表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
第二章 国立学校サンクタム・レリジオ
40/287

◆2-23 お姫様が引き籠もった →どうする?

クラウディア視点


ヴァネッサの手紙より前のお話




 8の鐘が鳴って、皆が部屋に引きあげていったのを見て、私達も部屋に戻った。


 私は、部屋の鍵をしっかりと掛けた。

 部屋の周囲も探知して、誰も居ないのを確認した。

 部屋にはジェシカと私の二人だけだ。


 「それじゃ、お間抜け猫を呼び出すわよ」


 私は、教会から衣類を運ぶのに使用して、今は空になった長持の蓋を閉めた。


 「ニグレド…ニグレド…お間抜けニグレド…」

 と、私は呪文みたいに唱えながら、箱に体内の魔素を流し込んでいく。


 ガタン!…ニャー

 声を聞いてから長持の蓋を開けると、そこにはあの黒猫が居た。


 「デーメーいえ…えーっと…………お嬢様、えー…お呼び下さり、ありがとうございます」


 「…クラウディアよ」


 「ええ、勿論ですともクラウディアさま。ワタクシがお嬢様のお名前を忘れるわけございませぬ」


 「……まぁいいわ。それで、ジェシカから聞いたのだけれど、アリスお嬢様の捜し物を探す協力をすれば良いのよね」


 「はい!その通りでございます。いや…ました…。実は一つ問題が生じまして…」と項垂れた。


 「問題?」


 「はい…アリスお嬢様が部屋に閉じ籠もって、出てこなくなってしまいました」


 「え? でも、お嬢様の捜し物を見つける為には、うちの阿呆妖精に、そちらのお嬢様の魔素を覚えさせないといけないのよね?」と、ジェシカが聞く。


 「その通りでございます。その為にはアリスお嬢様には黒の森の外に出て頂いて、そちらの阿呆妖精様にお会いして頂かなければなりません。しかし…」と言ってニグレドは説明した。


 なんでも、捜し物を手伝える人間の協力者が出来た事を、レクトスがデーメーテールに話している処を聞いたアリスお嬢様は、部屋に飛び込んで扉に鍵を掛けてしまった。

 デーメーテールが呼び掛けても扉を開けず、森からは出ないと言い張っている、らしい。


 理由を聞いても応えてくれず、ニグレドは呼ばれない限り部屋には入れない。仕方がないから、今回の申し出を断ろうかと話が出たのをニグレドが止めて、クラウディア達と相談して解決策を模索しようと思っていたそうだ。


 …ここでデーメーテールと縁が切れるのは美味しく無いわ。

 魔女や希少な『話せる魔獣』と敵対せずに関係を構築出来る千載一遇のチャンス。


 「それなら、私達が阿呆妖精を連れてデーメーテール様の所へ行こうか?」


 「黒の森の中へ?ベヘモトに出くわさないかしら?」とジェシカが心配する。


 「ニンゲンが森に入るのは難しいかも知れません…」と、ニグレドが項垂れながら話した。


 「何で?ベヘモトが見張っているの?」


 「いいえ!ベヘモトはワタクシ達の仲間でございます。理由もなく人を襲ったりは致しませぬ。

 特にデーメーテール様そっくりなクラウディア様が居れば、森の『仲間達』は手を出しませぬ。しかし…うーん…」と考え込んで、

 「お嬢様方は、何故、御主人様の森が人々から黒の森と呼ばれる様になったか、ご存知でしょうか?」と尋ねた。


 ジェシカが、木が黒いからじゃないの?と言うと、ニグレドが解説した。


 昔はデーメーテールの森は人々からは『豊穣の森』と呼ばれ、神聖視されていた。

 一年中食べ物が実り、薬草や香料、着色に使える花々が咲き乱れ、それを目当てに人が集まり街も出来た。

 冬でも雪が積もらず、薪が必要なら、必要とする人に必要な量だけ勝手に樹木が乾燥して、すぐに薪として使える様になる。周囲に住む人間達は森を大切にして決して領分を侵さず、適切な距離で関係性を保ち続けたそうだ。

