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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
第二章 国立学校サンクタム・レリジオ
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◆2-33 魔道具組立工房

ジェシカ視点




 ハジス工房長と話した次の日、4の鐘で私は再びノーラとデミトリクスを連れてフリン商会を訪れた。


 私達が来ると店内がざわめいた。


 「ようこそいらっしゃいました。本日もディアッソス会長にご用でしょうか?」

 執事の様な格好の、最も位の高そうな使用人が尋ねてきた。

 私が頷くと、別の店員がすぐにディアッソスを呼びに行った。


 「こちらへどうぞ」

 (あらかじ)め掃除してあったらしく、別の店員がすぐに昨日と同じ貴賓室に案内してくれた。

 部屋に入り座って待っていると、すぐにディアッソスが来た。

 昨日と同じ様に、良く教育された店員が、高級なお茶と茶請けを準備して退室し扉を閉めた。


 「それで…昨日頼んだ人の情報はあった〜?」

 と、ノーラが聞くと、報告致します!と、背筋を伸ばして話し始めた。


 魔道具組立工組合長のレンツォが借金をしていた取引先の借用証書の写しを手に入れたようだ。

 内容は金貨20枚の貸借証書。返済金受取人署名欄に貸主のサインが入っていた。


 「これは分割で払って、合計金額に達したから署名した…というわけではないわねぇ…」


 「ええ…契約日、つまり金銭を貸した日付が一昨年です。たったの一年で全額返済しているので、分割とは考え辛いかと」


 「なるほどね〜、もう一件は?」


 「副工房長バーゼルですね。改めて調査したところ、経歴の裏が取れませんでした。

 器械組立工房の、どの工房にも勤めた形跡がありません。

 ハジス工房にあった彼の履歴書に記載されていた、過去に一緒に仕事をした事になっている工房員も行方不明でした」


 「魔導具士ギルドは? こいつ、魔導具士の資格を持っているでしょう?」と私が聞くと、

 「こいつの事をご存知でしたか。流石お嬢様」と感心された。


 …昨日ハジスに聞いただけ…なんだけどね。


 「魔導具士バーゼル。一応公式に士資格を持っています。一応は…」と言って説明した。

 公式の資格は持っている様だが、この国で取得した物では無く帝国取得らしい。魔導具士ギルドを調べていたら偶然判明したそうだ。

 表向きは聖教国で資格取得した魔導具士として、ギルドに所属しているらしい。ギルド内に口利きした人間が居るようだ。

 ただ、別に帝国士資格でも聖教国で公然と仕事は取れるし、客員としてならギルドにも所属出来る。

 本来なら隠す意味が無い。


 …身元を隠したい犯罪者か、聖教国に対する産業スパイでも無い限りは。


 「良く分かったわね〜」とノーラが褒める。


 ディアッソスは少し気を良くして、

 「たまたま、バーゼルに良くない感情を持っている組合員が居りまして、運良く話が聞けました。酒の席で…」


 組合の会合で、バーゼルに会った事のある者からの情報だそうだ。

 バーゼル自身は副ギルド長と懇意の様子だったそう。

 だから、ギルド長派閥の者達からは嫌われていて、バーゼルの色々な情報を教えてもらったらしい。


 私が「ハジス工房にはいつから?」と聞いたところ、去年に魔導具士ギルドから魔道具組立工組合に出向して、そこからすぐに器械組立工組合へと異動になったそうだ。

 その際に、魔導具士ギルドから口利きがあり、組合長のレンツォと懇意になった。

 更に魔道具組立工組合からの仕事を預かり、ハジス器械工房に潜り込んだ。

 レンツォから預かった仕事を自分が苦労して取ってきた仕事だと偽って、ハジス工房長に利益を渡し信用された。

 レンツォの口利きやハジス工房の工房員達の薦めもあり、たった半年で副工房長になったらしい。


 「予想以上に大きい魚だったわね…軍かしら…?」と、ノーラが呟いた。そして、「バーゼルの裏の顔はわかる?」と尋ねた。


