◆3-26 休日2
クラウディア視点
ヴァネッサも、コツを掴んでからは早かった。
私が教えた様に、水中に手を入れて波形魔術式で魚の多い場所を的確に捉えた。
虫にも慣れたのか、逃げ回ってたのが嘘の様に自分で捕まえて釣針に付けて、次々と魚を釣り上げた。
「これは…面白いわね…!」
その様子を見たサムエルとジェシカも負けじと、どんどんと釣り上げる。
「魚を取り尽くすんじゃないかしら…」
私達が釣った魚を、ララムが端から手際よく締めていった。
今すぐ焼いて食べる分を除いて、血抜きをして内臓を取り出していく。
「忙しいわね…血抜きとワタ抜きで手一杯よ。
開くのは帰ってからやるわ…」
喋りながらも片端から処理していく。
熟練の職人の様に。
処理した魚を、次々に大きな籐籠に放り込んでいく。
籐籠から、そろそろ魚が溢れるという処で、流石にストップが掛かった。
籐籠いっぱいになり、辺りに魚の血の匂いが充満した。
「残りは焼いて食べちゃって!」
そう言って、片端から枝に刺して焼いていく。
「実は…魚はちょっと苦手なのよね…味と臭いが…」
恐る恐る口にしたジェシカ。
「あら?この魚…泥臭くないのね…」
「魔素の影響か分からないけれど、この川はあまり泥が沈殿しないのよ。だから比較的食べやすいの。
でも、内臓は食べないでね。
火は通してるからお腹は壊さないと思うけれど、魔素が溜まってる魚も居るから、魔素中毒を起こすかもしれないわ。それに苦くて不味いしね」
結局、釣り過ぎた為に食べ切れず、焼いた分も余ってしまった。
「そういう時は川に返すんだ」
そう言ってサムエルは、魚を細かく解体して川に投げ込んだ。
すぐさま他の魚が集まって、綺麗に片付けてしまった。
さて帰ろうかと、支度をしていた処で、ヴァネッサが叫んだ。
「何か来るわ!…上空から…」
私が探知すると、樹の上にどんどんと鳥が集まって来るのが判った。
「あ〜、魚の血の匂いに惹かれたな〜ピスカテーラだ」
サムエルが上を見上げる。
そこには羽根を拡げた姿が1m近い大きな鳥が何羽も集まって来ていた。
嘴は大きく首は長い。焦げ茶の羽毛が威圧感を増している。
一羽一羽は大した事無さそうだが、空を埋め尽くす程集まって来ていて、結構な圧迫感だ。
「ピスカテーラ?」
「集団で狩りをする獰猛な鳥でな〜。力は弱いが知能が高く、肉であれば何でも好むからな…少し面倒くさい奴だ。少しだけどな〜」
そう言ってサムエルは、デーメーテールの釣り竿を短い棒状に収納し、糸巻を外してから、空に向けた。
サムエルが柄の魔石に魔力を流し込むと、糸巻の刺さっていた穴の中の機械が高速で回転し始めた。
そして、その穴の先から1m先位に強い魔素が集まっていくのを感じた。
棒の内側からモーターの激しく回る音がして、集まる魔素の濃度がどんどんと大きくなる。
「耳、塞いでおいてな!」
私達は一斉に耳を塞いだ。
キーーーン!!!
金属同士を激しく打ちつけた時の様な高い音が周囲に響いた。
一瞬、目眩がした。上下が分からなくなって、倒れそうになった。
空からの襲撃者達も同じだったらしく、多くのピスカテーラが落ちて来た。
落ちなかったピスカテーラも驚いて散り散りになって逃げ出した。
ヴァネッサの音響攻撃の広範囲仕様!
方角指定は出来ない様だけれど、威力は申分無いわね。
樹の上の奴等まで落ちて来た事から、半径20メートルは届いているみたい。
「これがメインの機能だ。護身用の音響兵器だな。…釣りの前にやると魚が逃げるので使えないんだがな。
俺みたいに大した魔力の無い奴でも使える広範囲攻撃用の魔導具だ」
「…何故、音響兵器に釣竿機能を付けるかな?」
デーメーテール様って…何を考えているの?…天然か?
