきん)の技術力を試す為に作った試作品。エレノアに預けておいた。


 私は、ノーラ作の毒の入ったカプセルを、小型迫撃砲を使い空中に投擲し、低空で破裂させた。

 これなら、いくら素早くても関係無い。

 通るルート上の一定範囲内に毒が広がる。

 ただ、効果が出るまで少し時間が掛かる。


 これは、ある植物から作られる、生き物だけを酒に酔った様に酩酊させるだけの毒。

 オマリーやハンナの様な、酒に強い丈夫な人間には、それ程の効果は無い。せいぜい軽く酔っ払う程度。

 しかし、普段、酒を飲まない生き物には劇的に効く。


 この毒は後遺症が残る。

 長いと数日間、酔い続ける。

 ハンナはそれも覚悟していたが、こちらもノーラの加護で無毒になった。

 本当に便利なテネブラムの加護。


 毒が効くまでの間に、ドゥーム・フェンリルがオマリーまで辿り着く可能性があったので、予定通り、ヴァネッサに『音響攻撃』を撃ち込んでもらい、転倒させた。

 丁度、そこに毒の効果が表れて、倒れた獣が酩酊した。

 ふらついて動けないところを、ハンナが捕まえた。


 本当に想定通りに上手くいったわ。


 …後は止めをさす…だけ…。

 心を無にして。

 何故だろう…ニンゲン相手に殺るより心が重い。


 私は、他の獣が出て来ない事を確認して、慎重に馬車から降りた。

 魔導銃を構えて、オマリーに押さえ込まれているドゥーム・フェンリルに近づく。

 ハンナに押さえ込まれている方のドゥーム・フェンリルが、一声高く吠えた…。


 その鳴き声が「やめて!!」と言っている様に聞こえた。



挿絵(By みてみん)

ドゥーム・フェンリル変異種

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