◆2-21 魔導具の狂人達
第三者視点
「聴きたいなら、こちらに来て座りなさい!」
クラウディア達が、カーティ教授に怒鳴られた。
クラウディアは、早足で一番近くの席を占領した。
ジェシカ達は、おずおずとその近くに着席した。
クラウディアは懐の隠しポケットから、いつも忍ばせている小さな羊皮紙、小型のインク壺と蓋付きのペンを机に並べて、ビシッと姿勢を正して教授の話を聴き始めた。
カーティ教授は、その様子に目を見張り、ニヤリと笑ってから、学会で新たに発表された魔素理論について話し始めた。
彼女の授業を受けている数少ない学生達は、彼女の事を良く知っている様で、12〜14歳程度のまだ子供だが、授業を受ける姿勢は大学部の大人達よりもしっかりしている。
新説の魔素理論なんて、この年齢の子供達には難し過ぎる内容ではあるが、誰も話を遮らずに聴き入っている。
内容は『魔素の新しい性質』についての発見と証明と考察を纏めた物で、カーティ教授の理論だった。
クラウディアは真剣に聴き入って、時々、小さな文字でメモを取る。
「この様に、魔素を細いスリットに通過させ、反対側の転写紙に…」と解説するのを楽しそうに聞いている。
ジェシカ達は、解説している意味が分からず目を白黒させていた。しかし、イルルカだけは真剣に聴いていた。
カーティ教授の理論の簡単な解説が終わって、質問の段階になると、クラウディアがすぐに手を上げて、
「その理論ですと粒子としての性質がありますが、波形魔術式でも解るように、魔素には音の様な波の性質も…」と、難しい質問をぶつけていた。
教授は楽しそうに「そう!何故か複数の性質を同時に発言させるのだ。しかも、魔素は人の『意識』という目に見えない物でもある程度操れて…」と、クラウディアに投げ返す。
何度もの質問の応酬の後、クラウディアが「魔素に質量がある可能性ですが、仮に、その魔素溜りに抵抗値零の魔石を投げ込んだ場合…」と仮説を投げつける。
すると、カーティ教授は「面白い。それは考えて無かった。ただ…抵抗値零の魔石というのは…」と新たな仮説を元に更なる議論が展開されていく。
教室内の生徒のほとんどは、ある程度カーティ教授の理論を読み込んで来ている、専門的な勉強をした生徒達だ。しかし、二人の会話の内容が高度過ぎて、誰もついて行けなくなっていた。とても、10代前半の子供が受ける授業レベルでは無くなっていた。
授業が二人だけの議論の場になってきた所で、4の鐘と5の鐘の中間を知らせる鈴の音が鳴り響いた。
二人は「あっ」となり、議論が止まった。皆は、目を見開いて二人を見ていた。
「あーーー、ゴホン!他に何か質問ある者はいるか?」
と、この場所が何処だったかを思い出したカーティ教授は、クラウディア以外に質問した。
イルルカが手を上げておずおずと尋ねた。
「授業の質問とは違うのですが…」
「お!キミは魔導具破壊者のイルルカ君だね!君にも興味あるよ!」とイルルカの言葉を遮り、話かけた。
イルルカは少し戸惑った後に、「その事でお聞きしたいのですが、何故、僕が触った魔導具が爆発するのか…教えて貰えないでしょうか?」と聞いた。
カーティ教授は「そうそう!その事だ!私も知りたい。是非私の選択授業を受け給え。そして実験をさせてくれ!」と本音をぶっちゃけた。
「実験をすれば、何故爆発するのか、どの様に魔素が溢れているのかを知って、それを解決する方法を見つけられるかも知れない。そして、そこのルナメリア君!ルナメリア=キベレ君」と、いきなりルーナの名を呼んだ。
半分眠っていたルーナは、びっくりして思わず「ふぇぇっ!?」と変な声を漏らした。
