◆1-3 お持て成しの為の下準備をしよう 1
第三者視点
首都アルカディアから、北方の農村へ向かう一台の馬車があった。
そこにはボロ布の様な服を着た体格の良い筋肉質の男性が、使い倒す寸前に見える汚れた二頭立て幌馬車を操っていた。
馬車の中には多くの荷物と、女性と子供、合せて5人。
女性二人は頭までフードを被り、目だけしか見えない。着ている服は木綿だが、継ぎ接ぎのある中古の安物だった。
子供三人は、汚れた肌、手入れのされていない髪、そして、薄汚れて臭い匂いのする服を着ていた。
一見すると貧乏な農民が、家族を連れて引越でもしている様子にしか見えない。
「あー!臭い!我慢出来ない!帰りたい!」と女性の一人がわめく、すると、
「エレナ…我慢しなさい」ともう一人が窘める。
「私はこの匂いが懐かしいけどね」と、赤髪の少女が言うと、
「私はこの匂いで嫌な事を思い出すわ」と、黒髪の少女が言う。
ただ一人、黒髪の少年だけは、何も言わずに静かに外を眺めていた。
馬車を操作していた男性が、
「エレノア様、後一日くらいで着きますから、辛抱してください。」と言うと、
「はいダメ~!お父さん、やり直し!」
「まだ人気が無いのだから良いではないですか…」
「普段からやっておかないと、いざという時失敗するものよ」
男は、やれやれ…と言うと「エレナ…お前、楽しんでいるだけだろう?」と言った。
もう一人の女性が、ふふふ…と笑いながら、
「貴方、娘の遊びに付き合ってあげて下さいな」と言った。
赤髪の少女がエレノアを睨みつけながら、
「エレナお姉ちゃん、お父さんは私の父ちゃんだからね…」
と低い声音で話しかけると、
「わかってる、わかってる。お父さんはジェシーちゃんの『大好きな父ちゃん』だもんね。取らないから安心しなさい」と頭をポンポンっと撫でた。
エレノア達6人は、普段と違うシチュエーションを愉しみながら移動中の暇を潰していた。
「ところで」と、クラウディアが、
「パックはどこ?」と聞くと、ジェシカが、
「ここよ」と言って荷物の間を指さした。
そこには、羽の生えた小さな妖精が大の字になって寝ていた。
「ルーナが来ないのに、よく一緒に来てくれたわね」と聞くと、「説得が大変だったわ」とうんざりした様子で答えた。
エレノアが約束したと言ったのに、当日になったら急に、
「いやだー!ルーナと離れたくないー!」と泣き出した。
それを見たエレノアは、「あ!もう時間だから先に行くね。必ず連れてきてね!」と言って逃げ出した。
いくら説得しても、泣き喚いて動かないパックに対してルーナが、
「泣いて我儘ばかり言うパックは嫌いになっちゃうよ!」
と叱りつけると、ようやくジェシカの懐に入ってきた。
それでも暫くは懐の中で泣いていたが、やっと疲れて眠ったとの事。
おかげで昨日は教会を出るのが一番最後になってしまった。
「皆の中で一番年上の筈なのにルーナより幼いんだから……昨夜は寝られなかった」と愚痴って欠伸をした。
準備を終えた六人は昨日の午後に、別々に教会を出発した。
早めに馬車に荷物を積み込み出発をしていたオマリーが先に着き、前の町で服と偽装用の馬車を準備して待っていた。
そこに、乗り合い馬車や自宅の馬車等、別々の方法で移動して来た五人が今日の昼前に合流した。
偽装用の馬車と服を見た時、クラウディアの能面の様な顔が強張って、おかしな表情になっていた。
それから今迄、エレノアの『訓練という名の家族ごっこ遊び』に付き合わされていた。デミトリクス以外は。
エレノア自身は、実家のトゥールベール侯爵からの呼び出しがあったと言う体で教会に連絡を入れさせ、ノーラと一緒に豪華な貴族馬車で教会を出た。
隣町に着くと、あらかじめ待機させていた家令に馬車を預けて、自分の侍女を自身の身代わりに仕立て、実家に送り出した。
クラウディア姉弟は流感で施療院に預けられた事にした。
一旦施療院に入院し、治癒士に銀貨を握らせた。そして、裏口から抜け出して乗り合い馬車で移動をしてきた。
流感患者に面会は出来ない。誰か来ても、業突張りの治癒士が銀貨分の仕事はするはず。
ジェシカが一番最後の出発だったが、彼女自身の『能力』により、教会を抜け出している事には誰にも気付かれない。たとえ懐のパックが泣き喚いても、誰にも何も聞こえない。
彼女は、最も隠密行動に適した『能力』を持っていた。
そして、司教補佐の彼女達は普段から通常のシフトを外されているので、居ても居なくても誰も気にしない。クラウディア達が入院したという嘘情報すら誰も知らないかもしれない。
◆◆◆
「この辺りは、少々治安が悪くなっています。この先は森があり、視界も悪くなります。気をつけて下さい」と、お父さんこと、オマリーが皆に話しかけた。
道幅は広いが、左右には森とまではいかない程度の薄暗い林が点在している。道の先の方は丘になっていて視界が悪い。見えない法面の向こう側に誰か隠れていても、接近するまでは分からないだろう。
普通なら…
暫く進むとクラウディアが、「丘の向こう側、200メートル辺り、左手側。こちらの様子を伺っている者が2人。手には短槍」と静かに言う。
オマリーは、不自然に見えない様に左脇の林に近づき、馬車の速度を落とした。
エレノアが「ジェシーちゃん」と言うと、ジェシカは頷いて静かに馬車から飛び降りる。足音を立てずに林の中に紛れ込み、大きく迂回しながら丘を駆け上がった。
馬車から飛び降りて駆け上がるまで、不自然な位に音がしなかった。
ゆっくりと馬車で丘を登ると、丘の向こう側からジェシカが顔を出して「終わったわよ」と言った。
丘を登り切ると、左脇の林に隠れるように、薄汚れた男達が重なって倒れていた。
側には木を削っただけの粗末な槍が転がっていた。
ジェシカは男達の衣服で自分の濡れたナイフを拭き、馬車に戻って来た。彼女には返り血すら付いていなかった。
「あれはそのままにします?」とデミトリクスが淡々と尋ねると、「処理する時間も魔力も勿体ないわ」とエレノアが返した。
「この辺りの野盗への警告にもなるでしょうし、処理は野犬か魔獣に任せましょう」と頬に手を当てて、おっとりとした雰囲気でノーラが答えた。
「それにデミちゃんに任せると山火事になっちゃうでしょ」と、エレノアはクスッと笑った。
オマリーは沈んだ顔で、
「こんなボロ馬車を狙うくらいに困窮しているのか…」と、悲しそうに呟くと、
「馬でもお腹は満たせるからね〜」と、ジェシカは何かを思い出しながら答えた。
沈んだ雰囲気を変えるようにエレノアは手を叩き、
「さぁ!ヘルメスの準備が整う前に現地入りしないといけないんだから。先を急ぐわよ!」と言った。
オマリー神父は善い人、善い父ちゃん。( ˘ω˘)スヤァ