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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
降り積もる雪
286/287

◆5-19 ドレスコード




 目隠しの為に設置したカーテンの隙間から風が吹き込み、中に居る女性の服の裾を引っ張っている。

 「ああ、くそ…やっぱり高い場所は風も強いわね。

 隙間風のせいで裾が揺れる!操作し難い、着替え難い!」

 目隠しの内側では、ブツブツと文句を言いながら着替えている女性が一人。


 「…わざわざ、この様な目立つ場所で着替えなどしなくても…。

 一体何を考えているのですか?」

 ため息混じりに別の女性の声が、目隠しの外側から聞こえて来た。


 「…作戦参謀の指示よ。私じゃない。

 私だって、こんな所でこんなはしたない真似なんて…出来ればしたくはないのだけれどね。

 折角なのだから派手に演出しろとのお達し。

 馬鹿共に対する布石なのだそうよ。

 この機会に私の評価を上げて、正教国での地盤固めに利用しろとか…」

 「派手にやろうがやるまいが、どのみち貴女が動けば全ての視線は貴女へと向うでしょう…?

 …ここまでする意味はあるのかしら?」

 中の女性は溜息をつき、外の女性は頭を振った。


 二人の居る場所は、魔獣達が控える丘の真正面。

 北門(やぐら)の一番高い場所。

 櫓の天辺には、目隠しの為に四方を囲むカーテン。

 その内側にはエレノア。

 外側には女性騎士が一人。


 元々居た門兵達全員をこの場所から退かせ、エレノアと女性騎士の二人だけで作戦の為の準備を整えている最中。

 女性騎士はイリアス枢機卿の護衛騎士であり、トゥーバ・アポストロの一員。

 そしてエレノアの同期で、全てを知る幼馴染。つまりホーエンハイムの親族。



 「靴下は邪魔にならない様に薄く引き伸ばして…」

 エレノアは魔術式を発動させ、慎重に操作する。

 足首から太腿に掛けて薄い半透明の蔦模様が浮き出てくる。

 「魔術式で織る布だと、泥跳ねを気にする必要が無くて良いわね」

 スカートの裾を長く伸ばし、足首を隠す。

 「拡がるとはしたないから、腰下で絞めて…」

 フワフワと漂っていたスカートが、腰辺りで絞られてピタリと張り付く。

 「腕を振らないといけないからね」

 肩口、脇下、胸元の縫製具合が緩くなり、ゴムの様に伸び縮みする。

 「付け袖は流行りの短めが良いかしら?

 二の腕だけ出すタイプも人気だけれど…

 私は袖口レースの長めデザインが好きなのよね」

 伸ばした腕に、複雑な華のレース模様が浮かび上がる。

 「もう少し華美さが欲しい」

 大きめのフリルがスカートの上を螺旋状に駆け上がり、輝きながらフワリと揺れる。

 「ヒールは要らないから…」

 靴底の高いヒールが削り取られて、白いパンプスへと変わっていく。


 エレノアは独り言を言いながら、胸元や肩口も自分で創り出した()で細かく飾り、フリルとレースを重ねて形を整えていく。

 幾重にも重なるスカートのフリルを見ながら、少し派手かしらと呟いた。


 「………いちいち解説しないで頂けますか?お嬢様…」

 外側に控える女性騎士が、声を抑えながらエレノアに苦言を述べた。


 「あらあら…妄想しちゃった?ごめんねアシュリー」

 「ウザい、煩い。早く着替えろ。

 …あと、名前を呼ぶなっつってんだろうが…!」

 アシュリーと呼ばれた騎士は、吐き捨てる様に言った。


 この場所は、立哨・警戒している街壁上の門兵達からは離れている。

 なので、正教国の女性騎士が帝国の貴賓に対して暴言を吐いても、周囲には聴こえていない。

 一部の人を除いて、二人の関係を知る者は居ない。


 「これはフォーマルというか、パーティー寄りかしら?…派手?」

 エレノアはカーテンを少し開け、己が魔術式で()()()()()純白のドレスを、女性騎士に披露目てみた。


 「相変わらずのお美しさです。完璧ですエレノア様。

 流石は帝国の侯姫。二の句も継げません」

 アシュリーはエレノアを一瞥もせず、ぶっきらぼうに返答した。


 「冷たいわねぇ…」

 ぶちぶち言いながらカーテンを閉めた時、エレノアの背中に着いていた糸を通して、アビゲイルの声が聴こえてきた。

 『…そちらの準備はどう?

 エルフラード侯爵が北門街道に到着する前に、丘の上の連中を片付けないと…』

 エレノアは、確認してから連絡すると言って、アビゲイルとの通信を切った。



 エレノアはカーテンの隙間から街壁内を見渡した。


 門の内側では、門兵達のみならず平民達も作戦の為に走り回っている。

 門の傍にあった兵士の待機宿泊施設と倉庫の屋根は取り外され、各種建材へと仕分けされていく。

 建材は、適当な大きさに裁断され簡単な加工を施されて、待機している騎士達に次々と手渡されていった。


 「凄く手際が良い…。平民達の力も侮れないものね。

 この早さなら、四半刻(30分)も掛からないわね」

 「…バルバトス卿の統治が素晴らしいのでしょう。

 此処の領民は識字率も高く、我々の作戦を軽く説明しただけで理解してくれました。

 作戦に最適な素材は、自らの判断で用意してくれています…」

 アシュリーは溜息を漏らした。

 言葉の裏には、正教国に対する不満が隠れていた。


 「正教国とは、人口も生産性も教育水準も全然違うし、同じ様に期待するのは…」

 「帝国では、ある程度成功しているではありませんか…。

 正教国(うち)なんて、この数年でスラムが拡大して麻薬も…」

 目の光が消え、ブツブツと呟きだすアシュリー。

 「…あ…!ほらほら!

 枢機卿猊下も頑張ってるわよ!」

 アシュリーの事が面倒臭くなったエレノアは、広場を指差して話題を変えた。


 教会前広場では、正教国の護衛騎士隊が整列し、隊長が檄を飛ばしている最中だった。

 イリアス枢機卿も騎士達と同じ鎧を着て馬に乗り、隊長の横に並び、隊長と共に騎士達を鼓舞している。

 枢機卿が声を掛ける度に、騎士達からは歓声が上がっていた。


 士気の高い騎士達とは対照的に、広場の端では、枢機卿の文官達が言い争っている様に見える。

 イリアスの下に駆け寄ろうとする者を別の者が取り押さえ、掴み合い、罵り合う。

 「何をやってんのよ…あの馬鹿共は…」

 アシュリーは文官達(同僚)の痴態を見て、頭を抱えた。


 「…作戦の為とはいえ、自分の主が囮になるのだからね。気持ちは分からなくもない」

 「猊下が覚悟を決めてらっしゃるというのに!

 文官達(あいつら)が心配してるのは、己の立場だけよ。

 …それよりもエレノア。いいわね?絶対に護りなさいよ?」

 アシュリーが釘を刺した。


 「…こんな無茶な作戦立てて…。

 私が直接護れないなんて…本当に嫌になる」

 再び、アシュリーの愚痴が始まる。

 「…文句はアビーに言ってくれないかしら…?

 作戦参謀はアイツよ?」

 「アビーは後で刻む…」

 アシュリーが帯剣をカチリと鳴らすと、糸の向こうからアビゲイルの息を呑む音が聞こえた。


 『聴いてたわよね?四半刻(30分)後には作戦開始よ』

 エレノアがアビゲイルに通達すると、『了解』とだけ返ってきて通信が切れた。




 

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