◆3-21 怪物の戦い方とヴァネッサの隠し技
第三者視点
3体のグレンデルの内、左右に別れた2体が襲ってくる。真ん中の1体は未だにクラウディアの『蜘蛛の巣』に絡め取られてジタバタしている。
左側の『蜘蛛の巣』を取り払ったグレンデルはオマリーと対峙した。
グレンデルが、棍棒をオマリーに向けて横薙ぎに思いっ切り振り払った。
細いとは言え、直径20センチ以上の木の幹。
人の胴体を砕くには十分な重さと速さで薙ぎ払われた。
それをオマリーは肘で受け止めた。
受け止めた拍子に、グレンデルの棍棒は途中から折れた。
何が起きたか分からなくて、グレンデルの動きが腕を振り抜いた形のまま止まった。
自分の折れた棍棒の先を見つめて、足りない脳で考えていた。
その隙にオマリーはグレンデルの顎を目掛けて拳を振り上げた。
その大きい体格から、目算で軽く見積もっても体重200キロ以上はあるグレンデルの身体が10センチ程度浮いた。
オマリーは抵抗出来ない状態のグレンデルの身体を、大砲の様な拳で素早く何度も打ち付けた。
オマリーは身長2メートル近い大男だが、グレンデルは3メートル超の巨体だ。
大きさの比較で言えば、子供と大人程もある。
しかし、一方的に殴りつける様は、まるで小さな怪物に蹂躙される可哀想な砂袋の様だった。
グレンデルは殴られた反動で身体を半回転させて地面にうつ伏せで倒れた。
オマリーは、倒れたグレンデルの背中に跨った。
腹這いになったグレンデルの頭を持ち上げ、後ろから首の下にその太い腕をまわし思いっ切り絞め上げた。
苦しさのあまり泣き叫びながら、グレンデルは首を絞めているオマリーの腕を両手で掴み、剥がそうとする。
低木を根ごと引き抜く怪力を持つグレンデルが、自分の首を締めるオマリーの腕を両手で掴んで引き剥がそうとするが、びくともしない。
更にオマリーの腕が硬くなり、グレンデルの爪も刺さらない位に力を込めると…ゴキン…鈍い音がして、グレンデルの首が背中側に向いた。
グレンデルはそのまま脱力して、地面に横たわった。
◆◆◆
左側のグレンデルがオマリーに殴られているその時、右側のグレンデルにも動きがあった。
厳密に言えば、動けなくなっていた。
クラウディア達の右手側から来たグレンデルも、『蜘蛛の巣』を取り払いながら右側に居たルーナ達目掛けて走って来た。
そのグレンデルに対して、ヴァネッサが『何かの攻撃』をした。
グレンデルは突然、苦痛の表情を浮かべて棍棒を取り落とし、両耳を抑えた。
その拍子に脚を縺れさせ地面に顔から倒れ込んだ。
苦痛に悶えているグレンデルに、今度は上空からの強力な突風が襲い掛かり、地面に縫い付けられ動けなくなっていた。
ルーナの『下降気流』とヴァネッサの攻撃が、グレンデルの身体の自由を奪っている間に、サリーとマリアンヌが魔道銃で集中砲火を浴びせた。
サリーは平然とした表情で手際良く、対してマリアンヌは必死の形相で手を震わせながら、一発一発を装填し直しながら交互に撃ち込む。
皮膚は硬いが、『ボガーダンの獣』とは違って弾丸はめり込む。
サリーの弾丸は的確に頭や首の急所に穴を穿つが、マリアンヌの弾丸は倒れたグレンデルの肩や手脚に穴を空けた。
二十を超える穴が身体に空き、グレンデルの身体の下に血の池が出来た頃、ようやく絶命した。
マリアンヌは緊張から解放され、魔道銃を握り締めたまま、ペタンと座り込んだ。
マリアンヌ達が必死に銃弾を撃ち込んでいる間に、クラウディアも『蜘蛛の巣』にかかったグレンデルの目に魔導銃の弾丸を撃ち込んだ。
グレンデルはその一発で口と鼻から血を吹き出し、ぐったりとして動かなくなった。
「上手く嵌ったわね」
樹の上から、ジェシカがパックと一緒にこちらを見下ろしながら声を掛けた。
アルドレダが首の折れたグレンデルの喉をナイフで切り、胸の上まで開けると、そこにはルーナの拳位の大きさの魔石があった。
「魔物も魔獣も喉の下から胸の上辺りに魔石があります。
これは売っても良いし、学校に渡せば評価になります。
取り出してみて下さい」
アルドレダが魔石の取り出し方を実演してみせた。
血塗れのグレンデルの巨体を、オマリーが仰向けにひっくり返す。
ナイフを構えたヴァネッサとマリアンヌが、血塗れで息絶えたグレンデルの喉元にナイフを当てた。
しかし、手が震えてナイフを突き立てられなかった。
「最初はしょうが無いわよ。私がやるわ」
クラウディアが『蜘蛛の巣』にかかったグレンデルから目を離し、マリアンヌ達の方へ歩き出した瞬間…
「危ない!!」
ジェシカが叫んだ。
片目を撃ち抜かれて死んだと思われていたグレンデルが、突然動き出した。
未だに『蜘蛛の巣』に絡め取られ、前のめりの姿勢ながらも、素早く落とした棍棒を拾い上げて、クラウディアに向けて横薙ぎの一閃を放った。
