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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ボガーダンの獣
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◆3-10 道中の襲撃

第三者視点




 他の馬車も馬も通らない閑散とした街道を、大きく豪華な4頭立て馬車が土煙を上げながら物凄い勢いで走っていた。


 馬車を操るアルドレダは歯を食いしばって操縦している。


 一行は真っ黒な毛で覆われた巨大な獣に追い掛けられていた。


 「ちょっと!結構速いわよ!」

 ジェシカが叫ぶ。


 ガン!…ガン!


 魔道銃を撃つが、距離が離れている為と、獣が素早く避けるので弾が(あた)らない。


 「ああ…!もう!!やっぱり慣れないわ!」

 ジェシカが舌打ちをする。


 「馬車は襲われないんじゃ無かったの〜」

 マリアンヌは涙目で蹲っている。


 「私がやるわ!」ヴァネッサが身を乗り出す。


 初めて動く目標を撃つためか、初めて生き物を撃つためか、緊張して手が震えている。


 「デミちゃんの妻になるんでしょ。

 デミちゃんは、この距離ではどんなに早く動くものでも外したことは無いわ。

 そのデミちゃんに認められたのよ。

 ()()()()()()()()()()()()()


 クラウディアが暗示の様にヴァネッサの耳元で囁くと、ヴァネッサの震えが止まった。

 彼女が静かに風を読む。

 彼女の中では、馬車の動く音以外は全て消えた。


 意識を集中して相手の眉間を狙って魔道銃を発砲した。


 ガン!…キン!


 弾丸が射出されると同時に獣は動いたが、それを読んでいたヴァネッサの銃弾は逃さなかった。

 弾は獣の前頭部に命中した。

 しかし、何か硬いものに弾かれた音がした。


 「弾をはじいた…!?何あれ?硬すぎない?」ジェシカが叫んだ。


 「毛皮が物凄く硬いのですね。私の串では歯が立ちませんね」サリーが冷静に分析する。


 「ちっ…こんな時にデミトリクスが居れば…」

 「デミトリクス…デミは撃ち抜けるの?」

 ヴァネッサが聞いてくる。

 「狙撃と威力で、デミに敵う者は居ないわ」

 「でも、彼の魔力はそんなに強く無いんじゃ…?」

 ジェシカは、「あ…」と言った後、今度説明するわ…と言葉を濁した。



 「もうすぐよ!あそこの湿地帯に入ると追ってこないわ!」アルドレダが叫ぶ。


 「でも、もうすぐ追いつかれるわ!」ジェシカが叫ぶ。



 「ルーナ!お願い!」クラウディアが叫ぶと、獣の周囲に小型の竜巻がいくつも発生した。

 その内の一つ、龍の様な竜巻が獣にぶつかり、その大きな身体を巻き上げる。


 獣の身体がふわりと浮いて、空中で一回転した。

 驚いた獣は脚をジタバタさせてもがくと、風の弱い隙間に身体が入った。

 獣は、その風の隙間に身体をねじ込ませ、地面に大きな音を立てて着地した。

 地に足が着くと、ルーナが発動させた何本もの竜巻の間を縫うように躱しながら、追走を再開した。

 竜巻が獣を追いかけるが、獣は後ろに目があるかの様に攻撃を避けた。


 「駄目…!重いし硬いし、速い!捉えきれない…!」

 ルーナが息を切らしながら叫んだ。



 「くそ!こうなったら…!アビー、使うわよ!」

 「…しょうがない!やって!」

 アルドレダが許可を出した。


 クラウディアが、手荷物から大きめの変わった形の銃を取り出した。

 椅子の背もたれの上に立ち、馬車の天窓から上半身を乗り出した。

 両肘を魔導銃の固定金具の代わりになる様、馬車の屋根にしっかりと固定し、銃身を真っ直ぐに構えた。


 彼女は何事かを一人でブツブツと呟きながら、狙いを定める。

 いつも以上に無表情になり、怖気を感じるような冷たい目になった。

 彼女の、冷静に、且つ、無感情に狙いを定める様子に、皆は息を殺した。


 ガオン!


