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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ボガーダンの獣
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◆3-3 枢機卿の変化

クラウディア視点




「クラウディア…お願い…助けて…私、どうしたらいいのか分からない…」

 個室に入るなり、ヴァネッサは目に涙を溜めながら助けを求めてきた。


 私達は少し席を外すと伝え、ロビーに行くと商談用個室を借りた。

 私の後に続いて個室に入った彼女が発した第一声が、それだった。

 私はヴァネッサをソファに座らせて落ち着かせた。


 「お父様が…おかしいの…まるで、別人になったみたい…」


 彼女が言うには、私達と会ってからこれまで、父親のヘルメス枢機卿とは頻繁に手紙で学校の事について報告をしていたそうだ。


 日常の出来事を報告すると、ヘルメスからは彼女の体調を心配したり、友人や勉強の事を心配する等、少し過剰とも言えるくらい彼女に気を遣うような返事が来ていた。

 だが決して、下位貴族や平民と付き合うなとか王国人と付き合うなとか、人間関係に踏み込んだ要求や注意は無かった。

 手紙の文言からも当たり障りのない、言い換えると、父親にしては少し遠慮が見える文だった。


 「それまで、少し疎遠だったお父様が、意外と私を気遣ってくれている事を知ったの…。

 今迄、良く分からなかったお父様の事が、少しは解った気がしたの」


 セルペンスこと、ルティアンナに遭った晩に、父親に緊急の手紙を出したらしい。

 セルペンスに言われたから書いたのだけれど…。

 彼女の思い通りにしたくなく、『お父様も気を付けて欲しい、彼女の様な危険な人に関わらないで』と連絡したそうだ。


 ヘルメスからの返事は、彼女を心配しつつ体調が悪くて傍に行けない事を詫びる内容ばかりだったそうだ。


 ヘルメス自身も、ヴァネッサの言う通りに危険な事からは手を引くから、ヴァネッサにも、『ルティアンナ』という女には決して一人で会うな。と、何度も手紙で知らせて来た。

 手紙を読み上げる侍女も、書いてある内容が鬼気迫る物だった為か、少し動揺していた様子だったらしい。


 「やはり、あの女性は危険な方だったのね。

 お父様の手紙には詳しい事は書いて無かったけれど、書きたくても書けない事情がある…そういう事が伝わる文だったわ」


 その様な内容の手紙が、彼女が返事を出す間も無いくらい毎日届いた。


 「凄く私を心配してくれているのが解って…嬉しかった。

 危険な人達と関わらない約束をしてくれて、嬉しかったの」



 しかし、ある日を境にプツリと手紙が途絶えた。


 暫く連絡が途絶えた後に来た手紙は、まるで別人の書いた物の様だったそうだ。


 ヴァネッサの生活や勉学に関する内容は全く無くなり、今迄と真逆に、『ルティアンナ』『ジェシカ』そして『笛』…その事ばかり聞いてくる。


 『ルティアンナ』から、その後の接触は無いか?という、以前までと同じ内容だった。

 しかし、以前は『一人で会うな』『友人を頼れ』と言っていたのに、後の手紙は『早く接触しろ』という言い方を遠回しに言ってくる。


 そして、『ジェシカ』は『笛の一員』なのか?…と。

 直接質問して確認してくれ、等、ヴァネッサを便利な嘘発見器として利用しようとしている。

 娘の友達の秘密を暴こうと、躍起になっているのが表れた内容だったそうだ。


 「笛が何なのか…何かの暗号か…それは書いて無かったけれど…」


 言葉の選び方や言い回しは父親と同じなのに、内容だけが全く違うものになっていた。

 読み上げてくれていた侍女も困惑していたぐらいに、はっきりと違っていた。



 先日、久しぶりにヘルメス枢機卿が学校に来たそうだ。

 彼女は呼び出されて、四阿(あずまや)で会ったらしい。


 「その時の事を思い出すと…」と言って震えた。


 声音は同じで、声のリズムも一緒。

 なのに、心の音と感情の音が以前とは別人だったらしい。


 以前迄は、娘である自分に対して少し遠慮がちに接していた。

 少し不器用ながら、一応父娘の関係だった。


 それが、先日会った時は気持ち悪いくらいに明るく話し掛けてきた。

 まるで、初めて顔を合わせる他人の様に。


 少し前までの手紙の内容からは、深刻に『何かを後悔している』様な感じだったのが、今では、そのような事は全く覚えていないかの様に。


 話し方は陽気で明るいのだけれど、内容や感情の全てがチグハグで、それが凄く気持ち悪かったと。


 そして決定的に違うのが、ヴァネッサに対して、


 『笛』の他の奴等は見つけたか?

 学校の教師にも紛れているかもしれん…

 『ジェシカ』は『笛』の事を知っていたか?

 ジェシカは『笛』に対してのカードになるかもしれん…

 『ルティアンナ』からの接触は?

 お前が周囲に尋ねれば、接触してくるかもしれん…

 我が家の為に動くのが、娘の義務だろう?


