表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
第二章 国立学校サンクタム・レリジオ
46/287

◆2-29 解決する為の契約

ルナメリア視点




 食事を終えて遅めの湯浴みをしたら、とうに寝る時間が過ぎていた。

 サリーに髪を乾かしてもらっている内に、私は段々と眠りに落ちていった。


 半分眠った状態で、部屋の扉がノックさせるのを聞いた。

 母の声がして、ゆっくりと私の頭に誰かの手が置かれた感触がした。

 でも、私は瞼が重くて、椅子に座ったまま起きられなかった。

 …そのまま、母と父の声が遠くなり扉の閉まる音がした。


 サリーの腕に抱きかかえられている感触がして、そのまま柔らかい布団に入れられるのが分かった。


 …夜の闇に溶け混ざる様な、静寂の中を漂う感覚で、私の意識は途絶えた。




◆◆◆




 私の意識が覚醒したのは、鐘が2つ突かれた音がしてからだった。

 寝坊した!と思った私は飛び起きてしまった。


 「どうなさいましたか、お嬢様」と、天蓋のカーテンの向こうからサリーの声が聞こえた。


 …天蓋…ああ、学校じゃなかったわ…


 「ちょっと寝惚けただけ。起こしてくれても良かったのに」


 「昨夜は遅かったので、ゆっくりさせるようと御当主様より指示がございました」


 「ありがとう。お父様達は?」


 「おそらく、食堂か茶会室かと思われますが、確認して参りますね」と言って部屋を出て行った。


 私はゆっくりと起き上がり、洗面用に汲んであった水で顔を洗い目を覚ました。


 …そう言えば、昨夜はお父様かお母様に頭を触られた様な気がしたけれど…魔力が暴走しなかったわ……良かった。


 私が顔を拭いているとサリーが戻って来て、朝の着替えをさせてくれた。サリー曰く、二人共茶会室に居たが、これから食堂に行くから一緒に食事をしよう。と、言っていたそうだ。

 気疲れしないように、部屋着に軽く上着をかけただけのラフな格好で来るようにと、指示があったらしい。

 寝室を出るのに軽い服しか着ていない事が、少し気恥ずかしい感じもした。しかし、身体が楽なので指示に従って、そのままの服装で食堂に向かった。


 朝食も昨夜と同じ様に自由な席で摂り、学校の友達の事で軽く話をしながら、終えた。


 「ルナメリア、少しこちらでお茶をしましょうか」と、母が言って、茶会室の方へと向かった。


 茶会室の準備も既に整っており、三人が席に着き、お茶とお菓子を並べ終わる。

 お母様が侍女達に指示を出すと、サリー以外の使用人は部屋を出て扉を閉めた。


 少し緊張した空気が流れた。


 「ルナメリア…昨日から話したい事があったのだろう?」と父が言った。


 私は答えるのを躊躇(ためら)っていたが、父は、


 「話していた友達に関係する事か?」と聞いてきた。


 私は二人の目を見て「友達に関する事でもあり、私に関する事でもあります」と答えた。



 私は、マクスウェルの家が詐欺被害に遭っている事、マクスウェルが乳母だったメリッサの甥である事、そしてクラウディアが問題を解決する為に、キベレ侯爵に相談するように提案した事を話した。


 「なるほど浸礼契約詐欺か…メリッサの実家が…ならば、助けてやりたいが…我が家がブラウ家を直接助けるのは、ブラウ家にとっても良い事にはならないだろうな」


 「ええ…マクスウェル様もその様に話していました。

 なのでクラウディアが、聖教国とハダシュト王国が過度に接してない事を示し、且つ言い訳が効き、そして法律に抵触せずに問題を解決する方法を提案したのです」と言って、クラウディアの提案を説明した。


