◆3-25 休日1
クラウディア視点
昨日の内に話し合った。
色々と皆で考えたが、結局はオマリーとハンナがドゥーム・フェンリル達を取り押さえ、その間に強力な武器で殺す以外の方法は無い、と結論付いた。
問題は『どうやって』取り押さえるか、その一点だけだった。
…『扇風機』を持って来てくれれば作戦成功率は上がるけど、逆に機動性が下がるなぁ…。
他により良い方法無いかな…?
ルーナの風の操作も上手くなったけれど完璧ではないし。
万が一、こちらに流れてきたら目も当てられない。
何より、効果が出たとしても、取り押さえる迄の時間差で逃げられたら、二度と同じ手は使えないだろうし…。
何か…もっと効率的に、そして確実に出来る方法はないかな…?
アルドレダが頼んだ物が届くまでは、各自で訓練したり、遊んだりと自由時間となっていた。
私は、朝からベッドでゴロゴロとしながら、何度も作戦を練り直した。
「ねぇ!
サムエルさんが、暇なら食料確保に付き合ってだって!」
ジェシカが部屋に飛び込んで来た。
…魔導具作れる道具も無いし、作戦も上手く組立てられないし…気分転換が必要かな…。
「りょ〜か〜い」
私は気怠い身体を起こして、ジェシカに連れられて部屋の外に出た。
集会所には、網と銀色の筒を持った、サムエルとララムが居た。
「網?食料を採りに行くんでしょ?虫でも食べるの?」
「虫じゃないよ。これを使う」
そう言って、銀色の筒を見せびらかした。
サムエルが筒を開けて、中から金属の棒を取り出す。
金属の棒を軽く振るうと、金属音がして棒が伸びた。
「これは…釣り竿?金属製の?」
「そうだ。魔導具のな」
「魔導具!?」
サムエルの説明によれば、昔、泥炭層の中から発掘された太古の石板を、デーメーテールがとても欲しがったらしい。
魔女様にはお世話になっているからと、村からの友好の証として贈呈した。
石板を解読して作った魔導具の一つを、彼女が御礼として村に贈ってくれた物だそうだ。
「デーメーテール様の魔導具!?!」
「黒の森の入口付近の川で釣りをするから、手伝いと護衛の為に一緒に来て欲しいんだ」
「魔導具を使わせて頂けるのなら喜んで!」
「あ…ああ、勿論構わないけど…壊したり分解したりはしないでくれよ…?」
分解…してみたい…!
構造を調べたい…!
「勿論!
大切な魔女様の魔導具、壊すわけ無いじゃないですか!」
真剣な目で訴えたら、サムエルさんは3歩ほど後退して頷いた。
壊さなきゃ良いのよね。
「ジェシカ…この娘、大丈夫か…?」
「もし、分解したらデーメーテール様に言い付けるから大丈夫よ」
ゔ…くそぅ…流石はジェシカ…
私達は、自分達の釣竿を荷車から取り出した。
採取で大した物が取れなかった時、授業評価を少しでも上げようと用意しておいた物だ。
魚でも、売れれば評価ポイントになると聞いていたから。
私達は道具を準備し、狩猟用の服に着替えてから、村の北側出入口に集合する事にした。
ヴァネッサも誘い、ジェシカと3人で村の入口に着くと、サムエルとララムは、背負い付きの大きな籐籠に簡易燻製器と解体包丁も用意して待っていた。
「釣った魚をその場で燻製にするのよ」
ルーナ達も誘ったけれど、これからアルドレダの魔道銃と護身術の授業があるから、と断られた。
「沼地に行く方向とは逆なんだ」
そう言って、黒の森に入った後、釣り場への道を案内してくれた。
沼地に行く道と違い、魔素の濃度がそれ程高くなく、変な虫や植物はほとんど見られなかった。
ただ相変わらず、枯れたデーメーテールの植物に魔木が絡み付いて、森全体を黒く、暗く貶めている。
…レクトスが忌々しく思うのも無理ないわね。
理由を知らなければ、悪魔の森とか、悪霊の森と言われても不思議に思わない光景。
そう言えば、この森の何処かにベヘモトが居るの…?
