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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ボガーダンの獣
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◆3-19 黒の森での訓練

第三者視点




 皆が狩猟用の服に着替え、武器と薬等の準備を終えた後、村の北側の門に集合した。

 オマリーの前に一列に並び、注意事項の確認をしていく。


 「簡易遠征訓練なので、本来は本格的な戦闘はしないのだが、今回は『笛』の戦闘訓練として行う。

 訓練場所が黒の森である為に、未知の出来事もあるだろう。

 不慮の事故で命を落とす危険がある。

 今日は、それ程深くまで入る予定は無いが、魔獣や魔物が出る可能性もある。

 決して気を抜かないように!」


 『ハイ!』

 皆が一斉に返事をする。


 「基本的に全員で固まって行動する。

 ただ、万が一離れた場合に備えて相棒を決めておいてくれ。

 戦闘時の最小単位でもあるから、相性を考えて決めるように」


 クラウディアが手を挙げて質問する。

 「オマリー様とアルドレダはどういう立ち位置になりますか?」

 「私とアルドレダ先生は、あくまでもサポートだ。

 居ないものとして考えてくれ」


 今度はサリーが手を挙げる。

 「私は、お嬢様と離れるつもりはありません」

 「ボクもー!」


 オマリーとアルドレダとルーナがため息をついた。

 「仕方ない…残りは、ああ…クラウディアとヴァネッサは別々の方がいいな」


 「え…?何故ですか?」

 「クラウディアと貴女の能力が被るのよ…。

 そう言えば、貴女達はクラウディア達の能力を知らないのよね…」


 そう言ってアルドレダは、ヴァネッサとマリアンヌにクラウディアとジェシカの能力を説明した。


 「あの時、茶会室で帝国の貴族がいきなり暴れ出したのって…」

 ヴァネッサは呟きながらクラウディアの方を向く。

 クラウディアは逃げる様に目を逸らし、そっぽを向いた。


 「結局はヴァネッサとクラウディアを別にすると、今回はクラウディアはマリアンヌと、ヴァネッサはジェシカとの組み合わせしか無いか…

 二人共、新人のサポートをしてやれ。

 今後慣れてきたら交代して戦闘の相性を確かめろ」

 「「了解しました!」」


 「お姉様と一番相性が良いのは私に決まってますわ。

 宜しくお願いします。お姉様。」

 「ジェシカ、宜しくね。

 足手まといにならない様に頑張るよ」



 「それと、森に入る前にやらなきゃならん事がある」

 そう言って、オマリーが全員に塗り薬の小瓶を渡した。


 コルクの蓋を開けると強い刺激臭が広がる。

 オマリーが、それを首や腕、脚等の肌が外気に曝されている部分に塗るように、と言う。

 『げっ!』と言う、皆の言葉が揃った。


 「刺激…強いんですけど…首に塗ると目に染みる…」

 「脚がピリピリするー、父ちゃん、コレ何?」

 「涙が…止まらない…目がこすれない…」

 「ボクは…コレはムリー」

 「オマリー様、これは?」


 「この村の猟師達が使っている強力な虫除けだ。

 分けてもらってきた。

 慣れれば、そんなに刺激は感じなくなる。

 この森で1番危険なのは『ダニ』だからな。刺されると病気になって死ぬこともある」


 「ダニが危険なの?」


 「ああ、治癒魔術式が得意な者なら、種類によっては治療も出来るのかもしれんが…、ダニのせいで死ぬこともある。

 因みに薬のレシピはワシの親父が作った。

 よく効くんだぞ」

 オマリーは胸を張って自慢した。


 「お父ちゃんのお父ちゃん? 私、まだ会ってないよ?」

 「ああ、そうだな…今度、墓参りに行くか…孫を紹介しないとな…」

 そう言って、ジェシカの頭を優しく撫でた。



 「これから、森に入る。

 全員が一緒の時は、ヴァネッサが知覚をしクラウディアが全体の中継をする。他は二人の護衛役だ」


 予定地点でレクトスが見当たらない場合、先程の組み合わせで周囲を偵察する。

 その際の魔獣や獣達との不意の遭遇時は、渡してある笛で知らせるように。

 仲間が行く迄は戦闘は極力回避するように、と、オマリーが注意を繰り返す。


 オマリーの号令で緊張感が一気に高まる。

 クラウディアとの組み合わせを喜んでいたマリアンヌも真剣な表情に変わった。


 一行は、オマリーを先頭、アルドレダを最後尾にして、黒の森へと分け入った。




◆◆◆




 湿地帯ではあるが、足元の土は適度に固い。

 ぬかるんでいるという事は無く、歩くのに支障はない。

 高く伸びた木はまだ(まば)らで、下草も少ない。

 木と木の間から遠く迄見えるので警戒もしやすい。


 しかし…


 「ひっ!また!」

 マリアンヌが悲鳴を漏らす。


