◆3-1 食卓を囲む仲間達
第三者視点
ティルベリ帝国のカニス子爵家によるハダシュト王国のブラウ男爵家への詐欺行為は、魔導具士副ギルド長の帝国との癒着問題よりも、聖教国内では大きな話題となった。
理由は『浸礼契約』を利用していたからであった。
浸礼契約を利用した詐欺であった事を知らない国民の間ですら、なにやら帝国民が聖教国の宗教原理を利用して悪さをしたらしい、と噂が拡がった。
神授国家マイア聖教国の女神を、そして、それぞれの浸礼式で祝福を授けてくれた契約の神々、全柱を侮辱した行為と受け取られた。
その為に、家が無くなり放逐されたカニス家の元家人達への市民による集団暴行未遂事件にまで発展しかけた。
たまたま、巡回警備していた騎士団の発見で事なきを得たが、帝国民への暴力未遂は外交問題に発展しかねない危険な行為であった。
事態を重く見た教皇が、カニス家は自身が悪用した契約神達の神罰によって当主他、数名が既に召され、神の下で贖罪をしている。と説明した。
『本当に罪のある者達は、神々自ら既に罰を与えたのだ』
そう公言したおかげで信徒たちは溜飲を下げ、暴動が起きる事は阻止された。
帝国の発表では、カニス家が勝手に暴走しただけであって、帝国は全く知らなかった、と言い訳していた。
しかし、それをそのまま信じる者はほとんど居らず、首都に於いての帝国の立場は、かなり悪くなった。
ただ、帝国出身だが聖教国に貢献し、且つ、人望もある人達が現在も多く居た為に、首都の中でも変わらずに帝国を擁護する人は一定数存在した。
人々にとっては雲の上の存在であり、最も尊敬される人物である枢機卿。
その一人。聖教国北東領土の内、最大の領地を統治している聖教国のヘルメス侯爵が、親帝国派。
帝国擁護派筆頭であった。
そしてその部下、北方教会区統括教会の司教が帝国出身。
しかも北方区の人々は、彼女が聖教国の為に幼い頃から身を捧げて神に仕えているのを良く知っている。
毎週の教会の礼拝、季節毎の神事、洗礼式や成人式、結婚式にお葬式。
浸礼式や祝福を授けてくれた契約の神への導き、浸礼契約の取り纏めまで行う、神に愛された存在。
北方教会区の人々にとって、彼女は自分達の生活の一部であり、偶像であり、愛すべき象徴であった。
彼女自身の信頼と人望の厚さも相まって、北方教会区では反帝国の機運は皆無だった。
しかし首都に於いては、親帝国派の人々は居心地の悪い状態であり、親帝国を公言する事は憚られる環境だった。
そんな中、簡易裁判の時に帝国を擁護せずに、常に一定の距離を取り続けた北方教会区の司教が注目された。
一部の過激な親帝国派には、帝国を擁護しない裏切り女狐呼ばわりされ、侮辱された。
しかし、それ以外の親帝国派には、あきらかに非がある帝国側に対して無理に与せず、波風立てずに収めた事が良かったらしい。
火に油を注がなかったおかげで、今後も聖教国に住み続けなければならない帝国民が平穏に暮らせると、高く評価された。
反帝国派の人々も、帝国出身であっても聖教国の為に働く彼女は批判しづらい。
親帝国派としては、彼女を支持する分には周囲の住民と諍いを起こさずに済む。
結果的に、反帝国機運が鎮まるまでとはいえ、親帝国主義を撤回する事も出来ない人々が、取り敢えずの逃げ道として北方区統括教会の司教を支持するという手段を取った。
おかげでエレノア司教は、元々の地盤である北方教会区だけでなく、中央区の首都でも今迄に無い程の支持を取得したのだった。
…ただ単純に、その美貌に対しての人気も高かった様ではあったが…。
◆◆◆
既に定例となり定位置となった、クラウディア達の食堂での集まりに、更に2名が加わっていた。
マクスウェルとマリアンヌだ。
先日のカニス家とブラウ家の争いが解決し、ブラウ家の浸礼契約が無事に果たされる目処がたった。
その為、ブラウ家と距離を置いていた商会が戻って来て、逆にブラウ家に融資の話まで持ちかけて来た。
現金なものであるが、それが商売でもある…。
金銭に余裕の出来たブラウ男爵は子供達に苦労をかけた事を詫び、寄宿舎での年間費用=代理世話代の支払いを済ませた。
マクスウェルとマリアンヌは掃除、洗濯から解放された。
自炊の必要も無くなり、大食堂を利用する事も出来るようになり、今ではクラウディア達と一緒の席で食事をする様になっていた。
「自炊や洗濯自体は良い経験だったと思う。どうせ野外訓練でやらなければならない事だしな」
マクスウェルは食後のお茶で一息ついていた。
「私も、馬術と砲術、格闘術の選択を取ることにしました。
野外訓練では皆様のお食事はお任せ下さいませ」
マリアンヌは、あの日の後から数日間、クラウディアからの質問攻めや実験に付き合わせられて、今では随分と打ち解けた。