ふと思い出し、サムエル夫妻にベヘモトの事を聞いた。
「ベヘモトかぁ…噂で聞いた事がある程度だなぁ…」
村の人は見た事が無いらしい。
東方教会区を壊滅させた話は当然知っていた。
怖くはないかと聞いたら、
「ベヘモトはデーメーテール様の魔獣だから。うちらは襲われないよ」
「え?…東方教会区を破壊したのがベヘモトで、その主人がデーメーテール様?
彼女は教皇猊下と懇意なのに、猊下の街をベヘモトに襲わせたのですか?」
ヴァネッサが不思議そうに尋ねた。
「その辺りは複雑な事情があるんじゃ無いかなぁ?」
教皇からベヘモト討伐の話が出たと聞いた事は無い。
未だにデーメーテールと教皇は親密な関係らしい。
そもそも、デーメーテールが『襲わせた』とは限らない、とサムエルは話した。
「ベヘモトが勝手にやったって事ですか? でも、主人にも責任があるのではないですか?」
「教皇猊下が不問にしている以上、余計な事はやらないし考えない。それが『我々』のルール。
それに、余計な事言ってベヘモト討伐なんて命令されたらどうする?
うちの村が地図から消えちゃうよ?」
「私は勘弁だなぁ…パエストゥム村は居心地良いし」
「私はそもそもデーメーテール様の信者です。
会ったこともない東方教会区の連中や教皇より、ベヘモトの味方をします!」
「…と、彼女が言っているので、私も敵対はしないわ」
「二人共ずるい…私は…そうね…。
愛する主人であるデミトリクスの意向に従いますわ…」
「まだ、正式な婚約もしてないのに、新妻気取り?
貴女!気が早いわよ!?」
「嫁と小姑の戦争勃発!?」
「皆、仲が良いのね〜」
「仲が良い方が作戦成功率も上がる。エレノア様の教育の賜物かな?」
「あの…私、エレノア様に会った事ないです」
「あ…」
私が頭を抱えると、サムエルは、え?まずかった?、と呟いた。
「…お父様の部下の方で、ジェシカ達の上司ですよね?
彼女もトゥーバ・アポストロの一員なのですね?」
「…帰ったら全部話すわ…。
絶対にヘルメス枢機卿には言わないでね。
はぁ……エレノア様に殺されるわ…」
私は肩を落として溜息をついた。
サムエルが小声で、ゴメン、と謝った。
その後は、皆黙ったまま釣り場まで歩いた。
◆◆◆
流れが緩やかになっている場所の川辺に拠点を設置して、皆、それぞれ自分の場所を決めて釣りの準備をした。
川は水が澄んでいて底まで良く見えるけれど、植物が意外と多くて、魚は岩陰や植物の下に隠れているみたい。
泳いでいる魚の姿は、あまり見えない。
ララムが簡易的な竈を組んで、火をおこした。
「さて、気分を変えて楽しい釣りでもしようか!」
そう言ってサムエルは、デーメーテールの釣り竿を取り出した。
集会所で見せたように軽く振ると、シャキン!、という音と共に、片手に収まっていた短い棒が、長い釣り竿になった。
パチパチパチ…私は思わず拍手した。
「魔導具というのは、どの辺りの機能なのですか?」
私は、早く早く!と、急かしながら尋ねた。
私が釣り竿に近付くと、サムエルは私から数歩離れる。
竿の手元に金属製の特殊な糸巻を取り付け、竿の先に糸を通し、釣針に餌を付けた。
私が舐めるように見ていると、サムエルは更に離れた。
…むぅ…警戒されてるなぁ…
細かい虫を川に少し撒いた後、釣針を投擲する。
暫く釣り竿を垂らしていると、魚が針に食いついた。
サムエルが、デーメーテールの釣り竿の手元に付いている魔石に魔力を流した。
竿の横に外付けした糸巻の釣り糸が少しずつ加速しながら、自動で巻き上げられていった。
…成る程…自動巻き上げ機か。
その細い竿の中に魔石モーターが入っているの…?
