◆2-39 ネズミ狩り
第三者視点
久しぶりのデミちゃん活躍回(๑•̀ㅂ•́)و✧
『デミちゃん、西風が強いから照準を10ミル右』
「了解。お姉ちゃん」
『3…2…1…』
ドゴン!!!………
まだ日が昇らない払暁の前の暗い時間帯。
山間の荒れ地に雷鳴が轟く。
ここはヘルメス枢機卿の領地内。すぐ南には黒の森。
黒の森の北側に沿って、ヘルメス枢機卿領内を東西に走る街道がある。
北側を荒れた山岳地帯、南に不可侵の魔女の森。
その間の荒れ地を通る街道を数kmほど東に抜けると、帝国領と聖教国の境界砦がある。
クラウディアとデミトリクスは、山岳地帯の中腹の岩石や巨礫が多い辺りに潜んでいた。
麓からは見通しの悪い場所であり、下からは二人の姿は見えない。
岩の間にデミトリクスの大型専用銃を地面に据付けて、クラウディアが双眼鏡を覗きながら、腹這いで隠れて待ち伏せをしている。
麓ではジェシカも岩間に身を潜めて待機している。
そこを紋章の無い二頭立て馬車と、馬に乗った3人の男達が、通り抜けようとしていた。
先程のデミトリクスの射撃で荷馬車が吹き飛んだ。
荷馬車と繋がれた馬は横倒しになり倒れ、御者は御者台から転げ落ち、木製のハーネスの下敷になった。
『僅かにずれたわ…再装填。照準を左に33ミル』
「了解」
『3…2…1…』
ドゴン!!…… 再び雷鳴が轟く。
今度は先頭を走っていた男の左脚が馬の下半身ごと吹き飛んだ。
転がり落ちた男を、後ろを走っていた男が拾い上げて馬に乗せた。
男達は進路を変更して、クラウディア達と逆方向の南の森へ馬を走らせた。
『今、落ちた男ね。…再装填。照準を更に左に10、上へ15…』
「了解」
『…3…2…1……あ…』
ドゴン!!…… 三度雷鳴が轟く。
撃つ直前、落ちた男を抱えて走る男の馬と、こちらの射線の間に、3人目の男が割り込んだ。
3人目の男は、乗った馬ごと身体に大きな穴を開けて吹き飛んだ。
その隙に、脚を撃たれた男を抱えた男の馬は、黒の森に飛び込んだ。
『………』
「ガラティアお姉ちゃん…どうする?」
『無理ね…逃がしたわ…黒の森に撃ち込むと何が飛び出るか分からない。下手に攻撃出来ないわ』
「了解…」
『満身創痍で黒の森を抜けられるか分からないけれどね。
彼の運が良ければ、また会えるわ』
クラウディアとデミトリクスが馬で逃げる男達を射撃している間に、ジェシカがハーネスに挟まれた御者を引き摺り出して、捕縛していた。
馬車に乗っていた者の内、一人は助かっていたが、射線上に居た2人は、人の形には見えなかった。
「相変わらず、凄まじい威力ね…」
助かった一人も、木片が脚を貫通していて動けなくなっていたので、猿ぐつわと手枷をした後に応急処置だけして、放置した。
「任務は失敗したけれど、情報源を2つ手に入れたし、許してくれるでしょ」
クラウディア達は魔導銃を片付けて、帰る準備をする。
ジェシカが、荷馬車ごと倒れていた馬2頭を金具から外して逃がした。
そして、壊れた馬車の中身を調べて、『笛』に繋がる可能性のある情報だけ回収して、クラウディア達と合流した。
しばらくして、日が昇り始めた頃に聖教国の騎馬軍隊が到着した。
「今頃…遅いわね」
「仕事が遅いから…こちらは助かるのよ」
クラウディアはジェシカが回収した書類を眺めながら呟いた。
「後はホウエン様が処理してくれるわ」
騎馬隊は壊れた馬車の中身と捕縛してある御者達を回収し、死体と死んだ馬を埋めて、帰って行った。
クラウディア達は軍隊に見つからない様に、山の北側を抜けて迂回し、首都に向かって馬を走らせた。
◆◆◆
途中で野営をしつつ、何度も休息を挟みながら馬を走らせた。
クラウディア達は片道1日半程かけて、なんとか門の閉まる8の鐘直前に首都に辿り着いた。
三人は、寄宿舎で湯浴みをして着替えた後で、エレノアの宿泊しているホテル、セプルクラムに集まった。
エレノアの部屋にはノーラとセルペンスも宿泊していて、二人はクラウディア達より半日ほど早く帰り着いていた。
「そっちも失敗したの?」ジェシカが驚いていた。
「途中までは成功してたのよ〜」と、ノーラが言い訳をして、セルペンスが何度も頷いた。
5人は急遽、黒の森を挟んで北側と南側の街道を別れて逃げる敵を待ち伏せる事になった。
北側をクラウディア、デミトリクス、ジェシカ。
南側をノーラとセルペンス。
ノーラ達の事情を聞くと、街道を逃げる男達に向けて毒を散布した。馬ごと痺れさせる処までは成功した。
男達は倒れて、街道の真ん中で大の字になり動けなくなっていた。
セルペンスが捕縛に向かおうとした時に突然、黒の森から黒い獣が現れた。
近頃、ボガーダン地方を騒がせている獣だった。
熊よりも大きな体格の狼の様な姿の獣は、痺れて動けない男達に襲いかかり、皆殺しにしてしまったそうだ。
「男達の首だけ噛みちぎってね〜。流石に危なかったから、セルペンスは引き上げさせたわ」
何故か馬は襲わずに、馬に乗った人間だけを食い殺す。
