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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
第二章 国立学校サンクタム・レリジオ
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◆2-17 魔獣ウニコルヌス

ジェシカ視点




 まだ暗い首都アルカディアに低い鐘の音が鳴った。

 その鐘の音に合わせて、ジェシカは目を覚ました。




 お茶会室での騒動があってヴァネッサと会った次の日、私は、いつもの習慣で1の鐘(朝4時)で目が覚めてしまった。隣のベッドではクラウディアが、まだ寝ている。


 …夕べは、珍しく夜遅くまで起きていたわね…

 ヴァネッサの事ずっと話してて…珍しい事もあるものだわ。


 しかし、ヘルメスの娘か…

 クラウだけ聞かされていたって事は…そういう事よね…

 感情移入しちゃって大丈夫なのかな…?

 デミは…感情が解らないから話しておいたのだろうけど…私やルーナは、仲良くなるとブレるからなぁ…


 …考えてても仕方がない。エレノア様とクラウディアの判断に任せよう。


 私は朝のストレッチをしてから、まだ薄暗い街に走りに出掛ける事にした。身体が(なま)らないように。


 「学校の運動場が開くのは2の鐘からだったわね…」


 寄宿舎の2階の部屋の窓から1階のテラスに飛び降り、更に手摺を乗り越えて地階の外に飛び出す。


 …こうしていると昔を思い出すわ。


 まだ暗く、普通の人には視界の効かない庭を、私は一気に駆け抜けた。

 学校の敷地と街を隔てている柵を片手で掴み、腕の反動を使い、走る勢いそのままに…跳ぶ。

 私は、高さ3mの鉄柵を一足飛びで乗り越える。

 そしてそのまま住宅地に飛び込み、まだ暗い路地を駆け抜けた。


 建物の裏に置いてある、木のゴミ箱に足を掛け、1階のバルコニーまで跳んで手摺の柵を掴む。

 腕の力で身体を引き上げバルコニーの上へ。その柵の笠木に足を掛け、更に跳んで2階、3階へと上がり、そのまま屋根の上まで跳び乗った。


 木のゴミ箱を足場に登る時に鳴る、木のきしむ鈍い音。

 バルコニーの磁器タイルを踏む時に鳴る、硬く高い音。

 手摺の笠木部分に足を乗せた時に鳴る、鉄のきしむ響く音。

 屋根に飛び乗り洋瓦の擦れる時に鳴る、陶器のぶつかる時の音。


 全ての音が聞こえないように『無音』の魔術を使いながら。



 屋根の上から朝日が登ってくるのを見ながら、深呼吸をして息を整える。


 …クラウは格闘はめっぽう強いくせに、こういう事は苦手なのよね…



 以前、クラウディアも同行した事があったが、建物に登って来れなかった。平地を走るのは早いのに。


 クラウディアは対人格闘が物凄く強い。力は無いくせに。

 相手の出方を見てからの正確な返し技で、3倍以上の体格差のある男を投げ飛ばした事もあった。


 私は格闘は苦手だから、音を殺しての暗殺に特化させた。

 その為に、毎日『無音』の魔術式の訓練をしている。


 格闘が苦手と言っても、そこら辺の兵士や騎士程度に後れを取る事は無い。しかし、クラウディアみたいな達人級と正面からやり合うと、手も足も出ない。



 …そういえば、アルドレダ先生がクラウの事を『フレイ』とか言ってたなー。やっぱり『クラウディア』は偽名なのか…となると、デミも偽名よね。

 でもまぁ、お互い様か。私の本当の名前も、今じゃ私以外知ってる人は居ない…


 …私達お互いに、過去に何をして、何人殺しているかも知らないからね。知った所で軽蔑したり恐怖したりする様な仲じゃないし。そういう意味では気楽な関係ね。


 ただ…私達の墓碑銘は偽名のまま刻まれるのかしら?

 『ジェシカ』という、父ちゃんが付けてくれた名前、綺麗で好きだから良いんだけどね。


 出来ればいつか……

 クラウ達を本当の名前で呼んでみたいな…



 屋根の上から街を眺めていたら、パン焼き(かまど)から煙が上り始めた。

 朝早い数名の女性達が、既にパン生地を持って並んでいる様子が見える。


 …皆が働き始めたな。見られると不味いか…今はお貴族様だし。


 私は、ガス燈のある夜でも明るい大通りとは逆の、ガス燈も魔導灯も無く朝日も当たりにくい薄暗い通りの方向へ行くことにした。


 私は、建物の屋根を音もなく跳び移る。


 通りに立つ朝番の兵士達は、自分達の目線の高さばかりに注意を払い、頭の上を跳び越えるジェシカには気づかない。


 …ここら辺は…あまり裕福では無い人達の街ね。


 一般的に職人通りと呼ばれる通りに出た。

 作業が始まると大きな音が出るので、この辺りは3の鐘(8時)から動き出す。

 この時間帯だと、朝の掃除用の水汲みと洗濯の為に、井戸周りに数人の下働きが居るくらいで、街はまだまだ静かだ。


 …え? あれは…何!?


