◆2-15 野生の美少年が現れた!
第三者視点
寄宿舎にある茶会室で騒ぎが起きた。
『ガシャーン!』と食器が割れた。椅子も倒れている。
クラウディア達がそちらを見ると、女子生徒が倒れていた。
どうやら、男子生徒が女子生徒を突き飛ばしたらしい。
突き飛ばした男子生徒の後ろには、一目で高位貴族と分かる男子生徒と、その取り巻き達が居た。
そして、突き飛ばされている女生徒は…ヘレナだった。
「待て!そこまでやる事は無いだろう!」と、高位貴族の男子生徒が止めた。
「止めないで下さい、リオネリウス様。コルヌアルヴァは信用なりません」と、突き飛ばした男子生徒が言う。
ヘレナは「何をするのですか!」と叫んだ。
倒れた姿を皆に見られている恥ずかしさで、激昂していた。
突き飛ばした生徒は「貴様らコルヌアルヴァの連中がリオネリウス様に近づくな。前回に続き、今回の件。貴様らが解決する問題だろう。皇家に貴様らの問題を持ち込むな!」と冷たく言い放った。
「お父様は宰相様の指示通りにしたとおっしゃっておりましたわ!前回も、今回も!」
「その宰相様は、コルヌアルヴァにそんな指示も許可も与えていないと仰せだ」
「そんな筈はありません!宰相様がお父様の領地にいらした際に、皇帝陛下から御下命賜ったとおっしゃいましたわ」
リオネリウスと呼ばれた男子生徒が口を挟む。
「宰相が貴女の父上とお話されている場に、貴女も同席なされたのですか?」
「…あ…いえ…お父様と同席したお兄様がおっしゃっていました…。しかし、その日に宰相様が当家にいらして居たのは紛れもない事実ですわ」
「それが…」と、リオネリウスが言いかけて、周囲を見回し、ここでする話では無いな…と言って踵を返した。
そこに、大声で「ねー!何であの女のコ、イジメられてるの?」と食堂に一緒に来ていたパックが聞いてきた。
クラウディアが「さぁ?分からないし、知る必要もないわ」と冷たく言い放つ。
リオネリウスの取り巻きの一人が、クラウディアを見て、
「ほう…分かっているじゃないか。平民貴族が。下賤な輩は耳と目を塞いでろ」と言って、せせら笑った。
その言葉を聞いた瞬間、風が巻き起こり、ヘレナや、朝の教室で一緒のクラスだった生徒がギョッとした。
ルーナが暴走しそうになるのを、クラウディアが止める。心配そうにクラウディアを見るルーナに、
「大丈夫、殺さないから」と囁いた。
クラウディアが立ち上がり、ゆっくりとリオネリウス達に近付く。
リオネリウスはそれに気付き「申し訳無い。家臣が貴女に無礼を働いた」と謝罪すると、さっきクラウディアを侮辱した取り巻きが、
「王子! 貴方のような高貴な身分の御方が、平民貴族如きに謝罪など!」と言った。
クラウディアは「私には謝罪は必要ありません。しかし、女性に手を上げておいて、そのまま出ていく事こそ、帝国の顔に泥を塗る行為では御座いませんか?」と挑発する。
リオネリウスは「…確かにそうだな。ヘレナ嬢、大変失礼をした。謝罪する。今度、貴女の御父上にも謝罪をしたい。対談の機会をお願い出来るか」と、ヘレナの手を取って立ち上がらせた。
見ていた人達は「ほぅ…」と言って感心していたが、クラウディアを侮辱した男子生徒は、「自分の意見より、平民貴族の意見を重視するのか」と激昂した。
そしていきなり、「何だと!もう一度言ってみろ!」と叫び出し、クラウディアに近寄った。
リオネリウスは慌てて、「おい!ザーレ!」と言って止めたが、ザーレと呼ばれた生徒は、制止を振り切りクラウディアに近付いた。
近付く間もザーレは一人で
「ふざけるな!似非貴族が!」や、「馬鹿にしやがって…!」等と叫び続けた。クラウディアは何も言わずに無表情で立っていた。
周囲の人達は「え?何?何を言っているの?」という顔をして、その様子を見ていた。リオネリウス達も何が起きているのか分からず右往左往していた。
それを見ていたイルルカはザーレを止めようと立ち上がろうとしたが、ジェシカ達に止められた。
