表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ボガーダンの獣
64/287

挿話 枢機卿への道

第三者視点




 気候もすっかり暖かくなった北方教会区。

 ひな鳥たちの騒がしいさえずりに急かされるように、親鳥達が飛び回りご飯を奪い合っている。更にそれを追い掛ける子供達の笑い声や掛け声が外から響いてくる。


 帝国のベルゼルガが聖教国に大きな爪痕を残して立ち去った後、簡易裁判や後始末で暫く首都から帰れなかったエレノア。

 ようやく帰り着いた教会では、山積みの仕事が彼女を出迎えた。


 統括教会の司教執務室でエレノアと司教補佐達は、遅れた分を取り戻す為に、忙しく働いていた。


 教会の毎週の礼拝や時折依頼される浸礼儀式、簡単な事務処理等はマジス神父に頼んであったので滞りは無かった。しかし、司教の裁決が必要な問題が後回しとなり、結構な量が溜まってしまっていた。


 エレノア達が休憩もそこそこに、忙しなく書類の山に埋もれていた時、突然の来訪者が現れた。


 供回りを引き連れてやって来たのは、ヘルメス枢機卿だった。枢機卿が先触れ無しに来訪した事は、皆を驚かせた。


 エレノア達は仕事の手を止め、急いで書類を片付けた。そして、紅茶と菓子を用意しようとした処をヘルメスに止められた。


 「忙しいところ悪いな。緊急の要件でな。教皇庁の帰りに立ち寄っただけで、すぐに帰る。皆は退室してくれ」

 ヘルメス枢機卿は落ち着いた声で話し、自身の護衛騎士達にも退室する様に命令した。


 エレノア以外の全員が部屋を出た事を確認してから、ヘルメス枢機卿は口を開いた。


 「東方教会区の枢機卿候補に、エレノア、貴女を推薦しておいた」


 突然の発言にエレノアは口を開いたまま固まってしまった。


 「どうした? 望んではいなかったか? てっきりこの部屋を明け渡してくれるのかと思っていたのだがな」


 「…例の件、私は何かお力になれましたでしょうか?」

 エレノアは警戒しながら尋ねた。


 「…もう必要無くなったからな。メンダクスと取引した」


 「メンダクス…?以前、猊下が会ったという者ですか?」


 「ふむ…まあ良い。オマリーの事はこれ以上報告しなくて良い。」


 「オマリー神父ですか? 『鬼』の捜査ではなく?」


 「…ああ、そうだったな。今はどちらでも良い。兎に角、教皇に推薦の意思を伝えておいた。枢機卿の空き枠、貴女が入れるかどうかは教皇次第だろう。

 幸い先日の件で、貴女の中央区での人気は高くなっている。今ならイリアス達も反対はしづらいだろう」

 …私が裁判に出席出来なかったおかげで、逆に上手くいったな…と口に手を当てながら呟いた。


 「推薦の対価は何でしょうか?」


 「話が早くて助かる。

 分かっているだろうが、魔導具士ギルド乗っ取り未遂事件のおかげで親帝国派閥の肩身が狭い。

 帝国に買収されていた副司祭も居たせいで、余計にな。

 対価として欲しい物は議決時の帝国枠での協力だ。

 簡単に言えば、必要な時に私の議案決議に協力をしてくれれば良い」


 「それは構いませんが…。その事に関して、教皇猊下は何かおっしゃっておりましたか?」


 「思った以上に国民の意見が反帝国に傾いていっているのを危惧していたな。

 バランスを取るためには親帝国枠を増やす事に否やはない様だぞ」


 「なら…」と言って、エレノアは嬉しそうに笑った。


 「推薦の件だが…恐らく教皇派のクリストフは教皇の意見に反対はしないだろう。

 イリアスとアイミリウスは不明だが、クリストフさえ反対しなければ、十中八九通るだろう。

 まだ取らぬ狸ではあるが、一応北方区の司教候補も決めておけ。ここには副司教を置いていなかっただろう?」


 「この教会内から選ぶなら、現在立場的に成れるのはマジスかオマリーです。

 ただ、東方教会区に移動する事になるなら、どちらかは連れて行きたいので、北方区の他の教会の副司教や司祭から推薦があれば従います」


 「ふむ…ならマジスが良いか?

