挿話 災い転じて福となしてくれる!
ヘルメス枢機卿視点 第一話の前日のお話
ヘルメス枢機卿談
自領に戻っていた私は、教皇から緊急の呼び出しを受けて、早馬で急ぎ首都アルカディアに戻った。
首都アルカディアの邸宅に着いた私は、管理を任せていた家令から、「帝国の者からの手紙」を渡されて、呼び出しの内容を知り頭を抱えた。
気鬱になりながら教皇庁に登庁し、幹部だけが入れる会議室に向かった。
毛足の長い高級な絨毯に、私の足が絡め取られている様な気分だ…気が重い。
私は護衛騎士と側仕えを隣室に残し、完全に防音施工された扉をくぐった。中には4人の人物が私を待っていた。
上座の恰幅の良い人物は、金糸白絹の法衣を纏い白い髭を撫でていた。ニコライウス教皇だ。
好々爺という言葉がそのまま当て嵌まるような外見だが、中身は狐狸より質が悪い。
残りの3人は私と同じ色の法衣を纏っていた。
私と同じ黄色い法衣を纏っている残りの3人の内2人は、私が入ると露骨に睨みつけてきた。
一人は金髪碧眼の美青年という言葉が当て嵌る。前代未聞の若さで枢機卿に選定された、西方教会区のクリストフ=ゴート侯爵。
若さを理由に選定に反対したかったが、魔力の強さと有能さ、そして信徒達の強い支持があり、かつ、教皇直々の推薦では反対も出来なかった。
もう一人の私を睨みつけてきた白髪赤目、目つきの非常に悪い老人は、聖教国の傍系王族、そして、中央教会区総督でもあるイリアス=メディナ公爵。
身分も魔力も飛び抜けて高く、自他共認める有能さ。ただ決定的な欠点がある。外見のせいで怖がられはしても慕われることはない。そして、王族の家系は教皇になれない。その縛りがなければ、次期教皇はコイツだっただろう。
そして、目つきの悪い二人に挟まれて汗を流している茶髪黒目の太った男は、南方教会区のアイミリウス=ボルハ侯爵。
『凡庸』という言葉が当て嵌る、誰にも警戒されなさそうな人物。身分は高くとも、魔力も能力も微妙。下手すると、居た事さえ認識されない。
しかし、経験上、こういう奴が一番厄介だったりする。
誰にも警戒されないうちに、いつの間にか枢機卿にまでなっていたくらいだしな…
この狐狸妖怪の巣の中で、これから責められねばならんのか……胃が痛い……
◆◆◆
「皆も知っているであろうが、旧ホーエンハイム領との境にあるハルム峠の関所であった聖教国北端砦が、不信心者共に占拠された。」
と、ニコライウス教皇が話し始めた。
クリストフ枢機卿が、
「ヘルメス枢機卿が後援を受けているテイルベリ帝国の者共の不手際らしいですな」と、厳しい視線を向けてきた。
イリアス枢機卿は、その悪い目つきで私を睨みつけながら、
「数年前のテイルベリ帝国によるハダシュト王国ホーエンハイム辺境領への『侵略』戦争…その時、帝国側に雇われていた傭兵団だそうだな。」
と話し、一呼吸置いてから、
「戦後、ホーエンハイム領内で野盗紛いの事をしていたらしく、帝国の『杜撰な大掃除』のせいで、国境を越えて我が国に侵入したそうだ。『ヘルメス殿の後援者』が帝国の塵埃を我が国に押し付けおった」と、私に嫌味をぶつけてきた。
何故こいつ等は、私がさっき知った情報を既に知っているのだ。内心毒づきながらも、二人の情報収集能力を畏れた。
アイミリウス枢機卿は、「今、ヘルメス殿を責めてもしょうがないでしょう」と皆を窘めた。
ニコライウス教皇は、
「占拠された砦から脱出した兵士の報告に寄ると、奴等は最初、商人の格好で入ってきたそうだ。おそらく、帝国側の商人を襲って服と馬車を奪ったのだろう。数組の商人に扮した傭兵達が検問官を殺して門を抑えた。その直後、後ろに並んでいた商人団が一斉に武器を取り出して占拠したそうだ。」と説明した。
