◆3-28 助っ人参上と加護のお話
クラウディア視点
パエストゥム村に通じる木道を、1台の馬車がゆったりとやって来る。
普通の馬車と違い、車輪の大きな馬車だった。
馬車の箱部分は一般的な馬車より小さく、少人数しか乗れない様になっている様だ。
それに対して車輪が目立つ。
装飾はほとんど付いていない。
更に地味な色で塗装されている。
出来るだけ目立たない様に。
貴族の紋章は無いが、フリン商会の焼印が馬車の前に入っている。
恐らくは後ろにも同じ焼印が入っているのだろう。
馬の装具にも、同じ印が入っている。
目立たない様にだが、分かる人には分かる様に。
殆どの者には、長距離を移動する旅商人の、一風変わった馬車に見える。
そして野盗には、手を出すべきではない馬車だと分かる。
フリン商会を知っている者にも、馬車の特性に詳しい者にも。
馬車の大きさに対して、2頭引きだ。
普通なら1頭で十分な大きさの箱馬車を2頭で引く。
大きな車輪と、全く揺れない箱部分。
恐らく、かなり強い車軸と振動を吸収する強靭なバネが入っているのだろう。
万が一、獣に追われても逃げ切れる様に、高速仕様の馬車になっている。
操縦する御者は、フードを深く被っている為に顔が見えない。
服の上から見える体型から女性だとわかる。
「待ちかねたわね」
ジェシカが、フリン商会の焼印を見て呟いた。
今私達は、輸送馬車を出迎える為に村の西側入口に集まっている。
ハンナやサムエル村長代理、ララム達は当然として、野次馬の村人達もチラホラと集まって来た。
「待たせたかしら。急いだのだけれど…ごめんなさいね〜」
御者台から聞き覚えのある声がした。
「ノーラ?
あれ?…今は東教会区の準備で忙しいんじゃなかったの?」
「そうなのだけれど〜。
東教会区はこの村に1番近いからって、上司から輸送を命じられてね〜。
ゆっくりと辺境の村で休めるから丁度良いわぁ〜なんて…」
「ノーラ様…というと、以前デミトリクスと一緒に出掛けたという、クラウディア達の上司の方でしょうか…?」
「あらあら、ヴァネッサ様では御座いませんか。
御者台の上から見下ろす形での挨拶になってしまい、申し訳ございません。
私は、ノーラ=ヴィシタ=バルバドスと申します。
ヘルメス枢機卿猊下には、いつもお世話になっております。
お父様には、ノーラは良い人だ、と報告して下さると嬉しいですわ」
ノーラはコロコロと笑いながら、こちらをちらりと見た。
ヴァネッサが、その『音』に気付いて挨拶をした。
「初めまして。この度、『笛の一員』に加わりました。
ヴァネッサ=ススルム=リンドバルトと申します。
ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します」
そう言って、優雅に貴族の礼をした。
「…あらあら〜…申し訳ございませんわ。何の事かしら?」
ノーラはニコニコしながら、ヴァネッサの後ろに立つ私の目をじっと見た。
私は無言で首を振った。
「無遠慮に感情を読んでしまい、失礼致しました。
各種情報から、そうである事は間違いないと、判断致しました。」
ヴァネッサは、ノーラの、知らぬ存ぜぬという態度も気にせずに、堂々とした態度で応対した。
暫くの間、お互いに無言が続いたが、ノーラが諦めて嘆息した。
「…そうねぇ…隠しても無駄よねぇ。
以前聞いていた情報とは違うわねぇ…。
この短期間で随分成長したのね。頼もしいわ…。
今回来た理由は、ただの荷運びではないわ。
『笛』として、オマリー様を手助けする様に、教皇猊下から命じられて参りましたの」
…ある程度心が読めるとは言え、相手の誤魔化しを無視して押し通すか…。
判断に迷いが無くなって来ている。
ノーラが『笛の一員』だとは説明していなかったのに。
ノーラが目配せした時の心の葛藤の『音』と、以前話した会話の内容から、彼女の立場を判断して、ただの荷運びでは無いと考えたのね…。
『トゥーバ・アポストロ』での私達の上司だと、すぐに理解して、自分の上司にあたると考えた…と。
ちょっと前までは、すぐに慌てたり怖がったり泣いたりする娘だったのに…
この前の黒の森での演習のおかげかしら?
それとも、デミちゃんの事を聞いて、色々と自分なりに考えた結果?
判断力が以前とは比べ物にならないくらいに的確になってる。
元々、頭のいい娘だったしね。
覚悟を決めてからの成長速度は凄いわね…
二人の会話を聞いて、マリアンヌが慌てて続けた。
「初めまして!マリアンヌ=エスタス=ブラウと申します!
私も補助要員ですが、『笛の一員』に加わりました!
