◆2-19 訓練と、お小言と、お茶会の練習と
クラウディア視点
ジェシカが朝の訓練に出て行ってから暫くした後、クラウディアが目を覚ました。
…朝起きてみたら、ジェシカが居なかった。
1の鐘が鳴ってから結構時間が経っていた様だった。
…あの娘は、相変わらず屋根の上を飛び回ってるのかしら…
昔、あの娘のトレーニングについて行こうとした事がある。しかし、猿の様に壁を登っていく様を見て、流石に諦めた。
あの技術と『無音』の魔術式からして、あの娘がどうやって育ったのかは想像できた。
…あの技術を身に着けないと生きていけない環境で育ったのだろうなぁ…
私は、使用人が昨日の夜に用意してくれていた水で顔を洗い、髪を整えた。
動きやすい服に着替えて、私も朝の訓練をしに出掛ける事にした。
…戦闘に使える魔術式も碌に無いのだから、格闘術だけは怠けずにやらないとね。
まだ、運動場は開いてないだろうし…どこに行こうかな…そう言えば、野外訓練用の人工の森があったっけ。獣でも出れば訓練になるのだけど…校内には居ないわよねぇ…
…デミちゃん誘って格闘訓練したいところだけど、男子棟に入る訳にはいかないし…困ったな。
取り敢えず、何かあれば良いな、と思いながら人工森林に向かった。
森は想像していたよりも大きく鬱蒼としていた。人工の川や丘、小さな滝等も作られており、学校としてサバイバル訓練にも力を入れている事が分かった。
結構広さがあり、入口から反対側は全く見えない。端から端迄、歩くと30分位は掛かるのではないだろうか。
…街の真ん中にあるから期待はしてなかったんだけど…これは結構良いかも…
私は軽く柔軟体操してから、坂道を走り始めた。
丘を駆け上がり木に登って、隣の木に跳び移る。それを何度も繰り返す。
…ジェシカみたいに一気に駆け上れないけど。この程度は出来ないと、ジェシカのサポートも務まらなくなっちゃうわ。
何度目かの木登りをしていたら、遠くから誰かが近付いて来るのを感じた。
…魔力は、貴族レベルの下。あまり強く無いわね。…当然、私よりは強いけどね…自主的な訓練かしら?
私は、木の上の葉の間に隠れて様子を伺った。
現れたのは茶色い髪と青い目をした男子生徒だった。
腰に木刀を差して、周囲を警戒しながら歩いて来る。動きからして、どうやら騎士見習いの様だった。
彼は私が隠れている木の近くで立ち止まり、すぐ横の木に向かって木刀で打ち込み始めた。
…2の鐘より前に自主的に訓練するとは、貴族にしては珍しいわね。高位貴族の護衛騎士か、騎士団入りを狙っているのか……それは兎も角、どうしよう…動けなくなっちゃった。
別に見つかっても構わないのだけれども、昨日は連続で2回も貴族に絡まれた。私は、これ以上自分の武勇伝を築き上げるつもりもない。
…下手に顔を出して、また嫌な絡まれ方したくないわぁ…
殺人も禁止されているし…埋めれば分からないかも知れないけれど。面倒くさいし。
どうしようかな~と考えていたら、彼は打ち込みを止めて、周囲をキョロキョロと見回した。
何をするのかと覗いていると、彼は、自分の腕に魔素を集め始めた。それから徐ろに木刀で木に打ち込むと…
バキィ! と、木刀が折れた。
…凄い。治癒術式の応用かな? 筋線維に魔素を流し込み筋力強化…というところかしら?
ガラティアは寝ている。
魔素をあまり使ってないから、ガラティアも気づかないのだろう。
…なるほど…少量の魔素を自身の筋肉に送り込み、治癒魔術式で無理やり筋肉を動かす。それで、通常時よりも強い力を出しているのね…もしかして、ジェシカも無意識にやってるのかしら? でも、このやり方だと…
見ていると、彼は何度も腕さすったり、動かしたりしていた。その度に顔をしかめていた。
…そうよねぇ…筋肉が切れたのかしら?痛そうね。
それともわざと切ってるのかしら?確か、筋肉は痛めつけて傷つけると、より太くて強くなる…だっけ?
