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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ボガーダンの獣
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◆3-16 フィロソフムストーン

ヴァネッサ視点




 「多分、フィロソフムストーンと麻薬かな?」

 「「麻薬!?」」

 「多分よ多分。証拠は棄てちゃってるし…」


 多分と言いつつ確信を持っている音がする。


 クラウディアはそれだけ言って、黙ってブツブツと独り言を言い始めた。


 「……、…、………、………。」


 口は高速で動いている様だが、声は出ていない。

 口を片手で覆っていて外からは見えない様にしていたけれど、私には唇がよく視えた。

 まるで、一人で二人分の話をしている様な口の速さだった。


 酒場の主人と私は、その可怪しな様子を見て、ただならぬ雰囲気を感じ黙ってしまった。


 彼女は、獣の対処法が分かったわ、と言って突然立ち上がり、店を後にした。

 私は、教えて下さってありがとうございます。と言って、もう1枚銀貨を渡してクラウディアの後を追った。


 酒場の主人は、

 「頑張って解決してくれよ!オマリーの娘の友達!」と後ろから声を掛けてくれた。




◆◆◆




 寝泊まりしている集会所に戻った後、クラウディアはジェシカを呼んで、村長宅に泊まっているオマリー神父を集会所に呼んでくる様に言った。

 その後、情報の共有をしましょう。と言って、皆を集会所の中央の部屋に集めた。


 オマリー神父がやって来て挨拶をした後、クラウディアが彼に質問をした。

 「オマリー様は、聖教国で流行っている香水はつけていませんね?」


 オマリー神父は髭を撫でながら、ああ、あの香りは苦手でな…、と答えた。


 次にクラウディアは私を呼んで、突然「オマリー様の匂いを嗅いで」と言った。

 「「「突然何!?」」」と、私とオマリー神父とジェシカの声が重なった。


 「ジェシカはポンコツで役立たずだし、オマリー様は自分の匂いは分からないでしょ?」

 当たり前の事聞かないで、と言って、私に匂いを嗅ぐ事を強要してきた。


 「デミトリクスという婚約者が居るから、他の男の人に近づく訳にはいきません!」と言うと、オマリー神父が驚いた。


 「あいつ、いつの間に婚約を?

 婚姻の前契約は交わしたのか?

 まだなら、ワシに立ち会わせてくれ!」

 と、私に向けて捲し立てた。


 あれ…?この香りは…

 「泥炭…ピートの強い匂いが…?…っくしゅん…」私が呟きながらクシャミをすると、「やっぱり匂いが強いわよね?」とクラウディアが言った。


 「デミ…あいつが初めて教会に来た時は、まだ小さく頼りない、可愛い子供だったのに…。

 あいつも大人になったなぁ…。

 ワシも歳を取る筈だ…」

 オマリー神父は、一人で頷きながら感動し、涙目になっていた。


 …子供の頃のデミ!? 何それ、聞きたい!


 「オマリー様!是非デミトリクスの小さい頃のお話を聞かさて下さいませ!」

 私がオマリー神父に詰め寄る。

 オマリー様が髭を撫でながら話そうとすると、クラウディアが「後にしなさい!」と慌てて止めた。


 「オマリー様、泥炭採掘をしましたね?」

 「ああ、滞在費代わりにな。

 姉ちゃんは必要ないと言ったが…。

 家族だからといって甘えるわけにはいかん。

 …しかし、そんなに臭いか?

 ワシには懐かしい良い匂いなんだが…」



 クラウディアが、一つ咳払いをしてから解説した。


 やはり『ボガーダンの獣』は匂いを基準に判断している…と。

 予想通り、貴族や金持ちが好んでつけている香水を目印にして襲っている可能性が高い。

 襲う理由は不明。


 「それはワシも考えたが、香水をつけた貴族と一緒に馬を走らせたが現れなかったぞ?」

 「それは恐らく、泥炭のせいだと思います」


 「多分だけれど、『獣』は泥炭の臭いが嫌いなのだと思われます。

 この村の泥炭を運ぶ木道の入口近く、隣の領地との境界の辺りで獣達は引き返しましたし…

 単に湿地帯で足を取られる事を嫌がった可能性もありますが…」


 「しかし、獣はこの村を挟んで東西に現れてるぞ。

 この村沿いを周って東西に行き来して見張っているのか?

