◆3-18 猫好き女子達と後始末する私
クラウディア視点
「我の眠りを覚ますものは何者ニャー」
短い後ろの二本足で立ち上がって威嚇してきた。
一瞬静まり返った後に、
「「かっ…可愛い〜!」」
マリアンヌとヴァネッサの声が被った。
二人がニグレドに飛び掛かり抱き着いた。
「な…何これフワフワ…いい香り…お日様の香りがするー」
「形しか視えないけれど、可愛いわ!なんか…ちっちゃいデミちゃんみたい!」
「な…なんニャ! いきなりこれは何ですかニャ! デーメー…ディア様〜!」
…誰がデーメーディアだ!と突っ込めない…
「ね!可愛いわよね。ニグレドちゃん」
ルーナも興奮している。
「お嬢様より可愛い生き物は存在致しませんわ。お久しぶりです。ニグレド様」
サリーは平常運転だった。
「ボクの方が可愛いのに…」
パックがルーナの頭の上で不貞寝している。
「これが…魔獣…? いきなり現れて、本当に喋るのね…」
アルドレダもオマリーも驚いて、目を見開いて固まってしまった。
「こらこら、撫でくり回すのは後にしなさい。用件を済ませないと…」
ジェシカが手を叩いて、二人をニグレドから引き剥がす。
「初めまして!私マリアンヌ!
クラウディアお姉様の1番の妹ですわ!」
「違うわ!デミちゃんと婚約した私がクラウの妹よ!
私はヴァネッサ!クラウディアの1番の妹よ!宜しくね」
ヴァネッサがドサクサに紛れてニグレドの肉球を揉む。
…ヴァネッサって、こんな娘だったの…?
男装していると、カッコいいのに…。残念な娘…
「私はアルドレダと申します。クラウディアの保護者をしておりますわ。以後、よしなに…」
…お前もか!誰が保護者だ…
「本当に喋るし、見たところ知能もかなり高そうだ…」
オマリーが感心してニグレドの様子を観察している。
「おお!そこの御仁!分かりますか!
私ニグレド、デーメーテール様より与えられし知恵の実により、人間を凌駕する知能を持ちました。
人間を凌駕する知能を与える事の出来るデーメーテール様!
素晴らしい方だとは思いませんか?」
人間を凌駕…?いつした?
「ああ…確かに凄いな。
実物を見るまでは半信半疑だったが…」
「流石です。ひと目見て貴方が賢人であると判りましたぞ!
私はデーメーテール様の忠実なる僕ニグレドと申します」
「ワシはジェシカの父、オマリーだ。宜しくな」
オマリーがニグレドの肉球を持って握手した。
「私はアルド…」「マリ…」「ヴァネッ…」
三人が団子になって転がって来たのをニグレドは素早く避けた。
何しているんだコイツラは…
「それで魔木の輸送だったな。魔木は枯死していない物を運べるのか?」
「それは問題ございませぬ。魔木は一定の太さの蔦が、魔素の多い植物に巻き付くと成長し出します」
「魔素の多い植物というと、どのくらいか分かるか?」
「判断は難しいのです。魔素が多い植物に対して積極的に蔦を伸ばすのは確認しておりますが、一部の植物には魔素が多くても触肢を伸ばしませぬ。私には違いが分かりませぬが、クラウディア様なら解るのでは無いかと、期待しております」
「デーメーテール様の魔素を帯びた植物でない物でも…と言う意味か?」
「その通りで御座います。デーメーテール様の魔素が、魔木の天敵なのは疑う余地もございませぬ。しかし、黒の森の只中でも、その生態を保っている植物達もございます」
その話…聞いてないんだけど…?
それを調べた方が良くない?
「成る程なぁ…ならば、魔木とデーメーテール様の苗木だけでなく、その特殊な植物も欲しいな。枯らさずに持ってこれるか?」
「苗と魔木は可能ですが、それらの植物は…私はこんな手…ですから…お嬢様なら問題なかったのに…くっ…」
「それはしょうがないだろう。明日黒の森に立寄るから、その植物まで案内してくれないか?」
「畏まりました。レクトスに申し渡しておきましょう。
現在地は…ああ、泥炭の村ですな。と、なりますと、一番近い黒の森…湿地と沼地の所ですか…そこでよろしいですか?」
「ああ…そこに行く予定だ。宜しくな」
あの…お間抜け猫が?
オマリーと、すらすらお話出来ている?
改造でもしたか?
容量アップか?
集積回路を取り替えたか!?
