◆1-6 私の3分Cooki(lli)ng 〜愛を添えて〜
ノーラ視点
エレノアちゃんの指示通りの場所に向かう為に、急な山道を荷物を肩と背に負って登ってる私。姉使いの荒い妹だこと。
「運動…不足かしら…」
流石に重いわ…クラウディアの作った魔導具…
何度もテストしてるから…効果は間違いないのだけれども…これを持って登るのは…考えて無かったわ…
下を見ると、丁度ジェシカが城壁を飛び越えて中に入る所だった。まだ時間に余裕がありそうね。少し休みましょうか。
荷物を下ろして岩に腰を掛ける。冷たい風が火照った身体に丁度良い。
荷物を開けて、ちゃんと『御馳走』が無事かを確認する。
「…よし、溢れたりしてないわ」
『御馳走』の袋に破れが無いかを慎重に調べて、また背負い袋に戻す。量が凄いから気を付けないと。
私はふと考えて、一つの小瓶を背負い袋から取り出す。護身用の第三の武器。
火器は常に携帯しているけど、隠密任務中は使えないわよね。危ない、危ない…
隠密任務中でも使えるもう一つの武器もあるけれど、屋外だと効果が薄いし、風向きによってはこちらが危ない。
私は小瓶を懐に仕舞って、背負い袋の口をしっかり締めて立ち上がった。そして、脇に立て掛けておいた魔導具を肩に担いで、登山を再開した。
◆◆◆
「…もう…動けない…」息を切らしながらも、何とか目的地まで着いた。
砦の方を見下ろせば、なるほど。
この場所は、西側城壁のすぐ上だから兵士達の様子がよく分かる。そして、中庭も良く見える。
こちらは疎らに生える背丈の低い植物と岩に隠れて、向こうからは見えない。いい場所だわ…
休憩がてら下の様子を確認すると、ジェシカが城壁を飛び降りて外に出てきた所だった。あらあら…
…ゆっくりしている暇は無いわね。急いで準備しないと…
魔導具を設置して『御馳走』の準備をする。その時、草の擦れる音がした。私は反射的にそちらを向くと、赤い目と私の目が合った。
狼の魔獣だった。こちらが雌で弱いと思ったのだろうか。ゆっくりと近づいてきた。
私は火器に手をかけると、狼は警戒して足を止めた。知能は高そうね…
火器を使うわけにはいかないけれど、足止めには良さそう。火器をゆっくり取り出しつつ、どうしようかと考えた。
相手は風上にいるから、いつも使っているものは使えない。しょうが無い…貴重品だから使いたくなかったけど…
私は、右手に火器を握って、左手で懐の小瓶を取り出し、片手で蓋を開けた。
狼の魔獣は、こちらが火器を使わないとわかると、再び近づいてきた。それでも赤い目はこちらの右手に釘付けで、私の左手の小瓶には見向きもしなかった。魔獣になると嗅覚が落ちるのかしら…?
攻撃圏内に入るといきなり飛び掛かってきたので、右手を伸ばし火器を顔に突き付ける。狼の魔獣は動きを一瞬止めた。
私はその隙を逃さないよう、左手の小瓶の『お水』を鼻先に振り掛けた。
丁度良く、開けた口と目に、中の『水』が入った。
狼の魔獣は一声「ギャウ!」と鳴くと、苦しみながら転げ回った。そうして1分もしないうちに痙攣し、泡を吹いて動かなくなった。
あらあら…初めて使ってみたけど、とても良いわ。
『ダフネ・ローレオラ』の稀釈樹液…
樹液を集める事がとても危険なので、一瓶作るのも大変なのだけど、そのかいがあるわね…狼といえど体力のある魔獣をこんなに簡単に…
丁度良く出来た実証実験に私は嬉しくて、顔がニヤけた。
いけない、いけない。遊んでいる場合じゃないわ。任務中だわ…
すぐに準備を終えて、魔導ランタンでエレノアちゃんに合図を送る。暫くすると、実行許可の合図が返ってきた。
まず自分の目以外の肌を全て特殊な布で覆った。目にはゴムで縁取られた眼鏡を掛けて、外気に晒される部分は無くなった。
そうしてから、クラウディアの『扇風機』という変わった魔導具の魔石に触れて魔力を流した。静かに羽が回り出し、こちらに冷たい風が当たるようになってきた。
…手を離して魔力は止めているのに回転は止まらない。あの娘の造った魔導灯と同じ原理なのかしら…?下手に聞くと、眠くなる呪文を一時間は聞かされるから言わないけどね。
段々と風が強くなり、充分な勢いがついたところで、私の『御馳走』を開けた。
自分には僅かにでも付かないように気をつけながら、『御馳走の粉末』を風に乗せた。
「さあ! 私の愛情込もったお料理を楽しんでね!
『ヴィリディマルム』に『サティスフロス』を添えて。デザートに『アンジェルストゥーバ』『ネリー』も付けちゃう!」
『ヴィリディマルム』小さな青い果実をつけるが、果実、枝葉から幹に至るまで全て猛毒であり、眼球に触れれば失明し、粘膜に触れれば腫れ上がり、皮膚に触れる事でさえ強烈な火傷の様な症状を引き起こす。
『サティスフロス』小さな可愛い花をつけるが、これも枝葉花、全て猛毒であり、触れた部分に強烈な炎症を起こし、吸引すれば嘔吐、呼吸困難から意識混濁にさせて死に至る。
『アンジェルストゥーバ』小さな笛の様な花を咲かせる。根の部分に強烈な毒性があり、吸引することで、幻聴、幻覚から痴呆、意識混濁、呼吸困難と様々な症状を引き起こす。
『ネリー』枝葉から幹、根に至るまで強烈な毒性を有しているが、直接触れても害はない。ただ、乾燥粉末にしたものや、燃やした煙や灰に強烈な毒性が残り、口に入ると嘔吐、下痢、呼吸困難を引き起こし、死に至る。
私は、あまり一般的には知られていないこれらの毒草を、乾燥させて粉末にし保管していた。
…今回の任務のおかげで、これらの乾燥粉末が外気中でどれだけ効果があるか、実験が出来るわ。うふふ…
劇毒に耐性のある私でも、流石に危なすぎて持て余していた子達。頑張っていってらっしゃい。
粉末を全て風に乗せて飛ばしたら、『扇風機』の魔導具に、もう一度魔力を流して動きを止めた。
下を覗き込み様子を見ていると、西側城壁の兵士達がふらふらとよろめき出して、突然喉を押さえて転がり始めた。
中庭を巡回していた者達も、南側城壁上の立哨兵士も、躓く様に、転がる様に、倒れていった。
「外気だと効果が薄まるから心配したけれど…動きを止める程度には充分なようね。良い実験になったわ」
私は『作戦成功』の合図を送った。エレノアちゃんから『帰還するように』との合図が返ってきた。
お姉ちゃんは頑張りました!
「あ、そうだ。お土産持っていこう」
私は背負い袋から解体ナイフを取り出して、魔獣の首を切り落し、首の付け根にある魔石を取り出した。
エレノアちゃん、喜んでくれるかしら。
ノーラ司教補佐
優しい 凶悪
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