 雷の様な音が出た。

 弾速も威力も桁違い。

 発射してから避けられる様な物ではなかった。

 …が、危険を察した獣は、発射する前から素早く大袈裟に身体をよじった。


 眉間を狙った弾丸は、大きく避けた獣の前足を掠め、肉を抉り取った。


 バランスを崩した獣は、その勢いのままで何回も転がり、倒れて動かなくなった。


 「やった?」アルドレダが馬車の速度を緩めると、

 「アビー!速度を落とさないで!そのままで!」

 クラウディアが叫んだ。


 倒れた獣はヨロヨロと立ち上がった。

 それと同時に、脇の森の中からもう一匹が姿を現して、こちらに向かって走ってきた。


 「まだ居たの!?」

 アルドレダは、再び馬車の速度を上げた。

 「ずっと脇から狙ってたわ」

 クラウディアが淡々と言うと、そういう事は早く言いなさい!、とアルドレダが叫んだ。


 脇から出て来た獣は、こちらを追い掛けては来ずに、ヨロヨロとしているもう一匹の方へ向かった。


 二匹はクラウディア達の方をじっと見ながら、馬車が境を越えるまで動かなかった。




◆◆◆




 境を越えるとすぐに湿地帯に入った。


 湿地帯の為に馬車が移動出来ないのではないかと思いきや、何本もの太い丸太を互い違いにずらしながら組んで蔦で縛り、その上を厚く削った木板を並べて固定し、柔らかい泥土の上を馬車の通れる道が作ってあった。


 「湿地帯でも、こういう道を作れば車輪が沈まずに通り抜けられるのね…」ルーナが道を見ながら感心していた。


 「こんなに湿度が高いと、木材が腐らないのかしら?」

 マリアンヌが疑問を口にすると、クラウディアが、

 「泥土は酸素濃度が低いからね。泥に触れている部分の方が腐りにくいのよ」と答えた。


 「この辺りは、湿地帯と言うよりは泥炭地なのよ。

 元々泥炭採掘で成り立っていた場所なんだけれど、時々、泥の中から過去の遺物や貴重品が出土されるの。

 腐りにくいおかげで、貴重な本なんかが読める形のまま出てくる事もあるわ」

 アルドレダが馬を操作しながら講義を始めた。


 「もしかして、神代の魔導具なんかも出たりして」とジェシカが冗談を言うと、

 「ショベル持ってきたわ。後で掘りましょうね」真面目な顔でクラウディアがジェシカを掴んだ。


 「流石にそれは無いわ。ただ、古代の魔導具が発見された事もあるみたいよ。湿気のせいで壊れてたみたいだけれど」


 ルーナが、魔導具って水に弱いんだっけ?、と尋ねると、


 「古代の魔導具の中には『魔素』と魔導回路ではなく、『電気』と複雑な電気回路で動いていた、もの凄い魔導具があったらしいわ。

 複雑な計算を一瞬でこなして、生命まで創り上げたとか、何とか。一般的には知られてないけれど。

 ただ、魔素に比べて電気は水で散ってしまうから、湿気には弱かったみたい。

 それでも、反応速度が魔素よりかなり早くて使い易いから、今でも電気の魔導具を作っている人は居るわよ。

 その人達は『魔導具』ではなく、『電気機械』とか呼んでたかしら…?