 等と、平気な顔で話していた事だった。


 娘を心配する親では無く、娘を利用する貴族の顔。

 娘の能力を自分の道具として使う事しか考えていない。


 以前の手紙の様な言葉は一切無かったそうだ。


 それから数日間首都に滞在し、突然教皇庁に行ったかと思ったら、娘には何も言わずに領地へ戻って行ったそうだ。


 「まるで、悪魔がお父様に化けているかの様だった…」

 ヴァネッサが泣きながら話した。


 私は、先日ニグレドと話した事を思い出していた。


 「クラウディア…『笛』って何?貴女もジェシカも関係ある事なの?」


 私は彼女に対して嘘をつくのは簡単だったが、何故か息が詰まる感じがして、言葉が出なかった。




◆◆◆




 私は一度食堂に戻りデミトリクスを個室に連れてきた。


 ヴァネッサの様子を見たデミトリクスは、何かを深く考え込んだ後、ヴァネッサの横に腰を掛けて頭を撫でた。

 憔悴しきったヴァネッサは、デミトリクスの胸に顔を埋めて泣いた。


 私は二人を部屋に残して食堂に戻った。



 食堂に戻ると、皆が何かを察したのか、静かにこちらの様子を伺っていた。


 私は、急用が出来たから先に戻る、と挨拶してから食堂を出た。

 その際、ジェシカとルーナに目で合図を送った。



 私が部屋に戻ってから、しばらくしてジェシカとルーナとサリー、おまけのパックがやって来た。

 私は三人にヴァネッサから聞いた事を話して、何か知らないかと尋ねた。


 「ヘルメスが…?」


 ルーナが徐ろに口を開く。

 「『笛』の事に堂々と手をつけようとするなんて…」

 「ヴァネッサ様を使い調査しようとしたのですね。消される覚悟があるという事でしょうか…?」


 「私を切り札に父ちゃんを良いように使おうという魂胆かしら…?」

 ジェシカの顔は微笑んでいるが、怒りで目が据わっている。

 


 「問題はそこではないわ。

 『ヘルメスの変化』の話の方が最も重要よ。

 ねぇ…ニグレドの話、覚えてる?」


 ジェシカは、何の事か覚えていない様子だった。

 ルーナとサリーには、お茶会の時以来ニグレド達の事に関しては話して無かったので、そもそも知らなかった。


 私は、ニグレドを呼び出して聞いた話を語った。


 「ニグレドが説明していた『敵対者』が『人間に紛れる』という話…てっきり変装や擬態するのかと思っていたのだけれど…仮に、『人格を乗っ取る』場合は…どうなると思う?」


 皆が話を理解して戦慄した。


 「うっかりしてたわ…変装や擬態なら、私やパックでも見破れる。そもそも外見ではなく魔力を視るニグレドやレクトスなら変装は無意味な筈なのよね。

 ニグレド達でも『判らない』、と言われた時には気付かなかった…」


 …そもそも、ニグレドが『変装』して、とか言って無かったかしら?

 人間の外見が判らないニグレドが、人間の考える『変装』と魔獣や魔人の考える『変装』の違いがわかる筈無いわね…人間の感覚で考えていたから失念してたわ…


 「つまり、クラウの言っている事は、隣人がいつの間にか『魔人』になっている可能性がある…という事…?」

 「ボクにもワカラナイうちにルーナが食べられちゃう…?」

 ルーナとパックが恐る恐る聞いてきた。


 「本来の意味の『魔人』とは違うのでしょうけどね。

 外見は兎も角、中身はまともな人間では無いようね。

 そして現状、人間に紛れる『敵対者』とやらを見つけ出せるのは、デーメーテール様とヴァネッサだけ。

 ただ、ヴァネッサはヘルメスの事を良く知っていたから判別出来ただけという可能性もあるけれど…」


 「ヘルメスが乗っ取られているとして、本気で動けば身分的にも逆らえない。『笛』としてはどの様な判断を下すのかな…」

 ジェシカは苛々して頭を掻いている。


 「エレノア様とノーラ様は北方区に帰還してしまいましたし、オマリー様は現在東方区で任務中と聞いております。

 ここは、ホウエン様達に助力を頼むのが良いのではないでしょうか?」



 皆、今更いくら考えていても無駄だと思った様だ。

 サリーの提案に乗り、皆で校長室へと向かった。



 私は、何処までの内容を話して、何処からは話さない方が良いのか、と考えながら校長室へ向かった。


 校長室前迄来てから、初めて部屋の中にホウエン以外の気配がある事に気が付いた。ホウエン以外の二人の気配はかなり薄く、部屋の前に来るまで気が付かなかった。


 私が皆に、待って、と言って警戒していると、扉が内側から開いた。そして、ノーラとセルペンスが出て来て、私達を校長室に招いた。


 セルペンスの姿を見るなり、パックとルーナは「ひっ!」と悲鳴をもらして固まった。

 私はセルペンスの紹介は中に入ってから…と言って皆を部屋に入れた。


 校長室にはホウエン、ノーラ、セルペンスの三人が居て、私達が揃ってホウエンに会いに来た意味を理解している様だった。私は部屋に入り、扉をしっかりと閉める。


 私が一言「ヘルメス枢機卿に関して、お話があります」と言うと、ホウエンが「こちらも伝えておかねばならない事が御座います」と返した。


 私がヴァネッサに聞いた事を話すと、ホウエンが「やはり…」と言って考え込んだ。



 いつの間にか、セルペンスが私達の後ろに立ちルーナの後ろ髪に隠れたパックを見ながら舌舐めずりをしていた。

 パックは死を覚悟した顔になり完全に硬直していた。


 私は以前にノーラに貰った小瓶を思い出して蓋を開けると、今度はセルペンスが「ひっ!」と言って逃げ出した。


 私がルーナ達にセルペンスを紹介した時には、パックはルーナの服に潜り込んで震えていた。

 ルーナは「よく解らないけれど…姿を見たら身体が動かなくなっちゃった…」としょげていた。


 ノーラとホウエンは、セルペンスを無視して二人で何かを小声で話し合っていた。


 ふと、気になって、「ノーラはエレノア様と帰ったのでは無かったの?」と聞くと、急用が出来てエレノアの代理で戻って来たと話した。


 徐ろに、ノーラは皆の方を見て、

 「貴女達には話しておかないといけないわね。実は『笛』の中で方針転換があって、ヴァネッサを我々の中に迎える事になったわ」と、告げた。



 

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