 時折、己の欲望の為に森を荒らす人間も出たが、そういう者は森の民からも、周辺に住む人達からも追い出されたり、時には処理された。

 皆、デーメーテールの怒りを買わないように気を付けて暮らしていた。


 「…森の民?人が住んでいるの?」


 森の民とは、元はデーメーテールに付き従った人間達。

 長い年月と年代を経て魔素適正が高くなり、身体が高濃度の魔素の中で耐えられる様に、そして、暮らしていける様に身体が変性した。

 しかし、高濃度の魔素に耐えられる代わりに、魔素の薄い場所では生きられない身体になってしまった。

 豊穣の森からは長い時間離れる事が出来ないそうだ。

 見た目も人間とは少し違うので、取引をしている一部の人間達以外からは隠れて暮らしていて、ほとんどの人達は存在も知らないらしい。


 「それで何故、豊穣の森が黒の森に?」


 ニグレドは少し寂しそうに話した。


 デーメーテールには敵対者が居る。

 その者と数百年に渡り争っているそうだ。

 デーメーテールは常に命を狙われているが、その者はデーメーテールを護る森には入れない。

 森自体はデーメーテールの能力で繁殖し続ける。

 しかしその為、デーメーテールも長い時間は森からは離れられない。森が枯れてしまい、自身を護るものが無くなる。


 時折、デーメーテールに助けを求めて森に来る者が居る。

 その敵対者に被害を受けた者が、助かる方法を求めて。


 「もしかして、春祭りのお話?」


 あれも、長い歴史の一場面。

 相手の能力を抑える事が出来るのは、デーメーテールの作る人形達。

 来訪した人間に、その人形を渡す。

 その人形は、隠れ、変装し、人間に紛れ込んでいる『その者』を見つけ出し、その場に縫い付ける事が出来る。

 その隙に、致命傷を負わせれば倒すことが出来る、


 「倒すことが出来てるのに、対立し続けている? 相手は複数人なの?」


 ニグレドは、相手は『1人で無数』だと言う。

 1人殺して終わる相手では無いそうだ。

 よく解らないと言うと、ニグレドもよく分からないらしい。

 あった事は無い…と思う、と言っていた。

 人間に紛れるので、会っても分からないとも。


 「何度も殺された奴は、豊穣の森の外周に森枯らしの木と呼ばれる魔木、『フィクス・ベネナータ』を植えたのです。森の黒い部分は、そのフィクス・ベネナータです」


 「黒い部分…て、外から見える範囲は全部黒い…わよね?」


 魔木フィクス・ベネナータ。

 植物に巻き付き、植物に根をはやし、植物を食べる植物。

 魔木自身は豊穣の森の植物達よりも、遥かに高濃度の魔素を吐き出す為に、森の民はともかく耐性の少ない普通の人間では長時間居られない。ほとんどの人間は、魔木の森を抜け豊穣の森まで辿り着く前に魔素中毒で死亡する。

 外から辿り着く人間が居なければ、自分を殺す人形を渡せないだろうと考えた様だ。


 ジェシカが「でも、猟師がたまに狩りに入ると聞いた事があるわ」と言うと、


 「おそらく、奥深くまでは入らないのでしょう。

 一定以上深くまで入ると、ニンゲンには耐えきれない濃度の魔素が空気中に充満しております。その魔素を吸収して理性を失った獣や仲間達も居ります。身体が変性した森の民や、我々の様に大きな魔力器(まりょくうつわ)を持つ者でないと、魔木の森は越えられません」


 フィクス・ベネナータの森を抜けると豊穣の森がある。

 デーメーテールの濃い魔素で育った植物達はフィクス・ベネナータに枯らされないから、森の中心に近づくと、魔木とデーメーテールの植物達の勢力が拮抗して、そこで侵食が止まっている。


 アリスお嬢様と一部の森の民達は、時折黒の森の中まで入り、巡回している。

 間違えて迷い込み理性を失った仲間達を連れ戻したり、外から入り込んで死にかけた人間を助けて、街の近くまで運ぶ事をしているそうだ。去年黒の森を巡回している途中で清廉魔石を無くしたのに気がついたらしい。


 「理性を失った獣達が彷徨く(うろつく)森を? 敵対者とやらに狙われない?」


 「お嬢様はお強いのです。それに、御主人様の御守りもお持ちですので、奴が来ても返り討ちにしてしまうでしょう」


 敵対者は、デーメーテールの作る彼女の魔素の詰まった魔導具を苦手としているらしい。御守りには、魔導具人形の様に『見破る』や『縫い付ける』効果は無いが、その者の魔力に反応し攻撃を感じると、勝手に防いで跳ね返す。そして人形とは違って、小さいので嵩張らず隠して持ち歩ける。

 その事を知っている他の魔人達も、魔除けとして購入していくそうだ。

 時々、御守の中の魔石から自然と揮発する彼女の魔素を再充填してもらう為に、魔人や魔女が豊穣の森に来訪するらしい。


 「魔女が作る御守り魔導具!?魔導具人形?