 魔導灯とかに比べると発電の問題があって、なかなか普及はしないけれどね。魔石使う方が楽だし」


 アルドレダの講義を聞いてジェシカが、クラウディアは知ってたの?、と聞くと、頷いた。


 「知ってるけれど、再現は難しいのよ。

 魔導回路と違って、汚れを水で洗い流せないからね。

 僅かな埃で壊れちゃうの」



 暫くの間アルドレダの講義が続き、この地域の歴史や出土した珍しい物、その珍しい物を巡って起きた争い等を講義していた。


 「…と言うわけで、近年では、出土した2千年前の貴金属を巡って、帝国貴族と聖教国の貴族がこの辺りを荒らした事もあったわ…」と話しているうちに、遠くの方に村が見えてきた。


 「見えたわ!パエストゥム村よ!」

 ジェシカが興奮して叫んだ。


 アルドレダの講義は中断して、皆下車する準備を始めた。




◆◆◆




 ボガーダン地方、パエストゥム湿地帯に作られたパエストゥム村。


 広大な湿地帯であるこの地では、昔から高品質の泥炭が採れる事で有名である。

 現在各国の都市部では、機械動力としては蒸気、燃料としては石炭やガス等が用いられる。しかし地方では、未だに泥炭から作る豆炭と木材が主要な燃料である。


 燃料として優秀な泥炭を採掘する傍ら、時々泥炭と供に出土する貴金属や古い稀少な毛皮や道具、極稀に出る古代本や古代の魔導具等が、破けていても壊れていても、好事家や国家から非常に高額で買取られる。

 その為、この地域を自領に組み込みたい近隣領主が、お互いに睨み合い、時々諍いを起すことがあった。


 しかし争うにしても、湿地帯の為に大軍の展開が出来ず、馬も足を取られてまともに走れない。

 馬車が通るには、すれ違えるだけの充分な広さのある木道でも、軍の戦いには狭過ぎる。

 更に時折、有毒ガスが出ることもある。

 死にはしなくても、酩酊したり気を失ったりして、大抵は戦いになる前に撤退する。


 そんな場所ではあるが、数百年も前から存在している村があった。

 広大な湿地帯内でも数少ない、人が生活できる土地。

 元々は泥炭採掘の為に数家族が集まっで作った村だった。

 多人数が住む為には耕作地が少なく不可能。

 貴金属等が見つかるまでは、ほとんど誰も知らない泥炭採掘村だった。

 村民も100人に満たず、未だに名も無い村。

 この村の名を呼ぶ時、人は湿地帯の名称をそのまま村名にしている。他に村は無いので問題はないが。


 近隣領主は湿地帯に軍隊を駐留させられない代わりに、この村を支配下に置こうと、様々な手を使ってきた。

 過去には暴力的な手段や犯罪を犯した者も居た。

 しかし、ことごとく消えていった。雇った領主ごと消えた事もあった。


 その理由は2つあった。


 一つは、黒の森に程近いこの村では、濃い魔素の影響か、時々特別な子供が産まれる。

 村では『森の取り替え子』と言われ、人並外れて長寿な者、膨大な魔力や魔素耐性を持つ者、異常な怪力を持つ者等が産まれる事があった。

 現在の村長ハンナと、その息子サムエルは、両肩に原木を2本担いで走れる位の怪力で、弓矢も弾く程に身体も頑丈。

 本気で殴れば、鎧を着た大人の身体に穴を開けることも容易い。

 大軍の展開出来ない狭い木道で、『森の取り替え子』が1人立ち塞がって暴れれば、それを突破出来る部隊は無い。


 もう一つは、数代前の教皇によって、この村が『トゥーバ・アポストロ』の隠れ村に指定されている。

 『森の取り替え子』を『笛』にスカウトする代わりに、教皇と『笛』が密かに村を護るという密約を交わしている。

 その為、手を出してやり過ぎた領主が行方不明となる事があった。

 彼等は今も、この広大な湿地帯のどこかで眠っている。



 そんなパエストゥム村に、一台の豪華な馬車が荷車を引いて到着した。


 その馬車から飛び出た赤い髪の少女が、迎えに出て来ていた大柄で立派な髭を蓄えた壮年の司祭に飛びついた。


 「父ちゃん!ただいま!」



 

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