◆3-2 帝国の内情
第三者視点
燃える様な髪色、透き通るような瞳の少年リオネリウスは、綺麗な顔に似合わないやさぐれた喋り方で、しかし、それでも周囲に聞こえない様に気を付けながら小声で話した。
「俺はどうせスペアのスペアだ。経歴が汚れようが他者から見下されようが構わねえからな。だから、今回みたいに周囲の馬鹿共の尻拭いをさせられんだ」と言って、『あいつら』もそれが分かっているからザーレの様なクズを俺に押し付けるしな、とブツブツと呟いた。
「あいつら?」ルーナがポツリとこぼすと、「ああ、うちのゲス兄貴共だ」と言って、「問題を起こすと分かっているが、手の切れない家柄のガキ共の世話を俺に回してくる」と愚痴る。
黙って聞いていたクラウディアが、
「今回の件、放置していたのはわざと?」と聞くと、
キョトンとした顔をして考え込みながら、
「半分はわざとだが、半分は知らなかった」と言う。
「半分?」とマクスウェルが聞くと、
「俺が知って放置していたのはカニス家の浸礼契約の件の事迄だ。諜報部のベルゼルガ中佐が関わっていた事は後から知った」
「ベルゼルガ?」とマクスウェルが再び尋ねると、本当に聞いてねえのか…?と呟いた。
「もしかして魔導具士バーゼルの事?」とヴァネッサが尋ねると、なんて名乗ってたかは知らねぇが…と答えた。
「俺が知っていたのは…」と言って話し始めた。
始めに、カニス家がブラウ家を嵌めて浸礼契約を結ぶ。
そして、魔導具士ギルドから取引するのに必要な素材を買占め、浸礼契約を履行出来ない様にする。
後ろ楯の貴族が、困る事になるであろうブラウ家に近付いて、恩と金で縛る。
傀儡にして、ハダシュト王国の製造ラインを操作出来る立場になる。
そこまでは間者から聞いていた。
どの様に実行するか…は情報が来なかった、だそうだ。
「俺の手下からは、カニス家を諌めないとコルヌアルヴァの二の舞いになるから止めた方が良い、とは言われてたんだがな…」と言いながら頭を掻いた。
「…そうだ…その時に止めてくれれば…」
マクスウェルが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「悪いが、そんな単純な罠に嵌るとも思わなかった。
普通は、契約前に必要材料ぐらいは確保するか、確保する契約をしておくものだろうが。
そんな事もしてないって事まで、カニスの連中に筒抜けだった事を心配したらどうだ?
それに罠に嵌まった処で王国が、バレれば帝国が困るだけだ。
俺は困らねぇ。
ただ…万が一、誰も気付かずカニス家の詐欺が成功しそうな場合は、この情報は教皇に流すつもりだったがな。
『個人的』に教皇との繋がりも欲しかったからな」
マクスウェルもマリアンヌも、悔しそうな顔をしたが何も言えなかった。
「帝国が困っても、貴方は困らないの?
貴方も一応は王子なのでしょう?」
ルーナが尋ねる。
「一応な…」
リオネリウスは虚空を見つめ、鼻で笑う。
「言っただろ、俺はスペアのスペアだ。
この国から不興を買ったところで困るのは親父と兄貴達だ。
俺は空虚な謝罪で場を濁すだけさ。
寧ろ、兄貴達の立場が悪くなるのは大歓迎だ」
「擦れてるわね…」
ジェシカが呆れた。
「合理的な考え方ね。好感が持てるわ」
クラウディアが言うと、リオネリウスは意外そうな顔をした。
「俺は、一番腹を立てるのはアンタだと思ってたんだがな」
クラウディアが、何故そう思うの?、と聞くと、
「今回カニス家やベルゼルガの企みを暴いたのがお前だろ?