 「正直申しまして、難しいかと思います。帝国籍なのは間違い無いでしょう。だから帝国内部の協力者が居ないと、これ以上は判りかねます」


 「それは、そうよね…仕方無いわ…」

 ノーラは口元を手で覆い、何事かブツブツと呟いている。


 …ディードのお父さんの工房に外国の間者か…せいぜい魔道具組立工組合の間者程度かと思ってたのに…


 「じゃぁ、怪しいのはレンツォと魔導具士ギルドの副ギルド長ね」

 「恐らくは…それと、ジェシカ様より依頼されておりました例の件ですが、少なくともこの街にはありませんでした」


 「そう、分かったわ。…それと、魔導具士ギルドのギルド長も調べたのよね?どうだった?」


 「清廉潔白…とはとても言い難い人物の様ですね。

 ただ、資格の価値を高める事や、魔導具の開発には熱心なので、魔導具士達からは一定の評価をされています。

 しかし、博打と女にだらしが無く、こういうところで弱みを握られている可能性もあります。

 借金は最低でも金貨30枚はあるようです。全部でいくらあるかは…裏取りが出来ませんでした」


「ありがとう。良く調べたわね。後はこちらでも調査してみましょう」と話して「宜しくね、ジェシカちゃん」と私に放り投げてきた。


 「思っていた以上に有能よね…いいわね。貴方…」

 ノーラが手を叩いて喜んでいた。


 「ありがとうございます。ノーラ様。

 それと、魔導具士ギルドの副ギルド長は調査致しますか?」


 私は調査料を支払い、彼の経歴の裏取りを頼んだ。


 「後は本人に会ってからね…」


 私達はフリン商会を後にした。




◆◆◆




 5の鐘に合わせて食堂に来たが、大食堂に生徒は少なかった。


 今日は休日の為か、出かけている者も多く、寄宿舎もどこか閑散としていた。


 クラウディアは部屋で食事を摂ると言って部屋から出なかった。もう、髪を梳かすのも、着替えるのも面倒くさいらしい。


 イルルカはディードの父親の疑いがはれた為に嬉しそうだった。可哀想なので、副工房長の話は黙っていた。


 私は、デミトリクスとヴァネッサの二人に、後で付き合って欲しい、と話した。


 食事の後、今度はデミトリクスとヴァネッサを伴って寄宿舎を出た。ヴァネッサには昨日と同じ様に変装してもらった。


 (あらかじ)め、レンツォの工房は調べてあったので、迷うことなく到着した。


 …さて、どうやってレンツォに会おうかしら。

 ヴァネッサの身分は…『超高位貴族』だし、変装してても顔がバレると警戒されるから使えないわね。


 そうね、ここはヘレナを参考に…


 「ああ、そこの貴方、魔道銃を見せてもらえるかしら?」


 「はい、いらっしゃい………どこのお嬢ちゃんかな…?子供は魔道銃の所持は禁止されてるよ」


 …まだ制服が出来てないからなぁ…制服があったらあったで余計なトラブルを招きそうではあるけれど。


 「失礼ね。私達をその辺の平民と一緒にしないて頂戴!」といって、サンクタム・レリジオの貴族学生証を提示した。


 「も、申し訳ございません!貴族様でしたか」

 工房員は必死に謝罪した。


 「いいわ。私の護衛役用の魔道銃が欲しいの。見せなさい」と高慢な態度で話し掛ける。

 ヴァネッサが驚いた顔でこっちを見るので、私は小さな声で、喋らないように、と指示を出した。


 工房員が「こちらでございます」と言って数丁提示してきたので、私は、魔素発火室部位の金具の打込みが最も悪そうな品を選んだ。

 試し撃ち出来るか、と聞くと、店員は店の裏の金属の的がある広場へ案内した。


 広場へ行く途中の通路で、私は仕事で使用する手暗号を使って、ヴァネッサに気付かれないようにデミトリクスに指示を出した。

 デミトリクスは、同じく手暗号で了解の合図を返した。


 私はデミトリクスに「使って見せて頂戴」と言いながら、銃を渡し、その際に金具の一部を指差した。


 デミトリクスは的を狙うふりをしながら、銃の魔素発火室とは少しズレた、打ち込みの悪い金具自体に魔素を集めて圧縮した。


 『バキーン…』


