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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ボガーダンの獣
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◆3-20 グレンデル

クラウディア視点




 「そろそろ予定の沼地に着くはずだ」

 初めの狼を除いて、私達は問題なく進んだ。


 「きゃあ!蜘蛛!」

 相変わらずマリアンヌが五月蝿い。

 すぐ横の葉の陰から手の平サイズの蜘蛛が顔を出していた。


 「蜘蛛は益虫なんだよね。私好きよ」

 ルーナは意外と虫好きなのね。

 「私が蜘蛛に生まれ変わったら愛して下さいますか?」

 相変わらず、言っている事の意味が分からないサリー。

 酔ってるの…?


 「…サリーは可愛いから好きだけど…蜘蛛になったらどれがサリーか分からなくならない?」

 「私は次もサリーに生まれ変わりますわ」

 何言ってんだコイツ…?魔素酔?

 まさか、この辺り魔素濃度高い?


 「蜘蛛は益虫が多いけど、その蜘蛛は毒持ってるから触らないでね」

 アルドレダの注意が飛ぶ。



 「オマリー様、前方に足音。…これは何かしら…?」


 ヴァネッサが何か発見した様だ。

 彼女の探知範囲は私より広い。

 私も探索してみたけれど、何も引っ掛からなかった。

 皆が立ち止まり、ヴァネッサに注目する。


 「詳しく説明してくれ」

 「重い足音…4つ…だけど4足動物じゃないわ…2つずつセット…もしかして2足歩行…」

 「こんな森の中に人間?猟師かしら?」

 「いえ…人間程軽くない…普通の人の3…4?倍以上の重さ…」

 「そいつは、もしかしてグレンデルかもしれんな」

 「グレンデル?」

 「沼地に住む魔物でな…」


 オマリーの説明によると、グレンデルは人型魔獣。

 一般的に『魔物』と呼ばれる。

 巨大な人型の身体で二足歩行。

 体皮と体毛が黒くて硬い。

 動きは鈍重なので逃げるのは簡単だが、力が物凄く強くて捕まえた人間を簡単に握り潰す。

 主に沼の中に住処を作り、近寄る大型の動物を捕まえて食べているらしい。

 知能は低くて言葉は使わない。魔術も使わないから、対処は容易だそうだ。

 しかし、強い力で低木等を引き抜き、棍棒にして使うぐらいの知能はある。

 その為に新人の猟師等は、相手の攻撃範囲を見誤って殺される事もある。


 「皮膚が硬いとは言っても、魔道銃は効くし、(いしゆみ)や機械弓も効く。普通の弓矢は弾くがな。一流猟師の討伐課題に使われる奴だ」

 「こんなに村に近い沼地に生息してるの?」

 「時々村に来る事もあるが、ハンナ姉ちゃんやサムエル坊やなら素手で捻り潰すから、誰も怖がってないな」


 ()()()()()()()と聞いて、皆が慄いた。いや、ジェシカを除いて。

 「父ちゃんと腕相撲で引き分けてたから強いとは思っていたけれど…。

 凄いわね、ハンナおばちゃん」

 「…ハンナ姉ちゃんは息子も居て、結構良い年なのに、おばさん呼ばわりを嫌うんだ…。

 ハンナお姉さん、と呼んであげなさい…」


 ちょっと待って…今、何か凄い事を聞いたような…。

 「その捻り潰すハンナさんと、オマリー様は引き分けたのよね…?」

 「父ちゃんは凄いから!」

 五月蝿い。黙れポンコツ…


 「つまり、オマリー様も素手で木を引っこ抜く怪物を素手で捻り潰せる…の?」

 「ああ、出来るぞ。1匹だけなら問題ないが、2匹となると…もう一匹を誰かに相手してもらわんといかんが…」


 軽く言う事か…?

 グレンデルと、どちらがより化け物?


 「アタシやりたい!」

 ジェシカが手を挙げる。

 「うーん…ジェシカは力が無いからなぁ…」

 あんたと比べれば、皆、無いけどな…!

 「魔道銃が効くんでしょ?」

 「効くとはいっても、クラウディアの魔導銃くらいに強力でないと、倒すまでにかなり時間が掛かるぞ」


 「皆で一斉に掛かれば良いんじゃない?