 「確かに、その方法なら周囲に言い訳も立つし横槍も入らない…問題は金額の設定だな…それと浸礼契約にした方が良いだろう」


 「その事もクラウディアが提案してくれて、これから浸礼契約の準備も整えるそうです」


 「…何故か、全てその娘の掌の上に居る様な気がするぞ…」


 「クラウは凄いのですよ」と私は微笑んだ。


 「私達の家には何の不利も無く、ハダシュト王国のブラウ男爵家に貸しを作れますが、テイルベリ帝国の一部の家は敵に回しますわね」と母が言うと、父が、

 「むしろ、帝国が我が国の不特定多数の者達と癒着している事の方が問題だ。このままでは我が国が帝国に乗っ取られるぞ。

 浸礼契約詐欺についても同様だ。下手に扱うと帝国だけでなく、我が国にも被害を及ぼす事になりかねん」と危機感をあらわにした。


 私は、その事もクラウディアが話していたと説明して、そちらはクラウディアが解決するので、浸礼契約に集中して欲しい、と言っていた事を話した。


 「…何者だ、その娘は…」

 父と母は品もなく口を開けたまま固まってしまっていた。



 次の日、父は教皇から直接呼び出しを受けた。




◆◆◆




 数日後、ブラウ男爵家当主を呼び出して事情を説明したら、既に息子から連絡を受けていたらしく、どうせ後が無いと半ばヤケになり浸礼契約に応じた…様に見せた。

 契約の内容はブラウ家には不利な内容だったが、素材が必要だった為に仕方なく応じたという形を取る様に、と事前に連絡してあった。



 最後の打ち合わせが終わり、中央教会区の統括教会に集まると、クラウディア達も様子を見に来ていた。

 クラウディアとデミトリクスとジェシカは修道服に身を包み、中央統括教会の修道士に紛れ込んでいた。



 …統括教会の立会の司祭は誰かな?

 もしかして中央区統括の司教が来るかも?…


 そんな事を考えながら進むと、父と母とブラウ男爵は、貸し切られた主祭壇に案内された。

 そこで立会の人物を見て、皆が驚いて固まった。


 「今回の浸礼契約は、私、イリアスが立会を行います」と宣言して、イリアス枢機卿が出てきた。


 ……た…立会に、枢機卿が……!?


