挿話 男装の麗人ってさ…善き哉
クラウディア視点
お茶会室騒動〜ヴァネッサとのお話し中、
クラウディアが考えていた事等です。
『ガシャーン』
隣の茶会室で食器が落ちて割れたみたい。うるさいなぁ…話が遮られちゃったじゃないの…
茶会室で男がヘレナを突き飛ばしたわね。
ヘレナが、あの男子生徒に近づこうとしたから?
あの男子生徒は…ああ…帝国の王子か。名前は…ええと…
…ガラティア!起きて!
『なぁに…?眠いのに…』
この頃、一日中寝てるなぁ…この娘。
『あそこに居る帝国の王子、名前何だっけ?』
『あれは…レヴォーグ家の第3王子、リオネリウス=フラメア=レヴォーグね。フラメアという事は、圧縮魔術式の火炎を使うのかしら』
何かコルヌアルヴァの事で揉めてるのかしら…
…宰相が許可…コルヌアルヴァ…貴様らの問題…
帝国と侵略者との間の内輪揉め?宰相がけしかけた?それとも皇帝か?…宰相に罪を被せてる可能性もあるか…
『前回』は4〜5年前の侵略戦争の事よね。『今回』?また何かやらかしたか…
突然、大声で「ねー!何であの女のコ、イジメられてるの?」とパックが聞いてきた…耳元でうるさい…
「さぁ?分からないし、知る必要もないわ」
ヘレナは嫌いだから、虐められてようが私には関係無いわよ。あまり注目されたくないのに…
あ…なんか嫌な感じの奴が、気持ち悪い目でこっち見てる…
「ほう…分かっているじゃないか。平民貴族が。下賤な輩は耳と目を塞いでろ」
…あ…? 何コイツ、今日二回目か…○す…
突然ルーナが魔力暴走させた。
…今日二回目ですかーヤダー
咄嗟にルーナに糸をつけて話し掛け、落ち着かせた。
こちらを心配そうに見るルーナに、「大丈夫、殺さないから」と囁いた。…一応注意されてるしね。
私が、私を侮辱した男子生徒に近づこうとしたら、リオネリウスが、「申し訳無い。家臣が貴女に無礼を働いた」と謝罪してきた。
…ほぉ…ちゃんと部下の非礼を詫びれるとは…こやつ出来るな…
「王子! 貴方のような高貴な身分の御方が、平民貴族如きに謝罪など!」
…コイツはやはり殺そう。そうしよう。
『待ちなさい!どうして貴女は…命の尊さというのは…』
『あ、今はそういうの、間に合ってますんで…』
とりあえず、リオネリウスは邪魔だな…ヘレナの方に誘導しとくか。
「私には謝罪は必要ありません。しかし、女性に手を上げておいて、そのまま出ていく事こそ、帝国の顔に泥を塗る行為では御座いませんか?」
「…確かにそうだな。ヘレナ嬢、大変失礼をした…」
…よし、邪魔者はあっち行った。
「王子! 自分の意見より、平民貴族の意見を聞くのですか!」
…何コイツ?仮にも自分の主君にその言い方は無礼じゃないの? リオネリウスも何でこんな○○を飼ってるんだろう?
…こういう○○は社会的にも破滅させないとね…
まずは、私の『糸』をコイツに繋いで…
『貴方の様な品性下劣な人間を部下に持って…リオネリウス王子もお可哀想に…』
「何だと!もう一度言ってみろ!」
…良し良し。乗ってきた。
周りはコイツが突然独り言を言い出した様にしか見えないだろう。
リオネリウスは、「おい!ザーレ!」と制止しようとしたが、ザーレは止まらない。
『聞こえませんでしたの?頭と顔だけでなく耳も悪いのですか?それで良く側近が務まりますわね。帝国も人手不足甚だしいですわ。こんな無能貴族家の人間を雇わないといけないなんて。お可哀想な王子様』
「ふざけるな! 貴様如き似非貴族が、帝国子爵家を愚弄するか!」
『たかが下位貴族じゃないの…それで威張るの?そこいらの平民の方が貴方より遥かに頭が良いわよ。立場を交換してきなさい』
「馬鹿にしやがって!魔力もろくにないゴミが!」
『貴方、下位貴族カニス家のザーレね。本来高位貴族でないと王子の側近なんてなれないのに。帝国の宰相様に袖の下でも渡して口利きしてもらったのかしら?
