◆2-24 黒の森を越える下準備
クラウディア視点
「私に考えがあるわ。解決までに数ヶ月掛かるかも知れないけど、デーメーテール様に恩を売りつけ、お会いする為には必要な時間よね」私がそう言うと、
「良く解りませぬが、フィクス・ベネナータを用意すれば宜しいのですね?」と、ニグレドが聞く。
「それと、魔素の濃い豊穣の森の植物も。フィクス・ベネナータに巻き付かれて枯らされた木も欲しいわ。分析に使えるかも。成木だけでなく苗が手に入るなら、それも欲しいのだけれど?」
「承知致しました。え〜、フィクス・ベネナータと森の植物と…何でしたか…?」
…ああ、この子アホの子だったわ…
「言い忘れておりましたが、ワタクシの能力では自分自身以外の物は運べません」
「それじゃ魔石を見つけても持って帰れないじゃないの。意外と不便ね…貴方の能力」
「元々、魔石を発見したらレクトスに知らせて後は任せる予定でした。ですので、必要な魔木等は後ほどレクトスに運ばせます」
「なるほど…少し下準備が必要ね…」と言ってから、ニグレドと予定を話し合った。
まずデーメーテールに、これから私達が『魔木を枯らす研究を開始する』事を伝えて欲しい、と言った。
その為に『植物のサンプル』が必要になるだろう事や、研究する為に下準備として各種薬品や、それらを用意する為の時間も掛かる事。
切り出した魔木や、豊穣の森から運んでもらう植物の運搬の方法や時間。その他もろもろ…
「承知しました。『魔木を枯らす研究』と『その研究の為の植物を持ち出せるか』ですね。その様にお伝え致します。では、またのお呼出しをお待ちしております…ニャア…」
ニグレドはその場で半透明になって消えた。
…大丈夫よね? ちゃんと忘れずに伝えてくれるかしら…?
取り敢えず、最低その2点だけでも伝えてくれれば察してくれるわよね…?
「終わった〜?」ジェシカが欠伸しながら聞いてきた。
…途中で飽きて寝てたな…
「取り敢えず、明日の朝から準備するから、今日はもう寝ましょうか」
「そうそう、夜更かしはお肌に悪いわ…」と言いながら、のそのそとベッドに這い上がり、すぐに寝てしまった。
…さて、上手くいくかは分からないけど。
出来なければ別の手を考えなきゃ…
デーメーテールに関する色々な情報が手に這入ったのは嬉しいわ。まさか『神代の魔導具』解析者だとは…しかも数百年前に既に…。
私は、おやすみ…と言いながら、魔導灯と魔導ランタンの灯りを落とした。
◆◆◆
私は1の鐘で起きた。
丁度ジェシカが着換えて出掛ける所だったので呼び止めて、走り書きのメモを持たせた。
ジェシカは了承して、窓から出て行った。
その後、何通かの手紙を書き、封緘をした。
寄宿舎の事務室の受付に行き、往路と復路両方の配達分として銀貨を数枚支払い、配達を頼んだ。
…これで良し。数日もすれば準備が整うでしょ。後、出来る事は…
…ガラティア…ガラティア…起きて…
『うう〜ん…後5分…』
…あとごふん…って何…? こいつ起きない気だな…
『起きんか! このバカ娘!』
『ひゃい! おきまひた…まま…』
…誰がママだ…
『起きないと朝ご飯抜きよ!』
『おきてるってばぁ…何よ〜?』
『やっと起きたか…実はね…』
と言って、これ迄のあらましを説明した。
『ふぅん…面白い事になってるわね』ガラティアは楽しそうに笑う。私と同じ顔で。
…ガラティアの笑い方は…自然よね…?可愛いのよね?
私が笑うと『嗤うな!』と言われたり、怖がられたり…
私は、黒の森を抜けるために魔素を吸収しなくて済む魔導具を作れるか、と聞いた。
『フィクス・ベネナータを枯らすんじゃないの?』
『手段は多い方が良いでしょ』
『まぁ…そうね。それで? 貴女はどういう魔導具なら良いと思う?』…素直に答えはくれないか。
『魔素の性質…例えばそうね…魔素って、ろ紙でろ過出来るの?』
『魔素をろ過出来た、ろ紙の記録は無いわね』ガラティアは知識を検索した上で、私の聞きたい事を理解し解説する。
毒の無力化から連想する考察は基本的な着眼点で良い、と。
人間には魔素も毒も薬も大量に摂取すると危険なのは同じ。
しかし、全くの別物だから濾し取る事は不可能。
私の糸が建物をすり抜けるのと同じ原理。密度が濃ければ、ろ過出来るだろう。しかし、私の糸より密度が薄い空気中の魔素の透過を防ぐ事の出来る物質的な物は無い、そうだ。
『そうよね…そもそも、魔素は何処から吸収されるの?』
物質的にはすり抜けるから、体内を『通過』するという点では身体中どこからでも。
しかし、高濃度を一気に『吸収』する場合は人間や動物なら口や鼻等の空気の吸収箇所から息と一緒に入り易い。
植物なら根や葉から。ただし、詳しい実験記録が無いから、正確には分からないそうだ。
『つまり、ほとんどは口や鼻から空気と一緒に入るという認識で良いのよね?』
『その認識で間違いないわ。目や耳の鼓膜等の粘膜やそれに近い所からも吸収される様だけれど、大した量じゃないわね』
私が、魔素を遮断出来る物があれば簡単だったのだけれど、と呟くと、ガラティアが、物質的な物でなければあるじゃない、と言った。
『エレノアの能力よ』
ああ、その方法が…、と思ったが『でも、どうやって他人の能力を魔導具に付与するの?』と聞くと、知らない、と答えたので、両頬を引っ張ってやった。
…自分の顔だけれど面白いわね…
『つまり現状は、エレノアだけは高濃度魔素に耐える方法がある、と言うことよ』ガラティアは頬を押さえて涙目になりながら言った。
…エレノアじゃなくて、私が行きたいのですけれど…!