 父以外、皆が驚きで固まる中、副司祭や助祭達が緊張しながら書類を用意した。

 イリアス枢機卿が主導的に進める中で、契約行為は粛々と進められていった。


 契約の内容は、下書きを元にその場でイリアス枢機卿が書き込み、お互いに口に出さずに確認した。



 ブラウ男爵と父が浸礼売買契約書を交わしている間に、副司祭達が高額借用契約書を準備する。


 父から約束の品が入った箱をブラウ男爵に手渡し、男爵とイリアス枢機卿が中身を確認する。


 中身を確認した後で、ブラウ男爵は教会と高額借用契約を締結して、教会から金貨がブラウ男爵に手渡された。

 それが男爵から父に支払われ、更にそれを父から教会に返される。



 まず、父から金貨が教会に返還された事を受けて、数日前に交わされていた教会と父の売掛契約書に、イリアス枢機卿が領収のサインをした。

 これをもって、1つ目の取引が終わった事を証明した。


 続けて、父とブラウ男爵の売買浸礼契約書にイリアス枢機卿がサインをして、『神の名の下に1件の浸礼契約が無事終了した』ことを宣言した。

 これをもって、2つ目の取引が終わった事を証明した。


 最後に、ブラウ男爵家と聖教国教会との間で高額借用契約が締結され、金額と返還期限の記載された契約書がブラウ男爵家へ手渡された。

 こうして、3つ目の取引のみが残った。



 クラウディアが造った魔導素材は全て、一度教会に納められる。それを年間決められた数を魔導具士ギルドに卸している。

 クラウディアはエレノアを通じて、幾つの素材が教会に有り、幾つの素材が魔導具士ギルドに卸されているかを把握している。


 魔導具士ギルドに在庫が無くとも、教会の在庫を売れば良い。教会の不足分は、自分が追加で納品すれば教会も困らない、と考えたらしい。



 しかし、教会が教会の備品を外国に売却する場合、国の委員会を通さねばならない。そして議事録に記録が残る。


 クラウディアはそれを危惧した。


 議事録をヘルメス枢機卿が閲覧する事。

 そして、何人いるか分からない『帝国の息のかかった議員』が取引の邪魔をしてくる事を。


 今回の浸礼契約を利用したブラウ家乗っ取り詐欺に、帝国の高位貴族が絡んでいれば、取引を潰そうと動く可能性がある。


 だから父が教会から備品を買い取った形にした。

 これならば、余程異常な価格設定でもなければ誰も文句は言えないし、委員会を通さなくても良い。


 …そもそも、選帝侯であるお父様に文句を言えるような人は、枢機卿か、同じ選帝侯ぐらいでしょうけれど…



 後に父から聞いた話では、このクラウディアの案に教皇が乗っかったらしい。


 教会内に帝国の間者が多く入り込んでいると、エレノアから報告を受けていた教皇は、クラウディアの考えた迂回契約を利用して、ネズミの炙り出しを考えた。


 教皇は父だけを先に呼んで、数日前に売掛契約を済ませた。



 今回の契約の前に、父が教会から売掛での売買契約書を交わし国の備品を受け取り、侯爵家の資産としておく。

 教皇は数日前に契約を済ませておく事で、今回の浸礼契約との繋がりを誤魔化そうと考えた。


 売掛契約書の場合、全ての支払いが済んだら、確認した教会関係者が領収サインをするだけで支払日は記載しなくても問題ない。

 取引自体は締結日に(さかのぼ)り終了した事になる。

 そして、売掛契約書が保管される場所は、今回の契約の保管棚とは別日の棚となる。



 次に、正式な浸礼売買契約書を作成し、ブラウ男爵家と売買をその場で行う。

 これは取引が正式な物である証拠と証人を作る為、そして違法で無い事を証明する為。

 浸礼契約書に取引数も記載される。600セット程度なら『外国への輸出制限法』にも抵触しない。


 しかし、他の素材を集める為に資金を使ってしまい購入費の足りないブラウ男爵家は、不足分を教会から借りて父に支払う。その為に教会との高額借用契約書にサインした。


 最後に父が、売掛金を教会に支払い売掛債務を消し、キベレ家の取引は終わる。


 保管場所の違う売掛契約書と、今日付けの違法では無い綺麗な浸礼契約書だけが教会に残る。



 この日付をずらすロンダリング契約の利点は、取引の流れを第三者に完全に分からなくさせられる事。


 浸礼契約はその契約の性質上、契約書に記載されている家と利害関係のある家のみ、内容の閲覧要求が出来る。

 今回の場合では、カニス家がブラウ家の浸礼契約を閲覧する事が出来る。

 しかし、分かるのはブラウ家がキベレ家から素材を受け取り、その対価を支払い終えた、という結果だけ。


 また、教会にはキベレ家へ『問題の無い価格』で備品素材を売った契約と、ブラウ男爵家が教会に高額の借金をしたという契約が残る。


 しかし、これらの契約は浸礼契約では無い。その上、別種類棚、別日である。

 その為、結びつける証拠にはならないし、そもそもカニス家には知る事が出来ない。



 今回の契約の全貌が把握出来るのは、キベレ家とブラウ家と教皇、イリアス枢機卿とクラウディア達を除けば、帝国に情報を流している教会関係者の中にいる裏切者のみになる。


 我が家が何処から大量の魔導具素材を入手したのか?

 我が家とブラウ男爵家の浸礼契約の立ち合いは誰か?

 ブラウ男爵家は何処から買付資金を捻出したのか?


 全ては、帝国に侵入させている教皇の部下が、聖教国に入り込んでいるネズミと、帝国の貴族達に繋がる『糸』を把握する為。


 取引の全容を知っている者は誰か?

 一部だけ知っている者は誰か?


 浸礼契約の内容をカニス家以外のルートで知り得る貴族が居れば、浸礼契約書保管室に入れる身分の内通者が居る事になり、逆に、それ以外のみを知っていれば助祭か、それ以下の中に内通者が居る事になる。


 更に、保管室に入る際は必ず記名が必要になる。

 別日、別棚の関連書類を探すのは時間が掛かるだろう。

 この契約以後に頻繁に保管室に通う者が居れば、内通者決定と考えられる。


 それにより教皇は、どの貴族の息のかかった裏切り者が、教会の何処に潜んでいるかを把握出来ると考えた。


 …把握したら、泳がせたまま利用するのでしょうね…

 中央区の調査はホウエン校長先生が担当するのかしら…?



 ブラウ男爵家には、浸礼契約と他の2件の契約手数料を含めた各種費用の支払いが必要だった。

 その不足分は父との売買契約代金に上乗せしておいて、後で父から支払われた。


 ブラウ男爵家は材料費を割増価格で買わされたという結果だけが残るが、これで商品は作成出来るので、割増価格より高い価格でカニス家に売り付けられる。


 父は、この契約書類を議会で持ち出されたとしても、『安価』で売ったのではなく、『割高』で売ったので、ブラウ家に対する『贈与』だと言われることもない。


 カニス家は浸礼契約で売買を行っているので逃げることが出来ない。

 もし逃げれば、王国のブラウ家から聖教国教会を通して帝国の皇帝に直接請求が行く事になり、下手をしなくてもカニス家は消えることになるからだ。



 …でも、まさかイリアス枢機卿が協力するなんて思わなかったわ…エレノア様からトゥーバ・アポストロを経由して教皇猊下から依頼がいったのかしら…?

 イリアス猊下ならヘルメス猊下が口を挟んで来ても撥ね退けられるから、一番適任ではあるのだけれど…。



 全ての契約が終わり、ブラウ男爵は教会と父に礼をして、素材を厳重に警備しながら帰途についた。


 ブラウ男爵が帰った後、父達と私はイリアス枢機卿に別室に呼ばれた。


 

読者と自分が混乱しないように書くのが難しい…


頭の中では整理出来ていても、複雑な話を人に伝えるのは難しいデスネ…orz

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