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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ボガーダンの獣
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◆3-17 遠征訓練の予定は未定

クラウディア視点




 「賢者の石…て、何?」

 ルーナが首を傾げた。


 アルドレダ先生が、これは一般の市民には知らせない事だから、秘密にしてね。と言って説明した。


 「賢者の石は、正式には辰砂といって、そこから珍しい液体金属が採取出来るのよ」

 「金属なのに液体なの?」

 「そう。科学者達や教皇猊下は『水銀』と呼んでるわ」


 水銀は様々な鉱石中の金属とくっついて『アマルガマ』を生成する。

 更に水銀は加熱して蒸発させる事が出来る。

 アマルガマから水銀を取り除く事で、高純度の金属を簡単に精製出来るのだ。


 金鉱石から純粋な金を精製する方法を普通の市民には知らせない。

 国内の貨幣価値の暴落を招く恐れがあるから、そして…


 「水銀も猛毒なのよ」


 水銀は蒸発し、気化しても毒性は失われない。

 むしろ気化した水銀の吸入によって、酷い中毒症状を起す。

 更に特殊な変化で生物濃縮が起きて、酷い環境汚染に繋がる事もある。


 「皆の身近にある道具にも、実は結構使われているんだけどね…。

 生き物にも環境にも良くないから、この国では資格を持った者しか取り扱いも取引も所持も禁止されてるのよ」


 「そんな毒をハシュマリム教国は何故欲しがるのですか?

 金属の精製は確かに価値が高いけれど…国内を汚染するのでしょう」

 ヴァネッサが指摘した。


 「錬金術」

 私は呟いた。


 「そう。錬金術では『神の金属』とか呼ばれてて、不老不死の薬の原料になってるとか…ホウエンお爺ちゃんに聞いた話だけどね」


 「硫黄も水銀も…錬金術ではよく使われるわ。

 勝手に飲んで…」

 …勝手に死んでくれ…

 口の中だけで呟く。


 …あ、ヴァネッサが吃驚しながらこちらを視てる

 …気付かれたか。


 …ただ、ガラティアが知っている知識を、ハシュマリム教国の奴らが知っていたら…話が変わる。

 水銀と魔石の合金『魔石アマルガマ』。

 この事は、アビーにも話せない。

 普通に合成しようとしても反応はしないから、大丈夫だと思うけれども。


 「問題は、火薬銃の一通りの材料がハシュマリム教国に運ばれていた可能性の方よ。

 恐らく今回の商人だけではないでしょうね。

 現状で硫黄の産地は聖教国とハダシュト王国。

 火山の無い帝国やハシュマリム教国での取得は難しいから…

 『ボガーダンの獣』退治より大変な事実よ…コレ」

 すぐに教皇猊下に報告しないと…アルドレダが腕を組みながら呟いた。


 「ホーエンハイム領…」

 私が小さな声で囁いた。

 アルドレダがハッとして、頭を抱えた。

 「帝国からどれだけ流れたか…ね…」



 一緒に難しい顔をしていたオマリーは、思い出したかの様に顔を上げた。

 「待て!密輸の件に関しては、私から猊下に報告しておく。

 お前達の今回の任務は、あくまで『ボガーダンの獣』の誘い出し方だ。

 もし、クラウディアの予想が当たっていれば、お前達の仕事はここで終わりだ。送るから帰りなさい」

 オマリーはキッパリと言い切った。


 「やだ!父ちゃん一人でやらせられないよ!」

 「駄目だ!帰りなさい!」

 「やだ!残る!一緒にやる!」…


 延々と繰り返す。


 「待って、オマリー様。

 まだ、予想が当たっているという保証は無いわ。

 ちゃんと確認するまで帰れません」

 それに、簡易遠征訓練のポイントも何も取ってないし、と話すと、オマリーはムム…と黙った。


 「ポイントを取るにしても、何をするんだ?『獣』が出る場所には連れて行かんぞ…」


 「黒の森はどうかしら?何か希少な物があるかも」

 それに、『フィクス・ベネナータ』の受け渡しの件も相談しないと…と、オマリーに話した。


 オマリーは皆を見渡した。

 誰も他の意見を言わないのを見て、ため息をついた。


 「泥炭地帯と黒の森の範囲が被っている場所だけだ…。

 黒の森では目撃者が居ないだけで、『ボガーダンの獣』が出ないとは限らないからな…」


 「じゃあ、私は教皇猊下に頼んで武器を送って貰おうかしら?

