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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
降り積もる雪
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◆5-7 不思議で可愛い孫娘

イリアス枢機卿視点




 手を震わせながら机の上に置かれた本を撫でる少女。

 数え五つの我が孫娘。

 とても不思議な()だ。

 甥御であるエルフラードが土産として持ってきた、大きくて真っ黒な本。

 古臭く、少し禍々しくも見えるその稀少本を、洗礼式前の幼子が歓喜しながら眺めている。


 出迎え時の姿勢も晩餐時の食事マナーも完璧だった。

 先程受けた言祝も大人顔負け、堂に入ったもの。

 今日観察した限りだが、我が孫達の中では頭二つは抜きん出た習熟具合。

 数え五つと考えれば、神童を遥かに超えている。

 少々恐ろしくもある。


 …この我が孫は、娘達に似て非常に優秀。

 あまりに優秀過ぎて…怖くなる。


 娘である母親(ルキナ)似の綺麗な容姿。

 濡羽色の艶のある髪。

 対照的に白く輝く肌。

 蠱惑的な深紅の瞳。

 黄金比の目鼻立ち。

 今は幼さが強く出ているが、十年もすれば間違いなく美しく成るだろう。


 加えて、実娘のエレノアに匹敵する恵まれた頭脳。

 …この歳で匹敵ならば、十年後はどうなるのか…?

 義娘のアビゲイルに似た、人たらしの愛嬌。

 …肉親の情を抜きにしても、思わず警戒心が薄れてしまう。


 無駄に大人振らず、生意気に捻くれたりもせず。

 大人の望む子供像を演技する彼女の様は、優秀な子供に共通する行動。

 誰にも嫌われず、周囲と上手く馴染み、なのに己の価値はしっかりと示す。

 全てに於いて完璧な応対だった。先程までは。


 この古い本の表紙を見た途端に、綺麗に整えられた彼女の仮面が剥がれた。

 ある意味ではとても子供らしい。欲望に対する素直な反応。


 …これが菓子や衣装や装飾品であれば、年相応、微笑ましかったのだろうがな…。


 今は机上に上半身を乗り出し、貴族子女らしからぬ姿で古びた本に顔を近付けている。


 本に息が掛からぬ様にハンカチを口に押し当て、震える手で、赤児に触れる様に頁を捲る。

 私は彼女の異様な様子に戸惑い、声をかけるべきか否か、迷った。


 …恐らくは、帝国兌換紙幣でのみ支払える位には価値のある本なのだろうが…中身は単なる古代語辞典だろう?

 子女の喜ぶ様な物とは…とても思えん。


 今迄見たことが無い不思議な形の文字の群。

 正教国では聞いたことのない著作者名。


 …私は神学と帝王学に必要な言語しか学ばなかったからな。

 古代外国語は門外漢なのが口惜しい。

 この孫娘()と話しても、浅学を晒して恥をかくだけだ。


 「凄い…!こんなに知らない文字がいっぱい…」

 知らなかった事を歓喜している。

 「こんなに素晴らしい本を…流石はエルフラード様。

 ありがとう存じます!!」

 「あ…ああ…、素晴しいか…素晴しいな…うん…。

 喜んでくれて私も嬉しいよ」

 エルフラードの顔が引き()っている。


 …此奴も私と同じだな。本の内容が全然わからん。

 まるで複雑なパズルの様な言語を纏めた辞典。

 下手な会話は出来ないな。

 そもそも、この娘と対等に話せる人間など、どれだけいるのだろう?