食べる為ではなく殺すだけ。
真っ黒な姿の『ボガーダンの獣』。そう名付けられた。
流石に問題となり、何度か討伐隊も組まれたが、大勢の人間を見ると姿を現さない。
単独で離れた騎士が居ると、それだけ襲ってすぐに黒の森に飛び込んで隠れてしまう。
何故か兵士は襲わなかったり、荷馬車は無視したりと、行動が読めない。
荷馬車に火薬を詰めて放置したが、全く近寄ろうとはしなかった。
その知性の高さと狡猾さで、未だに解決出来ない問題となっていた。
「こっちは一応、2人捕縛したし書類も回収したから、私達の勝ち!」と、ジェシカは喜んだ。
「でも…肝心の…バーゼル、逃した…」 と、セルペンスに嫌味を言われた。
それを聞いていたエレノアが、
「今回の件は、事前に情報を貰っておきながら取り逃した騎士団の失態。私達は出来る限りの事をした。以上よ」と纏めた。
「私達の見た限り、バーゼルの動きや判断の早さは、ただの魔導具士ではありません。恐らくは帝国の軍人。
周囲が命をかけて守っていた様子から、佐官以上のクラスである可能性が高いかと…」
「でしょうね…」と言って、エレノアが解説した。
帝国の騎馬騎士団所属の少佐で似た風貌の男がいた。
数年前に配置転換で内務部に異動した後の所在が分からなくなっているそうだ。
「私達の様に、表向き広報部や資料室所属の諜報部や暗部所属なんてありふれてるもんね」
「どの道、左脚を失ってます。個人特定は簡単でしょう。あれを治せる治癒術式なんて聞いた事ありませんし」
「特定…出来ても…引き渡しは…無理…」
「そうね〜、バーゼルと件の少佐が同一とは絶対に認めないでしょうしね…」
「兎に角、今回逃したのは私達のせいでは無いから。
文句は言わせないから安心しなさい。
…むしろ、逃がした事がこちらの利になる事もあるのよ…」
と言ってニヤリと笑った。
そして、今日はゆっくり休みなさいと労い、解散させた。
◆◆◆
今回の事が起きたのは、キベレ家とブラウ家の浸礼契約が締結された日の午後だった。
浸礼契約を利用したカニス家の詐欺、これを調査した際に出て来た各種の情報を『笛』から騎士団に流しておいた。
その為に騎士団が、魔導具士ギルド、魔道具組立工組合、器械組立工組合、そしてバーゼルの隠れ家を監視していた。
何処からか、ブラウ家が浸礼契約を行うという情報を手に入れたバーゼルは警戒していたのだろう。
カニス家が詐欺に成功すれば、ハダシュト王国のブラウ家を手中に。
そして、その後に暴露してカニス家に全責任を負わせて潰し、王国のブラウ家と聖教国の魔導具士ギルドを手中に収める予定だった。
ただ、用心深いバーゼルは、中央区統括教会にも間者を送り込んでいた。
その際の、教会、キベレ家、ブラウ家の三者のやり取りの報告を受けて、バーゼルは自分達の事が露見している可能性を考えた。
ハジス工房の周辺をうろつく不審な男達にも気が付いた。
バーゼルは脱出の準備をして、ハジス工房長に嘘をついて外出した。
見張りの気付いていない路地を通り、昼過ぎには首都を出て近隣の街に潜伏し、首都の連絡員からの報告を待っていた。
予定の時間になっても連絡員からの報告が無かったので、帝国へ脱出する為に動いた。
バーゼル達が連絡員の報告を待つ時間差を利用して、クラウディア達は二手に別れ、国境付近に先回りして待ち伏せた。
本来は、もう少し人数を集めたかったが、緊急だった為にクラウディア達しか動かせなかったのだ。
バーゼルの脱出に気付いた騎士団が、軍隊を編成して首都を出た時には、バーゼルは既に近隣の街からも脱出した後だった。
結局、騎士団は一日半以上かけて国境付近まで追い掛けたが、捕まえたのは事情を知っているかどうか分からない御者と、自死出来ない様に縛られた瀕死の帝国貴族1人だけだった。
後は破壊された馬車に残っていた書類の中で、今後の交渉に使えるか分からない荷物の山。
一部は焼け焦げて読む事は出来なかった。
道端に転がっていた形を留めていない死体の中にバーゼルと思しき者は居なかった。
南回りで追い掛けた騎士団は、『ボガーダンの獣』に怯えながらも、一団となり追跡した。
発見したのは、主人を失って彷徨く馬3頭と首のない死体3つだけ。
それ以外に新しい足跡が無かった事と、『ボガーダンの獣』に怯えて追跡を拒否する騎士が出始めた事で、それ以上の追跡は諦めて、死体だけ埋めて帰還した。
戦利品として、馬だけ持ち帰った。
バーゼルに内通していた副司祭も、連絡員も、先んじてトゥーバ・アポストロが捕縛し騎士団に引き渡した為に、表向きは騎士団の手柄となった。
トゥーバ・アポストロに騎士団が『借り』を作った形と成った。
『笛』の存在を知らない者達は、即座に騎士団を動かし聖教国に害を成そうとした者を捉えた教皇の先見の明に慄いた。
『笛』の存在を知っている者達には、教皇への信頼度は上がり、騎士団に対する信用度は下がる結果となった。
「結局、狸丸儲けなのよね…」
部屋ではエレノアが酒を呷りながら独り言ちていた。