絶妙な加速度で糸が切れないように、魚が逃げないように…
この小さな棒の中に極小モーターまで収納されているのは凄い機能だし、魔素の定圧制御は難しい機構なのだけど。
…期待した程ではない…。
頑張れば私でも作れそう。
私が少しがっかりしたのに気付いて、ニヤリと笑った。
「これは、おまけの機能だよ」
…え?「おまけ?」
「ああ、今ここで本当の機能を使うわけにはいかないから、紹介は出来ないけどな」
「ええー! ずるーい! 出し惜しみなんて!!」
「クラウ…貴女一応、伯爵令嬢なんだから…落ち着いて?」
ヴァネッサに呆れられた。
「出し惜しみという訳ではないんだ。今使うと、色々とまずいからね。取り敢えず、本来の目的の釣りをしようか?」
「いっぱい釣って、皆に分ければ美味しいパンが貰えますよ?」
「クラウ!早く釣り餌を探して!」
食い意地の張ったジェシカに命じられた。
…はいはいよ〜っと…岩をゴロン…と、居た居た。
釣り餌用の虫を捕まえて、ジェシカに渡した後、ヴァネッサにも渡そうとしたら後退りした。
「なんで逃げるの?釣り餌だよー?」
「クラウ!貴女!解ってやってるでしょ!」
…なんとなく楽しくなって、虫を持ったままヴァネッサを追い掛けたら、泣かれてしまった。
「全く…」
ジェシカが釣り餌を取り上げて針に付けてから、ヴァネッサに渡した。
「デミを取られたからって意地悪しないの!」
ジェシカに怒られた。
…取られたんじゃないもん…貸してあげたんだもん…
気を取り直して、餌を付けてから特技発動!
水の抵抗で、魔素反応が判りにくいけど、大体の場所はわかる。
魚の多い辺りを探してから、そこに向けて投げ込む。
…入れ食いってやつね…
すぐに食い付き、手で巻き上げ機を回して糸を巻き取る。
魔素の探知で密度の高い場所が分かるから、とても楽。
出発前に作成してもらった竿だけれど、しなり具合がとても良い。
糸も天然ゴムの樹液でも混ざってるのかな?
凄く粘りのある特殊な糸で、弾性が強くて切れにくい。
外から見ただけだと、どんな混ぜ物したのか解らない。
周りを見ると、サムエルとジェシカは次々と釣り上げている。
意外だったのはヴァネッサだ。
ほとんど居ない場所に投げ込んでいる。
「ヴァネッサ…釣りは初めて?」
「ん…私の能力だと、水面で鈍く跳ね返っちゃって、水中まで視えないの…」
「そういう時はこうするのよ」
私はヴァネッサの片手を握って、その手を水の中に入れた。
私の『糸』で繋いで、能力の遣い方のコツを教える。
ヴァネッサから魔素を吸収して、水中に入れた手から波形魔術式を発動する。
魔素が水中を波紋のように広がり、物や生き物に当たり跳ね返ってくる。
それを受け取った手の皮膚から体内の神経に反響させて、水中の地形と生き物の居る場所を確認する。
…私の普段の魔力量だと出来ないけどね。
ガラティアに聞いた、アクティブソナーの水中応用よ…。
「わぁ…凄い。手の中に水中の映像が伝わってくる…」
「ヴァネッサは、普段から波形魔術式を身体の感覚神経で受け取っていたから、理解出来ると思ったわ」
「ありがとう! 他にも色々と使えないか練習してみるわ」
「これで、さっきのはチャラよ?」
ヴァネッサはキョトンとした後、ふふ…と微笑んで、
「そうね。クラウに虐められた事、デミにナイショにしてあげるわ」
と言って、鈴を転がすように笑った。
「あらまぁ…やっぱり仲の良い仔猫達ね…」
釣った魚を片端からさばきながら、ララムが二人を見て微笑んだ。