「君も魔導具を破壊していたよね!君にも是非協力してほしい!どの様な魔力の流れを身体の中に感じているのかを!是非!」と言って、早足でルーナに近づき手を握った。
クラウディア達が、「あっ!」と言った時には、既にルーナは暴風でカーティ教授を弾き飛ばしていた。
カーティ教授は教室の壁に頭をぶつけて気絶した。
◆◆◆
「変人だったけと、面白い人だったわね!」とクラウディアが珍しく喜んでいた。
「偶然ね。私もそういう人、他に一人知ってるわ」とジェシカが皮肉る。皆が一斉に頷いた。
あの後、気絶したカーティ教授を彼女の侍女達が雑に運んで行った。とても貴族女性を運ぶ様子には見えない運び方で。
よくある事らしい。
ルーナ達も事情説明の為に、療養室に付き合った。
療養室の医師は「ただの脳震盪だ。ルナメリア様がギフテッドだと説明があったのに突然掴みかかった彼女が悪い」と言って、慣れた様子で彼女の頭に濡れたタオルを叩き付けていた。
ヴァネッサは知らない様子だったが、カーティ教授はこの学校の首席卒業生だった。
ホウエン校長に借りが有るらしく、彼の要請で週に1コマだけ授業を受け持っているらしい。…難し過ぎて生徒は少ないが。
ただ、授業中に興奮しだして倒れたり、考え事をしながら歩いて階段から落ちたり、魔素枯渇を起こして倒れたり、魔術実演で新考察魔術式を試して暴発させたり…一月に数回は療養室に運び込まれるそうだ。
カーティ教授はあれでも伯爵令嬢らしいのだが、自分の研究の為に利用出来るもの以外は要らないと公言している変人だそうだ。
貴族としての義務は全て放り出していて、令嬢として扱わなくて良いと周囲に発言している。彼女の両親も諦めて放任しているらしい。
クラウディアが羨ましそうに聞いていた。
「結局、1クラスしか見れなかったわね。座学はあまり好きじゃないからいいんだけど」と、ジェシカが呟いた。
ルーナが「取り敢えず、次の授業は6の鐘からだから昼食に戻りましょう。パックも待ってるし」と言って、皆で寄宿舎に戻った。
◆◆◆
「ルーナぁーお腹すいたぁー」
寄宿舎に帰ると、パックがルーナに飛び付いてきた。
パックはルーナの頭に張り付いて、幸せそうな顔で「はぁ~」と言っていた。
皆で寄宿舎の食堂に入ると、クラウディア達を見た他の生徒達が、ザァっと道を空ける。
何事かと思っていたら、ヒソヒソと「今度は選択科目の教授を倒したらしいぞ」「やはり呪われているんじゃないかしら…」「はぁ…お姉様…」「ルナメリア様可愛い…」と好きな様に言われている。
「なんか…クラウディアが呪いの人形みたいな扱いになってきてるわね。便利で良いけど」と、席に着きながらジェシカが呟いた。
クラウディアは泣き真似をしながら「皆とお友達になりたいのに…」と空々しい嘘をつく。
ヴァネッサが吹き出して笑い、デミトリクスが姉を撫でる。
イルルカが「午後の施設選択は、行きたい所あるのか?」皆に聞く。
ジェシカは「運動は自主的なトレーニングで間に合ってるからなぁ…貴族礼節もサリーに頼んでるし…」と言い、ルーナも頷いた。
「ボクはこんなだから、あまり身体を動かす授業は得意じゃないんだ」と、ヴァネッサが言うと、
イルルカが自分の左足を見て、「僕もそうだけど、移動で皆に迷惑を掛けるのも嫌なんだ。…だから、馬術を習おうかと思ってる」と言った。
「なるほど。自分で動けないなら馬を使えば良いんだよね。ボクも行きたい」
ジェシカは、今朝の事を思い出しながら「私はあまり必要無いかも知れないけど、面白そうだから付き合おうかしら」と言って、クラウディア達も同意した。
クラウディアは、何事かをデミトリクスに囁いていた。
デミトリクスは、頷きながら聞いて了承していた。
それをジェシカは横目で見ていた。
カーティ教授




