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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
第二章 国立学校サンクタム・レリジオ
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◆2-42 感情の解放

クラウディア視点




 四阿(あずまや)に来ると、マクスウェルとマリアンヌが、改めて礼をした。



 カニス家自体は頭首の不審死で解体されたが、帝国がカニス家を貴族と認めていた期間内に行われた契約は、帝国の責任において果たされなければならない。

 なので、ブラウ家の商品納入先と代金支払い元が、カニス家から帝国皇室に代わっただけで、契約は継続される。


 帝国はカニス家の資産を没収して支払うので、皇室の懐は痛まないが、高額で買う契約をした分だけ損した事にはなる。

 とは言え、例え皇室の懐から支払ったとしても、皇室の所有資産からすれば雀の涙程度にもならない金額だが。



 ブラウ家は、この前のキベレ侯爵家の支援のお陰で、規定数を納品出来る目処がたったらしい。

 

 取引全体は詐欺的行為と見做されているが、浸礼契約自体は教皇が取消宣言をしない限り有効だ。

 そして、今回取消宣言をする意味が無い。


 帝国の『浸礼契約の侮辱行為』には、教皇自身が腹を立てている…らしい。

 …表向きは。



 そう言っておけば、市民の支持も取れるし、反帝国派閥も取り込めるからね。

 親帝国派閥でも、浸礼契約の侮辱に対しては流石に擁護するのも憚られる。

 …浸礼契約を利用して、自分の利益や支持率に還元するのは不敬だと思うのですが…マイア様に怒られろ。クソ狸。



 「本当に助かった。我が家はもう駄目だと思っていたからな。キベレ侯爵家にも、教皇猊下にも。

 そして、計画を立ててくれたクラウディアや、協力してくれた皆にも。改めて礼をさせてくれ」


 マクスウェルがクラウディアに対して、騎士としての最敬礼をした。


 「私は、お父様やお兄様から知らされるまで、我が家が危機的な状況だとは知りませんでした。

 そして、ルナメリア様やクラウディア様達、皆様が協力して助けて下さった事を、今朝まで存じ上げませんでした。

 改めて、父に代わり御礼を申し上げます。何か、私達に出来る事があれば、それで恩返しをしたく存じます」


 マリアンヌが、緊張からか震える両手でルーナの手を取り、兄と同じ様に礼をした。


 ルーナが、自分は何にもしていない。お父様にお願いしただけ、と言うと、マクスウェルが、キベレ侯爵が協力してくれなければ浸礼契約を履行出来なかった、と言って、キベレ侯爵を動かしてくれたルーナに改めて礼をした。


 ルーナは、少しでもメリッサに恩返し出来たなら、それがとても嬉しいと泣きながら喜んだ。


 マリアンヌが、ルーナにした様に私にも礼をしてきたので、デミトリクスやジェシカ、イルルカやヴァネッサが居なければ、解決出来ない問題だったと説明した。

 私は、皆が頑張ってくれただけだ、と『冷静』に言った。


 二人が「何か礼をしたい」と言うのを、皆が恥ずかしそうに遠慮している。


 ルーナは今回の事で、両親の気持ちが理解出来たと笑った、

 イルルカは、幼友達が結果的に助かったと笑った。

 ヴァネッサは、忌み嫌われていた自分の力が役に立って嬉しかったと笑った。

 ジェシカは、嫌いな貴族が排除出来たと笑った。


 皆、嬉しそうに笑っている。


 …私とデミちゃん以外は…




◆◆◆




 私が今回の功労者である事は理解している。

 その結果、狭い四阿で皆が笑い合っている。

 実に微笑ましい光景、の筈…。


 頭の中の『冷静』な部分が、他人事の様に捉えている。

 笑い合う皆の中で、私とデミちゃんだけが笑ってない。

 まるで私達二人だけ、別の世界に居る様に。


 …笑うって難しい。

 笑う気持ちは理解出来る。けれど、表情の作り方が難しい。

 口元だけニヤけたり、目だけ笑わない顔になる。

 

 無表情に慣れてしまったから…

 楽だったから。必要無かったからね。



 ルーナみたいに素直でいられれば…。

 嬉しさで泣いているルーナを見ながら…思考する。

 ジェシカみたいに人を『安心』させる笑顔はどうやるの?

 筋肉の動きを観察する。


 イルルカみたいに、恥ずかしがるには?