正義感からやったのかと思ったんだがな…」と答えた。
「私は正義感や善意、ましてや知らない他人の為には行動しないわ。
私の行動基準は一つだけ。私の為だけ。
『私の』大切な人が困っていた…だから助けた。
ただ…それだけ…」
クラウディアが遠くを見ながら淡々と話す。
…ルーナが顔を赤くして俯いた。
ヴァネッサが何かを言いたそうにクラウディアの方に顔を向けた。
ルーナの方を見ながらリオネリウスは、
「なるほど…あいつ等は知らぬ間に虎の尾を踏んじまったんだな…」と、呟いた。
「ところで…」とイルルカが呟き「さっき、ベルゼルガ『中佐』と言ってたね。彼は軍人だったの?」と聞いた。
リオネリウスは、クラウディアを見た。
クラウディアは何も言わずに黙っていた。
リオネリウスは徐ろに口を開いた。
今回の帝国の行為は、次兄による侵略作戦だった。
カニス家の後ろ楯になって、今回の絵図を描いた貴族は恐らく『次兄の支援侯爵家』だろう。
兄弟で、どちらがより良い功績を挙げられるか競っている。
命を受けたベルゼルガ中佐が、諜報部の作戦として何年も前から準備していたものだった…そうだ。
「そんなに壮大な話にうちは巻き込まれていたの…?」
マリアンヌが絶句する。
「お前達の兄弟喧嘩のせいで、うちが被害に遭うところだったのか…?」
マクスウェルは憤った。
「そちらはそちらで情報共有してないのか?」
リオネリウスが尋ねる。
「バーゼルが軍属であろう事は、教皇猊下に近しい人から聞かされたけれど、詳しい情報は何も。
そもそもバーゼルの情報は、誰にも話さない様に止められたからね」と、クラウディアが答えた。
「それより、そんな情報を漏らして良かったの?」
「良くはねぇな。しかし、今回のブラウ家の被害を見て見ぬ振りしていた非があるからな。それの詫びだ」
リオネリウスは、それに…、と言って「教団の連中は嫌いだからな…」と呟いた。
「教団?」とクラウディアが聞くと彼は、帝国には南側に国境を接するハシュマリム教国の教団員が多数入り込んでいる、と説明した。
「マイア様を信仰しない連中だ。下の兄貴も感化されて、錬金術だの怪しい事に手を出してやがって…気持ち悪い」と、吐き捨てる様に言った。
「マイア様を信仰しない奴がいるの!?」
ジェシカが憤った。
「これが結構居るんだな。いや、俺は違うぞ?
髭面男を信仰するより、綺麗な女神サマの方が好みだからな」
「そういう情報を聖教国に知らせて良いの?」
クラウディアが質問するとリオネリウスは、
「どうせ、教皇は知っているだろう。帝国がどちらに傾くかを観察しているんだろうさ…。」と言った。
クラウディアはふっ…と軽く笑った。
「ところでよ…俺もアンタに聞きたいんだが…
初日の『あれ』…一体何やったんだ?」
「…『あれ』?」
クラウディアは首を傾げた。
「ザーレの馬鹿がいきなり怒り出して、訳の分からねぇ事叫んだだろう?」
「ああ…あれは驚いたわね。危ない薬でも使ってたのかしらね…」
クラウディアは、とぼけて淡々と答えた。
リオネリウスはクラウディアをじっと見て、
「アンタの能力かとも考えたが、洗脳したり混乱させたり、感情を昂らせたりする能力を使うには…アンタは魔力が少なすぎるもんなぁ…。
どんな方法を使ったのか知りたかっただけなんだが…」
「私に言われてもね…ザーレに聞いたら?」
「当然聞いたが…幻聴が聴こえていたみたいだな…参考にならなかった。
いきなり壁に頭から飛び込んだのも、訳がわからねぇ…」
「そうだったわね。幻覚でも見てたのかしらね。
帝国では、そういう薬が流行っているのかしら?」
「ハシュマリム教国じゃあるまいし…」
「しかしまぁ、アンタが何かをやった事だけは判ったから、良しとするか…。
他の連中じゃない様だしな…」
「私は知らない、と言っているのだけれど?」
「…アンタは落ち着き過ぎだ。不自然だぞ」
リオネリウスはそう言って立ち上がり、退室して行った。
「…私って不自然?」
クラウディアが尋ねると、皆が一斉に首を縦に振った。
…デミトリクス以外は。
「ヴァネッサ…ねぇ…ヴァネッサ…?」
「あ…え…?何…?」
「大丈夫?何かあったの?」
ヴァネッサはデミトリクスの方を向いた後、クラウディアを方を向いた。
そして、口を開きかけたが、再び何も言わずに口を閉じた。
ヴァネッサは考え事をする様に黙って俯いてしまった。
「でも、裏に帝国の軍部まで絡んでいたなんてな…。
クラウディアが暴いてくれてなかったら…もし、教皇猊下や枢機卿猊下が助けてくれなかったら…」
ディードも危なかったんだな…とイルルカは呟いた。
「しかし、クラウディアは凄いな」
と、マクスウェルが褒める。
「言ったでしょ。皆が集めてくれた情報を伝えただけだって。私じゃなくて皆のおかげよ」
いつもの様に、無表情で答える。
「いや、その事じゃなくてだな…クラウディアの情報で教皇猊下が動いたのが凄いと言ったんだ」
ジェシカとルーナに緊張が走った。
俯いたままのヴァネッサの肩がピクリと動いた。
クラウディアは淡々と、私達の上司が司教様だからね。エレノア様が教皇猊下に頼んで下さったのでしょう。と、話した。
「やはり、良い人脈は貴重だよな。今回イルルカにもイリアス枢機卿猊下を紹介してもらえて…助かったよ。ありがとう」
と、マクスウェルがイルルカに礼を言うと、自分は手紙を届けただけだから…、と、気恥ずかしそうにしていた。
皆が和気あいあいと話していた時、ヴァネッサが小声でクラウディアに言った。
「ねぇ…クラウディア、ボクを…いや…お願いがあるんだ。別室で話したい…」
視えない目でクラウディアの目をじっと見ながら、真剣な声音で頼んできた。
リオネリウス