 匂いが嫌いならもっと遠くに行くのではないのか?」

 オマリー神父が疑問を呈すると、

 「何故そんな事をしているのか、それはまだ不明ですが…」

 と、クラウディアが呟いた。


 「それと例の商人だけれど、なんでこれ迄は襲われなかったのに突然襲われたの?泥炭は運んで無いよね?」

 ルーナが身を乗り出して聞いて来た。


 「それはね、その商人の運んでいる物が『獣』が嫌っていた物だったからよ。

 だから、襲う目印である貴族の好む香水の『香り』と、大嫌いな『香り』が一緒に臭ってたから、手を出さなかったのだと思うわ」

 クラウディアは、一応推測だからね。と断りを入れた。


 「その嫌っていた物って何?」


 「硫黄だと思うわ」

 恐らくだけれど、間違い無いと思う。と続けた。

 オマリー神父とアルドレダ先生から驚く心音がした。


 …何故こんなに驚くの?

 硫黄って大変な物なのかしら?

 …よく知らないのよね…


 「硫黄…って?銅鉱石じゃないの?」

 私が、酒場の店主の話を思い出しながら尋ねると、

 「その商人の地元に銅鉱山があるのは確かでしょうけど、恐らく硫黄も出土するのよ。

 その地域の領主が知っているかは分からないけれどね。

 件の商人や採掘していた人達は、その事を国には隠していたのでしょうね。

 知られると国の管理下に置かれるから。

 だから、わざわざ帝国まで売りに行ってたのね」


 「硫黄って…国が管理するくらいに貴重な物なの?

 金とか銀鉱山みたいな物?

 そもそも私、それがどういう物なのか知らないんだけど…」

 ジェシカが、教科書に書いてあったっけ?、と言ってアルドレダ先生を見た。


 アルドレダ先生が「この国は魔道具と魔導学が主流だから、市民は知らなくてもしょうが無いわよ」と言ってから解説をした。


 硫黄は科学の色々な分野で必要となる重要な鉱石である。

 電気を起すための液体の材料。

 合金加工に農薬や殺虫剤、薬や毒にもなる。

 そして何より、硝石と炭と硫黄で強力な火薬を作れる、と。


 「火薬って、爆発する薬ですよね?

 圧縮魔術式があるから、あまり使われないけれど…

 危険を冒してまで密輸する程の物なのですか?」

 マリアンヌが疑問を口にすると、アルドレダ先生は「想像してみて」と言った。


 圧縮魔術式を使っても大した破壊力の出ない平民では、魔道銃を使い革命を起こしたとしても大した脅威にはならない。

 けれど火薬を使えば、平民でも下位貴族の魔道銃より威力の強い火薬銃を発砲出来る。

 つまりは、平民でも簡単に貴族を殺せるという事。

 もし、貴族より遥かに数の多い平民全員が火薬銃を手にして、反乱を起こしたら…?


 マリアンヌは事の重大さに気付いて青ざめた。


 「平民の手で国をひっくり返す事が、簡単に出来てしまうのよ。

 教皇猊下もそれを良く知っているから、硝石と硫黄鉱山の管理は金銀鉱山の管理と同等に気を付けているの」


 「で…でも、それなら検問所で止められるのではないのですか?」


 「残念ながら、お金で見逃す検査官はいくらでも居るのよ。

 そもそも、鉱石や科学の知識が無いと見ても分からないでしょう?

 中には管轄している領主が、お金欲しさに無検査通行手形を発行していた事例もあるわ」


 「…こんなに腐っているなんて…だからお姉様達みたいな方々が必要なのですね…」

 マリアンヌが怒りで震えた。



 「まてまて、硫黄鉱石が採れるというのは、あくまでクラウディアの予想だろう?根拠はあるのか?」

 オマリー神父が慌てて手を振って、話を止めた。


 「根拠は聞いた話からの状況証拠しかないわ」

 と言って、クラウディアが判断した理由を話した。


 『獣』が嫌う臭い。

 助け出した護衛役達の体調不良。

 酒場の主人が被害者の護衛役達を助けた時に感じた刺激臭。

 密閉された荷台のある特殊な造りの馬車。


 ちょっと待って、とジェシカが言って、

 「硫黄って見た事無いけれど、臭いが酷いの?」と尋ねた。


 「硫黄自体は臭いはしないわ。

 でも、純粋な硫黄なんてそうそう無いわ。

 掘り出して精錬して運ぶなんて出来ないでしょう?密輸なんだし。

 恐らくは、硫化鉄等の不純物も多量に混じっているのでしょうね。

 もし何かしらの強酸性の物が触れれば、硫化水素という毒ガスを発生させるのよ。猛毒のね」


 たとえ強酸性の物が無くても、この辺は湿地帯だし湿度も高いでしょ。もし、マグネシウムを含む鉱物や鉄鉱石なんかも混じっていたら、色々な面白い化学反応を起こすんじゃないかしら?と、続けた。