 金具が熱と圧力で弾け飛んだ。

 工房員もヴァネッサも唖然としていた。


 「なんて事!この私にこんな不良品を掴ませようだなんて!」と激怒した振りをした。


 「も…申し訳ございません!」彼は涙目で謝罪している。


 「下手したら死ぬ所だったのよ!貴方じゃ話にならないわ!工房長と話をさせなさい!!」

 と、怒鳴りつける。彼はすぐに工房長の部屋へと走って行った。


 私達は店の裏の射撃場に3人だけで残された。

 「デミ、上手かったわよ」とボソッと呟いた。


 「わざとなの?…よく壊せたね…」

 「ん…一番壊れそうなのを選んだからね…」


 すぐに工房員が走って戻って来て、工房長の部屋まで私達を案内した。

 事情を聞いたレンツォは、青い顔で部屋の真ん中に立って、私達を出迎えた。

 席を勧め、皆が着席した所で、すぐに謝罪をしてきた。


 「全く!お友達から紹介された工房だから評判を信用して来たのに。銃が暴発するなんて信じられませんわ!お友達にもこの事を話さないと!」

 私は怒る振りをする。


 「お、お待ち下さい!代わりに好きな物を差し上げますので、どうか内密にお願いします」


 「すぐに壊れる魔道具なんて要らないわよ…」


 「何か…何か出来る事でお詫びさせて頂けないでしょうか…」

 レンツォは涙目になっていた。


 そうねぇ…と少し考える振りをしてから、口を開く。


 「そう言えば、お友達から聞いたのですけれども…貴方の工房は、とても景気が良いみたいですわね…」


 レンツォは、いきなりの話題の転換に「え?」と言って混乱している様だった。


 「何でも、貴方の奥様がとても珍しい珊瑚の装飾品を周囲に見せびらかしていたそうですわね…。大変素晴らしい物だったとか。ここを紹介して下さった私のお友達が羨ましがってましたわ」


 レンツォは一体何を言われるのかと戦々恐々としている様子だった。


 「貴族も持ってない装飾品を、平民が先に手に入れて見せびらかすのは…あまり良くない行いだとは思いませんこと?」

 と言ってニヤリと嗤う。


 「す、すぐに妻から取り戻して…」と言い掛けたのを止めて、「平民が一度身につけた物を貰っても困るわ」と言う。


 「平民だけが身につけると目立つでしょう?ならば、皆が持てば良いのですわ。

 …ですからね…私にも教えて頂けないかしら?

 何処の宝石商会で手に入れたのですか?

 その情報と引き換えで今回の不始末、目を瞑りましょう」


 「も…申し訳ございません、あれは購入したものではなく、貰った物でして…」


 うん、知ってる。

 この街の装飾品、宝石店をベネフィカに調べて貰った。

 何処にも取り扱いが無い事は調査済みだ。


 「誰から貰ったの?私が直接交渉するわ」

 「ま…魔導具士ギルドの…ギルド長からです」


 言葉に詰まりながら答えた。

 ヴァネッサが私の背中を、レンツォに気付かれないように叩いた。


 「そう、じゃぁギルド長に直接交渉に行くわ」

 「お、お待ち下さい。あ…れは外国の者から貰った物で、もう無いと言っておりました。恐らく行っても手には入らないかと…」

 手をモジモジとさせながら言い訳をする。


 「外国の者?誰? この街に居るの? 居るなら直接行って交渉するわ」

 「…あ、わ…私は存じ上げませんが…恐らくもう既に帰郷したのではないかと…」


 レンツォが答えるたび、ヴァネッサは真偽を教えてくる。


 コイツのこの肝の小ささなら、ヴァネッサの協力は必要無かったかも…


 「ギルド長以外貰ってないの?副ギルド長とか、貰ってないかしら?」

 「ふ…副ギルド長は…お…恐らく貰っては…いないと思いますが…」


 …しどろもどろだ。ヴァネッサに聞くまでもない。


 「何で貴方が貰えたの?まさか、賄賂?」


 「いえ!そのような物ではありません。普段の付き合い上…の何と言いますか、信頼関係で…ええ!女物だから貰ってもしょうが無いと言って、ギルド長が私に寄越した物でして…そ、そもそも、賄賂でしたら、私の様な立場の低い者に送る意味は無いかと…」と、アワアワしながら言い訳する。


