◆3-5 結びの契約
クラウディア視点
私の提案した『イベント』が正式に発表された。
多くの生徒達は既に内容を知っていた。
発表前から編成表を提出したチームもあったくらいに。
皆、楽しいキャンプでもするかの様に、はしゃいでいた。
発表された内容は、ほぼ事前の噂通りだった。
追加で、1チーム1名ずつ荷運び人と料理人を連れて行ける事になり、女生徒のチームに限り侍女の参加も可となった。
更に宿泊施設として、近場の村の冬用施設まで借りられる様に手配されたらしい。
冬用施設が無い村では村長の家の一部を借り上げたそう。
学校から、貴族の身分を笠に着て横暴しないように、村から苦情が来た場合は『退学』を含めた処置をする。と、厳重注意が添付されていた。
…何だコレ…既に訓練でも何でも無いじゃないの…
ここ迄やれとは言ってない…
加点の条件も『獣の討伐数』だけでは無く、『売れる薬草類や採取物の調達』も加えられ、かなり緩くなった。
騎士や軍属系統以外のチームにも配慮したようだ。
おかげで、試験予行の遠征訓練ではなく、皆は集団キャンプとか仲良し旅行とか呼んでいた。
私は、ジェシカ、ルーナ、ヴァネッサ、マリアンヌと組んだ。
リーダーに、身分が一番上と言う事でヴァネッサかルーナを登録しようとした。
しかし、本人達が障碍と年齢を理由に拒否した。
次に身分が高いからと、私がリーダーに決められた。特にジェシカとマリアンヌの強い推薦もあって。
料理はルーナとヴァネッサ以外は皆出来るので、料理人は登録せず、侍女としてサリー、従魔としてパックを登録した。
相変わらず、パックは従魔扱いに拗ねていた。
男子グループは、デミトリクス、イルルカ、マクスウェルに、何故かリオネリウスと、セタンタという名前のリオネリウスの友人が加わっていた。
あの、嫌な殺意むき出しの護衛騎士見習いは、別のチームに追いやられていた。
理由を聞くと、アイツ暑苦しい、疲れる。…だそうだ。
せっかくのお遊びキャンプ、地を出せないとやってらんねー、と王子とは思えない発言をしていた。
マクスウェルは複雑な心境からか、顔が引きつっていた。
セタンタが自己紹介をした際、「この馬鹿は俺が抑えるから安心して下さい」と丁寧に挨拶した。
セタンタとリオネリウスは、幼馴染なのだそうだ。
リーダーをリオネリウスにしようとしたら、疲れるから嫌だ、と言って、年齢が一番上と言ってマクスウェルに押し付けようとした。
しかし、リーダーをやりたくないマクスウェルは、リオネリウスに次いで身分が高いと言ってイルルカに押し付けようとした。
押し付けられそうになったイルルカは、自分は元平民だからと言って、セタンタに押し付けようとした。
セタンタも、自分の家は下位貴族の子爵なので無理です!、とはっきり言うので、結局は伯爵令息であるデミトリクスにお鉢が回って来た。
デミトリクスは無感情に、いいよ、と言って引き受けた。
料理人を雇うかどうかの話し合いでは、皆、必要ないと言った。
リオネリウスは、自分以外の皆が料理を出来る事を知って、俺も出来るようになっておくべきか…?と真剣に悩んでいた。
セタンタが「自分が料理するから、やめてくれ」と言っていた。
…料理の出来る王子様…ってのも良いとは思うけれどね。
料理は下働きの印象が強いから仕方無いね。
リオネリウスが自分の供回りの護衛騎士達を拒否したので、護衛とポーターは学校側に任せる事となった。
リオネリウス曰く、自分の周りに居ないやつが良い、らしい。面倒くさい、だって。
「仲良し旅行とは言われているけれど、一応授業だからね。
どの採取物がどのくらいの加点になるか、調査しようよ」
張り切っているマリアンヌが提案してきた。
私達は市場調査の名目で、デミトリクスのチームと一緒に街への買い物に出掛ける事にした。
リオネリウスも付いて来ようとした処を、護衛騎士達やセタンタに引きずられて行った。
流石に街中で醜態を晒すのは我慢ならないそうだ。
寄宿舎のロビーで待ち合わせしていた私達は、出て来たヴァネッサを見て驚いた。
「あまり着なかったから…久しぶりに着ると足元が…何ていうか、頼りないね…」
ヴァネッサが、あまり広がらない様に裾に絞りの入ったスカートを穿いてきた。
初めて見るヴァネッサのドレス姿だった。
二の腕が透けているレース仕様で、付け袖の手首の部分は大きく広がらない様になっていた。
フワフワしている部分は視えなくて引っ掛けるからだそうだ。
髪の毛も同じ色の付髪をつけてロングヘアーにしてあり、いつもの美少年姿ではなく完璧な美少女になっていた。
普段の男装を見慣れているせいか、通りすがりにヴァネッサを見た他の生徒達は、びっくりして固まっていた。