 「ティナは本当に本が好きだねぇ…」

 父親のバルバトスが、目を細めながら彼女を見下ろしている。

 不思議とも何とも思っていない彼の態度に、自分の感性が間違っているのかと不安になる。


 「お父様?勘違いしないで欲しいのですけど…。

 本だから何でも良い…という訳では御座いません。

 見くびらないで下さいませ。

 それぞれの分野で特に秀でた方々の著作物。

 わたくしに新しい知識を、変わった視点を与えてくれる偉人達。

 私の愛には限りがあります。

 これでも厳選して振り分けておりますの」

 挨拶の時の様な落ち着いた話し方は消えた。

 彼女は、まくし立てる様に喋りだした。


 彼女は少し頬を膨らませ、指折り数えながら、お気に入りの著作者名を羅列していく。


 「言語と植物学では、この本を見て判る様にデリア様がずば抜けて優秀です。

 魔導工学理論ではアルダライア様…彼の構築式は完璧で、間違いが御座いません。

 気象学と魔素理論ではユピテル・オプティムス様…

 どの様な文献を参考にしたかは分かりませんが、二千年以上もの長期に渡る気象記録と、大気の魔素濃度に関する記録の編纂。

 各時代の異常気象や収穫統計から導き出された彼の持説には感嘆致しました。

 音楽史と魔法陣構築理論では、ケリュネイア様。

 彼の、音の波長と魔素、そして魔術式の相互補完作用に関する考察が…。

 精神医学と心理学ではアードガル様が……

 遺伝工学と生物学では…様が……

 数学と量子物理学では……」

 彼女は延々と名を述べ連ねていった。


 エルフラードとルキナは、頷きながら彼女の早口を聞いている。

 しかし、二人とも目の焦点が合っておらず、視線は私の背後にある壁のシミ辺りを彷徨いていた。


 彼女が述べた著作者名の内、何人かは耳にした事もあるが…。

 というか…趣味の幅、広すぎないか?

 これで厳選している?

 気象学や音楽史など、子供にとって楽しいものか?

 わからん…!


 私達は彼女の饒舌さに呆気に取られて、ただ頷くのみ。

 父親だけがニコニコしながら彼女の話を聴いていた。


◆◆


 「…という素晴しい公式を…

 …あら?どうなさいました、叔父様、お母様…?」

 今迄読んだ本の要点を粗方解説し、膨大な知識の披露に入ろうとした所で、ようやく彼女は私達の様子に気が付いた。


 エルフラードとルキナは天井の模様を数えている。

 私も、彼女の後頭部の髪留めの細工を眺めながら呆けていた。

 これ迄の人生で培った知識を持ってしても、この孫娘()の言っていた事が半分も理解出来なかった。


 『知識の魔女』

 ふと、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。


 …魔女………か。


 本当に変わった娘だ。知識量もさることながら。

 こんなにも魔力が()()なのに、魔力が無い…なんて。


 以前、幼い彼女の魔力検査の結果を聞いた時、私は耳を疑った。

 産まれた直後に私が直接視た彼女自身と、他者の行った検査結果との齟齬があまりにも大きかったからだ。


 私の目は特殊。

 一目見れば、その生き物の所有する魔素量を含め、魔力器の大きさまでも視る事が出来る。


 数百万人にひとりの希少な瞳(のうりょく)

 私は、この瞳が()()()のかと思った。

 自身の願望が瞳の力を狂わせたのでは?と考えた。

 私のこの能力を買って下さっている()()()()に、どの様に謝罪すれば良いかと…本当に焦った。


 ()に誤魔化しや騙しは通用しない。


 言い訳をせずに全てを打ち明けた時、彼は私に失望するだろうと恐怖した。

 だが何故か、とても喜ばれた。


 彼がこの娘の様子を見る為だけに、すぐに此処まで飛んだと聞いて驚いた。

 帰ってきた彼から下された命令は、『彼女が成長するまで、彼女の魔力の事は誰にも話すな』だった。


 …この孫娘(ティナ)は、ギフテッドである彼女の弟(リーヴ)と比肩する位の、膨大な魔力器の保持者なのに。

 何故か不明だが、体外へと放出される魔素がほとんど無い。

 だから一般的に使用される検査器具では、全く魔力が検出されない…のだそうだ。


 我が主は興奮しながら、直接視たフレイスティナとリーヴバルトルの様子を延々と語った。


 私の瞳の事と私の視た事実を公表すれば、孫娘は貴族として幸せに生きて行く事が出来るだろう。

 魔力無し、似非貴族等と蔑まれる事もない。


 だが、主は口外法度を厳に命じた。

 理由は『危険だから』。

 彼が()()言うなら、()()なのだろう。

 私は口を噤み、誰にも話さなかった。


 頭脳も知識も魔力も、どれもが規格外の孫娘(ティナ)

 溢れ出す魔力は常に雷を帯び、暴発すれば山を焼くだろう(リーヴ)

 …末恐ろしい二人…

 思わず嫌な想像をしてしまう。

 汗が背中を伝い落ちる。


 慈愛を司る女神マイア様。

 どうか…私の孫娘(ティナ)に愛溢れる人生を。

 栄光を司る光神ルクサス様。

 どうか…私の(リーヴ)の辿る道に光を。

 帰還を司る原神アドカエルム様。

 どうか…この姉弟に相応しい安息を。

 死を司る星神マカリオス様。

 この姉弟の命の灯火だけは…どうか、お見逃し下さい。


 この素晴らしく異常で異様な姉弟に幸あれかし。




 

エルフラード侯爵とルキナママは従兄弟同士です。

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