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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ボガーダンの獣
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◆3-27 サムエルの葛藤

第三者視点




 「…か…身体が…」

 マリアンヌがベッドの上で苦しそうに寝返りをうつ。


 「貧弱ねぇ…」

 クラウディアがため息をつきながらも、マリアンヌの手足を軽くマッサージする。

 ジェシカが、お湯を張った(たらい)と濡らした布を持って来て、彼女の手足を優しく拭いてあげる。


 「お姉様方…申し訳御座いません…」

 「筋肉痛は筋断裂と違って治癒魔術式では治せないから…。ゆっくり治しなさい」

 「ありがとう存じます。お姉様…」


 クラウディアとジェシカは部屋から出て、ヴァネッサの部屋に向かった。

 部屋に入ろうとしたら、アルドレダが布と盥を持って出て来て、こちらは終わったわよ。と言った。


 「ルーナは?」

 「サリーが『こんなチャンスは滅多に有りませんわ!』と言って、私を追い出したわ」

 「…大丈夫かしら…色々な意味で…」


 「心配なら覗きに行く?」

 「あの狂信者が、ルーナに手を出す事は…無いと思いたい」

 「何かあればパックが知らせてくるでしょ…生きてれば…」

 「好奇心は猫を殺す、とも言うから私はパスで。二人で覗いてきたら?」

 「サリーの鉄串が脳天貫きそうで怖いわ…」


 話し合った結果、ルーナの事は忘れる事にした。

 3人でルーナの部屋の方を向いて合掌した。




 アルドレダが布を洗いに井戸部屋へ行き、クラウディアとジェシカは食堂で湯冷ましを作りながら、今後の予定を話し合っていた。


 「彼女達には、もっと村人の匂いに近づける為に、今日も泥炭採掘に行きたかったのだけれど…。

 …彼女達の安全の為よ?誤解しないでね?」

 「…何も言ってないじゃないの。

 いっその事、作戦当日に泥炭を身体に擦り付ければ?」

 「それで騙されてくれるかしら?」

 「…あの獣、かなり頭が良さそうだったもんね」


 う〜ん…と、二人で悩んでいたら、オマリーが山盛りのパンを持ってやって来た。


 「パンを持って来てやったぞ。うん?二人だけか?」


 ジェシカが、昨日の泥炭採掘のせいで、みんな筋肉痛になり、今はベッドで寝てる事を話した。


 「そうか。つい先日まで深窓の令嬢だったのだから仕方ないだろう。

 子供の頃、ガーラント兄ちゃんもワシらの遊びに付き合わせたら、2〜3日は部屋から出て来られなかったからな…」

 オマリーは懐かしそうに話した。



 「結局、考えは変わらんか…?」

 何の…とは言わずにジェシカに尋ねた。


 「父ちゃん、しつこい!

 父ちゃん1人じゃ倒せないってハンナおばちゃんも言ってたでしょ!」

 「しかし、ワシは心配で…」

 「私は、父ちゃんを心配してるの!