女生徒の中には「お姉様…お美しい…ですわ…」と呟きながら惚けている者も居た。
「これでも周りが視辛くて歩きにくい…」とブツブツ言っているヴァネッサを、やりきった顔をした侍女がエスコートしてきた。
私はデミトリクスに、ヴァネッサをエスコートする様に促した。そして、ヴァネッサの侍女はデミトリクスにエスコートを引き継いだ。
その侍女もサリーもマリアンヌまで、ニマニマして、とても興奮していた。ジェシカだけは呆れていた。
…駄目だコイツら…早くなんとかしないと。
…気持ちは分かるけれど…分かるけれどさ…
美少女と美少年の組み合わせだと、破壊力はバツグンだ…
ルーナは素直に、綺麗…、と呟いていた。
パックは、ルーナの方が可愛いよ。と飛び回りながら騒いでいた。
…ルーナの素直さが、私の心に突き刺さる…うっ…
ヴァネッサも多少元気を取り戻したのか、暗い雰囲気を振り撒いてもしょうがないと考えたのか、デミトリクスに手を引かれて歩くのが嬉しいのか、見た目は元気そうに付いて来た。
薬草の値段調査と言う事で、マリアンヌが最大手のフリン商会へ行こうとした処を止めて、近場で調査しようという事になった。
…危ない、危ない。ヴァネッサがベネフィカの心を読んだら…酷い事になる。
歩いている途中でイルルカが周囲を気にした後、私に小包を渡して来た。
リオネリウスが居る場所では、渡し難かったらしい。
小包には『魔道銃』が入っていた。
魔道具組立工組合のレンツォから、ジェシカが脅し取った『魔道銃』を、イルルカの能力で『鍛造』してもらった物だった。
以前にバーゼルの追跡を振り切った時に、イリアス枢機卿への手紙のついでに「時間があったら『能力』で鍛造して」と言って、渡しておいた物だ。
私は、外見・中身の出来栄えを確認した。
…やっぱり、元の魔道銃より外見は少し小さくなってる。
鉄が『締まった』感じ。
口径もほんの僅かに変わったわね。
代わりに鉄の密度が凄い。
以前より重く感じる。
「やはり予想通り良い感じね。ありがとうイルルカ」
そう言って、デミトリクスに渡した。
デミトリクスは、じっと見て重さを確認してから懐に仕舞った。
私は先に武器を買いに行こうと提案して、近場の魔道具工房へと赴いた。
魔道銃を視たヴァネッサが「クラウディアは魔道銃を使えるの?」と聞いてきたので、圧縮魔術式が使えない、と話した。
圧縮魔術式は平民でもある程度は使えるが、魔道銃を作動させる為には子爵家程度の魔力が必要だ。
…私の魔導銃なら使えるけどね…
今回はジェシカやイルルカ達の為に、魔道銃を用意すると言った。
ジェシカは魔道銃を持ってないから。
魔道銃の音を消すのは難しいので、普段仕事では使わない。
工房に入って、学生証を見せてから事情を説明すると、いくつか商品を並べてくれた。
デミトリクスは大きさの違う数種類の弾丸だけ持って、試射場へ向かった。
私とマクスウェル以外は、銃を選んでいた。
マクスウェルも、平均的な貴族に比べて魔力が低く、魔道銃を使ってもほとんど威力が出ないらしい。
マリアンヌはかなり器用で、圧縮魔術式だけでなく波形魔術式や物質化、果ては、治癒魔術式まで使えるらしい。
…魔素の固定化という特殊能力だけでなく、オールマイティなのよね…このメンバーの中でなかったら目立ってたでしょうに…。
皆で、どれにしようか…と話していたら、
ガイン!!
試射場の方から大きな金属音が響いた。
デミトリクスが的を撃ち抜いていた。
私が小声で、手を抜かないと…、と話すと、そんなに威力込めてない…と返してきた。
「凄いね…イルルカの銃。魔素の漏れがほとんど無い。
耐熱性能もかなり高い。
おかげで圧縮魔術式の漏れ制御も温度管理も必要ない…」
あのデミちゃんが驚くなんて…。
表情には出てないけれど、嬉しそう。
店員も驚いていたが、それ以上にイルルカが驚いていた。
デミトリクスは、丁度良いサイズの弾丸を多く注文していた。
周囲には分からないが、自分が使っても壊れない魔道銃が出来てとても嬉しいらしい。
普通の魔道銃をデミトリクスが使うと、銃の発火室が溶けてしまうから。
…私の作ったデミちゃん専用特注品の魔導銃は、大き過ぎて持ち歩けないからね…
皆が、それぞれの魔道銃を選んで、試射していく。
やはり、デミちゃん以外で一番上手かったのがヴァネッサだった。
…ジェシカの言う通りね…
私は、魔道銃の選択授業は取ってないから知らなかったが、ヴァネッサの腕前は、現時点で既に戦場で見たどの射撃兵より上手かった。
風の影響を受ける音の反響音を常に意識しているからか、射撃は百発百中だった。
足元は見えなくても、十数メートル先の的は風向きまで完璧に捉えていた。
デミトリクスの穿けた穴に通す程だった。
…凄い!