ジェシカの声に反応したクラウディアは、グレンデルの方を見もせずに、後ろ向きのまま見えない速さで跳躍した。
クラウディアはジェシカの居る高さ迄一足飛びに跳ぶと、ナイフを構えて、そのままグレンデルの首の後ろ目掛けて落下した。
イルルカの鍛造した斬れ味の鋭いナイフが、クラウディアの体重を乗せてグレンデルの延髄に深々と突き刺さった。
グレンデルは今度こそ、完全に動かなくなった。
「びっくりしたわ…まだ生きてたなんて…」
「こっちがびっくりしたわよ!貴女、絶対死んだと思ったんだから!」
樹上から飛び降りたジェシカが涙目で抱き着いてきた。
クラウディアはジェシカの頭を撫でながら、地面に座り込んだ。
◆◆◆
へたり込んで動けないクラウディアの脚を見て、アルドレダが「うわっ…」と呟いて、すぐに治療を開始した。
治癒魔術式が展開されると、クラウディアが痛みで呻いた。
治療が始まった事で落ち着いたジェシカが、クラウディアを横にして膝枕をしながら、クラウディアとヴァネッサに何をしたのか尋ねた。
「私はクラウに教えてもらった方法で波形魔術式の波を調整しただけよ」
「私には何も感じなかったわ。何も聴こえなかったし」
ヴァネッサがグレンデルの動きを止めた時に、すぐ横に居たルーナが不思議な顔をした。
「本で読んだ…大昔の技術よ。
音響兵器…って言うんだって…」
クラウディアは、音の波長を重ねて狭い範囲に強烈な大音響を流す事で、指定した相手だけを行動不能にする兵器が、大昔に存在したらしい…と説明した。
「エルラド…って呼ばれてたらしいわ…。主に…暴徒鎮圧に使われたとか…ヴァネッサくらい…、波形魔術式を…使いこなしているなら、出来ると思ったのよ…」
脚の痛みで言葉も絶え絶えながら、説明した。
「その本見たいわ。今度読ませて。
それにしても、理屈を聞いて数回練習しただけで使いこなせるようになったヴァネッサって凄いわね…」
アルドレダが、クラウディアの脚を治療しながら感心していた。
褒められたヴァネッサが、少し恥ずかしそうに照れていた。
「お姉様の脚の状態はどうですか?」
マリアンヌが心配そうに見ている。
「筋断裂と骨挫傷、微細骨折まで起こしてる。
歩ける様になるまでは…結構かかるわね…。
帰りは私が背負って行くわ」
アルドレダは治癒魔術式でクラウディアの脚の骨と筋肉の再接合をしながら説明した。
「いったいどんな事をしたら、あの一瞬でこんなに酷い事になるのかしら?」
アルドレダが厳しい目でクラウディアを見つめた。
「私はマクスウェルのやっていた事を…応用しただけなんだけど…。
出力を間違えちゃったのよ…。
突然だったから…」
クラウディアは、入学直後に学校の森林でマクスウェルが使っていた『技』を盗み見た。
その技なら、力のない自分の役に立つのではないかと考え、今迄密かに練習をしていた。
マクスウェルは治癒魔術式を腕と背中の筋肉に掛けて、筋肉を強制的に動かして、樹に木刀を打ち込んでいた。
その力で木刀をへし折る位の威力を出していた。
「お兄様が一人で訓練していたのですか…剣術はただの趣味だと公言していらっしゃったのに。
本当は騎士に憧れていたのですね」
クラウディアはマクスウェルの『技』を改良して、筋肉だけでなく神経にも作用させられないかと、治癒魔術式を神経にも強く流してみた。
衝突時の威力は『重さ✕速さの2乗』。
魔素の影響を神経伝達速度にも作用させる。
そして、強制的に速さを乗せれば、爆発的な力が出せるのでは?
そう考えて、マクスウェルが立ち去った後、すぐに試してみた。
その時は、地面に勢い良く頭から突っ込んだ。
その後、ジェシカに内緒で練習している内、ほんの短い間のみ爆発的な力が出せる様になったらしい。
代償として、酷い筋肉痛に悩まされた。
「筋肉痛になってたなんて気付かなかったわ…」
「隠してたからね…」
「咄嗟だったから…つい思いっ切りやっちゃって…。
脚全体の筋肉と神経に治癒魔術式を流してしまったの…。
その際の刺激で脊髄反射が起きて、勝手に跳び上がったおかげで助かったけどね」
「なるほどなぁ…治癒魔術式にそんな応用方法があったのか…それを覚えれば、ワシももっと力が出せる様になるかな…?」
オマリーが早速練習を始めた。
殴られた樹の幹がへし折れた。
「なかなか良いが、反動を考えないと拳が砕けるな…練習すれば岩石もイケるか…?」
「素手でグレンデルの首をへし折る怪物が、それ以上力つけてどうするのよ…」
アルドレダが呆れて、皆は何度も頷いた。
「待って…物凄い速さで、何かがこちらに向かって来るわ…」
突然、ヴァネッサが耳を澄ませて、皆に警告をした。
一斉に緊張が走った。




