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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
降り積もる雪
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◆5-18 作戦参謀アビゲイル

フレイスティナ視点。




 フィディス騎士団長に率いられながら部屋に通されたエレノア達4人を見て、バルバトス卿とイリアス枢機卿が盛大に溜息をついた。


 『…チラチラと…細い糸の様な物が目端に漂うかと思えば…』

 イリアス枢機卿(おじいさま)は、空中に漂う私の不可視の糸(イナニス)を手で軽く払う。

 絹の様な糸はお祖父様の手をすり抜け、天井付近まで浮かび上がった。

 『…おじいさまには、視えるのですか…?』

 私が恐る恐る尋ねると、彼は軽く頷く。

 『始めは気の所為かと思ったがな…』

 目を細めているお祖父様の顔は、いつも以上に渋かった。


 バルバトス卿(おとうさま)には見えていない様で、糸のない方向に向けて目を凝らしている。

 『この能力は…ティナ?』

 そう言って、私の目をじっと見つめた。私は黙って頷く。


 『ティナの新しい能力か…。実存の糸(エッセ)の応用かい?

 凄いね。全然見えないよ』

 お父様は私の頭を右手で優しく頭を撫でる。

 『でも、盗み聞きはいけないな』

 そして、私の頬を左手で摘んだ。

 『ご…ごえんなさい…』

 私は褒められた嬉しさと叱られた恥ずかしさで、真っ赤になった。


 『犯人はエレノアです。

 この子はやらされただけで罪はありません。

 裁くのならば、この女狐を!』

 アビゲイルお姉様が咄嗟に口を挟む。

 『アンタも一緒に楽しんでたでしょうが!』

 エレノアお姉様が彼女の頬を引っ張った。

 二人がわちゃわちゃと騒ぎ出し、呆れたお父様は私から手を離した。


 私の糸と繋がっていない他の人達には、何が起きているか分からない。

 一言も喋らずに、パントマイムの様に争う彼女達を見て、皆は怪訝な顔をした。

 騎士団長(フィディス)だけは相変わらずのニコニコ顔のまま、二人をただ眺めていた。


 『今は遊んでいる場合ではない。

 エルフラードが到着するまでに、少なくとも魔獣達だけでも掃除せねばならん』

 イリアスお祖父様が腕組みをし、渋い顔を更に渋くさせながら唸った。


 『エルフラード(おとうさま)が丘に到着し次第、挟撃するのでは駄目なのですか?