「何やら失礼な思考が漏れてきてますが…私が本気で取り組めば、こんなモンです」
「普段は本気では無い…?」
「相手に併せるのが上手い…と褒めて下さいませぬか?」
私はニグレドの尻尾を2本纏めて強く握った。
「ニギャー!」
ニグレドが涙目で飛び跳ねた。
…あ、おもしろ~い。
「アリスお嬢様と同じ事をしないで下され!」
「話は終わった!?」
三人とルーナが話し掛けてきた。
…おい、アビー…何をやってる…
まぁ、いいか…
私が、好きにして良いよ、と言うと同時に4人がニグレドに飛び掛かった。
ニグレドは毛を逆立てて、瞬時に半透明になり、消えた。
「消えちゃった…」
マリアンヌが悲しそうに呟いた。
◆◆◆
ヴァネッサとマリアンヌとアルドレダに加え、ルーナとサリーにパックまで混じって、私の部屋でワイン片手に女子会を始めた。
私が寝ようとしている横で、ニグレドの可愛らしさの話からの、実家で飼っているペットの話しに話題が移り出した。
更に、自分達の部屋からシーツと布団を持ってきて、床で酔っぱらいながらゴロ寝しだして静かになってから、私もようやく寝れた。
…おかげで、寝坊した。
くそ…私の部屋が酒臭い…
部屋の床には男性には見せられない格好で寝る女子達。
上手く飛び越えて部屋から出た。
私が井戸から水を汲んで顔を洗っていると、ジェシカが来た。
「夕べは災難だったわね」
心配する振りをして、顔はニヤニヤと笑っている。
「明日からはジェシカのベッドで寝ることにする…」
「狭いんだからやめてよね」
ジェシカは冷たく言い放ち、汲んだ水を桶に移して台所に持って行った。
水を台所の水瓶に移してから、ジェシカと一緒に、パン籠を持って買い物に出た。
パン焼き竈の前には人集りが出来ていて、ジェシカが行くと、「おぅ!ジェシカとジェシカの友達!」と声を掛けられた。
…ジェシカは名前呼びで私は『友達』か…
ジェシカは村のおばさん達と立ち話をしだした。
…凄い…たった1日で完全に溶け込んでる…
これがコミュ力…
私が驚いて見ていると、ジェシカが私の手を引っ張り、
「これ、私の妹のクラウディア。無表情で人見知りだけど、頭が良いから困った事があったらこの娘に相談して!」
と、紹介された。
「妹…?」
「この村では、後から仲間になった人が、妹や弟になっていくんだって。私の父ちゃんは村の皆の兄ちゃんになるから、アタシは、村の皆の姪であり妹になるの」
村のおばさんは、宜しくね、新しい妹!と言って、私の背中を叩いた。
…あぅ…力つよーい…
あんたは細すぎる!もっと食って肉を付けな!、とおばさん達にほっぺたを引っ張られた。
私が無言で皆のおもちゃにされていたら、向こうから大きな人がパン籠をもってやって来た。
「おはよう!ジェシカ!クラウディア!」「父ちゃん!」
オマリーがやって来て、ジェシカが飛び付いた。
その様子を村の皆が微笑んで見ている。
「おぅ!オマリー兄ちゃん!もう出来てるぞ!」
パン焼き職人のお兄さんが、オマリーのパン籠にパンを押し込んだ。
「いつも悪いな」
「ねぇ、父ちゃん。今日は父ちゃんの所で食べてもいい?」
ジェシカがオマリーの背中に引っ付いたまま話す。
オマリーが、まぁ構わんだろ、と言うと、
「クラウディア、皆にパンを持って行っといて!」
と言って、パン籠を私に渡した。
オマリーはパン籠を片手に、背中にジェシカを貼り付けたまま、戻って行った。
「おぅ!新しい妹のクラウディア!今回は優先してやる。好きなのを持って行け!」
私が、いくら?と聞くと、「新しい妹から金は取れねぇ。明日から塩か小麦で払ってくれ。もし持ってたら砂糖でもいいぞ!」と笑って話した。
私は、ありがたく山積みのパンを貰って帰った。
集会所に戻ると、食堂の机に突っ伏したアルドレダが居た。
私はパン籠を食卓に置いて、竈に薪を組んで藁を入れる。
そして、「頭、痛い〜」と、変わった声で鳴くアルドレダを引きずって、圧縮魔術式を使わせ竈に火を入れさせた。
「付け木使ってよ〜」と言うアルドレダを床に放り投げて、
「そんな勿体無い」と言い捨てた。
竈の上に鉄桶を置いて、水を入れて煮沸する。
隣の竈にも薪を組んで、火種を持ってきて火を付けた。
竈の上に鉄板を敷き、ジェシカが用意しておいてくれた卵とベーコンに塩をかけて焼く。
水が沸騰したら元の竈から鉄桶を外して、湯冷ましを作る。
その間にもう1枚の鉄板を敷いて、皆の分のベーコンと卵を焼いていった。
床に転がるアルドレダを蹴飛ばしながら、
「アビー!皿!」と命じると、ゾンビの様に起き出して、木皿を持って来た。
焼けた分から皿に移していき、その間に「アビー!顔!」と命じて、顔を洗いに行かせた。
アルドレダが顔を拭きながら戻って来る頃には、全員分の朝食が出来上がり、湯冷ましも飲める程度に冷めていた。
「プハー!生き返る!」
結婚前の女性が出さないであろう鳴声を発するアルドレダ。
「全く…酒に弱いくせに酒好きなんだから…」
私はミトンを着けて鉄板を全部退けると、鉄桶を2個置いて、大量の湯冷ましを作っておいた。
全員分の湯冷ましが冷める頃になって、ようやく皆が起きてきた。
サリー以外の皆は二日酔いでゾンビの様に歩いて来た。
9歳児の二日酔いまで混じってた。
…誰だ、ルーナにまで呑ませたの…
「こら!シャキッとしなさい! 情けないぞ!」
アルドレダが、自分の事は棚の上に思いっ切り放り投げて話すので、私は思いっ切り尻をつねっておいた。
涙目でこちらを睨んでいたが無視した。
「クラウ…は…酔ってないの…?昨日は一日中飲んでたのに…」
ヴァネッサが頭を抑えながら水を飲む。
「私、アルコールで酔えない体質なの」
私が説明すると、可哀想な体質よね〜、とアルドレダが茶化したので、脇腹をつねってあげた。
涙目でこちらを睨んでいたが、再び無視した。
「早く食べなさい。今日は黒の森よ」
私が号令をかけると、ようやく遅めの朝食が始まった。
ニグレドは癒やされる…