 「いい加減に慣れなさい。五月蝿くて仕方無いわ」

 クラウディアが冷たく言い放つ。


 「流石に黒の森…虫も随分と変わった種類が多いな」

 「父ちゃん、頭2つあるデカい百足捕まえた!」

 ジェシカが自分の身長の半分程もある、双頭の百足を振り回しながら持って来た。


 「ジェシカ、百足は毒があるから気を付けなさい」

 「大丈夫、噛もうとしたら…こうするから」

 ジェシカの腕に巻き付き噛みつこうとした瞬間、百足の頭が2個とも消えた。


 「ありゃ?」

 頭が取れたまま動いて巻き付こうとする百足を、クラウディアが手で引き剥がし放り投げた。

 「昆虫類は頭が無くても動くわよ。気を付けなさい」

 「はーい」



 「しかし…魅惑的な光景ね。見たことのない植生になってるわ。これも、魔木のせいなのかしら…」

 アルドレダが少しずつ植物を切り取っては、大量に持って来た番号の書いてある麻の小袋に仕舞っていく。


 「そんな麻袋だと、乾燥して保たないんじゃないの?」

 「良いのよ。今回は持ち帰って形状を記録するだけだから」

 「今回は?」

 「…今後もココに縁があるかも…と言う事よ」


 ルーナが、真っ直ぐ高くそびえる枝葉の無くなった木を見上げていた。

 枝の代わりに蛇の様に黒い蔦が巻き付いている。


 「アルドレダ先生、この黒い植物が例の魔木なのですよね?

 魔木が巻き付いている、この枯死した植物は何ですか?」

 「これは、北の寒冷地でよく見られる針葉樹ね。名称は…何だったかしら? 聖教国にはあまり無いわ。

 魔木がこの植物だけを対象にしてたなら、聖教国の植生にはあまり影響がないかもね」


 「この植物を此処に植えたのは、デーメーテール様なのでしょうか?」

 ヴァネッサが、疑問を口にする。

 「恐らくそうよね…話によれば数百年前、との事だけれど…」

 「何故、聖教国に良くある植物じゃなくて、寒冷地の植物を持って来たのでしょう…」


 皆が、何故なのだろう…と考え込んでいると、マリアンヌが、「生まれ故郷の植物だったとか?」と、何気なく呟いた。


 「わざわざ故郷から持ち込んで、気候の合わない地で育成させたって事?」

 ジェシカが疑問を口にする。


 「生まれ故郷を再現したかった…とか?」

 「なら、故郷に戻れば良くない?」

 「そうよねぇ…」


 「まぁ、その辺りは本人に聞かなきゃ分からないから、考えても仕方無いわよ。

 早くデーメーテール様に会いに行きましょ♪」

 「クラウ…今回は会いに行く訳じゃないからね?暴走しないでね?」

 「私が暴走した事なんてあったっけ?」

 「ソーネー。両手の指だと足りない程度にはあったかなー」

 魔導具とデミが絡まなければ、割とマシなんだけどねー、と、ジェシカが嫌味を言う。

 「アンタも、お父ちゃんが絡まなければ割とマシよねー」

 クラウディアも応戦する。



 「皆!止まって!北西側に四足の獣。多数」

 ヴァネッサが叫んだ。

 皆に緊張が走る。


 オマリーがクラウディアに、確認出来るか?、と尋ねた。

 「まだ遠い…種類、個体数も不明」


 「皆警戒しろ!」

 「範囲に入った…小型の狼、4…いえ、5匹ね。1匹だけ大きい。あれがリーダーね」

 「『ボガーダンの獣』かしら…?」

 「いえ…あれに比べたらかなり小さい。…目視距離に入るわ」

 全員が武器を用意する。



 遠くの木々の下草の間から、狼の群れが飛び出した。

 かなりの速度でオマリー達一行に向かってくる。


 「こちらを怖がらない…だいぶ人間を食ってるな…」

 「あれらが警戒しているのはオマリー様だけの様です」

 ヴァネッサが狼達の意図を読み取る。


 「父ちゃんを避けて、女子供を何人かさらって逃げるつもりね…舐められてるわ」

 ジェシカがウルミを握り締めた。

 「女子供(わたしたち)の中でも最も狙われている娘からの先制攻撃が一番効果的かしらね。ルーナ!」


 はーい!と手を挙げて、ルーナが前に出る。

 すぐ後ろでサリーが鉄串を構える。

 パックはサリーの背中に隠れていた。


 狼達が風のような速さで4匹同時に飛び上がる。リーダーの大きい1匹だけは、離れて様子を伺っている。


 ルーナが魔力を解放し、狼達の居る地面辺りから急激な上昇気流を発現させる。

 足元から突風が巻き起こると、4匹が宙に舞い上がる。

 同時にサリーが投げた鉄串がその内の1匹の眼球を貫き脳天まで貫通した。

 残り3匹の内1匹は、周囲の木の高さよりも高く吹き飛ばされて地面に激突し、動けなくなった。

 しかし残りの2匹は、着地後すぐに体制を立て直した。

 お互いに距離を取りながら、左右から襲い掛かってきた。



 「一匹貰うわね!」

 ジェシカが飛び出し、ウルミを振るった。

 鞭のようにしなる尖った軟鋼が、飛び掛かる最中(さなか)の狼の首に巻き付いた。

 巻き付いたウルミの刃を思いっ切り引っ張ると、滞空していた狼の身体から首が取れた。


 ゴン!ドス!

