◆3-8 ルーナの考え事、心配事、楽しい事。
ルナメリア視点
ヴァネッサは、心ここにあらずの状態で外を見つめている。
まるで悲恋のお話みたいね…ほんの10日〜2週間程度なのだけれど…。
デミトリクスはヴァネッサの事を本気で好きなのかしら…?
気を遣う素振りはしているのだけれど、クラウディアに言われてやっているのかしら?
それとも、自分の感情を理解出来る様になったのかしら?
後者なら…祝いたいし応援したい。
けれど、その後の事を考えると…。
ヴァネッサの気持ちを利用している事に嫌悪感を覚えるわ。
ジェシカはずっと鼻歌を歌っている。
この状態のジェシカは役に立たない。
役に立ったとしても、馬車の中では相談出来ないから、まぁ良いや。
ヴァネッサを今後どの様に扱うかを相談したくても、ヴァネッサに心を読まれちゃうからハンドサインも暗号会話も出来ないし…退屈。
マリアンヌとサリーが意気投合して何事か話しているけれど、新しい暗号かしら?言っている意味が分からないわ。
私も大きくなれば解る…とか言っていたから、大人的な意味の暗号なのかしら?
正直、恋愛というのは良く解らない。
本で読んだ事はあっても、今迄に会った男性に何かを感じた覚えは無い。
ただ、ヴァネッサみたいな雰囲気が、恋愛をしている女性の状態だと言う事は、今迄読んだ本の内容と同じだから意味が解る。
『本の中の世界が現実に出て来た』みたいな感動はした。
でも『好き』の違いが解らない。
クラウディアは好き。ジェシカもパックも大好き。
サリーも好き。デミトリクスは…良く分からない。
お父様とお母様は、好きになった。
でも、今でも一番好きなのはメリッサ。
私の『おかあさん』
男の人を『好き』になるのはどういう事?
デミトリクスは…嫌いじゃない。顔は綺麗だし。
なら好き…?でも、なんだか違う気がする。
好きの程度で言えば、パックより下だし。
エレノア様やノーラ、オマリー様達くらいかな…?
『ルーナはニンゲン嫌いなんだから、魔女になっちゃえば良いんだよー。そうすれば僕とずっと一緒に居られるよ!』
いつかパックに言われた言葉を思い出した。
あの時は聞き流したけれど…人間嫌いか…確かにそうね。
クラウディアやジェシカは好きだけれど、ほとんどの男性は嫌い。
私が、知らない男の人を好きになれる未来が想像できない。
魔女に成って、パックとずっと一緒に生きるのは魅力的ね。
でも、友達やサリーを見送るのは…想像するのも辛いわ。
デーメーテール様は、長い生の間に何度『見送って』きたのかしら。
その気持ちを考えると…とても心が辛くなる。
クラウディアやジェシカと一緒に魔女に成れれば…寂しく無いのかな?
私が、もしも魔女に成ったら、クラウ達も成ってくれるかな?
でも、どうやって魔女に成るのかな?
もし、デーメーテール様に会えたら聞いてみたいわ。
ハァ…今のままで、時間が止まれば良いのに…。
そんな事をボーッと考えていたら、中途休憩の街に着いた。
◆◆◆
「あー、疲れた。クラウディア、交代して」
アルドレダ先生がクラウディアを名指しで指名した。
「休憩した後でね」
クラウディアが気安く応える。
ヴァネッサとマリアンヌが驚いた顔をした。
「ちょっと…」私が注意すると二人が顔を見合わせた。
「アルドレダ先生ってクラウディアと仲が良いのですね」
マリアンヌが言うと、
「古い知り合いだからね」とアルドレダ先生がバラした。
ヴァネッサが居るから嘘は無意味だけれども!