 私、魔力が余ってるみたいだから、思いっ切り出来そうよ?」

 「流石ですわ。お嬢様」



 「あ…待って…。もう一匹増えた…」

 耳を澄ませながらヴァネッサが言う。

 「…少し、作戦を練りましょうか…」

 賛成…、と皆が静かな声で言った。




◆◆◆




 ガサガサ…


 何が居るのか…?

 グレンデル達はそちらに振り返った。

 膝丈程度の草の間に、赤い物がチラチラと目に入った。

 グレンデルの巨体からすれば、仔リス程度の大きさの赤髪の少女だった。


 なんだ…コイツ…

 グレンデルの内の1体がそれを掴もうと動いた。

 それは素早い動きで消えた…様に見えた。


 草を掻き分ける音もなく移動するそれは、目で追い掛けるのも難しい。

 時々、背景に紛れ込んで消える。

 捕まえようとする度に目の前で音も無く消えて、次の瞬間別の場所に現れる。


 草の中に消えたと思うと、樹の上に赤い物が見える。

 樹の上を見ると、地面の草が掻き分けられた様に動く。

 草や葉や枝は動く。

 その度に、赤い物が目の端に入る。

 しかし、不思議と音がしない。


 元々知能も低く短気なグレンデル達は、いつまでも捕まえられない人間に怒りを覚えた。

 3体のグレンデルは、木の幹をそのまま使用した棍棒を振り回し、消える少女に当てようと、がむしゃらに振り回した。


 その棍棒が他の1体の脚に当たり、そいつが悶える。

 仕返しにそいつが棍棒を別の個体の頭に振り下ろす。

 頭が悪すぎて、誰がやったかも覚えていない様だった。


 お互いに争うグレンデル達から少し離れた樹の上で、赤髪の少女は口笛を吹いた。


 グレンデル達は一斉にそちらを向き、ただでさえ悪い頭を怒りで沸騰させながら追い掛けて行った。




◆◆◆




 ジェシカは、グレンデル達が自分に向かってくるのを確認してから逃げ出した。


 鈍重とは言っても、人間の1.5倍〜2倍近くある体格。

 脚の一歩一歩が大きい為に、意外と早い。


 ジェシカは木に飛び移り、三角跳びの要領で木々の間を移動した。


 ジェシカの動きを初めて見たマリアンヌは、とても驚いていた。

 「人間にも、あんな動きが出来ますのね…。

 実際に見ると驚きますわ…」


 『ジェシカ、今よりもう少し上よ。

 奴等の頭の高さより上に。…そう、そのまま真っ直ぐ。』

 『了解。貴女の罠に引っ掛からない様に気を付けるわ』

 『ヴァネッサ、後続は臨機応変にね。準備は?』

 『こちらは準備出来てるわ。

 クラウは方向とタイミングを知らせて』

 糸を伝い、すぐ目の前のヴァネッサから、直接彼女の声が頭に響く。



 今、私達は私の『糸』を使って連絡を取り合っている。

 ジェシカがグレンデル達を誘導して、丁度いい位置に来るように調整している。


 そのジェシカが私達の頭の上を飛び越えた。

 グレンデル達は頭上を飛び回る目立つ赤髪を追っていて、人間の身長程に伸びた下草に隠れている私達には気付いていない。

 オマリー神父だけは大き過ぎて身体が隠れないので、太い木の裏に潜んでいる。

 グレンデル達は、自分達の先の方を跳び回るジェシカだけを見ていて、私達には気付いていない。


 3体のグレンデルが縦一列に並んで、ジェシカを追い掛けて来た。

 丁度、私達が隠れている太い木々の間を目指して。


 初めの一匹が脚を何かに引っ掛けて体制を崩した。


 両足を何かに絡め取られたまま、正面に倒れ込む。

 慌てて地面に手を着こうとしたら、手が着く前に首に何かが絡み、身体が斜めになった状態で空中に留まった。


 倒れ込んだ拍子に、持っていた棍棒を取り落とした。

 首が何かに絡まって締まり、グレンデルは苦しさでジタバタと暴れるが、段々と両手の動きも鈍くなっていった。


