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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
第二章 国立学校サンクタム・レリジオ
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◆2-36 器械組立工房 再び

ジェシカ視点




 「イルルカ!」

 私達は再度、器械組立工組合長であるハジスの工房にやって来た。

 入口前で作業道具を洗っているディードがイルルカに声を掛けた。


 「親父さんいる?注文した器械について聞きたいんだそうだ」

 「ああ、ちょっと待ってろ」

 そう言って、ディードは工房の奥へ走って行った。


 「…クラウディア、あの右奥の…茶色の髪と顎髭の…特徴の無い…」

 「…ありがとう、イルルカ。ジェシカ、あの男の特徴を覚えておいて」

 「了解…」

 私は注意を向けない様に、軽く工房内を見渡す様に視線を流しながら小声で応答した。


 バーゼルは数人の工員達と何事か話し合っているようだった。

 離れていて声は聞こえない。

 バーゼルはこちらを一瞥したが、すぐに興味が無くなった様に視線を戻した。

 私は、凝視しないよう目の端でバーゼルの身体的特徴を把握した。

 クラウディアも視線は向けないが、意識は向けている様だった。


 ディードが戻って来て、私達は、以前通された狭い応接室へ案内された。


 「ええと…こちらの黒髪のお嬢ちゃんは、初めましてだな」

 「ええ、旋盤を注文したクラウディアよ。宜しくね」

 「こんなに若いお嬢ちゃんが注文主だったのか…驚いたな…」

 「趣味で色々な道具を作っていてね。それで必要なのよ」

 「趣味で金貨が必要な道具をねぇ…まぁいいさ。俺の作った器械を道理に外れた使い方しないならな。宜しくな」

 二人はお互いに握手をしてから、椅子に腰を掛けた。


 「これが注文の図面だ。下描き設計は出来た。だが、微細寸法は入れてない。とりあえずここまでの評価を頼む」

 「そうね…」と言って、細かい設計変更の指示や、寸法の指定をしていく。


 相変わらず言っている事が難し過ぎて、よくわからない。

 まぁいいや、今日の私の仕事はバーゼルを覚える事。


 ハジス工房長は素早く丁寧に、クラウディアの指示通りに設計図面に修整と寸法を加えていく。

 定規を用いずに綺麗な直線を引いて、ラフな下描きを綺麗な清書図面へと進化させていく。


 流石に組合長だけの事はあるわ。腕は確かね。

 表情には出てないけれど、クラウディアも愉しそう。


 最終的にハジス工房長は、私達の目の前で同じ図面を2枚製図し、日付と金額を書き込んだ。

 両方の図面にサインをし、金庫から工房長と組合長の判子を出してきて、図面に押印した。


 「組合長なんて仕事してると、色々と面倒くさい事も引き受けなきゃならん。でも、こういう高額契約時に順番待ちせずに組合長の判を押せるのは、数少ないメリットだな」

 と言いながら、豪快に笑った。


 クラウディアは契約金として半金の、金貨1枚と金銀貨を数枚支払いながら、

 「今回の注文主の事を周囲に聞かれたら、私達は『クラウディア』という別の貴族の遣いで来たと言っておいてくれない?」と言った。


 「そりゃ…構わんが、何でだ?」

 「私達みたいな子供が高額契約したと知られると、変な輩が寄って来てトラブルになるのよ」

 「ああ…確かにそうだな。わかった」

 「勿論、この工房の工員達にもね。それとディードにも。私は代理人として来たと伝えておいて。出来るだけ早くね」

 「随分徹底しているんだな」

 「私がお金持っている事が知られると、ディードが巻き込まれるかも知れないでしょ」

 と、クラウディアが言うと、ハジス工房長は真剣な顔をして頷いた。


 クラウディアは旋盤の図面を大切そうに丸めて鞄に入れた。

 そして、くれぐれも内密にと、口に指を当てて部屋を出た。


 部屋を出ると、バーゼル達は居なかった。

 どこへ行ったのだろうと見回していると、クラウディアが「向かいの建物の2階からこちらを見ている。気付かない振りをして」と、小声で話しかけてきた。