あれ?もしかして、デミちゃんへのアピール?
デミトリクスが素直に拍手して、ヴァネッサは素直に照れていた。
それに対してイルルカは魔力の制御が難しいらしく、弾丸が飛ばなかったり、逆に飛び過ぎたりして、的当てに四苦八苦していた。
私とマクスウェル以外の皆が魔道銃を購入して、工房を後にした。
近場の薬屋や魔石屋、弓具店や材木屋等を巡り、薬草や魔石、素材となる材木の種類等を書き留めて、寄ったついでに傷薬や弓矢等も購入した。
昼食にする為、買い物途中で富豪用の飲食店に入った。
「やっぱり…魔石が1番高いですわ。
上手く魔石が取れれば高成績になるのでしょうね…」
値段のリストを見ながらマリアンヌが唸る。
「魔石は魔獣からしか取れないよね。難しいんじゃない?」
「ネズミの魔獣とか、草食動物の魔獣とかなら…」
「ネズミは手強いわよ〜。それに、あまり触りたくないわ」
「となると、狙うは草食動物の魔獣ですわね」
ジェシカとマリアンヌは、何を狙うかを話し合っている。
「材木だと黒檀が飛び抜けて高いね」
「でも、それは南方の国でしか採れない筈だから、取得は無理だろう」
「採取が簡単で価値があるとなると…血止めや気付けの薬草…」
「採掘場近くの川とかなら、稀少鉱石で一山当てることも可能かもな」
「鉱石の中には毒性のある物もあるから気を付けないと」
「それを言ったら植物の方が毒は多くないか?」
「毒草なら、毒草で価値がある物もあるよ。麻酔の薬草とか…」
イルルカとマクスウェルは、魔石以外で狙える物を探している。
「採った木材を加工して市場で売るのは駄目かしら?」
「判定が『売れる採取物』だから、無理なんじゃないかな…?
それに、クラウが加工すると市場に流せない物になるかも知れないし…」
「そうねぇ…
イルルカの能力で付加価値を付ける…のも無理よね…。
そもそも鍛造出来る素材なんて見つからないだろうし…」
私とルーナは裏技が使えないかを相談している。
皆の議論を黙って聞いているデミトリクスと、直ぐ側で彼に触れたそうにモジモジとしているヴァネッサ。
その様子を横目で盗み見ているサリーとマリアンヌ。
…もどかしいわね。
「ねぇ、この後は宝石でも見に行きましょう」
私が提案すると、マクスウェルが「流石に宝石は採れないだろう?」と言った。
マリアンヌが「お兄様って…これだから…」と言って可哀想な人を見る目で実兄を見た。
ジェシカとサリーが、やれやれ…と言って肩をすくめる。
理解出来ていないのは、マクスウェルとイルルカだけだった。
高級宝石店に入ると、私はデミトリクスに、ヴァネッサに装飾品を送るように指示を出した。
デミトリクスは、意味を理解していたらしい。
自分の髪色と眼の色にそっくりな、漆黒色の中に紅い縦線の入った宝石『キャッツアイ』を見つけた。
それをイヤリングの金具に取り付けてもらい、購入。
自らの手でヴァネッサに着けてあげた。
頬をピンクに染めて嬉しそうにするヴァネッサ。
彼女は店員に頼んで、宝石貝である『夜光貝』の中で、自分の髪の色と同じ色の物を探してもらった。
そして、その場ですぐに、タイブローチに加工してもらった。
ヴァネッサが手探りで、震える手でデミトリクスにタイブローチを着けてあげると、店員から一斉に拍手が送られた。
ヴァネッサは顔を真っ赤にして俯いた。
…ヴァネッサを私達の中に引き込む為には、しょうが無い。
そう…しょうがないのよ…。
マリアンヌやルーナは素直に祝福していたけれど、ジェシカだけは考え込んでいた。
マクスウェルは、僕も早く見つけないと…と呟いて、イルルカは、貴族は早いんだなぁ…、と感心していた。
二人が手を繋ぎながら寄宿舎に戻ると、装飾品を見たヴァネッサの侍女が涙を流しながら喜んだ。
次の日には学校中の皆が知っていた。
男女が自らの手で装飾品を贈り合う事は…そういう事ですね。
貴族間では、10歳〜13歳で決まる事が多い。
高位貴族では10歳未満も普通。
12歳のヴァネッサはむしろ遅い方。
ヘルメスも相手が出来るとは思ってなかったので、そういう政略はとって来ませんでした。
因みに婚姻可能年齢は成人年齢より早く、
男子14歳 女子12歳からです。この世界は。
だから、今回の事は婚姻の手付け。婚約です。
更に言えば親が介入していないので、婚約の予約。
婚約は人質の意味合いもあったので、女性はわりかし早かった。
『娘の将来を質草にする代わりに、今すぐ家を護ってくれ』的な意味。
因みに同居等、それ以上の関係は成人(15歳)以降になります。
念の為…。
平民の平均的な婚姻年齢は、貴族の+3歳〜5歳
20歳前後で未婚女性は行き遅れと言われる世界。