 オマリーが司教になって動きにくくなると困る。

 まだ東方教会が完成していないから仮の司教だがな。

 教育が必要なら始めておく方が良いだろう」


 エレノアは、「畏まりました」と言って深々と頭を下げた。


 「話は以上だ。後日、教皇から呼び出しがあるだろう。

 その時に、意志の確認がある筈だ。

 …私の推薦に砂をかける様な事はするなよ?」

 そう言って立ち上がった。


 ヘルメスが扉に手を掛けた処で、ピタリと止まり、扉のすぐ横の水槽を眺めながら、「今度、コレの世話の仕方を教えてくれ。この部屋は私の執務室にするからな」と言ってから部屋を出ていった。

 エレノアは、嬉しそうにニコニコとしながら見送った。



 部屋に一人残ったエレノアは、笑顔を消して

 「取引…?メンダクス…あいつ何を考えているの…?」

 と、独り言ちながら爪を噛んだ。




◆◆◆




 後日、教皇の呼び出しを受けたエレノアは教皇の執務室に来ていた。『トゥーバ・アポストロ』としては何度も来ているので、全く緊張はしていない。

 教皇の隣には、飄々としたメンダクスが立っていた。


 エレノアは訝しげな目をメンダクスに向けながら、

 「いきなりの方針転換はどういう事?」と第一声を発した。


 赤髪の胡散臭い男は、わざとらしくため息をつきながら、

 「実は失敗致しましてね…」と言ってこれまでの方針から変更した理由を話し始めた。


 「以前、貴女にもお話致しましたが…」

 ヘルメス枢機卿が何者かに操られているのは判っていた。

 記憶の齟齬、性格の急変、何かへの執着等の今迄に無い変化があった。この数年のヘルメスの行動の変容から、ほぼ確実だった。


 「魅了、強欲、執着、焦燥、恐怖…色々とありますが…」

 取り敢えず、『洗脳』と呼称します。と言って、

 「『洗脳』を解く一番簡単な方法はご存知ですか?」


 「ええ…二律背反(にりつはいはん)、もしくは自己矛盾の気づき…よね」


 「そうです。どの様な洗脳であっても、本人の心の底から忌避している行為はさせられません。

 無理にさせると、洗脳が解けるか心が壊れます。

 若しくは、自己矛盾に疑問を持つ事です。

 こちらは自発的な分、心が壊れる事はありません」



 初めはヘルメスの愛国心を揺さぶった。

 多少の葛藤があった様だが、コルヌアルヴァを押さえようとはしなかった。

 聖教国に対しての侵攻では無かったからか、それ程愛国心が強くなかったのかは、判らないが。

 『自己矛盾』も『二律背反』も掠らなかった。


 次に餌として『笛』への手掛かりをちらつかせた。

 『洗脳』の種類が強欲や執着なら絶対に喰い付くと考えた。

 予想以上に反応した事から、『強欲』か『執着』だろうと当たりを付けた。

 餌に集中している間は思考が読みやすくなる。

 何故、『笛』に執着しているか、自己葛藤を促した。


 その間にヘルメスが心から大切にしている物を探った。


 それは意外にも、ヘルメスが自分の側に置いていた『息子』では無く、自分の手元から放して置いていた『娘』だった。

 ギフテッドの中でも『心を読む』『盲目』の少女。


 貴族の世界の常識では、『愛されない条件』が完璧に揃ってしまった娘。

 それをヘルメスが溺愛していた事は、手紙の中継をしていた侍女からの報告で知った。

 それの確認の為に、セルペンスを使いヴァネッサを脅した。


 元々は『自己矛盾の気づき』を強める為に、オマリー英雄プランも用意していたが、問題が発生して頓挫していた。

 その為『執着欲』を強める事での自己矛盾に気付くのを待つのではなく、『大切な者を奪われる恐怖』を現実的に理解しやすくしてみた。

 『二律背反』を試してみたのだ。


 自分のエゴから来る欲望と、大切な者を保護したい欲望。

 二者択一を迫る事で『強欲』であろうと『執着』であろうと、壊せると思った。


 その『大切にしている者』と交換で餌の提供を提案した。


 ヘルメスは拒否したが、段々と支離滅裂になっていた。

 ヘルメスを監視していた部下の報告では、寝込む迄になっていった様だった。

 ヴァネッサの侍女からの報告で、娘を心配する手紙が毎日毎日、一方的に届くのを確認した。



 「洗脳が解ければ、ヘルメスの口から犯人の名前が判ると思ったのです。

 オマリー英雄プランによる『自己矛盾』は、時間的問題があって間に合わなかったので、教皇猊下からいただいた魔導具を使い、強制的に洗脳解除までもっていきました。」


 洗脳が深く効いている時は何の効果も無いが、解けかけている時は強制的に解除出来る魔導具。

 ただ当然の如く、心が壊れる可能性があった。