 もし、作戦から外したら、勝手に1人で行くからね!」

 オマリーは、何とか諦めさせようと説得するが、ジェシカは、余計に反発する。


 「オマリー様、諦めて下さい。こうなったら止められません」


 オマリーは、でもなぁ…、と呟き、

 「ジェシカの事は信頼しているが…今回の相手は相性が悪かろう…」

 と、納得出来ない様子だった。


 アルドレダが洗濯から戻って来ると、オマリーが持って来たパンを、立ったままつまみ食いした。


 「アビー…またアンタは…。一応貴族令嬢でしょうが…」

 「こんな村まで来て堅苦しい娘ねぇ…」


 「アビー?アルドレダ先生の事か?」

 「父ちゃんも知らないの?」


 「『笛』は、お互いに秘密が多いからな。

 必要なら説明されるし、必要無いなら誰も教えないからなぁ」

 「そういう事。ジェシカちゃんも秘密の1つや2つ、あるでしょ?」

 「父ちゃんに秘密にしてる事は無いよ?」

 「これから出来るのよ。お父さんに秘密にしたい事がね」

 ジェシカは何の事か解らずに首を傾げる。


 オマリーは想像して、目頭を押さえた。

 「ワシの娘が欲しいなら、ワシを倒してから…」

 と、何かを想像しながらブツブツと呟いていた。


 クラウディアは、「グレンデルでも無理じゃない…」と言いながら、朝食の準備をした。




◆◆◆




 「オマリー兄ちゃん、居るか?」

 扉をノックしながら、サムエルが集会所に入って来た。


 ジェシカを肩車したまま、椅子に座って本を読んでいたオマリーが首を上げた。

 反動でジェシカが落ちたが、くるりと半回転しながら器用に着地した。


 「猫か? 遊んでるとこ悪いな。

 兄ちゃん、手紙が届いたぞ」


 サムエルは伝書鳩に使う小さなメモをオマリーに渡した。

 内容の暗号を読んで、アルドレダとクラウディアを呼んだ。


 「アルドレダ先生、クラウディア。予定の品は明日くらいに届くそうだ」

 「結構早いわね。

 魔導具が届いたら作戦の練習をしましょう」

 「筋肉痛だから、起きられるかしら…?」

 「皆、若いのだから、1日もあれば治るだろう?」

 「そうか…アビーとは違うか…」


 アルドレダの拳骨がクラウディアの頭に落ちた。

 「フレイちゃん?頭に蚊がとまってたわよ」

 クラウディアは頭を抑えたまま、机に突っ伏した。



 サムエルは、神妙な顔をしてオマリーの隣に腰をかけた。

 少し重い雰囲気を感じ取り、皆がサムエルの言葉を待った。


 「兄ちゃん、すまないな…。

 俺は、やはり戦うわけにはいかない…」

 サムエルが目を逸らしながら、オマリーに話し掛けた。


 「サムエル…これは本来ワシ1人に任された仕事だったのだ。

 気に病むな」

 オマリーもサムエルの方を向かず、正面を向いたまま話した。


 「でも、ドゥーム・フェンリルじゃ無理だ!

 教皇猊下も、戦力不足は判る筈だ…。

 …今からでも辞退出来ないか?」

 …『元』パエストゥムの村人である事を理由に…と、サムエルは口に出さずに飲み込んだ。


 「ワシだけでは難しいと判ったからこそ、教皇猊下も考えて下さった。

 アルドレダ先生達を使い解決せよ…と。

 大丈夫だ。村の者に迷惑は掛けない。

 …ハンナ姉ちゃんの事も、何とかしてみるよ…」


 「兄ちゃんだって、パエストゥムの村人だ!

 『今』も村の一員だ!」


 サムエルは、突然大きな声で怒鳴った。

 オマリーの方を見ずに、俯き、肩を震わせる。

 …そうだ元じゃない。今も…だ。と、彼は小声で呟いた。


 「兄ちゃんも、ジェシカも、その友達も。この村の泥炭を掘った仲間は、皆もう村人だ…!」


 オマリーは、俯くサムエルの肩に手を置いた。

 そして、癇癪を起こす子供に言い聞かせる様に、優しく話し掛けた。


 「サムエル…ありがとう。 だが、解っているだろう?

 村人だからこそ…怒りで無差別に他者を殺す森の仲間は、我々が止めなければならない。

 ハンナ姉ちゃんも、それを見過ごす事が心苦しいから、村から出る覚悟を決めたのだろう。

 大丈夫、姉ちゃんの手は汚させない。

 我々が全てやる。

 だから、もし姉ちゃんが帰って来た時は、暖かく迎え入れてやってくれないか?」


 サムエルは両手で顔を覆い話し出した。

 「解ってる…俺も村の一員であり、森の一員だから。

 母ちゃんの判断も1番合理的だ。

 でも…、でも…、本当は俺が兄ちゃんを助けたかった…!」


 サムエルは嗚咽を漏らしながら続けた。


 「俺は…村の英雄の横に立ちたかった…。

 俺は…兄ちゃんの横に立ちたかったんだ…!

 昔、母ちゃんから、兄ちゃんが小さかった頃の伝説を聞いてから…ずっと…。

 母ちゃんが、大切な弟を護る事が出来なかったと侘びていた…。

 お互いを支える事。どちらかが死ぬ迄…。

 子供の頃の約束だったのに…って…」


 サムエルは片手で机を強く叩いた。


 「俺が跡継ぎじゃなければ!