 多分、今迄も何度か毒ガスを発生させた事があるのだと思う。原因は不明だけれど。

 硫化水素ではなく二酸化硫黄かも知れない。

 どちらも有害な毒であることに変わりはないが。


 恐らく商人達も何故毒ガスが発生したのか、理由が解らなかったのだと思う。

 その為に、取り敢えず匂いが漏れない様に密閉型の馬車を造ったと考えられる。

 人には感じられない程度の悪臭が漏れていたのだろう。

 けれど、獣の鼻には耐え難い刺激臭だった可能性がある。


 「荷台の護衛役達が死にかけていたのは、怪我でも呪いでもなくて、毒のせいなの?」

 『猛毒』と聞いて、私は疑問を口にした。


 「硫黄を売り払った後に掃除して、悪臭を香水で誤魔化していたのでしょう。

 でも、何度も同じ輸送に使ってた馬車だったらしいし、荷台の内壁自体に染み込んでいたのだと思うわ」

 密閉型だったから余計にね…、と言った。


 …そういえば、酒場の主人も『吐き戻した』と言っていたわ。香水のせいではなく、硫黄ガスのせいだったのね…


 硫黄に慣れてない人には、特に危険。

 詰込まれた護衛役は、恐らく同郷の者。

 荷台に詰め込まれても瀕死で済んだくらいだから、身体が順応しているのだろう。

 普通なら死んでいると思う。

 と、護衛達の症状と併せて、クラウディアが説明した。

 

 硫黄の毒の強さに、皆が慄いた。


 「確かに、それは硫黄の毒の症状だが、硫黄以外でも同じ症状を出す植物とかもあるぞ。『硫黄』だとした理由は?」

 オマリー神父が真剣な眼差しでクラウディアを見つめる。


 クラウディアは続けて、酒場の主人が気付いた、

 『村の木道を通る時の商人の馬車の重さ』について話した。


 「酒場の主人は、泥炭の馬車列が通る時より、その商人の馬車が通る時の方が木道の沈み込みが深かった。と言ってたわ。

 硫黄鉱石や銅鉱石は、同じ体積の泥炭の約2倍〜3倍の重さよ。

 例え乾燥して軽くなった泥炭だとしても、泥炭輸送馬車より小さな馬車だったそうだから。

 毒草だとしたら尚更、泥炭より重くなる事はないわ」


 オマリー神父は、成る程、確かに…、と言って黙ってしまった。



 「待って。それだと、その商人が普段は襲われなかった理由にはなるけれど、最後に襲われた理由にはならなくないかしら?」と、ルーナが鋭く指摘した。


 「これも推測でしか無いけれど、その時の商人は『いつもより商売が上手くいった』と話していたそうなの。

 もしかしたら、運良く鉱石が高値で全て売れて、更に大量の品、恐らく麻薬だと思うけれども…を安く購入出来たのではないかしら?