 たしか、ホーエンハイム(ここ)の重装騎兵が一緒でしたよね?アレなら熊でも倒せるでしょ?』

 『それは駄目だ』

 お祖父様がアビゲイルお姉様の意見を一蹴する。

 『状況が悪い』


 『万が一でも帝国の軍人に被害が出るとね…色々と困るのだ』

 帝国軍人がこの場に居なくて良かったよ…と、お父様は独り言ちた。

 『エルフラード(おとうさま)ではなく、帝国軍人をホーエンハイムが護衛してる?』

 アビゲイルお姉様は腕を組んで首をひねった。

 『一番安全な街道を通らせたのも、我が国の重装騎兵で帝国軍人を護衛しているのも、全て理由があるのだよ』

 『エルフラードの手で処理する予定だが、この国の中では困る。まだ早い』

 そこまで言って、二人は同時に溜息をつく。

 察したエレノア達(ふたり)も、腕組みしながら唸った。


 『だから、帝国軍を率いているエルフラードが到着する迄に、魔獣(アレ)を片付けないといけない。分かったか?』

 お祖父様は目を細め、アビゲイルお姉様を睨めつける。

 『成る程ねぇ…。りょーかい、りょーかい。

 援軍無し、寧ろ来られると困る。

 此処にいる戦力だけで殲滅させろ…ね』

 彼女は彼の視線を軽く流しながら、頷いた。


 『そして出来れば、背後にいる奴を逃さずに捕まえたい…。

 黒幕は判っている。だが証拠がない』

 お祖父様は顎を撫でながら唸った。

 『ならば、このわたくしに妙案がございます』

 アビゲイルお姉様がスカートの端を摘み、膝を曲げて軽く頭を下げる。

 芝居がかった彼女の態度に、全員が一斉に眉をしかめた。


 『黒幕を捕まえられるかは私の仕事では無いので確約出来かねますが、殲滅だけなら至極簡単。

 上手くすれば一人の死者も出しません。

 ついでに英雄を仕立て上げましょう。

 帝国が何も文句を言えない様にね…』

 そう言って、アビゲイルお姉様は妖しく微笑んだ。



 「…一体何が起きている…?」

 櫓門の上で監視を担う兵隊長の額には大粒の脂汗が浮かび、外を見つめる目には疲労が色濃く表れている。

 街壁の各見張り櫓に立つ他の門兵達も、緊張と疲れが頂点に達していた。


 遠眼鏡を使わずとも見える丘の上。

 高台から門兵達(かれら)を見つめる2頭の巨大な熊と、その周囲を彷徨(うろつ)く7頭の狼。

 これは異常な、普通はあり得ない光景だった。


 灰狼は群れで狩りをする。

 なので10頭程度が集う事自体は異常な事ではない。

 だが今迄、他種族と行動を共にした例は一切無い。

 灰狼にとっては、他種族も獲物も敵も、等しく狩りの対象だから。


 更に言えば、硬毛(ヒグマ)群灰狼(グレイウルフ)は怨敵同士。

 この二種族が出会うと、どちらかが全滅するまで殺し合う。

 なので硬毛羆を狩るときは、灰狼の縄張りに誘導する方法が良く利用されていた。


 硬毛羆に至っては同族同士ですら敵であり、繁殖期、若しくは親子でもない限り、2頭以上が一緒に行動することはありえない。

 成獣2頭で協力して狩りをする事は絶対に無い。

 …今迄は無かった。

 あり得ない組み合わせの二種族が、あり得ない集団行動でカンパナエに襲い掛かっていた。


 離れた場所とはいえ、町を見下ろすことの出来る高台に陣取り、人間達の動きを見つめている。

 魔獣達が、目的の人物を決して逃さないという()()()()の暗い意志を滲ませた黒い瞳で、北門だけでなく、町を取り囲む壁、遠方に見える南門までを視界に収める事の出来る位置で、町全体を監視していた。


 もし猪豚や偶蹄目系統の魔獣だけならば、多少の被害は出るとは言え、今居る門兵達だけでも十分に追い払える。

 ろくな戦闘用魔術式を使えない彼等でも、設置してある弩弓(いしゆみ)を使えば十分に殺せる。


 しかし、丘の上の群狼型と羆型(かれら)は、魔獣の中でも最も危険な部類に属する。

 集団戦闘では優秀な軍人に匹敵する戦略性を用いる群狼型。

 大型馬車や攻城兵器すら、軽く押し潰してしまえるヒグマ型。

 重装の軍隊でもない限り相手にならない。

 狼型の牙は鉄板を裂き、熊型の硬い毛は槍も剣も弾いてしまう。


 今居る正教国の護衛騎士やホーエンハイムの山岳騎兵隊は、護衛と対人戦闘が主な任務。

 素早く長距離を休まずに移動する為に、装備は軽装、武器は軽い。

 対槍剣用の軽装鎧には、狼の鋭い爪やヒグマの太い剛腕に耐える様な硬さは無い。

 対魔術式用の皮革マントは無意味な上、万が一引っ掛けられでもしたら馬から引きずり落とされる。


 魔道銃は常に携行しているが、素早い狼に当てるのは難しく、ヒグマに対しては豆鉄砲。

 門に設置してある機械式の弩弓(いしゆみ)ならば、硬毛羆ですら致命傷を与える事が出来るだろうが、そもそも奴らは射程範囲内に入って来ない。


 「このままだと、この町に向うエルフラード侯爵の馬車隊とかち合ってしまいますな」

 静かな落ち着いた声が、青褪める兵隊長の背後から聴こえた。

 そこには、いつの間にか櫓門に上がっていたフィディス騎士団長が立っていた。

 「…ええ。

 今、エルフラード様の元に向かう伝令の選出を行っております。

 申し訳御座いませんが、もう少々お時間を頂きたく…」

 遠眼鏡を握る兵隊長の手が、ブルブルと震えている。

 本来ならば身分が下の兵隊長が騎士団長に対して敬礼するところだが、気が動転していてそれどころではなかった。


 群狼に包囲されている町から伝令を出すという事は、十中八九、死ぬと言う事。

 最低、十人単位の決死隊を用意しなければならない。

 出来れば、それを更に複数。

 それほど大きくない町の、小さな頃からの友人達に、死んでこいと言って送り出さなければならない。

 その苦悩と心労で、各兵隊長達は今にも死にそうな顔色になっていた。


 フィディス騎士団長は、片目をウィンクしながら微笑む。

 「伝令の選出、止める様に通達願います。

 必要無くなりますのでね」

 彼はいつもの爽やかな顔で笑い掛けながら、真っ青な顔の兵隊長に語り掛けた。

 兵隊長は目を大きく見開き、しばし黙り込んだ後、梯子を駆け下りて行った。


 「お嬢様とお子様方に頼らねばならぬのは、騎士として不甲斐ない…。

 だが、領民の命には代えられん」


 フィディスは一度目を伏せ、再び顔を上げた。

 そこに居たのは優しい笑顔の騎士団長では無かった。

 彼は、今迄誰にも見せた事のない怒気と殺意を込めた視線を、丘の向こう側からこちらを監視している()()に向けて投げ掛けた。




 

次回は『ジェシカ=ルブラム』のお話を更新します。


ホラーのお題が来ましたね。

そちらも書きたいなぁ…

でも、時間がないなぁ…_(┐「ε:)_

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