やはり、カニス家は下賤な家柄ね』
「我が家を侮辱したな!」ザーレが叫ぶ。
「キャー、何をなさいますのー。お止め下さいませ〜」
迫真の演技!どや?
可哀想な美少女が襲われそうだぞ?助けに入って来ても良いんだぞ?
…ガラティアが可哀想な娘を見る目で私を見ている…なぜ?
ジェシカ達が「ブッ!」と吹き出し笑いを堪えている。
…おぃぃ?何故笑う?可憐な美少女が襲われてるんだぞ!助けたくなるだろ?
ザーレが飛び出す直前、
「待て!! ザーレ! やめろ!」
…王子様もそうおっしゃってますよー。危ないよー。
そんな事考えていたらザーレが私に殴りかかって来た。
…こんな可憐な美少女を殴ろうと言うのですかそうですか。
私は身体を横に滑らせ、周囲の人達から死角になる様に殴りかかってくるザーレの手首を取り、手首の点穴に指をめり込ませた。
ザーレの身体が硬直した一瞬、彼の手首を返して、飛びかかる勢いそのままに、私の後ろの壁に放り投げた。
ザーレは硬直したまま、壁に顔面から飛び込んだ。
…あ…やべ…天然石の壁じゃん、これ。
ゴシャ! あ…死んだ?
『大丈夫よ。投げる直前に私が制動掛けたから』
『流石はお姉ちゃん!頼りになる♪』
『あんたって…こういう時だけ…本当に殺すつもりかと思ったじゃないの!』
私は皆の居るテーブルに戻って、
「きゃ〜、怖かったですわ。野蛮な人って嫌ね〜」と言うと、ジェシカとルーナが涙目になりながら笑っていた。
…結局、全く助けようとしなかったなこいつ等…
『貴女を信頼しているのよ』
『え?そう?私って、できる女と思われてる?』
『ええ、野蛮な事のできる女と思われてるわ』
…くそぅ……お姉ちゃんが辛辣…
リオネリウスはザーレの様子を見た後、こちらに近付いて来る。ルーナもジェシカも気付いていて、彼が一定の範囲に入った瞬間、笑いを止めてジェシカが立ち上がった。
…それ以上近づいたら…殺すぞ…
そういう目で、帝国の王子を見る。
リオネリウスは、慌てて「待ってくれ! 謝罪をさせてくれ。うちの者が大変失礼した。後日、改めて謝罪したい」と、言って茶会室を出ていった。
…謝罪か…まぁ当然よね。傍から見たら、訳の分からない事を叫びながら、可憐な美少女に殴りかかって来た野蛮人。
皆の前で謝罪しておかないと、帝国の評判が更に悪くなるからね。
…あら?今度はヘレナがこっちに来た。
また、文句でもつけに来たのかしら?面倒くさいわ…
ヘレナは、「ありがとう存じますわ! そして、今朝の事、謝罪させて下さいませ」と、ルーナに言った。
ルーナは「謝罪する相手は私では無いでしょう」と、冷たく言う。
…ルーナ…出来る子…
言われたヘレナは、おずおずと私の方を向いて、「侮辱してごめんなさい。私が悪かったわ。そして、私が辱められている所を助けてくれてありがとう」と言って、頭を下げた。
「気にしていないから、貴女も気にしないで」
…こんなに素直に謝られたら…嫌いになれないじゃないの…
よく見ると、ちょっと可愛い顔しやがって…
『これは!…旧世界であったツンデレと言うやつよ!』
「なるほど、これがツンデレという物か…」
…ジェシカに何言ってんだコイツっていう目で見られた…
◆◆◆
「こんにちは、少しお話出来ないかな?」
私達か食事を終えて、食堂を出ようとすると、ずっとこちらを意識していた美少年が話しかけてきた。
…ずっと、定期的に弱い波形魔術式を飛ばしてきて、何してんだろうなーと思ってたのよね…
…しかし、すんごい美少年だな…うちのデミちゃんは格好良い系美少年だけど、これは…超可愛い系美少年!