 必要なのは…硫黄と鉄粉と…塩酸でいいかしら?」

 アルドレダが指折り数えて確認する。


 「誘き寄せる為に香水と…以前ノーラに貸した扇風機があると硫化水素も使い易いと思うのだけれど…」

 「ああ…あの大きいヤツ…?運ぶのが手間じゃないかしら?」

 「馬車に固定して使えば大丈夫じゃない?」

 「もっと小型に出来ない?」

 「小さいと風力がね…」

 「取り敢えず、まずは現状報告かしらね。

 運ぶのが無理なら代替案を持ってきてくれると思うし…」


 アルドレダが自分の部屋に行き、小さな箱を持ってきた。


 「どうやって頼みに行くのですか?

 村から出ると襲われるのではないですか?」

 マリアンヌが尋ねると、

 「この村には直通の連絡方法があるのよ」

 と言って、集会所の天井を指した。


 天井裏に鳥が多いと思っていたら、鳩を飼っているらしい。

 集会所の外から梯子で登れる様になっていた。

 丁度暖炉の上なので、冬でも暖かい。

 村人が交代で世話をして、鳩に村と自分達を覚えさせているらしい。


 「その為の鳩だったのね…天井裏が鳥の糞だらけになるから嫌だな〜と思ってたんだけど…」

 「ちゃんと皆が交代で掃除しているぞ。流石にな」


 アルドレダは、箱の中からインクと羽根ペン、そして小さく切り取った羊皮紙を取り出して、小さい字で暗号を書いていく。

 それを筒状に丸めて、小指位の大きさの筒に入れる。

 外に出ると梯子に足を掛けて、天井裏の鳩小屋に登って行った。


 「これで1日〜2日程度で教皇猊下も知る筈よ。『獣』に効果があるかの実験は、硫黄セットが届いてからね」

 戻って来たアルドレダが、一仕事の後の一杯〜、と言いながら、ワインを呷った。



 「私達は明日からの計画を立てようか? 父ちゃんの力を借りずに採取か狩猟をこなさないといけないし」


 「それも必要だけれども、ニグレドを呼び出して『魔木』の計画を立てる必要もあるわ」

 ここに居る人達には、もう隠す意味も無いしね。と言うと、

 「黒猫ちゃんに会えるの?楽しみ」

 と、ルーナは飛び跳ねて喜んだ。


 そういえば、ルーナが会うのは久しぶりだったっけ。


 マリアンヌとヴァネッサは「黒猫?」と言って顔を見合わせていた。


 「オマリー様にも紹介しておきたいから、夕食後にここに戻って来て下さい」

 私が言うと、オマリーは了承して集会所を出て行った。



 「じゃあ、夕食の支度をしましょうか!」

 ジェシカが号令を掛けて、皆が動き出した。




◆◆◆




 夕食後にオマリーが戻って来るのを待っている間に、どういう物を採取すればポイントになるのか話し合った。


 「基本的に採取の場合は『金銭に還元出来る物』だけだそうよ」

 アルドレダが注意する。


 「黒の森の物って…売れる物あるのかしら…?」

 マリアンヌが頬に手を当てて考えている。


 「ニグレドの言う事が本当なら、魔素が極端に少ないか、逆に多過ぎる物ばかりなのよね…黒の森の中は。

 クラウは何か案はある?」

 ジェシカが、羽根ペンを器用に回しながら聞いてきた。


 「魔素が極端に多い薬草か毒草を採って、ディアッソスに売りつけるのは…どうかしら?」

 「身内での買い取りは実績に含めません」

 アルドレダが両手で大きなバツを作る。


 「アレ…身内判定なの…?そこを何とか…」「だーめ」

 アルドレダがそっぽを向く。


 「あの…もし、魔獣を仕留められたら…ポイントはどうなるの…ですか?」

 ヴァネッサがおずおずと手を挙げて質問した。


 「おお!やる気満々ね。好きよ。そういう娘」

 アルドレダが手を叩いて喜んでいた。


 「いえ…そういう事ではなく…

 私、雑草も薬草も毒草も、価値のある鉱石も砂も…区別つかないから…。

 たとえ、目が見えていても分からないと思うけど…」


 「そうね~」と言いながら、ワイン片手にアルドレダなりのアドバイスを教えてくれた。


 私達なら狩猟でポイントを稼ぐ方が効率的だろう。

 普通の獣より、魔獣の方がポイント高いし魔石も出る。

 魔獣の魔石も大きさによるけれど、結構な値段になる。

 だから、ネズミや兎程度でも良いので魔獣を狩れれば、採取ポイントと併用して加算されるから、狼や大蛇等より効率的に高得点を狙えるわよ…とのこと。


 「今後の仕事に必要になるだろうし、戦闘訓練を兼ねて狩猟にしましょうか?