 下働きの子供達と朝番の兵士が、何やら立ち話をしている側を…見慣れないモノが闊歩していた。


 それは、薄く白く光る馬だった。


 大きさも形も馬だったが、それの頭に、馬には無いモノが生えていた。それは、一本の長い角だった。


 …魔獣?


 不思議な事に周囲の兵士達は、その変わった馬に対して全く注意を払わない。子供達も同様に。


 それが歩く時に足音はする。兵士達も音には気付いている様で、音がすると、ちらりとそちらに目を向ける。しかし、何故かすぐに関心を失って、また仕事や立ち話に戻る。子供達は、ほとんど音にも気付いていない様子。


 …見えてない?いや…見えてるが、関心が寄せられない様にしている…? まさか、普通に誰かが飼っている魔獣じゃ無いわよね。飼い主不在での魔獣の移動は禁止されているし…


 その魔獣はキョロキョロと辺を見渡して、何かを探している様にも見えた。


 …何を探しているのかしら?面白そうね…


 私は隠れて、しばらくそれを観察してみた。

 やはり、周囲の人はそれに気付かない。偶に気付く人も居るが、すぐに関心を無くし仕事に戻って行く。


 私がじっと見ていたら、それは徐ろに足を止め、突然、強い波形魔術式を放った。


 …あっ…やば…音は聞こえないけど、これ、父ちゃんのと同じやつだ!


 強い魔素の波が一気に押し寄せて、跳ね返って行く。跳ね返った魔素が魔獣に到達した瞬間、首をぐりんと曲げてこちらを見た。


 …見つかった…

 私はすぐに隠れたが、バレていたようだった。


 その魔獣はいきなり私と反対方向へ駆け出した。

 兵士の側を通り過ぎた時に強い風が巻き起こり、兵士達は驚いた顔をしていたが、魔獣には関心を向けなかった。


 その魔獣は狭い路地を駆け抜ける。結構早い。

 しかし、私は屋根から屋根へと跳び移り、魔獣の行く方向を予測して、直線距離でそちらに向かう。

 私は、常に無音の魔術を使っているので、魔獣も私の位置がわかりにくいらしい。

 時折、強い波形魔術式を放ち、私の場所を確認している。

 しかし、路地から路地へと曲がりくねりながら走るのは難しいらしく、屋根を跳び移る私との距離はどんどん近付く。


 「やっと捕まえたわ!」

 私は、低い建物の屋根の上から、その魔獣の背中に直接飛び乗った。

 いつの間にか貧民街まで来ていたらしく、周囲には木で出来た低い階層の建物ばかりになっていた。


 その馬は観念したらしく、私の頭に直接話しかけて来た。


 『くそ!私の負けだ。御主人様以外に私の背中を許す事になるとはな…』


 「…人語を喋るなんて、かなり高位の魔獣かしら?」


 『人間の基準なんぞ知らん。私はデーメーテール様の愛馬である。そういう意味では高位であるという自負はある』


 「また、デーメーテール様?貴方も魔女様の(しもべ)なの?」


 『人間、御主人様と知り合いだったのか?』


 「いいえ。ただ、この前のお祭りの時、ニグレドとかいう魔猫が、うちのクラウディアをデーメーテールという魔女様と間違えて話掛けてたわ」


 『ああ…我が友ニグレドが、御主人様そっくりの人間達と友になったとか話していたな。貴様達だったのか』


 「そうね。ところで、こんな街中で何してたの?」


 『……藁にもすがるか…不本意ではあるが。…実は、少々困っていてな。我が友の友なら…助力を頼めないだろうか?』


 「うーん…内容と報酬によるわね」


 『報酬か…残念ながら我は人間の言う『金貨』とかいうものは持っておらん…』


 「お金は要らないわ。私、それ程困ってないもの。

 …そうね、貴方やデーメーテール様と繋がりが欲しいわ。今後何かの役に立つかも知れないし…」


 『我は構わんが、御主人様との繋がりは御主人様に許可を取らねばならぬ。即答は出来ぬな』


 「取り敢えず、今は貴方だけで構わないわ。私はジェシカ。貴方は?」


 『我が名はレクトス。人間達は我らをウニコルヌスと呼ぶ』


 「ウニコルヌスのレクトスね。それで何をすれば良いの?」


 『実はな…』と言って、レクトスは話し始めた。



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