クリストフ枢機卿が
「すぐに私の部下が早馬で砦に向かい様子を確認した所、北の旧ホーエンハイム領から複数の傭兵団が続々と集まって来ているらしい。総数は三百近くになりそうだ。」
と、現在の砦の様子を説明した。続けて、
「武器に魔道銃はあまり無く、複数の火器を所持していた様子なので、魔力の多い者はあまり居ないと思われる。近隣の農村には避難の連絡をしてある」と、言った。
相変わらず仕事が早すぎる…嫌味な奴だ…
イリアス枢機卿は、
「私の情報元は言えんが、帝国が雇っていた『黒牛鉄槍傭兵団』のハダル団長とサジという者が中心らしいな。傭兵団が周辺の野盗や食い詰めた農民達を集めて、ホーエンハイム領を荒らし回っていたが、帝国のコルヌアルヴァ辺境伯の掃討作戦の失敗で、我が国に逃げ込んできた様だ。……本当に『失敗』なのかはわからんがな!」と、こちらを睨み吐き捨てるように言った。
コイツは帝国中枢部にまで間者を持っているのか…私でもそこまでの情報は入ってないと言うのに…
今回の件に関しては私は完全に無関係だが、言い訳しても信じてもらえないだろう。何より過去の事を蒸し返される方が具合が悪い。
ここは黙ってやり過ごすしかない…
ニコライウス教皇は、
「事ここに至っては、不手際か意図したものか考えても仕方が無い。とは言え、帝国に文句を言えば、砦を占拠している野盗が帝国兵に代わるだけだ。帝国から介入の話が出る前に解決しなければならないだろう」
と言って一拍置いてから、突然、
「ヘルメス枢機卿に兵3千を動かす許可を出す!ヘルメス枢機卿が最高指揮官となり、北端砦を取り戻せ!」
と命令した。
クソ狸が! 私に一言も喋らせない!
初めから私の弁明を聴く気も無かったじゃないか!
過去の事があるとは言え、帝国の問題は全て私に被せることが決まっているという事か!
私は慌てて、「お待ち下さい、教皇猊下」と言った。
確かに普通の砦なら、敵軍3百に対して自軍3千。敵が籠っていても蹂躙出来るだろう。しかし、崖に囲まれた北端砦は天然の要塞、自軍が5千いても難しい。何とかせねば…
私は咄嗟に、「笛の一員の動員許可をお願い致します!」と言った。
ニコライウス教皇は少し考えて、「わかった。こちらから連絡しておこう」と答えた。
それを聞いたイリアス枢機卿とクリストフ枢機卿は、露骨に嫌そうな顔をしたので、アイミリウス枢機卿が二人を窘めていた。
ふぅ…これなら何とかなりそうだ…助かった。
クソ狸も帝国とのパイプを切る気は無いようだな。
我が国には帝国の貴族も多数留学しているしな。
「笛の一員」こと「トゥーバアポストロ」
教皇直属の諜報部。
表向きは諜報部員、本当の姿は冷徹な暗殺・破壊工作集団。
誰が所属しているか、全員を把握しているのは教皇一人のみ。私の情報網を使っても全容がつかめない。
各教会に放った間者からの情報で、「そうかもしれない」者達は複数いたが、確証は取れない。極秘扱いだから誰彼に聞いて回るわけにもいかん。
何より、下手に探れば私でも消されかねん。
所属は教会だけではないだろうし、下部組織やギルドまで含めたら、とても探しきれん。
しかし今回の事、うまく行けば砦を取り戻す際の被害を抑える事が出来るだけでなく、トゥーバアポストロの正体も分かるかも知れん。
諜報員の一部とでも接触出来れば、他の枢機卿達を出し抜いて優位に立てるだろう。
…戦闘作戦中は、各教会の間者に内部の監視を強めさせよう。『予定外の出向』等がある者が居れば、可能性は高いだろう。
災いかと思っていたが、上手くやれば福となりそうだ。
ニコライウス教皇
ヘルメス枢機卿の外見説明…どこに入れよう…(・ัω・ั)