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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
降り積もる雪
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◆5-17 物置会議

フレイスティナ視点




 魔獣の襲撃。

 狙われたのは正教国の貴賓、イリアス枢機卿。

 イリアスお祖父様と正教国の騎士達を歓迎する、お祭りの様な雰囲気だったカンパナエは、一転して戦場の様な空気に包まれた。


 女子供は急いで避難し、手の空いている男連中は革鎧と弓矢を装備して門兵達の戦列に加わって行く。

 普段から行われている訓練の賜物か、緊急(こんな)事態でも混乱して逃げ出す者は居ない。

 町に流れる緊張(くうき)を凝視していたバルバトスお父様は、(きびす)を返し、町長達の集まっている所へと向かった。


 「すまないな…巻き込んだ…」

 イリアスお祖父様は、孫である私と弟に視線を向けながら申し訳無さそうに囁く。

 その後、エレノアお姉様と視線だけで何かを話し合い、目だけで静かに頷いた。


 暫くすると、馬を休めていた正教国の騎士達が、イリアスお祖父様の下に集まって来た。

 未だオロオロしている側仕え達とは違って、彼等は撤退戦の疲れを全く見せない。

 顔を引き締め、姿勢を正し、お祖父様の背後に整列した。

 お祖父様はくるりと後ろを振り返り、ゆっくりと彼等の様子を見渡した後、徐ろに口を開いた。

 騎士達が一斉に(ひざまず)く。

 「皆…良く務めを果たしてくれた…」

 静かに、だけど力強い声で、自分を護ってくれた騎士達に向けて感謝を述べた。


 広場の反対側では、バルバトスお父様と何かを話し合っていた町長達が駆け出し、教会へと飛び込んで行く。

 その後、お父様は己の騎兵隊を率いて門へと向かった。


 門前で檄を飛ばす兵隊長達を集め、魔獣を押し止めた事を褒めつつ、山岳騎兵隊を戦線に加えた指揮系統の組み直しを彼等に指示する。

 フィディス騎士団長とカンパナエ兵隊長達が、これからの防衛方法について相談を始めた。



 「確認した魔獣は硬毛(ヒグマ)2頭。群灰狼(グレイウルフ)が10頭か。

 バルバトス卿の兵と我が精鋭達の活躍により、群灰狼を3頭も仕留める事が出来た。礼を言う」

 イリアスお祖父様は、己の騎士や側近達と情報を共有する振りをしながら、私達にも報せた。


 …あれ?数…間違えた?


 当然その情報は、私達と一緒に枢機卿を出迎える準備をしていたアビゲイルお姉様の側近達の耳にも入った。


 アビゲイルお姉様の側近は正教国教会の聖職者達の中から選ばれている。

 つまり、本当の上司であり雇用主は、アビゲイル(おねえさま)ではなくイリアス枢機卿。


 仕方の無い事とはいえ、魔獣に襲撃された事実は彼等を焦らせた。

 慌てる者、怯える者、責任の所在を問う者、バルバトスお父様への嫌味を口にする者と様々。

 一部、枢機卿を護ってくれた山岳騎兵隊に対して感謝を口にする者も居たが、ほとんどの者は、領地管理が杜撰だから魔獣が出没するのだと言って、(いきどお)り、小声で(ののし)った。


 「バルバトス卿の采配は実に見事だった。

 彼の指揮が無ければ生きて山を下りる事は叶わなかっただろう。

 彼等との見事な連携で魔獣を蹴散らした我が騎士達の練度も再確認した。

 素晴らしい腕前だった!」

 イリアスお祖父様はバルバトスお父様を持ち上げつつ、己の護衛達を褒め称える。

 それを聞いた側近達は、バツが悪そうに口を噤んだ。

 そこに、騎士団長を連れたバルバトスお父様が戻って来た。


 「イリアス猊下。

 我々はこれから魔獣への対処を話し合うつもりです。御一緒なさいますか?」

 お父様が皆の前でお祖父様に声を掛けると、お祖父様は仰々しく頷き、案内するお父様の後に続き、教会へ向けて歩き出した。



 「簡易的ではありますが、指揮所を設置致しました」

 お父様が作戦司令室として用意させた部屋は、教会の裏手廊下に並んでいる部屋の中の一室だった。


 普段は倉庫代わりにしている部屋なのか、壁際には乾燥食糧や建材の備蓄箱が壁に寄せて積み重ねられている。

 一通りの掃除は行った様だが、古い建物の壁と床は剥げた塗装跡や永い年月を感じさせるシミ跡がハッキリと残り、お世辞にも綺麗とは言えない。

 中庭に面した窓には音漏れを防ぐ為の緞帳(どんちょう)が掛けられており、日が殆ど入らない。

 照明として古い壁掛け燭台に火が入れられているが、全部点けても薄暗い。


 そんな見すぼらしい部屋の中央には華美な机と椅子。

 黒漆で塗装された重厚な机と椅子は、この部屋の雰囲気にそぐわなくて際立っている。

 机の上には、高級紙と硝子製のインク壺。

 出来る限り高級な品を。枢機卿に釣り合う品を。

 急遽、町中から掻き集めて必死に用意した、そんな雰囲気の部屋だった。


 「イリアス猊下、この程度の場しか用意出来ずに申し訳ない。緊急ゆえ、お目溢し下さい」


 塗装の剥げた壁を見て大袈裟に眉をしかめる者。

 床の染み跡を露骨に避け、わざと鼻を押さえて入る者。

 アビゲイル(おねえさま)の側近達は、此処は猊下に相応しい場では無いとして、バルバトス(おとうさま)に無言で抗議をしていた。が…


 「この短時間で準備するとは、流石はホーエンハイム卿。

 この部屋ならば軍議の場として相応しい。

 懐かしいな…昔を思い出したよ。

 戦場の司令室とは、本来こういうものだ」

 露骨に嫌な顔をする側近達を無視して礼を言い、バルバトス(おとうさま)を労うイリアス枢機卿(おじいさま)