少しは誤魔化す素振りを見せてよ…
「聖教国の先生とヨーク伯爵家が知り合いなの?」
「そうそう。クラウディアの洗礼式にも出席したのよ。可愛かったわ〜」
「ちょっと…」
…そうなの?聞いてないわよ…
聞けば教えてくれたのだろうけれど『笛』に居ると、余計な事は知らない方が良いという考え方になって、聞けなかった。
クラウディアが恥ずかしがっている…のかしら?表情が変わらないから判りにくいけれど。
「デミトリクスも…可愛かったですか…?」
ヴァネッサが尋ねる。
アルドレダ先生は困った顔をして、
「デミトリクスの洗礼式には出られなかったのよ…色々とあってね…」
と言った後で悲しい顔をした。
聞いてはいけない事を聞いてしまったと感じたのだろう。
ヴァネッサは、そうですか…ごめんなさい。と言って黙り込んだ。
そう言えば、私、クラウディアやデミトリクス、ジェシカの過去すら知らなかったわ…
この世界に足を踏み入れていると、過去の詮索はし辛いのよね…。
お互いの過去を知らない事で、他人から不審に思われたりするのかしら…?今度相談してみようかしら…。
◆◆◆
暫く休憩した後、クラウディアが御者台に座って、再度出発した。
アルドレダはおしゃべりが上手くて、いつの間にか馬車の中では世界情勢の授業が始まっていた。
過去にあった『神代の魔導具』緊急停止による、高濃度魔素の地域汚染事象による世界の大混乱の歴史からの流れから、現在のティルベリ帝国やハダシュト王国、南の共和国や東端の海の国、異端とされているハシュマリム教国の話までに繋がる教え方で、とても上手かった。
何故、同じ宗教国家であるマイア聖教国の従属下で、ティルベリ帝国とハダシュト王国が争うのか。
何故、ハシュマリム教国が誕生したのか等など。
マリアンヌが授業同様に手を挙げて、質問した。
「神代の魔導具が、政治情勢や戦争に関わった事がある、と聞いたことがあります。先生はそういう事例を知ってますか?」
アルドレダは暫く逡巡した後で、知っている。と答えた。
しかし、その直後に、知っているけれど答えられない。と言って、続く質問を抑えた。
アルドレダの真剣な表情を見て、要らぬ質問をした事を悟ったマリアンヌは黙り込んだ。
アルドレダは「神代の魔導具の話題は、どこの国にとっても最高機密なの。答えられないのよ。ごめんなさいね」と言って謝った。マリアンヌは恐縮してしまった。
アルドレダは、ただ…、と言って「貴女が将来、国の中枢に関わる仕事に就くならば、知らなくてはならない事でもあるわ」と言った。
マリアンヌは「どの様な仕事に就けば、神代の魔導具に関われますか?」と尋ねた。
アルドレダは、そうね…、と言って、
「貴族院議員や教会の司教や枢機卿、外交官や裁判長…他は…軍部でも将官クラスや護衛騎士団長とか色々。
…答えにくいわね…兎に角、国家のそれぞれの最高職に就くことね」と答えた。
ヴァネッサはふと、「アルドレダ先生も最高職に関係する方なのですか?」と聞いた。
私とジェシカとアルドレダに緊張が走った。
不味いわ…気付いたかしら…?
ヴァネッサは何かを感じたのか、黙ってしまった。
マリアンヌはオロオロとしていた。
サリーは我関せず、と、パックを掌で転がしながら遊んでいた。
「……騙せないわよね。そう、関係あるわ。でも言えない」
そう言って、アルドレダは黙ってしまった。
ヴァネッサは小さく、ごめんなさい…、と呟いた。
◆◆◆
更に鐘2つ分程馬車を走らせて、小さな村に辿り着いた。
アルドレダ先生が村長に話して、宿泊施設として家を借りた。
今日はここで一泊してから、最終目的地まで向かう予定。
「腰が…痛い…」
ずっと座りっぱなしだったクラウディアが呻いた。
「クラウディアは休んでなさい。サリー、食事を。
私はお湯を沸かしてくるわ」
アルドレダは指示を出してから、井戸へ向かった。
私は、どうしようか迷った末に、サリーのお手伝いをする事にした。
「お嬢様にその様な事をさせる訳にはいきません」
と、サリーが言っていたが、私がサリーの手を握って、
「私…貴女の役に立ちたいの…」と上目遣いで話したら、鼻血を垂らしながら了承してきた。
私が慣れない手つきで皮を剥くと、サリーが手を添えて教えてくれる。
切った野菜を鍋に入れて暫く煮出したら、お湯を一度捨てるのよね。本で読んだわ。
私がお湯を捨てようとしたら、サリーが止めた。
サリー曰く、お湯を捨てずに味付けをした方が美味しいらしい。
…大丈夫かしら…お腹壊さない…?