 ヴァネッサみたいに、顔を赤くして、はにかむのは?

 マクスウェルみたいに、感動した事を表現する表情筋は?

 マリアンヌみたいに、緊張と感謝の混じった感情は?


 どうやって表現するんだっけ?

 皆と感情を共有せずに、そんな事ばかり思考している。

 デミちゃんも同じ事考えているのかな?



 孤児になったあの日以来、ルーナやジェシカの様に笑ったり泣いたりする表情を簡単には作れなくなった。

 あの時に、感情を表現していたら…そんな無駄な事に体力を使っていたら、死んでいた。

 デミちゃんも私も、生き残る事に必死だったから。

 

 …ルーナもジェシカも酷い体験をしているのに。

 私とは真逆になったわね。


 ルーナは感情を爆発させる事で生き残ったから?

 ジェシカは感情を利用する事で生き残ったから?

 私は…感情を殺す事で生き残ったから…?



 感情より先に思考が来る。

 遅れてやって来る感情に、自分の気持ちをどうやって乗せれば良いのか…。

 思考していた時間分だけタイミングがズレて、感情を表現する為の、丁度いい時と長さが分からなくなる。


 一回笑うのに、何秒間表情を作り続けると自然に見えるのかな?忘れちゃった。


 おかげで笑顔が怖いと、よく言われた。

 私の笑顔は、見た人を『不安』にさせるらしい。

 だから、笑う時は顔を隠す。

 手で覆って、皆から見えない様に隠れて笑う。


 次第に私は無表情になった。

 表情の作り方で悩む時間、思考に回した方が効率的だったから。


 昔は簡単に出来た事だった筈なのに…。




 時々、自分の作る表情が正しいのか分からなくなり、一人で部屋に籠もって鏡を見ながら練習している。


 喜怒哀楽。怒りは作れる。悲しみも…多分。

 嬉しいと楽しい…は()()()いるのかな?

 笑う時、何秒間声を出すと丁度良かった?

 音程や大きさは?

 鏡を見ても判らない。


 感情では楽しんでも、この表情でいいのか思考する。

 心の中と頭の中が、常に分離している。



 私とデミちゃんの違いは何?


 感情を見せる事は出来る。

 感情の内容も理解している。

 でも…自然に出来ないならば、デミちゃんと同じじゃない?

 デミちゃんと同じという事は、厭ではないけどね。

 


 そんな事考えていたら、何故かセルペンスを思い出した。


 セルペンスがノーラに絡み付く姿、艶のある表情。

 私の汗を味わう表情。

 ヴァネッサを虐めていた時の表情。

 そして、殺意。


 魔獣の方が煽情的で情動的じゃないかしら?


 …私、『人間』よ…ね?




◆◆◆




 マクスウェル達は改めて、何か礼をさせてくれ、と言うので、ジェシカが「なら、クラウの友達になってよ」と言った。…何故私?


 二人はそんな事でいいのか? と聞いてきたので、私は少し考えて、無言で頷いた。


 二人は笑顔で、これからも友達として、宜しく!と言って、私と握手した。



 …友達を作るのって、こうするのだっけ…?

 そういえば、いつもジェシカが間に立ってくれたから、私はそれに乗っかって居ただけだった。


 ジェシカと友達になるまでは、凄く時間が掛かった。

 いえ…ジェシカが孤児院に来る迄…ね。

 孤児院で二人きりだった私達に、ジェシカが話しかけて来たのだったわね…。

 そうだ。いつも、ジェシカから先に近づいて来たんだ…


 私達の方が、一年も長く孤児院に居たのに…ジェシカに会うまで、ずっと二人きりだった。


 よく考えると、常にジェシカが先に居た。

 ルーナも、イルルカも、ヴァネッサも。

 皆、『友達』に『成った』のはジェシカだったわ。

 自分からは一度も近づいてない。

 ジェシカの後ろに付いて、『友達』の振りをしていただけ。



 そんな事を考えていたら、ジェシカがいきなり私とデミちゃんに抱き着いてきた。

 一体どうしたのかしら…?と考えていたら、耳元で囁いた。

 「大好きよ。クラウ、デミトリクス」


 …えっ…?何故いきなり?

 私が混乱していると、私を見たルーナがクスクスと笑い出した。


 「クラウ!いい笑顔よ!」


 …私、今笑顔なの?