 気まずくなった側近達は、黙って視線を逸らした。


 「さて、話し合いに必要な者達以外は退室願う。狭いのでね」

 お父様の言葉に側近達は抗議の視線を向けた。

 しかし、お祖父様が数名を指名し、他の者は退室する様に…と言うと、彼等は渋々と出ていった。


 「貴女達はこっち」

 エレノアお姉様が私達とアビゲイルを手招きする。

 私達は言われるままについて行き、隣の狭い物置部屋に入った。



 「ここは…?」

 私はエレノアお姉様を見上げて尋ねた。

 彼女は答えずに、唇に指を当てた。


 「奴ら…完………取れ……。

 魔獣の……は……高くな…、……なら倒せな……は無い…」

 微かにだけれど、お祖父様の声が聴こえる気がする。

 エレノアお姉様はクスっと笑いながら、背後の壁を指差した。

 そこには山積みになった芋の箱。

 この部屋は炊き出し時用の食糧保存倉庫らしい。

 その箱と箱の隙間から、お父様達の声が漏れ聴こえる。


 「ノーラが見つけたのよ。

 町の人達と一緒に部屋の準備をしたのは彼女だからね」

 どうやらエレノアお姉様の側近であるノーラは、町に到着後、町民達と交流を深めていたらしい。

 隣室を整える手伝いの際、ここの壁に気が付いたそうだ。

 「元々続き部屋だったみたいね。

 箱で隠してあるけれど、荷の裏に扉があるのよ」


 「…しか…、ああ……連……たら…」

 隣室からは、お祖父様とフィディス騎士団長の声が聴こえる。

 聴こえるが、聴き取り辛い。


 「そこで、貴女の出番よ」

 エレノアお姉様が私の肩を叩いた。

 私が首を傾げていると、彼女は耳と口に手を当てて、糸電話で遊ぶ仕草を行った。


 …糸電話、思ったより好評なのね。



 私は手を伸ばして壁の向こうの魔素を探る。

 覚えのある魔素の塊が複数。

 その中で、特に血の繋がりを強く感じる塊を精査する。


 「…見つけました」

 私が報告すると、良い能力ねぇ…とアビゲイルお姉様が呟いた。


 私は、見つけたお祖父様とお父様の魔素に向けて不可視の糸(イナニス)を伸ばす。

 糸の先端が彼等に到達すると、私は自分を中継させてエレノア、アビゲイル、リーヴにも繋いだ。


 『となると…首謀者はお義父様(おとうさん)の事が見える位置に居ないと操作出来ませんね』

 お父様達の声が、私達の頭の中にハッキリと聴こえた。


 「首謀者?」

 「魔獣が他種族同士で組むと思う?

 己の意志で協力行動するわけ無いでしょう。

 強制的に操る奴が必要よ」

 アビゲイルお姉様の呟きに、エレノアお姉様が応えた。

 「魔獣って…操作出来るものなの?」

 「実際やってるんだし、出来る奴が居るのでしょうね」

 再度、唇に指を当て、静かにする様にと示す。

 アビゲイルお姉様は静かに頷いた。


 『ああ…。

 首謀者に関しては、エレノアにトゥーバ・アポストロを動員させて調査させている最中だ。

 上手くすれば()に繋がるかもしれん』

 お祖父様の言葉が聴こえた。


 ん…?…トゥーバ…?エレノアお姉様が…何?

 私が言葉の意味を理解しようと少し意識を反らした。その瞬間…


 『まじで!?アンタ、暗部に入ったの!?』

 アビゲイルお姉様の大声が頭の中にこだました。


 間を置かずにエレノアお姉様、イリアスお祖父様、バルバトスお父様、果てはリーヴの意識までが、糸を中継している私に向く。


 『このクソ馬鹿アビー!』

 エレノアお姉様の怒声が不可視の糸(イナニス)で繋がっている私達全員の頭に響き、誰かの溜息が聞こえた。


 『ん…こうか…?聴こえてるね?

 …お前達、こっちに来なさい…』


 お父様の、落ち着いた静かな声が私達の頭の中に聴こえた。

 垂れ流しの音声ではなく、呼び掛ける声。

 彼の声とほぼ同時に、私達が潜んでいた物置部屋の扉が開かれる。

 廊下の窓から入る逆光の中、ガッチリとした鎧を身に纏う爽やかな騎士が姿を現した。

 丁度、出入り口を塞ぐ様に立っている。


 彼は、お父様の幼馴染であり、護衛騎士長。

 そして、私達の親族の一人でもあるフィディス騎士団長。

 彼は暗い部屋の中で固まっている私達を見つけると、ニコリと微笑みながら手招きをした。




 

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