 …ララムに子供が出来てれば…。

 俺が行けずに、兄ちゃんと母ちゃんに全部押し付けなければならないのが、凄く、凄く、悔しいんだ…」


 オマリーは、何と声を掛ければ良いか分からずに、黙ってしまった。

 クラウディアもアルドレダも、何も言葉を発せられなかった。

 自分達の言葉をどの様に取り繕っても、オマリーやハンナを、村から永久に追放する判断をしなければならないサムエルの葛藤に対する慰めにはならない。

 その事が、理解(わか)るから。


 その時突然、ジェシカがサムエルの手を取って話し掛けた。


 「大丈夫よ! 私がサムエル兄ちゃんの代わりだから!

 私がサムエル兄ちゃんの代わりに、父ちゃんを助けてきてあげるよ!

 これから先も、ずっと!

 どちらかが死ぬ迄ね!」

 そう言って、ニカッと明るく笑った。


 ジェシカの明るい笑顔を見たサムエルは、ハッとして泣き止んだ。


 「…みっともないトコ見せたな…悪かった」

 サムエルは、顔を拭い、頭を掻きながら、恥ずかしそうに言った。


 サムエルは徐ろに、身体を半身にして、ジェシカに正面から向き合った。

 「ジェシカ!」

 サムエルは、椅子に腰掛けたまま背筋を伸ばして、大きな声で名前を呼んだ。


 「村民であるお前に、村長代理として命令する。オマリー兄ちゃんを助けろ! 生きて村へ帰せ!」

 ジェシカは軍隊式の敬礼をして、

 「拝命致しました!」と元気よく応えた。


 「村長()()?」

 オマリーが怪訝な顔をする。


 「母ちゃんが帰って来るまでの間な!

 なあに…ルールは変える為にある。

 何とかするさ…」

 サムエルはジェシカみたいに、ニカッと笑った。


 「ジェシカ、後で家に来てくれ。渡したい物がある」

 そう言って、サムエルは集会所を出て行った。




◆◆◆




 サムエルが出て行った後、ジェシカはニヤニヤしながらオマリーを見た。


 「ん?どうした?」

 オマリーは怪訝な顔で尋ねた。


 「父ちゃん、皆に愛されてるねぇ…。

 娘として鼻が高いよ」


 オマリーは照れながら頭を掻いた。丁度、先程のサムエルと同じ様に。

 「ん…まぁな…。

 だが、村人皆の愛情よりも、ワシのジェシカへの愛情の方が大きいがな!」

 そう言って、照れ隠しにジェシカを持ち上げて抱き締めた。



 その様子を無感情に眺めていたクラウディアを、後ろからアルドレダが心配そうに見て、そっと近づいた。

 アルドレダが両手を広げてクラウディアに抱き着こうとした瞬間、クラウディアは後ろも見ずに、素早く避けた。


 「なんで避けるの〜」

 「何をしてるのよ…」

 「お姉ちゃんの胸に飛び込んでらっしゃい!」

 「え…? 何故?」

 「昔は『アビーお姉ちゃん!大好き!』って言って、よく抱き着いてきたじゃない!」

 「大昔の事持ち出すな。それと『大好き』は言ってないわよ」

 「大昔の事じゃ無いわよ。ほんの数年前じゃないの。

 あの頃はフレイちゃんもリーヴちゃんも可愛かったのに…」

 「洗礼式前なんて大昔よ。…全く、アビーは変わらないわね。顔は変えてるのに…」

 「そうよ!変わらずに二人を愛してるのよー。お姉ちゃんに甘えて良いのよ〜」

 「遠慮するわ!」


 そう言って、逃げ出すクラウディア。

 そのクラウディアを追いかけ回すアルドレダ。



 騒がしさが気になって様子を見に来たサリーとパックは、ジェシカを抱き締めるオマリーの周りを、グルグルと周りながら走り続けるクラウディア達を見て、意味が分からず、お互いに顔を見合わせ首を傾げた。




 

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