と、考えていたら思いついた。
『なら、逆に遮断しないで防げは出来るのでは?』と言うと、ガラティアは『どういう意味?』と聞いてきた。
毒煙とは違うのだから、遮断する為に呼吸器と外気の間にろ過装置を着けるの必要はない。逆に、その間で魔素を別の方向に移動させれば良いと言った。
ガラティアは、私の『糸』を思い出して、なるほど、と言った。
『それなら、私の記憶に丁度良いのがあるわ。参考にしたら?』と言って私の頭の中に、口と鼻だけを覆う密閉型立体マスクを出現させた。そして、
『ここを、こうして…こっちに糸を伸ばして、空の魔石を腰辺りに装着して…』と改造していく。
『こちらが吸気で…ここに魔素排気導線が…逆流を防いで……なるほど。これはいいわね』私が感心していると、これも問題がある、と言った。
『これは貴女しか使えないのよ』『あ…』
今度は、魔素で作った私の『糸』が必要だけれど、私の身体からは離せない。もし、ジェシカやデミちゃんについて来て貰いたいなら他の方法を考えないといけない。
…もう、いっその事、私とエレノアとパックだけで行くか?
でも魔獣に遭遇したらコロコロされちゃう…
『ところで件の猫ちゃん、ニグレドちゃん? 密閉された空間に現れたのよね?』
『そうね。原理は解るの?』
『いいえ。私の知っているものは、ただの思考実験だった筈だから…現実に干渉する事自体あり得ない能力よ』
『でも、ニグレドは何もない空間に現れ、目の前で消えたのよ?』
『遠隔地通話と遠隔地ホログラム?…いや、触れたと言う事は他者の触覚神経に干渉する…?う〜ん…』
貴女が悩むのは珍しいわね、と言うと、不可能な筈だからね、と答えた。
…ガラティアが悩んで唸ってるのは珍しい…というか、初めて見た。それだけ、あの間抜けそうな猫の能力が凄いという事か。間抜けなのに…
『でも、魔獣や魔人達の能力なんて規格外だらけな訳だし、あまり悩んでも仕方ないんじゃないかしら』
『…そうね…何故かプロテクトされている領域に踏み込んだ感覚があるわ…これ以上は不味いわね…』
…ぷろてくと…?そもそも、ガラティアって何なのかしら?
まぁいいわ、取り敢えず…とガラティアは呟くと、先程考えたマスクを『魔素マスク』と命名した。
『この理論を進めて考えてみたら?もしかしたら、貴女以外の能力でも応用出来る方法があるかもよ』と提案した。
『そうね。魔木を枯らす方法が上手くいかなかった場合も考えて、他の手段も複数個考えておかないとね』と、私が言うと、ガラティアは何か考え事をしながら、神代の能力が使えれば…、と呟いていた。
『じゃぁ、私は寝るわね』
『また寝るんか!』
『春になると眠くなるわよねぇ…』
『冬も同じ事言ってなかった?』
『おやすみなさーい。愛してるわ、私』
と、ガラティアは投げキッスをして寝てしまった。
…ニグレドの能力もガラティアの知識も、普通の人からしたら理解出来ない能力という事では同じか。
私は魔素マスクの製図に取り掛かった。
製図をしていると、2の鐘が鳴る前にジェシカが帰って来た。
「ちゃんと届けてきたわよ」とジェシカが言う。
「何か言ってた?」
「いいえ。寝起きでビックリしたらしく、漏らしていたけれど。寝ぼけて、お迎えが…とか呟いていたくらいかしら」
…寝起きが原因じゃないだろうなぁ…虐め過ぎたか。
まぁいいや。大した問題じゃないし。
「後は皆の返事待ちね」
「クラウは作業を続けるんでしょ? 私は運動場でも行って暇そうな騎士見習い達と遊んでくるわ」
「行ってらっしゃい。…手加減しなさいよ」
ちゃんと殺さない様にするわよ。と言って出て行った。
…殺さないだけじゃなく、目立たない様にという意味なんだけどなぁ…今更か。




