◆5-14 彼女の糸電話
エレノア視点
町に着いた後、私達は町の重役一同から歓迎の挨拶を受け、町中を案内された。
「小さな町ですが、良い所なのですよ」
フレイスティナの侍女頭は、目を細めながら、懐かしそうに湖を眺めていた。
…確かに風光明媚ではあるけどね。
観光を楽しむのは、また今度。
「案内の途中で悪いのですけど…」
私は彼女達に一言断りを入れ、先に宿に戻った。
子守を任されたとはいえ、アビゲイルやフレイスティナ達とあまり親密にしていると、側近達から下らない勘繰りをされてしまう。
…側近達から感じる視線がいい加減に鬱陶しいし、私にはやる事があるからね。
言い付けられた宿題は早めに終わらせないと。
私は監視役の側近達を部屋の応接室に放置し、自分の寝室に引っ込んだ。
「あら、お早い。…もう観光は終わりですか?」
寝室に入ると、丁度、ノーラが私の部屋を整えているところだった。
「…頼んでおいた仕事は?」
私が尋ねると、彼女は微笑みながら小さく頷いた。
◆
「…で以上です。エレノアお嬢様」
「ご苦労様。相変わらず見事な腕前ね」
「恐れ入りますわ」
私はノーラの報告を聴きながら筆を走らせる。
私達が町に到着してから既に一刻程過ぎた。まだ、お父様達は着かない。
「予定より随分と遅いけれど…」
「エルフラード様の事ですか?」
「…しかめっ面の方の」
「イリアス様…泣きますよ?
ああ見えて、結構繊細な方なのですから」
「顔と性格が反比例してるのよね…」
「…ご苦労が多い立場なのですよ」
「…私も、ああなるのかなぁ…?」
「枢機卿のお仕事の他、トゥーバ・アポストロの統括、あのくそ面倒な御方と彼女達の相手…」
ノーラは指を折りながら数える。
「全部、お嬢様が引き継ぐのですねぇ」
彼女はニコリと微笑みながら首を傾げた。
その笑顔には僅かな『愉悦』が感じられる。
「聞かなきゃ良かった!」
私は頭を抱えた。
カンパナエの町長が用意してくれた宿は、貴族が泊まるのに不足ない造りだった。
微細な装飾を施した腰板、濁りの少ない硝子を使用した高価な窓、上質な大理石で滑らかに仕上げられた床板。
複数繋がった寝室や広い応接室は、多くの側近を引き連れて来る貴族に無くてはならない仕様。
高位貴族の側近も当然貴族なので、手抜きの部屋は一つもない。
この様な宿が、この町には複数ある。
アビゲイルやティナ姉弟は、それぞれ別の高級宿。
…年に数回程度しか使わないだろうにねぇ。
小さな町には似合わない程の充実した施設。
お義兄様が、いえ…歴代ホーエンハイム領主が、この町をどれだけ重要視していたかの証。
私は他の側近達を応接室に放置して、ノーラと二人でお喋りしつつ、片手間に仕事をこなしていた。
私の仕事が大方片付いた頃、寝室の扉が叩かれた。
「エレノア様。
バルバトス辺境伯とイリアス枢機卿猊下の馬車が、中央街道の方向に確認出来たそうです。
間もなく到着すると思われます」
「…お父様は?」
「エルフラード様の馬車は、未だ確認出来ていないそうです」
「何か…あった?」
側近は詳しくは分からないと首を振った。
「…すぐに向かいます。皆を集めて」
「畏まりました…」
彼は頭を下げて扉を閉じた。
私は筆を置き、書いていた手紙をノーラに託す。
クローゼットから毛皮のマントを引っ張り出し、素早く羽織って寝室を出た。
私が応接室に顔を出すと、護衛を含めて、側近達が一斉に立ち上がって敬礼を行った。
「行きましょう!」
私は彼等を率いて応接室を出た。
居残りのノーラと使用人達は、静かに頭を下げながら私達を見送った。
側近達を引き連れて宿の外に出ると、アビゲイルがフレイスティナ姉弟達と共に教会前で待っていた。
広場の片端では、町長を始めとした町の重役達が緊張しながらこちらをチラチラ見ている。
「貴方達はそちらへ…」
私が手を振って命じると、側近達は一礼し、町長達の方へ向かって歩き始めた。
私は三人の元に向かい、軽く挨拶を交わす。
お互いに余計な事は言わない。会話も当たり障りの無い範囲。
各側近達の睨見つける様な視線を背に、程々に仲良く、程々に距離がある様に見せる。
こういう空気が苦手なアビゲイルは、僅かに頰が引き攣っていた。
「…予定より随分と遅かったわね。
しかもエルフラードとは別行動なの?何かあった?」
私は三人にだけ聞こえる様に呟いた。
側近達に唇の動きを見られない様に注意しながら。
「予定を変更する…と早馬。詳細不明…」
アビゲイルが小声で返してきた。
口を動かさない様に話すのが難しいらしく、少したどたどしい。
彼女はこういう小技が下手なのよね。
『…あ〜…お姉様…聴こえますか?』
横目でこちらを見ていたフレイスティナが、突然私達の頭の中に話しかけて来た。
『北西部の山岳監視塔からの報告で、山の獣達の動きに異変がある、注意せよとの連絡が入ったそうです』
「こ…こ!?」
アビゲイルが声を出しかける。
ジロリと睨みつけると、彼女はすぐに口を閉じた。
『私の糸を繋ぎました。
声を出さない様にご注意を。魔力でお話下さい』
「ま…ま…?」
アビゲイルは目を白黒させていた。
私は平静を装ってはいたが、実のところ、彼女と同じ位には驚いていた。
何?頭の中に直接?…魔術式…?魔力で話す…?
…ああ…
…魔素の波長に声の波長を乗せて送信しているのね。
…糸電話みたい。
魔素抵抗無く魔力を送れる、彼女の『糸』だからこそ出来る技か。
凄い汎用性ね。
何より怖いのが、これを理解して応用出来る5歳児…
これで、表向きは魔力無しねぇ。
末恐ろしいわね。
『…あ…あ〜…こうかしら?』
私は己の魔素の波長に声を乗せてみた。
初めて試したが、中々上手く乗せられたらしい。
私の声が聴こえたフレイスティナは、小さく頷いて私を見た。
アビゲイルの様子を横目で見ると、未だに混乱している様子。
…分かるわ…その驚き。
でも、今は顔に出さないでくれないかしらね!?
側近達がアンタの事をジロジロ見てるからさ!
来週から、以前お知らせしたジェシカの新しい話や、創作中の新規のお話を、交互に投稿していこうかと思います。
クラウディア過去編の更新が遅れるけれど、御容赦願います_(._.)_