極端な人見知りの反動からか、今ではクラウディアにベッタリで、クラウディアやジェシカと一緒に居たいと言って、二人と同じ授業を選択した。
「ごめん。私、料理出来るわ。野外でもどこでも」
「僕も…子供の頃から親に連れられて野営してたから…」
ジェシカとイルルカがそう言うと、マリアンヌはショックを受けて涙目になった。
「あ!私は料理出来ないから、マリアンヌにお願いするわ」
ルーナがフォローをすると、「お嬢様のお食事は、私にお任せ下さいませ」と、サリーがルーナの心遣いを叩き潰す。
今ではマクスウェルもマリアンヌも、クラウディア達と普通に楽しく話せる様になっていた。
しかし1人だけ浮かない顔をしていた。
ヴァネッサだけは何故か暗い顔をしていて、時折、何か考え込んでいる様子だった。
「ヴァネッサ…どうかした?」
様子がおかしい事に気付いたデミトリクスが尋ねた。
ヴァネッサはデミトリクスに助けを求めるように、口を開くが、結局何も言わずに口を閉じた。
周りも心配して話し掛けるが「大丈夫。ありがとう」と言って、悲しそうな顔をするだけだった。
◆◆◆
「ご歓談中の処、申し訳御座いません。少し宜しいでしょうか」
見慣れない女生徒が話し掛けてきた。
女生徒は見慣れないが、後ろに控えていた男子生徒には見覚えがあった。
「マクスウェル様、マリアンヌ様、クラウディア様、御主人様がお話したい事がございます。リオネリウス様のお部屋までいらして頂けませんでしょうか」
「嫌」ジェシカが即答する。
呆気にとられ口をパクパクとさせている女生徒を退かして、後ろに控えていたリオネリウスの護衛騎士見習いの男子生徒が怒鳴りつける。
「貴様には聞いておらん!無礼だろう!」
殺気を込めて威圧してきた。
「無礼は貴方よ、五月蝿い。
ここは公共の場よ。静かにしなさい。
人を呼び付けたいなら、まず理由を話しなさい」
クラウディアが淡々と喋る。
女生徒は、はっとして暫く逡巡した後、小さな声で、
「申し訳御座いません。実はカニス家とザーレの件で、ブラウ家の皆様とクラウディア様に謝罪したいと…」
と、周囲に聞かれない様に話した。
「だって。必要?」ジェシカが二人に尋ねる。
二人共、帝国の王子様に謝罪されるのは…、と言って腰が引けている。
クラウディアも「謝罪は要らない、そう伝えて」と言って、取り付く島もない。
護衛騎士見習いの男子生徒は
「巫山戯るな!殿下からの呼び出しを無視するだと!」
と怒鳴りつける。
クラウディアが、意図的に怒気を籠めながら
「1つ、ここは帝国じゃない。帝国の身分は意味が無い。
2つ、謝罪したいなら人を呼びつけるな。
3つ、五月蝿い。黙れ。3回目は言わせるな」
冷たく静かに言い放つ。
男子生徒は怒りのあまり、腰の剣に手を掛けた。
周囲からは悲鳴が上がる。
「やめろ!!!」
食堂中に響き渡る声が聞こえた。
「あくまでこちらに非があるのだ。断られたら大人しく戻れと言ったのに、騒ぎを大きくして…何を考えている!」
リオネリウスが側近を伴って食堂に入って来て、護衛騎士見習いを諌めた。
「クラウディアだったな。そちらの言い分はもっともだ。
しかし、私の立場上、公の場で頭を下げる訳にもいかん。
ただ、カニス家の行った行為の後始末として、各方面に対して贖罪をしなければならない立場でもある。
どうか謝罪を受けてもらえないだろうか」
帝国の王子に公の場で下手に出られて、マクスウェルとマリアンヌは恐縮してしまった。
しかし、クラウディアは「謝罪は今受けました。もう結構ですよ」と、にべもない。
クラウディアの雑な対応に、護衛騎士見習いだけでなく側近達も眉をひそめる中、リオネリウスはため息をつきつつ、失礼する、と言ってクラウディアの隣の席に着いた。
側近見習いであろう女生徒や護衛騎士見習いの男子生徒が口を開こうとしたところ、リオネリウスが手で制し、側近達全員に食堂から退出する様に命じた。
二人と側近達が渋々と退出した後でリオネリウスは改めて謝罪した。今度は頭を下げて。
「立場上下げられないのでは?」とクラウディアが言うと、
「側近の目の前という立場上な」と軽く返した。
「息苦しいんだよな〜。面倒くさいし柄でもねぇ」
…一瞬、誰が喋ったのか分からなかった。
突然の豹変に周囲がざわついた。
「あいつらは側近という名の監視だ。俺が勝手やらないようにな」リオネリウスは愚痴をこぼした。
「へぇ…貴方、そっちの方が好感持てるわ」とジェシカが言うと、リオネリウスはニヤリと笑った。
第一話投稿前までに、何とか3章終わった…_(┐「ε:)_
これから修整と追加作業だ…( ´ー`)フゥー...