 気持ちは高揚しているのを感じるけれど、表情筋を動かした覚えはない。

 手で触ってみると、頬の筋肉が動いたのを感じた。


 「こういう時は笑うものよ!」

 ジェシカが笑いながら言った。

 ヴァネッサもイルルカも微笑んでいる。



 …私が上手く表情を作れない事…皆に知られていたんだ…

 隠せていると思っていたのに…。


 

 「ありがとう。ジェシカ。私も大好きよ」


 後でルーナに聞いたら、私は嬉しそうに泣いていたらしい…




◆◆◆




 マクスウェル達が、お昼を奢りたいと言うので、皆で街に出る事になった。


 着替えてロビーに集合してから、一緒に出掛けた。


 ヴァネッサの侍女達はこちらをじっと見るだけで、誰もヴァネッサの手を取らなかったので、デミちゃんを突いてエスコートをさせた。

 ヴァネッサも嬉しそうにして、顔がニヤけていた。侍女達もホッとしていた様だ。


 …皆、デミちゃんとヴァネッサをくっつける方向で動いているな…まぁ、いいけど。理由はともあれ、狙ってた事だし。



 奢らせる訳だから、あまり高級では無く、かと言って平民の利用する場所に行くわけにもいかず、どうしようかと相談していた処で、一箇所思い出した。


 少し離れた所だけれど、旧レンツォ工房の近所の、セルペンスと入った少々高級な飲食店。

 それ程高くなく、味も店の雰囲気も良い軽食屋。

 下位貴族を対象にしているらしい値段設定と味で、客層も品が良かったのを覚えている。


 店に入ると、店主が子供達ばかりなのを訝しんだ。

 しかし、サンクタム・レリジオの生徒だと知ると一変して、丁寧に案内してくれた。


 …ブランドイメージって強いなぁ…


 皆で和気あいあいと食事をしていたら、イルルカが別料金を支払い、持ち帰れる食事を皆とは別に頼んでいた。


 どうするのかと聞いたら、ディード達の所に持って行くと言うので、御礼を兼ねてハジスの工房に向かった。



 ハジスは忙しそうだった。

 私が行くと申し訳無さそうに、人手が足りなくてまだ完成していない、と言った。

 私は、今日来たのはその事では無いと告げ、マクスウェル達に、今回の功労者達としてハジスとディードを紹介した。


 ハジス達は、何の事か分からない、という顔をしていた。


 …表向きは大量離職者を出しただけの工房だしね。


 私はマクスウェル達に、聖教国内での器械製作ならハジスを頼ると良いよ。腕が良いから。と告げて、営業に協力した。


 ハジスは私の意図を汲み取ったのか、マクスウェルと握手をして、自己アピールをした。

 ハジスの雑な平民言葉も、普段からハダシュト王国の平民達と接しているマクスウェルには嫌なものではなかったらしく、嬉しそうに二人共平民言葉で話して意気投合していた。


 ディードは「変わった貴族って意外と多いのか?」と驚いていた。


 イルルカが買ったご飯をディード達に渡して、私達は挨拶をして寄宿舎に戻った。




◆◆◆




 寄宿舎の入口前に戻ると、意を決した様にマリアンヌが口を開いた。


 「私…実はギフテッドなの…」


 本人曰く、ギフテッドだけれども力が弱く、疑われるので隠しているとの事だった。

 力が弱いといってもジェシカより上の王族レベル(レガリアスケール)

 本人は、イルルカ達と違い魔導灯も壊せない弱さだと、言っていた。


 …壊せるレベルが異常なんだよ?