サムエルが魚でいっぱいになった籐籠を持って、私達は足早にその場を立ち去った。
◆◆◆
籐籠いっぱいの魚を持ち帰ったら、村人皆に喜ばれた。
おかげで、大量のふわふわパンを手に入れられた。
ララムは、村の主婦達と一緒に魚を燻製にするために作業小屋へ行くそうなので、サムエル夫婦とはその場で別れた。
ふわふわパンと昨日もらって余った肉で、豪勢な食事を楽しんだ。
「お姉様!私、魔道銃の腕がかなり上がりましたわ!」
マリアンヌが嬉しそうに、午前中の訓練成果を報告する。
私がサリーを見ると、彼女は私の目を見て頷いた。
「これが本番で使えれば良いのですが…」
…サリーはハッキリとは言わないけれど、あまり戦力としては当てにならないだろう。
戦闘中の緊張感もあるけれど、それよりもまず、『命を奪う事』に慣れないとね…。
マリアンヌの能力は、完全に裏方向きだ。
戦闘では、ほとんど役に立たない。
せめて、護身用に魔道銃を使えれば…と、サリーとアルドレダが鍛えているが…。
狼は兎も角、もし、相手が人間だったら…
反射的に殺せないと危ない。
そこをどうやって鍛えようかしら…野盗でも居れば、良い練習相手になるのに…。
ルーナはその点は安心だ。
…9歳児が殺人に慣れているのを安心と表現して良いのかは置いておいて…。
『その時』の判断はルーナの方が遥かに早いだろうな…
そんな事を心配しながら食事を終えた。
◆◆◆
午後は皆、作業着に着替えて村の外に出た。
「クラウ…こんな格好でどこ行くの?動きやすいのは良いけれど…」
「男性ズボンと上着が繋がっていますのね。新鮮な感覚ですわ」
「私は学校で着慣れてるからズボンの方が楽だよ。スカートだと頼りなくて…」
「お嬢様のズボン姿…ハァ…お嬢様は何着ても可愛らしいですわ」
「ルーナの服がヒラヒラしてないのって、なんかフシギー。ボクはどこに入れば良いの?」
「この服、身体にピッタリしてるから、パックを仕舞う場所がないわね…」
「相変わらず騒がしい…。
これから村の名産品を産出している場所に行くのよ」
「名産品?」
「ここよ」
私達は泥炭採掘場に着いた。
何人かの村人が採掘作業をしている。
村人達は私達の事を知っているようで、歓迎してくれた。
私達が此処に来た理由を話したら、快く採掘場を案内してくれた。
「はい、これ」
私は皆に小型のシャベルを渡した。
「本当にやるとは思わなかったわ…。まさか貴重品が出ると思ってるの?」
ジェシカが冷たい目で私を見る。
「お…思っている訳ないじゃないの。泥炭を掘る事で、身体に村人と同じ匂いを染み込ませて欲しいのよ」
少しでも襲われる確率を下げる為に。
ただ、万が一、太古の遺物なんかが出たら嬉しいなー、なんて思ってるだけ。
「成る程…あのドゥーム・フェンリル達は村人を襲わない、という契約は守っているから、村人に成り済ませば襲われない訳ですね。
流石はお姉様。私達の身を案じて下さって…」
マリアンヌは感心して、尊敬の眼差しで私を見つめる。
やめて…綺麗な目で見ないで…浄化されちゃう…
「それに働けば働いた分、美味しいご飯を貰えるわよ」
「さ!皆早く働きましょう!」
…現金な娘…
「これは…腰と膝が痛くなるわ…」
ヴァネッサとマリアンヌは、始めてから半刻もせずにバテた。
お嬢様だから土仕事はしたことないだろうし、仕方ない。
「お嬢様、『汚れ仕事』は私がやりますので、離れた所でお休み下さいませ」
「駄目よサリー。自分で掘らないと泥炭の香りが付かないじゃない」
『採掘』を汚れ仕事とか言うなや…汚れるけどさ…
小さな身体でルーナが頑張ってる。
見た目に反して意外と力持ち。
ルーナが頑張っているのを見て、ヴァネッサとマリアンヌも再び働き出した。
私とジェシカは、どちらがより多く採掘出来るか勝負していたら、いつの間にか周りの村人達から拍手されていた。
村人達も手伝ってくれて、採掘した泥炭を端から乾燥小屋に運び込んでくれていた。
鐘1つ分程働くと、流石に皆、動きが止まった。
「若いお嬢様達が、よくこんなに頑張ったなー」
村人達が、凄い凄いと、皆を褒めた。
あまり他人に褒められる事に慣れていない為、皆照れていた。
「たまには、こういう労働もいいわね」
ルーナが泥炭と汗で汚れた顔で、はにかんだ。
「労働の汗に汚れたお嬢様も…お美しいですわ…」
サリーが、はにかむルーナを見ながら感極まっていた。
…コイツ、ルーナなら何でも良いんだな…
道具を片付け、村人達と一緒に帰路に就いた。
結局、期待した貴重品は見つけられなかったけど…
皆が初めての土相手の仕事をして、興奮して楽しそうだ。
本来の目的も果たしたし、皆喜んだし…いいさ…
何も見つけられなかったけど…クソゥ…
『これが物欲センサーというものらしいわ』
『相変わらず古代の人の考え方は、意味不明だわ…。
論理的なのか非論理的なのか…』
村に着くと、一緒に帰ってた村人が、後でパンと肉を集会所に届けてくれると言うので、 言葉に甘えて集会所に帰った。
集会所ではアルドレダがお風呂を沸かして待っていてくれた。
帰って来る雰囲気を感じて、湯船に張っておいた水に圧縮魔術式を掛けて、一気に沸かしてお湯にしたそうだ。
「この湯量を一気に沸かす魔力って…凄いですわ…」
マリアンヌが目を白黒させている。
ふんぞり返って、もっと褒めても良いのよ?、と言うので、
「流石!腐っても名門校の教師ね!」
私が褒めると、それは褒めてない!、と言って拳骨を落としてきた。
…結構気軽に殴り過ぎじゃないかな…?私の頭は太鼓じゃないのよ?
お互いに髪を洗い、顔や髪に付いた泥炭を落してから、皆で一緒に湯船に浸かった。
身体を綺麗にして湯から出ると、ルーナとマリアンヌが魔術で風をおこして髪と身体を乾かしてくれた。
新しい服に着替えて食卓に行くと、既にパンと肉、そして見たことのない果物が用意されていた。
お風呂に入っている間に、村人達が届けてくれたらしい。
「お腹空いたー頂きまーす!」
ジェシカが食事にかぶりつくと、ヴァネッサとマリアンヌは顔を見合わせてから、ジェシカの真似をしだした。
ルーナの食事だけは、サリーがいつも通りに世話をしていた。
果物は甘酸っぱく、癖になりそうな味だった。
皆は楽しそうに食事を終え、食後のお茶をいただきながらお喋りをしていたら、何人かが舟を漕ぎだした。
疲れていたのだろう。皆すぐに歯を磨いて各々の部屋に戻った。
私も、すぐに倒れ込み、朝まで一切起きなかった。
次の日…
ルーナとマリアンヌとヴァネッサは、筋肉痛で起き上がれなくなっていた…。