腕が太くなるのは嫌だから勘弁だけどね。私の戦い方のスタイルとは違うし…
私は、治癒魔術式の応用方法をあれこれ考えていたら、ふと、新しい方法を思いついた。危険かもしれない、とは考えたけれど、思いついたら試したくて我慢出来なくなった。
しばらくして、彼が帰って行った後、木から降りて、思いついた実験をしてみた。
結果、顔面から盛大にコケた。
…何これ…滅茶苦茶難しい…でも、訓練すれば出来るかも…
取り敢えず、川で顔を洗ってから帰る事にした。
◆◆◆
寄宿舎に戻った私は、2の鐘が鳴っても戻って来ないジェシカを待ちながら、泥だらけになった服を着替えた。
昨日、基礎4科の卒業試験をパスしてしまったので、2の鐘からの授業は無い。
同じ様に基礎4科をパスしている他の生徒のために、選択科目専門の教師が教室を開いている事もあるが、まだ選択科目を決めていない私達にはやることがない。
運動場へ行って、騎士見習いをからかっても良いのだけれど…これ以上目立つのはなぁ…また絡まれそうだし…
何しようかな?と考えていたら、誰かが部屋の扉を叩いた。
「クラウディア様、起きていらっしゃいますか?」
寄宿舎の管理人の女性が訪ねてきた。
扉を開いて話を聞くと「校長先生が呼んでいる」との事。
…昨日の事だろうなぁ…面倒くさい。
と考えながら私は校舎に行き、校長室の扉を叩いた。
校長先生は「朝早くから呼び出して申し訳無い」と言いながら、昨日の茶会室での事を聞いてきた。
私はしれっと「何もしていないのに、彼が突然怒鳴りながら襲い掛かってきた。避けたら自分から壁にぶつかって気絶した」と言った。
ホウエン校長先生は、
「確かに、周囲の人達の意見も一致しています。カニス家の子息の行動に問題があった様に見受けられますな。
何よリオネリウス王子より、大事にしない様にとの御達しがあり、いちいち事情聴取なんてするつもりは無かったのですが…」と、溜息をついた。
「相手が帝国だから、わざと煽った…と言うわけではありませんな?」
「帝国だからと言う理由でやるなら、ヘレナ嬢の時は殺してますわ」
「貴女なら確かに…なら、何故?」
「何故も何も、相手が一人で叫んで壁に激突して気絶した。それ以外、分かりませんわね」
「そうでしたな…質問は以上です。今回の事は相手からの一方的な攻撃でしたので問題にはしません。が、場合によってはエレノア様にも迷惑が掛かる事をご承知願います」
「畏まりました。…そうそう、ところで私の事はどれだけアビーから聞いてますか?」
「『アルドレダ』です。貴女の洗礼式でお会いしたそうですね。その時、エレノア様と一緒に可愛がっていたとか…」
「可愛がって…?…玩具にしていたの間違いですわね」
「お互いに思うところが無ければ、問題はありませんな。
我々の間では過去を詮索しない。ただし、この国の不利益にならない限り、です。エレノア様とアルドレダが問題無いとしている以上、『笛』としても貴女様の詮索は致しません。今後も、この国の為に働いて下さい」
私は、居住まいを正して、「承知致しました」と、丁寧に返事をして、校長室を後にした。
◆◆◆
部屋に戻って暫くすると、ジェシカが帰って来た。
ジェシカが散歩の途中で出会った、魔獣ウニコルヌスの事を話して聞かせてくれた。
その事をパックに相談する為に、私達はルーナの部屋に行った。
「クラウ、ジェシカ、丁度良かったわ」
ルーナは朝の準備をし終えた後、する事が無いので、サリーとパックをお客様として、お茶会の練習をしていた。
ただ、サリーは兎も角パックでは、まともなお茶会の練習にならないので困っていたらしい。
部屋のテーブルクロスには、パックが無理して持とうとして、こぼした紅茶が染みを作っていた。
私は「じゃあ、私達はお茶会のお客様をしましょうか。相談したいことも有るし」と言って、即席の茶会が始まった。
お茶会のマナー通りにルーナがもてなし、私達がお客様として、もてなしを受ける。紅茶や茶請けの順番や、話題の振り方等をサリーの教育通りに行った。
その話題の中で、レア魔獣ウニコルヌスのレクトス、お間抜けニグレド、それらの主人の魔女デーメーテールとその娘アリスについて、どうするかを相談した。
サリーは魔女と聞いて、ルーナに危害が加えられないかを心配したが、ジェシカはニグレドやレクトスの様子と、困っているのはデーメーテールの方だから、危害を加えてくる心配は無いだろうと、説明した。
私やルーナも、特別な能力を持つ魔獣達や、魔女に恩を売れば、今後の仕事で役に立つ事もあるかもしれないと考え、魔石探しを承諾した。
パックは「伝説の魔女に会えるの?やったー!」と喜んでいた。何でも、力のある魔人や魔女に会うだけでも、仲間内では自慢出来る事らしい。
「じゃあ、今晩、あのお間抜け猫を呼び出してね」と、ジェシカが言ったので、私は了承して、即席の茶会はお開きとなった。