 「友達には、知っておいて欲しいの…私の事」


 彼女は私達の目の前で、自分の能力を披露した。

 マクスウェルが、物質化魔術式でナイフの形を創る。

 それをマリアンヌが触れて、ナイフを自身の魔素で覆った。


 魔素に慣れている者には、とても不思議な光景だった。


 物質化魔術式で創り出した物は重さが無い。

 身体の内側から放出した魔素で形作り維持するから、手や身体から放せない。


 しかし、マリアンヌが自身の魔素で覆ったナイフはマクスウェルが手放しても、そこに存在し続けた。

 マリアンヌも手を放すと、カシャーン…と金属音を立てて地面に落ちた。




 「完全な…物質化!?」私は思わず言葉が漏れた。


 「うん…重さを与える意味が分からなくて、あまり使えないのだけれど。

 お金がないけど備品を揃えたい時に使うくらいかな?」


 「そうだな。重さがあると戦闘で有利になる時もあるが、振りが遅くなる欠点もある。

 一度創ると消えないから物が貯まって嵩張る。

 売って稼ぐ事も出来なくは無いが、貴族の立場上、難しい。

 そして…結構魔力を使うから、それ程大量には作れない」


 マクスウェルが指折り数えて説明する。


 「ギフテッドって言ったけど、能力以外の欠点はあるの?」

 ジェシカが尋ねる。


 「妹は、物凄く人見知りが激しい。自分が付いていないと人と話せないんだ。

 注目されたりして緊張が酷くなると上手く息が出来なくて倒れる。

 アルドレダ先生は知っていて配慮してくれているけどね」


 マリアンヌが恥ずかしそうに頷く。


 ルーナの手を取った時、震えていたのはそういう事か…


 「おかげで友達も出来なかったらしくてね。

 皆が、妹の友達になって助けてくれると嬉しい」


 「何だ、ルーナと同じか」

 「私は倒れないわよ」

 「周りを倒しちゃうからね」

 「突然じゃなければ大丈夫よ…」と、ブツブツと呟いた。




 周りの言葉が頭に入らないくらいに、私は興奮していた。

 「魔素成形物の完全な具現化!」思わず口から大きな声が出た。


 皆びっくりしていた。

 「凄い…凄いよ…今迄出来なかった、アレやコレが実現可能に…!」

 口から出る言葉が止まらない。

 興奮して手が震える。

 震える手をじっと見ながら、頭の中で複雑な魔導具の設計図を描いていく。


 後に、無表情で手を震わせながらブツブツと一人で喋るクラウディアはとても怖かった。と、ルーナに言われた。


 無表情のまま興奮する私を見て、マリアンヌとマクスウェルは腰が引けている。


 ジェシカが、「あ〜、ヤバい。サリー、ルーナ。皆を中に」と淡々と指示を出した。


 「例えば私の糸を物質化して回路に組み込めばね…」

 「あー!あー!聞こえない。聞こえな〜い」

 …ジェシカの耳が遠いのかしら?

 彼女の両肩をガシッと抑え、耳元に口を近付けながら説明する。

 「もう一度、初めから説明するとね…」


 ジェシカの肩を掴んで揺さぶっている間に、皆は寄宿舎に入って行って、玄関前には私とジェシカだけが残された。


 「物質化魔術式では現存しない物も、本人の資質と想像力で作り出せるでしょ!?

 新しい物を物質化するのは難しい事だけど、色々な能力で創られた物を具現化していけば、新しい組み合わせが出来るのよ!

 もし、不純物の無い魔素だけで造られた集積回路が出来れば、革命的技術がね…」

 「ソーダネー、スゴイネー。ワー、感動的ダナー」


 ジェシカは、人形の様に頭を左右に揺らしながら、私の解説を聞いてくれる。


 …感動するくらい凄い事だって、もう理解したのね。

 やはりジェシカは、頭が良い!


 「太古の科学技術の復元を魔素から構成出来れば…」

 「ワー魔素科学ノ革命ダー」

 「凄いわ!ジェシカ、良く解ってるじゃない」

 理解が早い!

 一を聞いて十を知るとは…流石ジェシカね。


 目が虚ろなのはきっと気の所為。




 ロビーからこちらを伺っていたマクスウェルが、

 「良く…分からないけれど、喜んでくれているのか?」

 と呟いた。


 ルーナが「この上なく喜んでいるわ」とため息をついた。


 マリアンヌが「役に立てそうなら、私の能力で恩返ししたいわ」と嬉しそうに微笑む。


 イルルカは、初めて見るクラウディアの奇行に目を丸くし、

 デミトリクスは「お姉ちゃんは凄いなぁ…」と話し、

 ヴァネッサは「クラウディアってカーティ教授みたい…」と、呟いていた。



 クラウディアの奇行は6の鐘が鳴っても続き、授業に行こうとした生徒達の見世物になっていた。


 皆の話では、その時ジェシカは白目を剥いて気絶していたらしい。


 感動し過ぎて気絶するなんて…なんて器用な娘なのかしら!



 挿絵(By みてみん)

マリアンヌ

第二部終了です。


第三部は6月30日0時投稿予定です


投稿日までに3部を書き終えたいなぁ…

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