 麻薬の粉か、もしくは精製前の大麻だかに硫黄の匂いが移るのを(いと)って、馬車の荷台を今迄よりも完璧に掃除した可能性があるわ。

 商品に出来る限り硫黄ガス臭がつかない様に。

 臭いが外に漏れない様に。念入りに。

 更に臭い消しの為に、多量の香水をぶち撒けた…多分ね」


 「つまりその商人は、知らずに『獣』の嫌う臭いを薄めてしまっていた…。

 そして、『獣』が襲う目印を強く付けてしまった、という事なのね…」



 「私が硫黄を思い出したのは、その商人が酒場の主人に見せた宝石の話を聞いた時よ」

 「ああ…『青い宝石』だっけ?」

 「そう、貴女の髪の色みたいな『澄んだ青空みたいな綺麗で美しい宝石』よ」


 …美しいは言ってなかったわよ…恥ずかしい…


 「恐らくは、カルカンサイトという宝石だと思うわ」


 皆は、何それ?、と聞いた。

 私も聞いた事ない。…まぁ、元々宝石に興味も無いけれど…


 驚いた事に私達だけでなく、オマリー様やアルドレダ先生すら知らない宝石らしい。


 「私も実物は見た事無いんだけれどね…聞いた事あるの。

 銅と硫黄の混合物で…これも猛毒らしいわ。

 池に落とすとそこの植物が全滅するとか何とか…やった事無いけれど」


 「宝石なのに…猛毒?」

 私の髪と同じ色の宝石が…?なんかヤダ…


 「その商人は水に溶ける事を知ってたのね。ガラスの密閉容器に入れていたと言ってたし」


 …アルドレダ先生も知らない事を、クラウはいったい何処で知ったのかしら…


 皆は黙って、クラウディアの説明を聞いていた。


 「ただ、カルカンサイトも硫黄も高くは売れると思うけれど、恐らくメインの商品は別ね」


 「まだあるの?それも猛毒かしら?」

 アルドレダ先生が冗談っぽく茶化すと、クラウディアは頷いた。


 「それも毒らしいわ。ノーラなら詳しいかしらね?

 酒場の主人が『サイコロみたいなキューブ状の銀色の石』、『血の様に赤い鉱石』と言っていただけだから、それがその石である確証は無いけれど…」

 そう言いながら、恐らくは、こういう石だろう、と解説した。


 キューブ状の石は『方鉛鉱』

 鉛と硫黄の混合物。

 自然の状態でサイコロ状のまま存在する重い石。


 「これがある…という事は、銅や硫黄だけじゃなく、鉛も産出されてる可能性があるわね。

 聖教国は火山国でもあるから鉱物資源は豊富だしね」


 「鉛も毒なの?」ルーナが尋ねる。


 「毒でもあるけれど…鉛はね、銃の弾丸に使用されるのよ…。

 柔らかくて体内に残るから…。

 体内に残った鉛が毒を広めるの。だから殺傷力が高い…」

 アルドレダ先生が疲れた様に話した。


 「硝石があれば火薬銃に必要な物が揃っちゃうわね…」

 ジェシカが頬杖をつきながら呟いた。


 「でも、私が麻薬を連想したのは『赤い鉱石』からなのよ…」

 クラウディアはため息をついた。


 「こんな危険を冒してまで、黒の森の北回りでなく、南回りでボガーダンを通って帝国へ売りに行く…。

 これも推測だけど、商人の目的地は帝国ではなく、帝国を南に抜けたハシュマリム教国だった可能性が出てくるのよね。

 あの国は麻薬の名産地だから、その商人が仕入れた物は麻薬じゃないかと思ったの。

 小さな馬車でも充分な利益が出るし、護衛役を荷台に乗せる為とはいえ、わざわざ荷物を全部棄てた事からも…ね…」

 発覚したら死罪だから。と、クラウディアは呟いた。


 ハシュマリムを目指すとなると、行路が少し変わる。


 黒の森北回りだと、帝国内を北から南に縦断する。

 その際に通らなければならない検問所は多い。

 中には賄賂の通じない検査官もいるかもしれない。


 南の国はハシュマリムのせいで麻薬被害が酷い。

 だから、通る馬車の検閲は厳しい。

 当然、賄賂は効かない。


 黒の森南回りのこの街道なら、最小限の検問所でハシュマリム教国を往復出来る。

 帝国との間の検閲を抜ければ、首都まで一直線だ。


 …クラウディアが憎々しそうに話すなんて、珍しい…

 表情は変わらないけれど、声の波長で『怒り』を感じる。


 「異教国か!?」オマリー神父が激昂した。


 「多分ですよ…多分。私の予測が正しければ…ですよ?」


 女神マイアや魔導具を否定して、錬金術が大好きなハシュマリム教国。

 神代の魔導具の恩恵に(あずか)りながら、それを否定する。

 鉱物資源に乏しい彼の国は、自国内で採れなくて聖教国で主に採れる『赤い鉱石』を喉から手が出る位に欲しがっていると聞いた事がある。

 その石の為なら大金も出すでしょう…

 と、クラウディアは言った。


 「何だ、それは?」

 オマリー神父が憤りを抑えながら質問する。


 「フィロソフムストーン…賢者の石と呼ぶ者もいるわね」


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