 クラウとヴァネッサの探知があれば、獲物探しも楽でしょうし、私もウルミちゃんを使ってみたいし」

 「連携の訓練ね。懐かしいわ。サリーも参加しなさい」

 「畏まりました。お嬢様は私が命に替えてお護り致します」

 「貴女はいつも…はぁ…命には替えないで…ね」

 ルーナが呆れながらサリーの手を握る。


 「わ…私も…戦闘訓練に…参加するのですか…?」

 マリアンヌがスカートを握りながら震えていた。


 「参加しないとポイント取れないわよ。

 それに…戦闘が出来ないと、今後『お姉様』の隣で仕事が出来なくなるんじゃない?寂しくないの?」

 ジェシカがこちらをチラチラ見ながらマリアンヌを煽る。


 おのれ…足手まといを押し付ける気か…


 私はマリアンヌの頬に手を当てながら、

 「貴女に危険なことはさせられないわ…貴女の分まで狩ってくるから、安心して家に残りなさいな…」と言う。


 …だから、来るなよ。来るなよ…。

 念を込めてマリアンヌに送る。


 マリアンヌは頬を染めながら、

 「…! いいえ、お姉様!

 お姉様だけを死地に向かわせられませんわ。

 死ぬ時は一緒ですわ!」と宣言した。


 うえぇ…?

 わざわざ家で待ってろと言ってやったのに…何故?


 「貴女を危険に晒すとマクスウェルが悲しむわ…だから貴女は安全なここにいて…」

 …諦めろ〜。諦めろ〜。ココに残れ〜。


 「ありがとうございます、お姉様。

 お姉様の気持ちは受け取りましたわ!

 私の命、ご自由にお使い下さいませ!」


 マリアンヌの目に狂気の光が宿った。


 …あ、何言っても駄目なやつだ…何故こうなった?


 「だからね、危険だから…」

 「私の身を案じて下さるなんて…」

 「いや、貴女が傷付くとね…」

 「私の全てはお姉様のモノ…」

 「おい、聞け!」

 「命令して下さるお姉様…素敵。何でも命じて下さいませ」

 「命令!明日はここに残れ!」

 「私の事は心配無用ですわ。お姉様の盾にして下さいませ」


 私は膝をついて項垂れた。

 ジェシカは大笑いして見てる。


 「フレイちゃ〜ん。もう無理りゃな〜い?

 諦めてマリアンヌちゃんを護ってあげなさいら」


 ワインの飲み過ぎで虚ろな目をしたアルドレダが、回らない舌で無責任な事を言う。


 …いつの間に…何杯飲んでやがるんだ?


 「クラウディアの本名はフレイなんですか?」

 ヴァネッサがさり気なく、酔っぱらいに質問した。


 「え〜…ヒ・ミ・ツ…なんらけど〜どうしようかな〜」


 ズゴン!

 私の手刀がアルドレダの脳天に刺さる。


 「ジェシカ!水!」

 命令すると、ジェシカがすぐにタライ一杯の湯冷ましを持ってきた。

 私はアルドレダの頭を押さえてタライに押し込んだ。


 「目が覚めました!ごめんなさい!クラウディアちゃん!」

 顔を上げたアルドレダが咳をしながら謝った。


 「ねぇ…私デミトリクスと婚約したのよね…?

 貴女の妹になるのよね…?

 なのに本名も教えて貰えないの…?」

 ヴァネッサが涙目で私の顔を覗き込む。


 私は目を逸らして、今はまだ駄目…と言うのが精一杯だった。


 「クラウディアちゃんは優しいからね~。

 貴女の為に教えないのよ。時期が来る迄待ちなさいな」

 「優しいから…教えない…?」

 「アンタ、まだ酔ってるの?」

 「いえいえいえ!もう目が覚めました!」


 …全く、余計な事を…




 コンコンコン…

 集会所の扉が叩かれて、「おーい、ワシだ」と声がした。


 ジェシカが、文字通りに扉に飛びついて鍵を開けた。


 「スマンな、これまでの事をハンナ達に説明していたら遅れてしまった。まだ始めてないよ…な?」


 オマリーがびしょ濡れのアルドレダを見ながら、何かあったか?、と聞いた。


 皆は目を逸らし、私はタオルでアルドレダの頭と顔をゴシゴシと擦った。

 「痛い、痛い、髪が痛む!やめてー」


 アルドレダが濡れた服を着替えに行っている間に、空の衣装ケースを用意してニグレドを呼び出す準備を整えた。


 アルドレダが戻って来て、皆が揃って箱を囲む。

 私が魔素を流し込んで、「ニグレド、ニグレド、お間抜け猫や」と唱えた。


 ガタガタガタ…! ニャー!


 「我の眠りを覚ますものは何者ニャー!」

 黒猫が飛び出して来た。


 …今度は何のネタだ…?



 

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