なんだろう…お姉さんが守ってあげるよ…って言いたくなる気持ちがわかる。
でも、なんだろう?この子、どこかで…?
『はぁ…アンタは…エレノアから聞いていたでしょ。青い髪の少女。波形魔術式を使い、相手の心の中を読むギフテッドの事』
…青い髪の『少女』?え?女の子?
『そうよ…生物学的特徴は女性ね。骨格からして間違い無いわ』
…ヘルメスの娘…?ヴァネッサだっけ?
『ヴァネッサ=ススルム=リンドバルトね』
…うーわ、いきなり遭遇したぞ!目的の人物!いかん、冷静になって…
「奢って頂けるのでしたら」
…良し。できる女対応!
『たかるのは、できる女とは違うんじゃ…?』
「どの様な御用でしょうか。ヴァネッサ様」
…あれ?悲しそうな顔?
「やっぱり君達も、ボクの事知ってるのか」
「ごめんね。こんなボクに話し掛けられたく…無いよね…」
「言っている意味がわかりませんが?」
…本当に分からない。
「え? ボクの噂は知っているでしょ?」
…ああ、そう言えば。
「心を読む…とか言われている噂の事でしょうか?」
「…やっぱり怖いよね?」
…怖い?怖くはないけれど感情は見せたくないな…一応、ガラティアお願い。
「いえ? 全く」とガラティアが答えた。
声の波長、感情の波長を全て普段の私と同じにしてもらって。
ジェシカが「ちょっと、クラウ! 何の話? ってかどちら様?」と、聞いてきた。
「ヴァネッサ=ススルム=リンドバルト様。ヘルメス枢機卿のお嬢様よ」
ジェシカとルーナとイルルカは一斉に、「えー!」と驚いた。
「何故、男の子の格好をしてますの?」
…おお、ルーナ、直球。
「…何でだろう。この世界に対する意趣返し…かな」
…ふ〜ん…何となくだけど…気持ちが分かるわ…
「女の格好だと、ボクの年だと踝くらいまでのスカートを穿かないといけないじゃない? 裾が広がると、スカートの周囲が視えなくてね。足元の段差が分からなくなるんだ」
「?…目が見えていますの?」と、ルーナが聞くと、
「いや。音で視えるんだ」と、ヴァネッサは答えた。
…ああ…以前、ジェシカとオマリー神父の能力解説で聞いたわね。
『そうね。波形魔術式の応用、エコーロケーションよ。覚えていたのね』
『私、できる子なので』
『根に持ってるの?』
私は、以前にガラティアから教わったエコーロケーションの原理を説明した。
「ふ〜ん?反射する音で凸凹を視てたのか…自分でも何で視えるのかが分からなかったんだ。だから、他の人に説明する事が難しかったんだ」
…知らないでやっていたのか…この娘もジェシカと同じ天才系か?
「じゃあさ、じゃあさ、皆が言う『色』っていうのが視えないのは何で?」
…そっか、色は分からないよね…
私は、色には凹凸がない事を説明した。そして、
「ただ、『魔素』自体が未だに明確な解明がされていません。だから、魔素を『光の波長』から『音の波長』に変換し、それを音の受容体で感じ取れるようになれば…もしかしたらですが、将来的には色も『音』で見える様になるのかもしれませんね」
…自分で説明していて、こういう魔導具あったら便利そう…と思った。
「ボクには、君の言っている事の意味が、あんまり理解できなかったのだけれど…。
キミの言葉は、ボクに対する慰めではないのね…
キミ自身が、本心からそう考えていて、そして、それが正しく、且つ、実現出来ると確信しているんだ…」
…ほぅほぅ…中々正確に読み取るのね。いいな、この能力…
…能力を受けるにしても、原理が分かれば、避ける方法はいくらでもありそうだし…ガラティアが居れば嘘も見抜けないだろう。デミちゃんは、失感情症だから声に感情乗らないし、問題無いかな。
皆と話していたら、ヴァネッサが「出来れば『様』って付けないでくれると嬉しいんだけど…」と、もじもじしながら呟いた。
…え?
「一応、上司の上司のお嬢様ですし…」
…まさか…私達の事知ってて接触してきたんじゃ無いの?