 重量感のある音を出して、狼の頭は地面に落ちた。

 頭を失った狼の身体は、そのままの勢いで血飛沫を撒き散らしながら地面に激突した。

 「やっぱり凄いわ!私のウルミちゃん!」

 ジェシカがウルミを勢い良く振り回すと、刃に付いた血が周囲の地面に円を描いて飛び散った。



 残ったもう一匹の狼はマリアンヌを狙ってきた。

 魔道銃を持ったマリアンヌは、震えていて狙いが定まらない。

 クラウディアが彼女を後ろから支えて、彼女の震える手に自分の手を添えた。

 「目を開けて…良く視て」

 マリアンヌの耳元に、静かな声で指示を出す。


 落ち着いたマリアンヌは襲い来る狼の脳天に銃口を合わせて、クラウディアの号令に合わせて魔道銃を発射した。

 脳天を撃ち抜かれた狼は、彼女のすぐ目の前で、空中で1回転して地面に落ちた。


 「後はアレね…」ジェシカが睨むと、様子を見ていた一番大きい狼は、後退りを始めた。


 「人を食ってるヤツを逃すのは不味い。クラウディア!」

 「いつもはデミちゃんの仕事だけどね。お姉ちゃん頑張るわ…」

 クラウディアが自分専用の魔導銃を構えると、危険を察したリーダーは、脱兎の如く逃げ出した。


 「射程ギリギリ…でも、いける…」


 ガオン!!


 真っ直ぐ直進した弾丸は、走る狼の首の付け根に命中して頭を吹き飛ばした。

 残った身体は衝撃で勢いよく地面にぶつかり、反動で高く舞い上がった。



 「これで全部?」ジェシカが言うと、「いいや、まだだ」とオマリーが答えた。


 クラウディアがヴァネッサに、アレにとどめを、と言って指を差した。

 初めに高く飛ばされて落ちた瀕死の狼だった。


 首が折れて死にかけている呼吸の荒い狼が、ヴァネッサに命乞いをするように、彼女の目をじっと見た。

 狼の気持ちが痛いほど理解出来てしまうヴァネッサが、私がやるの…?と呟く。

 クラウディアが「慣れて」と言って、ヴァネッサに魔道銃を握らせた。

 ヴァネッサの震える手を、マリアンヌにやった時の様にクラウディアが支えて、狙いをつけさせる。


 ヴァネッサは「ゴメンね…」と呟きながら圧縮魔術式を発動させた。


 狼が絶命したのを見て、涙を流していたヴァネッサをクラウディアが優しく撫でた。



 リーダー狼の身体を回収して運んで来たオマリーが、魔木と木の隙間に、それを逆さまに引っ掛けた。

 アルドレダが、ナイフでお腹を開いて内臓を出していく。


 「ジェシカ、クラウディア、他のも血抜きをお願い。マリアンヌ、ヴァネッサ、ついでにルーナも、やり方を学びなさい」

 「お嬢様には必要御座いません。私が…」

 「サリー、私もやりたい!」

 「お嬢様…ご立派になられて…」

 「寸劇はいいから。早く。臭くなっちゃうわよ!」


 ジェシカとクラウディアが自分のナイフを取り出して、残った狼の首を手際良く切り落とし、内臓を掻き出していく。

 内臓の匂いを嗅いだマリアンヌとヴァネッサは、顔を青くして吐き戻してしまった。


 「慣れないうちはしょうが無いけれど、あまり食べ物の近くでは吐かないでね」

 ジェシカが切り落とした頭と内臓を纏めていく。


 「イルルカに鍛造してもらったこのナイフ…切れ味凄いわね…」

 クラウディアが血塗れのナイフを眺めながら呟いた。


 折畳み式の携帯シャベルで、オマリーが深く穴を掘った。

 ジェシカとオマリーが頭と内臓を穴に放り込み、土をかけてしっかりと埋めた。

 その後、血の流れた跡のある土を掘り返して埋め戻す。


 クラウディアが、処理した狼の身体に周囲の蔦を器用に巻き付け、手頃な木々に片端から引っ掛けていく。


 腰の小袋から小さな葉っぱを数枚取り出して、揉み解した後、逆さまに吊るした肉に貼り付けた。

 「それは何?」

 様子を見ていたルーナが尋ねると、虫と獣除け。と答えた。


 ジェシカとアルドレダが、血と脂の付いたナイフと武器を手早く手入れして、綺麗にする。

 「戻る頃には丁度良い感じになるかしらね」

 「他の獣に取られないと良いけれどね」

 「久しぶりに新鮮なお肉だわ」

 二人は水筒の水で手を洗いながら笑い合った。


 「うぅ…気持ち悪い…」

 地面にしゃがみ込むヴァネッサとマリアンヌの背中を、クラウディアが優しくさすっていた。


 あらかたの処理が終わったのを確認したオマリーが、皆に声をかけた。


 「よし、少し休んだら先に進むぞ!」




 

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