 私は、わざとイルルカとディードに大きな声で話し掛けて、案内してくれたお礼を言った。


 「これから注文主のお貴族様に、この図面を届けないといけないから。もう行くね」と、周りに聞こえるようにディードと話す。

 ディードはあれ?という顔をしたが、私は、顔をバーゼルから見えない様にしながら、口に指を当てた。

 ディードは何かを察したのか、「そうか、無くさないように持って行ってくれ」と、咄嗟に話を合わせてくれた。


 工房の奥からハジス工房長が、大声でディードを呼んだので、そこで私達はディードと別れた。



 しばらく後ろを気にしながら、帰り道を歩く。


 「結構、慎重な男ね…」と、道の途中でクラウディアが呟いた。

 イルルカは「もしかして、副工房長が犯罪に関わってたのか」と聞いてきたので、バーゼルの事を説明した。


 「あいつがハジスおじさんを…?おじさんに知らせないと…」


 「待ちなさい。そういう事をしても逃げられる。下手をすると、ハジスさんが逮捕されるわ。準備が出来るまで誰にも知らせない様に。いいわね」と、クラウディアがイルルカを制す。そして、しばらくはハジス工房に近付かないように、と言った。


 私達の事、勘付いたのかしら?、と聞くとクラウディアは「目当ては多分イルルカね。イルルカと出自の判らない人間が一緒に居るから警戒しているのよ」と答えた。


 私達は道を途中で変えてホテル・セプルクラムへと向かった。

 ホテルのフロントに入ると、以前に私達に応対した執事が出てきた。私達はそこで料金を支払い、馬車を用意してもらった。

 イルルカは平民の態度丸出しで、ホテル内でキョロキョロ、ビクビクとしていた。


 高位貴族の服装でその態度は目立つから、いい加減に慣れてくれないかしら…


 馬車の準備が出来るまでの間に、クラウディアはホテルにお金を支払い、羊皮紙を貰い手紙を書いて配達を頼んだ。

 イルルカにも手荷物を渡し、何事か話していた。

 彼は真剣な表情で頷いていた。


 馬車の御者に『不審者につけられている事』を話し、ルートを指定して学校へと向かってもらった。


 事前の打ち合わせ通り、馬車が細い路地の多い通りの近くに来た時に、私達はカーテンを閉めて外から馬車の中が見えない様にした。

 そして角を曲がって追跡者の死角に入った所で、私達はイルルカだけを残して馬車から飛び降りて細い路地に飛び込んだ。


 私達が飛び降りたあと、速度はそのままで馬車は学校へと向かって進んでいった。

 路地の影から様子を伺っていると、馬に乗った男が馬車の後ろを馬車と同じ速度で追い掛けて行った。


 「始末出来れば楽なのに…」

 私が呟くと、クラウディアが「準備が出来たら纏めて始末しましょう。その方が気持ちいいわよ」と返した。


 「それで、バーゼルが私達の正体に気付いていないのは本当?」

 「ええ…工房に入ってから、ずっと会話を聴いていたから。私達の事も気にしていたけれど、それよりメディナ家の養子になったイルルカが何をしに来たかを気にしてたわ」

 「図面の打ち合わせをしながら盗聴もしてたの…?」

 ええ、と言いながら、クラウディアが詳細を話す。


 工房の工員数名は、既に買収されてしまっている事。

 向かいの建物がバーゼルの仮宿になっている事。

 教会内に居るスパイに、メディナ家の人間を見張らせようと話していた事。

 私達が出た後にバーゼルが何処かへ人をやったら、途中から自分達をつけて来る別働隊の不審者が出た事。

 馬の扱い方から、訓練された人物だと分かった事。

 結果として、予想より敵の規模が大きい事も分かった。


 「予想はしていたけれど教会内部にも協力者が居たか…イルルカは大丈夫かな?」と私が言うと、クラウディアは「既にイルルカには話した。イリアス枢機卿にも知らせる様に頼んである」と話した。


 「ジェシカには悪いけど、これからすぐに、これを持ってベネフィカの所へ。打ち合わせ通りに。私は寄宿舎に到着しているかもしれない『彼女』を出迎えるわ」


 「了解。昼過ぎには戻るから、私の分もご飯取っておいて」

 私はクラウディアから図面を預かり、建物の屋根まで駆け上がった。


 クラウディアは周囲を伺いつつ、寄宿舎の方へと駆けていった。



 

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