聞いてみると、単純に、『帝国王子に堂々と意見できる女子、スゲー』と思って、興味が湧いたという事だった。そして、不思議な音…?
ヴァネッサは徐ろに、自分の能力の説明をしだした。
…能力自体はほぼ予想通り。
波形魔術式を相手の声の波にぶつけて、帰ってくる波を普段の波と比べて、どう違うかを感じ取ってるのね。それを、ほぼ無意識でやっている…と。やはり天才だわ…
「兄様も父様も、ボクと話したがらない。侍従達も、ボクの前では聞かれた事以外は喋らない」と悲しそうに話す。
…ギフテッドの悩みは色々ね。
デミちゃんは自分が悩んでいる事にも気づけず、傷口を拡げてしまう。
ルーナは自分では制御出来ない、人に対する強い拘りのせいで、魔力が暴走しやすい…
私はヴァネッサに、嘘や感情が分かる原理を説明した。
「キミは何でも知ってるんだね…」
『…何でもは知らないわよ、知っている事だけ』
…え?なんて?
『旧世界のデータベースに、こう言われたら、こう答えると書かれてたの』
…ふ〜ん…今度使ってみよう。意味は分からないけど。
「それで、上司って?」
…彼女は、ヘルメス枢機卿の仕事に、何も関わって無かったのか…探りを入れられるかと警戒してたのに…
ヴァネッサは、私達に『様』付けで呼ばれたくないらしい。だから私は、
「学友として付き合いたいと、おっしゃるのでしたら…ヴァネッサ…と呼んでも良いでしょうか?」と聞いた。
…流石に失礼だったかしら…
ヴァネッサは嬉しそうに「うん!お願い」と答えた。
…何この、可愛い生き物…
「しかし、君達はボクを怖がらないんだね」
ジェシカが、何故人が恐怖するのか、何故自分達が怖がらないのかを的確に説明した。
…やっぱり、この娘、天才だわ。
「それもあるけど、私達は嘘をつく必要が無いし、他の貴族と違って感情を隠さないからじゃないかしら?」と、ルーナが言うと、
「お嬢様は、嘘や嫌味を嫌いますからね。貴族令嬢としては〜…」
…あ…サリーが暴走しだした。相変わらずの阿呆メイド…
ルーナが照れてサリーの口を塞いだら、サリーが恍惚な表情でルーナの手を握りしめた。
…阿呆じゃなくて、やばいメイドだ…こいつ…
「要は心を読まれたく無い時は喋らなければ良いだけでしょ?」とジェシカが言うと、ヴァネッサは、「そう!それだけで良いの!」と、嬉しそうに笑った。
そして、ヴァネッサは「お願い」を言ってきた。
「上司の娘とかの命令でなくて、学友としてのお願いなんだけど…その…友達に…なって欲しい…んだ…」
…何これ、やばい。外見美少年の美少女が友達になりたいとか!?
『推し』が増える!デミちゃんとヴァネッサ…なんだろう…この心の中から湧き上がる気持ちは…
『それは…旧世界で言われている『萌え』と言うものじゃないかしら?昔の人は、それで掛け算とかしたらしいわ』
『掛け算!?どういう事?意味が分からない』
『外見、美少年同士のカップリング…中身はノーマル…というデータがあったわ。私もあまり良く分からないけれど』
『お姉ちゃんにも分からない事があるなんて!』
ジェシカは「え? もう友達でしょ? 何言ってるの?」と軽く返した。流石ジェシカ。
…すかさず便乗して頷く私。
ヴァネッサは、とても嬉しそうに「ありがとう」と言った。
『何これ可愛い!』
『男装の麗人のデレ…というデータがあったわ』
『デミちゃん以外にこんな可愛い生き物が居たなんて!』
『エレノアから、いざと言う時の為の人質、と言われているんだから、あまり感情移入しないでね』
『困ったわ…いざという時、殺せるかしら…』
…私は、表情には出さずに頭の中だけで困っていた…
手首の点穴と書いてますが、正確な点穴ではなく、手首の正中神経を圧迫しています。
真似すると障害が残る可能性があるので絶対に真似しないでね。