 言い訳になると饒舌(じょうぜつ)になるタイプか。


 ヴァネッサが笑いを堪えながら、背中を叩いて来た。


 「そう…残念ね…欲しかったのに…」と悔しそうな顔の演技をする。


 「ま…誠に申し訳ございません。どうか代わりの物で…」

 「そうね…代わりの魔道銃でいいわ」


 レンツォは、キョトンとして言葉に詰まっていた。

 「え?…え…?…宜しいのですか…?」


 「他に欲しい物が無いもの。但し!」

 と言って、金具を使わない一体成型の頑丈な物を指定した。

 「また、金具が弾けたら危ないですからね」


 すぐに、金型を使って筒から魔素火発室まで一体成型で作られた、頑丈な魔道銃を持ってきた。

 けっこう重い…


 以前クラウが、こういうのが欲しいって言ってたからね。

 丁度良かったわ。


 私は、これなら良いわ、と言って銃を受け取り、今回の件は黙っててあげる。と言った。


 「私も、平民から銃を奪い取ったみたいに噂されるのは、嫌ですからね」と言って、店から出た。




◆◆◆




 「簡単すぎたわね」と私が笑うと、

 「そうだね」と言って、ヴァネッサも笑った。


 話を整理すると、珊瑚の装飾品は副ギルド長から貰った物だった。


 未だにこの街に居る外国の者、恐らくはバーゼルが副ギルド長に渡した物。それを『賄賂』として、レンツォに珊瑚の装飾品を渡したのだろう。


 少なくとも、現在、借金塗れのギルド長には出来ない事だ。


 副ギルド長はレンツォに何かを依頼した。それが『魔導具素材』の買占めの手伝いか、バーゼルを器械組立工組合に送り込む事の依頼か。

 ギルドのお金を動かして記録が残るのを(いと)って、他者から貰った物を利用した。

 足のつかない賄賂としては丁度良かったのだろう。


 恐らくは、他の賄賂も全て装飾品で貰ったのだろう。

 レンツォはそれを売って、借金を返済したと思われる。

 その中でも、聖教国にも無い珍しい珊瑚の装飾品。

 売るのも勿体無く、取り置いて奥さんに渡したのだろう。


 まさか、送られた奥さんが周囲に見せびらかすとは思わなかったのね。女心が分からないのかしら。


 「副ギルド長が、上から帝国の意向を伝え、バーゼルが下から上手く調整する、そういう関係ね…」


 「もっと直接的に聞かなくて良かったの?バーゼルが出入りしてるのかとか…」


 「あまり直接的にやって、ネズミに逃げられるとクラウディアの計画が狂うかもしれないからね。

 向こうの不祥事につけ込む方が、噂を自ら封じ込めてくれるでしょうから。

 私達がバーゼルを知ってるのも不自然だしね」


 「そっか…そうだよね。あの演技、良かったね」


 「私のクラスのヘレナって娘をモデルにしたの」

 クラウディアの演技より上手いでしょ?と言って、二人で笑った。



 

デミちゃん…空気


※魔道銃の仕組みは火縄銃やラッパ銃みたいな仕組みですが、火縄銃にある火皿や外から火を点ける仕組みが要らないので、造りはもっと単純です。

 筒の大きさに合わせた弾丸を銃口から押し込み、本来火薬の入っている場所(魔道銃で言う発火室)で圧縮魔術式の凝縮→解放をするだけ。


 この世界では、ほとんどの人が持っている魔力を使えば簡単な事なら出来るので、手間の掛かる科学分野の発達が遅れています。

 ライターも無い。火種程度の発火なら、平民でも魔素の圧縮摩擦で出来るから。圧縮魔術式を使えない者のために火打ち石を加工して薬品を塗布したファイアスターターみたいな物はあったりしますが…。


7日目

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