 一番前のグレンデルは、両手、両足、そして首が、細い『糸』に絡め捕られて身動きが出来なくなっていた。




◆◆◆




 引っ掛けた『糸』は私とマリアンヌの合作だ。


 普段は魔素抵抗の全く無い『虚無の糸(イナニス)』しか作らない。

 しかし実は、出力を上げる事で少し魔素抵抗のある『実存の糸(エッセ)』も作り出せる。


 『虚無の糸(イナニス)』は目に見えないし、触れない。

 代わりに魔素抵抗が無いので、魔素を載せた会話が簡単に出来る。

 普段使っている能力はこっちだ。


 『実存の糸(エッセ)』は目を凝らせば見えるし、触れる。

 つまり、普通の糸だ。

 厳密に言えば、普通の糸より細くて見えにくく、頑丈で切れにくい。

 物凄く細い軟鋼線のような物。

 でも…ただそれだけ。


 手では切れなくとも、刃物で切れる。

 何かに引っ掛ければ、線の端を持つ私が引っ張られる。

 今迄は、あまり意味が無いから作らなかった。

 普通の軟鋼線を使えば良いからだ。


 しかし、マリアンヌの能力を利用する事で使い易い能力になっていた。ただの魔導具部品として…だが。

 マリアンヌの『物質固定化』により、手を離れても存在し続ける魔素導線部品が出来上がった。


 今迄使っていた『虚無の糸(イナニス)』だと、マリアンヌの能力を使っても物質の固定化は出来なかった。

 固定化しようと魔力を流しても、固定化の為の魔力が糸を伝って別の所に流れていってしてしまう。


 しかし、僅かでも抵抗があれば、糸の周囲をマリアンヌの魔力で覆って固定化する事が出来ると分かった。


 元々は、私の『糸』を魔導具の導線として使えないかな?、という考えの下で試作した物だった。

 その結果、蜘蛛の糸の様に見え難くて銅線の様に切れ難い糸を創れた。

 抵抗値も今迄一般的に使用されていた導線素材より、魔素ロスの少ない良い導線となった。

 理想は『虚無の糸(イナニス)』の様に、魔素のロスを完全に無くして導通させる魔導具部品を作る事だったが、流石にそれは無理だった。



 魔導具の部品として素晴らしい性能を発揮した『実存の糸(エッセ)』が、今回は罠としても役立った。


 私は、グレンデルを誘導する予定の木々の間に、足元の糸は頑丈にしっかり張って、その周りにわざと(たる)ませた物質化した『実存の糸(エッセ)』を適当に配置した。

 脚を引っ掛けてジタバタしたら、他の糸が絡む様に。


 更に、倒れ込む予定の首の位置にしっかり張った糸と、適度に弛ませた糸を配置。上手く絡む様に。

 首に絡んだ後、もしグレンデルがしっかり張った糸から外れて落ちれば、今度は適度に弛んだ糸が首を絞め上げる。


 首を絞め上げる予定の糸の周りにも、手を動かした時に絡む糸、脚に絡む糸、武器に絡む糸等を大量に配置した。


 つまりは、グレンデル用の巨大な蜘蛛の巣を造った。

 一匹目は予定通りに上手く掛かった。



 後ろからついて来ていたグレンデル達は、先頭のグレンデルが身体が浮いた状態で動けなくなっている様子を見て、警戒しだした。


 後ろの2体は、真ん中のグレンデルを避けて左右に別れた。

 足元や空中に自分達を絡め取る物が無いかを、棍棒を使って確認しながら歩いた。

 棍棒を自分の前方の空中に向けて振りながら、クラウディアの張った糸を棍棒に巻き取って行く。


 …思っていたより知能が高いのね…。

 でも、一匹は無力化したわよ。


 グレンデル達は、タネは解ったぞ!、とでも言うかの様に、こちらを見てニヤリと嗤った。

 そして、警戒しながらゆっくりと進みだした。



 『オマリー様は左のをお願いします。

 ヴァネッサ、右の奴の頭に照準。ルーナ、準備を』


 『了解』

 皆が一斉に動き出した。



 

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