 ヘルメスがその場で気絶してしまったので、ベッドに戻し、彼の洗脳が解けたかどうかを、次の夜に見に来ようと考えた。



 その直前に裏の奴がヘルメスに接触したらしい。


 恐らくは完全に人格を乗っ取られ、大切な者に『執着』する欲を壊された。


 「実に惜しいタイミングでした」


 「結局、裏の奴が誰かは分かったの?」


 「実は、ヘルメスの監視の為に潜入させていた部下が行方を眩ませました…生きているか死んでいるかも不明です。

 死んでいるとしたら良かったのですがね。

 しかし、それなら必ず記録暗号を残している筈ですので…」


 …それが方針転換した理由でもあります。と言った。


 まさか寝返った?、とエレノアが尋ねた。


 「…ヘルメスの能力は効かない様にしていたので、ヘルメスを操っている者と不意の遭遇をしてしまった可能性が高いです。

 もし、ヘルメスと同じ状態にされているなら『笛』の情報も漏れているかもしれません。

 しかし、運が良かった。

 万が一ヘルメスに洗脳された時の事を考えて、中央の情報や仲間の情報をほとんど持っていない者を使ってました。

 日頃の行いが良い私をマイア様が助けて下さったのでしょう」

 (うそぶ)くメンダクスをエレノアが冷たい目で見る。



 メンダクスはエレノアに、行方不明となった部下が持っていた情報を教えた。

 そして、その後のメンダクスとヘルメスとの取引内容と何処まで『笛』の情報をヘルメスに流したかを説明した。


 部下には、地方で育ち、地方で活動していた者を使った。

 ヘルメス枢機卿を担当するにあたり、万が一彼に『魅了』されても重要な情報を漏らさない様に。

 中継役もメンダクスの遣いが変装して会っていたので、ホウエン達の事も知らせていない。


 更に、部下には強力な波形魔術式を妨害する為の魔導具も持たせていた。

 もし、ヘルメスの『魅了』の魔術式を感知したら妨害する為に。

 しかし、魔導具ごと姿を消した。


 壊されたか、奪われたか…

 ヘルメスの魔力に比べて、それを遥かに超える力だったか。

 そもそも、波形魔術式では無かったか。

 

 消えた部下は戦闘部員ではなく諜報部員であった。

 その為、地方出身者であっても、『笛』内部の噂程度は知っている。


 北部砦の占拠事件では、北方教会区所属の仲間達が解決した事。

 エレノア司教の統括教会の中だけでも、最低4〜5人程度が潜伏している事。

 その者達だけで砦を派手に粉々にし、敵を全滅させた事。

 それと、複数の兵士達の目撃した『鬼』の話が、オマリー神父の事だろうとは、当然知っていた。メンダクスも知られても良い情報として教えていた。


 どれもヘルメスが持っていた情報とは大差ない。



 部下が消えた事を知ったメンダクスは、ヘルメスを監視し易くする為に、本人に取引を持ち掛けた。


 ヘルメスが『大切にしている者』の『笛』への提供。

 躊躇なく取引に即応した。

 「それで、裏の奴がヘルメスに接触し、『人格』を入れ替えた事の確信を持ちました」


 メンダクスが、ヘルメスとの取引の報酬として渡した情報は、オマリーの正体とオマリーを中継とする複数の部下がいる事。部下の正体は秘密。

 そして権利は、オマリーへの直接命令権。但し『笛の上位管理者に反しない限り』という条件付き。

 仮ではあるが、教皇に次ぐ力を手に入れた事になった。


 「オマリーの事だけ教えたのね。私の事は知らないと…。そういう事は(あらかじ)め連絡しなさいよ。探りを入れられたわよ…面倒くさい男」

 で、私達はこれからどうすれば良いの?と、エレノアが尋ねると、教皇が答えた。


 「エレノア司教、貴女はヘルメスから離れてもらう為にも、枢機卿推薦を受けて下さい。貴女がたは戦闘専門職であり、諜報向きではありませんから」


 エレノアは了承した後、

 「教皇猊下とメンダクスはこの後、どうやってヘルメスの裏の奴を探るの?」と尋ねた。


 「幸いにも、部下が行方不明になった大体の時間帯は判明いたしました。そこから、容疑者候補達の不在証明(アリバイ)と照らし合わせれば、かなり絞れるでしょう。ヘルメスも内側から監視し易くなりましたし…もし、接触してくればすぐに判ります」

 失敗は失敗として利用しましょう、と言ってメンダクスはクックッと笑った。


 ニコライウス教皇は、元々、失敗した時用に考えておいた作戦でもあります。作戦変更ととらえるべきでしょう。と話した。



 「彼女も可哀想にね…」と、エレノアは呟いた。


 「可哀想かどうかは彼女が決める事です。何も知らない籠の鳥よりは幸せ()()知れませよ?」

 メンダクスは薄ら笑いを浮かべながら答えた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