 デーメーテール『様』は魔導具士?」


 「魔導具…士?というのが何かは存じませぬが、デーメーテール様は『神代の魔導具』とやらの解析者だそうです。レクトスが御主人様自慢でよく話題にするので、凄い事なのでしょう。ワタクシ、良く知らないのですが」とニグレドが発言したのを聞いた途端、


 「会いに行こう!今すぐ会いたいわ!」

 ジェシカを急かす。


 「だから…会えないから問題なんじゃないのよ…」

 ジェシカが呆れて呟いた。

 「それに、少し気になる事も言ってたわね…魔人が魔除けに購入する?魔人や魔女って死なないと聞いた事があるけれど?」


 「その敵対者は、魔人殺しの魔人なのだそうです。

 ワタクシも詳しい事は存じませんが、デーメーテール様か、他の魔人様方ならご存知かと思われます」


 「なんか…話が壮大になってきたわね…デーメーテールの魔女様に恩でも売れればと思って、レクトスの頼みを引き受けただけなのに…魔人達の争いに巻き込まれるのはゴメンよ」


 「そう、仰らずに!!この広い街中でアリスお嬢様の魔石を探すのは困難でございまして、ワタクシ一人では、一日3回の昼寝を2回に減らしても見つかるかどうか…」


 「割と余裕そうね」


 「そんな事は御座いません!魔石が見つからず、奴を倒す為の魔導具人形が完成しなかった時の事を考えると、夜も眠れず…」


 「夜行性だしね」


 「ですから3回の昼寝は必須なのです」


 「阿呆らしい。寝ましょうか。私達は夜行性じゃないし」


 「まぁまぁ、何とかして困っている魔女様や可愛らしい猫ちゃんを助けましょうよ」と言うと、


 「アンタは魔女様の魔導具を見てみたいだけでしょ。

 どうせ昼間みたいに、魔素理論や魔導具に関しての眠たくなる議論を長々と聞かされる事になるんだから」


 …う、ジェシカが冷たい…


 「デーメーテール様に会うためには、黒の森を越えないといけないのよね…」とブツブツ呟く。


 「今回はお嬢様の魔石を探して頂けるという事で、御主人様にお会いするという話では無かったかと思うのですが…?」


 「おっと、論点がズレた…しかし、お嬢様に会わない事には話が進まないのも事実よね」


 「確かにそうですな」


 「取り敢えず、解決する為には…」と言って指を立てる。

 「①お姫様を説得して、外まで来てもらう。

 ②私達がお姫様の立て籠もるお城を攻撃して、お姫様を掻っ攫う」


 「おや?何か不穏な発言が?」


 「言い間違えたわ。お嬢様の立て籠もるお部屋に突撃して、お嬢様を掻っ攫う」


 「変わって無い様な気もしますが…?」


 「気にするな!

 ②を実行する為には、黒の森を越えないといけない。」


 「それが出来ないから困っているんでしょうが。諦めなさい」

 …ジェシカが辛辣…

 でも、デーメーテール様にはお会いしたい!

 アリスとやらはどうでもいいけど。


 「黒の森を越えるために、2つの方法がある。魔素を余分に吸収しない為の魔導具を作るか、魔木自体を破壊するか…」


 「出来るの?」「それはこれから考える!」


 「何やら大変な事になりそうですな」とニグレドが呟く。


 「何故アンタが他人事の様に言うかな?クラウディアを止めて、お嬢様を説得して引っ張り出して来なさいよ」


 「お嬢様が説得されたら、私がデーメーテール様にお会いする理由が無くなるじゃないの!」


 「だから、主旨変わってるって!」

 …ジェシカが興奮している。珍しい。


 「それで、魔木の弱点は?」


 「あれは魔素を多く含む植物に絡みつき、養分を吸い取って枯らした後、過分に吸い取った魔素を空気中に放出します。」


 「さっき聞いた。それで弱点は?」


 「…え?」


 「弱点は?」


 「…知りません」


 私はニグレドを雑に掴み上げ、

 「ジェシカ、鍋ある?夜食にしようか」


 「…お腹壊すわよ」


 「お待ち下さい!本当に分からないのです。知っていれば、もっと昔に処理しております!」と叫び暴れる。


 私はニグレドを離して、

 「確かにそうね…なら…全部燃やすか!」


 「残念ながら、魔木は含水量が多く火は着きませぬ。デーメーテール様の植物も同じです」


 「面倒臭いわね…除草剤でもあれば…」と言い掛けて思いつく。「ねぇ…フィクス・ベネナータって貰える?」と聞くと、


 「え?…可能だとは思いますが…?」と、ニグレドは訝しげに答える。


 「そんな物どうするの?…ああ、ノーラか…」


 「植物の専門家達に協力を頼みましょうか」

 私がニヤリと笑うと、私を見たニグレドが全身の毛を逆立てた。…なんでや?


 「クラウ…目だけ笑って無いわよ…」


 …ああ、しまった。またやってしまったか。

 …難しいわね。


 「そういう『笑顔』は相手を威圧する時に使いなさい」


 …ジェシカちゃん、辛辣ぅ…



 

2日目

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