私が心配していると、教会で私がいつも食べていたスープ、あれは、サリーがこのやり方で作っていたのだと言った。
あの、美味しいスープはサリーが作っていたの…?
私が驚いている間に、サリーは塩と胡椒で味を整える。
「本当は鳥の骨や、くず肉等があると、もっと美味しいのですが…」と、味見しながら残念そうに話した。
私も味見してみたら、確かにいつものサリーのスープに比べると物足りない。でも、食べられなくはない。
大食堂の塩辛いだけのスープに比べれば、とても美味しい。
私が食卓にスープを並べると、マリアンヌがため息をついた。
しかし一口飲むと、「何これ、美味しい…」と感動していた。
私にとっては少し物足りなくても、他の貴族にとっては美味しいらしい。
今迄私は、本当に美味しい物ばかりを食べていたのね。
スープの他は、硬いパンと保存用の乾燥肉しか無かったけれど、塩の効いた肉とスープが上手く合い、十分食べられる味だった。
パンは、とても硬かったけれど…
保存用だし、仕方無いか…。
「到着予定の村は竈があるから、温かいパンが食べられる筈よ」
皆のパンを見つめる表情を見たアルドレダが、何とか元気づけようとした。
スープは概ね好評だった。
クラウディアとジェシカからは手伝った事を褒めてもらえた。
少し照れ臭く、そして嬉しかった。
サリーも一緒に喜んでくれた。
村長の家の離れの建物には、大きな浴場と浴槽があった。
普段使いではない冬用施設で、村人達が薪を節約する為に一緒に入る為の物だそう。
アルドレダ先生が村長から使用許可をもらってくれていた。
アルドレダ先生とジェシカが水汲みをして、マリアンヌとヴァネッサが圧縮魔術式で温めてくれた。
皆でお互いの身体を洗いながら、皆で楽しく入浴した。
サリーはいつも、私の身体を洗うだけで一緒には入らないけれど、今日は一緒に入った。
二度手間になるからね。
サリーは嬉しそうに、私と並んで浴槽に浸かった。
サリーは、私の顔をじっと見ては頭を撫でてくる。
その様子を見たマリアンヌが、母娘みたいだね、と言った。
平民の母娘だと、頻繁にこういう触れ合いがあるんだって。
マリアンヌはマクスウェルと同じく、平民の暮らしを見たことがあるから知っていたらしい。
平民の母娘…少し羨ましいな。
寝室は村長家族が使うので、私達は居間を借りて寝た。
ジェシカが購入しておいてくれた寝袋が役に立った。
寝袋で床に寝たのは初めて。
楽しくて興奮する。
しばらくは皆、楽しそうにお喋りをしていた。
しかし寝袋がとても暖かくて、皆、段々と眠りに落ちた。
クラウディアだけが、時々夜中に起きて、馬車の方を見に行ったけれど。
私は途中から意識が無くなり、気が付いたら、もう日が出ていた。
顔を洗う為に井戸へ行ったら、私達の馬車の周りで寝ている村人達が居た。
私が恐る恐る声を掛けると、村人達は飛び起きて逃げていった。
…この村の人は、外で寝る習慣があるのかしら…?
私は、首を傾げた。