ご指導、宜しくお願いします!」
あらあら…こちらは年相応に可愛らしいわね…と呟きながら、ノーラは改めて口を開いた。
「初めまして、二人共。
私は、ノーラ=テネブラム=バルバドス。
『トゥーバ・アポストロ』では、クラウディア達の上司をしているわ。
そして、ヴァネッサ。先程言った事を訂正するわね。
ヘルメス枢機卿には何も報告しないように。
マリアンヌも、家族に悟られない様気を付けて。
宜しくね…」
顔はニコニコしているのに、威圧感が段違いに強烈だ。
ノーラの背後から黒い霧が広がる様に錯覚する。
まるで、セルペンスの威圧と同じ様に、背筋がゾクゾクとする。
ヴァネッサはノーラの威圧に気圧されて、顔から汗を噴き出させながら、ゆっくりと頷いた。
マリアンヌは膝が笑って、今にも腰を抜かしそうになっている、
ヴァネッサは、何か言いたい事があったようで、何度も口を開いたり閉じたりしていたが、結局一言も声を発する事が出来なかった。
「ハンナ様、サムエル様。暫く逗留させていただきますわ。
宜しくお願い致します」
ノーラは馬車から降りて挨拶をした。
「たしか、エレノア嬢ちゃんの世話役の人だったね。エレノアちゃんは元気かい?」
「ええ、一時的ですが…色々な憂いも無くなり、集中出来ているようですわ。
そのうち挨拶に来させます」
「いやいや、今度から私がオマリーと一緒にエレノアちゃんの所に転がり込むかも知れないから、その時に私から挨拶するさね」
そう言って、ハンナは豪快に笑った。
笑い方がオマリー様にそっくり。
血は繋がって無い筈だけど…?
ノーラはハンナの言葉の意味が分からず、目をパチクリさせていた。
私は彼女に、集会所で事情を説明する事を伝えた。
「さて、それじゃあ詳しい話を聞きましょうか」
そう言って、彼女は集会所に向けて馬車をゆったりと進めた。
◆◆◆
「成る程ね…事情は解ったわ。作戦内容も理解したわ」
ハンナさんとオマリー、そして皆を集めて作戦の最終確認をした。サムエルには席を外してもらった。
「相手がドゥーム・フェンリルじゃなければ村人集めて協力出来たんだが…すまないね…」
「そればかりは仕方ありませんわ。ハンナさんの協力が得られただけでも重畳ですわ。
…村を出た後の住まいはお任せ下さいませ」
ノーラが深々と礼をした。
「ノーラにはサポートをお願いしたいの」
「分かってる、その為に呼ばれたから。材料も準備して来たわ」
ノーラは、自分の脇に置いてある大きなトランクを見た。
…欲しい物を持ってきてくれたのね。
ノーラなら、どんな薬品でも上手く扱える筈。
グッドチョイスよ狸さん♪
「出来ればタイミング良くお願いしたいのだけれど…。
風向きや、オマリー様達に当てない様にする事が難しくって、困っていたのよ。
…扇風機もお願いしたのだけれど…持って来てない?」
「大丈夫よ。今回は前みたいに大規模では無いから。
テネブラム様に加護をお願いするわ」
加護…?
皆は意味が分からない、という顔をした。
「貴女達は、浸礼式と契約神と加護の、本当の意味を解ってなかったのね…
それでも神に仕える者ですか…。情けない…」
「契約書の為じゃないの?」
皆は、それ以外に何がある?という顔をした。
ノーラは呆れた顔をしてため息をついた。
マイア様には祈ってるよ…?
私の契約神はガラティアだけど…いつもお喋りしてるし。
契約神のガラティア様と、お姉ちゃんが同じモノとは思えないけど。
…加護?
そういえば、あまりに身近過ぎて祈った事ないわね。
…ただのお姉ちゃんだし。
「正式な浸礼式を行い契約神となった神は、庇護者に加護を授けて下さるのよ。
…神々はそれぞれ特性を持っているでしょう?」
そう言って、ノーラは『神の加護』について話し始めた。
基本主神は創造の女神マイアだが、全ての死と星を司る父親の星神マカリオス、光の恵みと人々の守護・兄ルクサス=クストゥス、空の支配と死者を導く・弟アドカエルム。
主神4柱の他、季節神、自然神、闇神等16柱、合わせて20柱が基本の神となる。
…これは聖教国民なら皆知ってる。
それぞれに特性があることも。
「それは契約神を持つ者に、その神の特性に合った恩恵を与えてくれるのよ。
…しっかりとお祈りしている者だけに…なのだけどね」
私の浸礼神ガラティア=ディーバは秋の季節神。
特性は、『知識と豊穣の約束』…。
あ…確かに。
私って狂信者だった?
『貴女、信心は全く無いけどね』
『お姉ちゃん、神様だったの?』
『違うわよ?…多分…』
『記憶無いもんね。知識はあるのに…』
デミちゃんはトニトルス=イラ。雷の自然神。
特性は、『雷の如き怒り』
デミちゃんの圧縮魔術式で感電死する者が居るのは、そのせいか…。
魔導銃を撃つ時に雷鳴がするし…。
今迄、契約神の特性に合った加護を授けてくれていたのね…。無意識で使ってた?
じゃあ…テネブラムは…?
「私の契約神テネブラムは表向き嫌われているけれど、私の様な者には間違いなく女神様なのよ」
闇神テネブラム…
特性は…?
「そう言えば、闇神の方々の特性、習った覚えないわ」
ジェシカが神学の授業を思い出しながら話した。
「そうね…危険だから授業でやらないわね…その神の加護を貰ったと噂されるだけで差別に繋がるし。
その為に契約神を隠している人も多いわ。
でも、教会の者なら…知っているべきね」
ノーラは、一般人には知らせない様に、と言った。
闇神テネブラム=エクセサ。呪いと毒の女神。
特性は…『毒の支配』