「我が家を侮辱したな!」ザーレが叫ぶと、
「キャー、何をなさいますのー。お止め下さいませ〜」と、クラウディアが棒読みで叫んだ。
その様子を見ていたジェシカ達は「ブッ!」と吹き出し笑いを堪えていた。
イルルカは何がなんだか分からず、クラウディアとジェシカを何度も見返していた。
周囲が、これから起こるであろう惨劇を予測して、戦々恐々としている中、ジェシカ達だけは腹を抱えて笑っていた。
「待て!! ザーレ! やめろ!」
リオネリウスが大声で叫んだ。
完全に激怒したザーレが、クラウディアに殴りかかろうとした瞬間……クラウディアはサッと横に避けた。
ザーレは、そのままクラウディアの横を跳び越えて、彼女の背後にある壁に、顔面を勢い良く打ち付けた。
彼は、そのまま壁に顔を擦りつけたまま気絶し、床に倒れ込んだ。
周囲は何が起きたか分からず、唖然としていた。
取り巻きの騎士見習い達も、ヘレナも一言も発せずに、口を開けてポカンとしていた。
見ていた者達は、クラウディアが一体何をしたのか分からなかった。
ザーレがただ一人で叫び散らかして、頭から壁に飛び込んだ様にしか見えなかった。
「きゃ〜、怖かったですわ。野蛮な人って嫌ね〜」
と言って、クラウディアはジェシカ達の席に戻った。
ジェシカとルーナは涙目になりながら笑っていた。
イルルカだけは、訳も分からずクラウディアを見ていた。
リオネリウス達は我に返り、急いでザーレの様子を見に行った。護衛騎士達が倒れているザーレの具合を見ている間、リオネリウスは笑っているクラウディア達の方に目を向けていた。
リオネリウスがクラウディア達の方に近付くと、ジェシカは笑いをピタリと止めて立ち上がり、彼を警戒した。
それを見たリオネリウスは、慌てて「待ってくれ! 謝罪をさせてくれ。うちの者が大変失礼した。後日、改めて謝罪したい」とだけ言って、取り巻き達が気絶したザーレを抱えて、茶会室を出ていった。
リオネリウス達が退室した後、ゆっくりとヘレナがクラウディア達の席に近寄って来た。
皆は、ヘレナを一瞥した後、気にせず食事を始めた。
ヘレナは「あの…!」と言って、一拍置いてから、
「ありがとう存じますわ! そして、今朝の事、謝罪させて下さいませ」と、ルーナに言った。
ルーナは「謝罪する相手は私では無いでしょう」と、冷たく言うと、おずおずと、クラウディアの方を向いて感謝と謝罪をしながら頭を下げた。
クラウディアは「気にしていないから、貴女も気にしないで」と言って、「なるほど、これがツンデレという物か…」と独り言ちた。
ジェシカは「また意味の分からない事を…」と言って、食事を再開した。
謝罪した後、ヘレナはクラウディア達をチラチラと見ながら退室して行った。
◆◆◆
クラウディア達が食事を終えて、食堂を後にしようとした時、茶会室の方から呼ばれた。
「こんにちは、少しお話出来ないかな?」と、目を見張る様な美少年が声を掛けてきた。
肩で切られた青い髪と、綺麗な青い目、少女の様な顔と声。制服が少し大き目なのか、肩先が少しブカブカした様に緩んでいる。そして、華奢で小柄な体格。
通り過ぎる女性が10人中10人が振り返る様な美少年だった。
ただ、目が不自由なのか、視線がクラウディア達の居る方向と僅かにズレていて、白杖を椅子の脇に立て掛けている。
クラウディアは、その人物をじっと見た後、近付いて「奢って頂けるのでしたら」と言い、向かいの席に着いた。
ジェシカ達は「え?誰?」と言った後、クラウディアに続いて席に着いた。
その美少年は、給仕を呼ぶと、サリーの分までの紅茶と茶請けを頼んだ後、人払いをお願いした。
元々、さっきの騒ぎで、皆居なくなってしまったので使用人達が出ていくと、茶会室はクラウディア達だけになった。
茶会室のガラス扉が閉められたのを確認した後、クラウディアが口を開いた。
「どの様な御用でしょうか? ヴァネッサ様」




