◆5-5 おねえさまたち
男性の号令と共に、各々が好きなテーブルに集い始めた。
各席では、目上の者が自らの手で注いだワイングラスを手渡し、目下の者が目の前で飲み干す。
その後、目下の者が謝意と再会の言祝をつらつらと述べる。
この挨拶は、親族同士の会合でのみ行われる、北国特有の伝統的な風習。
最奥の席ではイリアス枢機卿が、エルフラード公爵とバルバトスお父様の3人で向かい合い、くつろいで居る様子が見えた。
「エレノア、この子達をお願い」
ルキナお母様は、私達を直ぐ側に居たエレノア=トゥールベールとアビゲイル=メディナに預け、そそくさとお父様達の居る席へと向かった。
お母様は、イリアス枢機卿達に向けて長い言祝を述べた後、勧められて席に着く。
四人は楽しそうに笑いながらグラスを傾けていた。
「お父様…お姉様のお身体をとても心配されていたそうでね…」
お母様達を見つめている私に、右隣に立つエレノアが教えてくれた。
エレノア=トゥールベール。
真の名はエレノア=メディナ。
トゥールベール家で洗礼式を行っているので、表向きはエルフラード公爵の娘。
本当はイリアス枢機卿と血の繋がった実娘。
ルキナ=ホーエンハイムの実妹で、私の叔母。
怒るので、いつもエレノアお姉様と呼んでいる。
「ルキナ様、随分と長く病に伏していらっしゃったでしょう?
お義父は、教会の仕事を放り出して駆け付けようとするので、止めるのに苦労したわよ」
左隣からは、アビゲイルがお母様達を見つめながら呟いた。
アビゲイル=メディナ。
真の名はアビゲイル=トゥールベール。
エレノアと交換で、メディナ家で洗礼式を受けた。
本当はエルフラード公爵の実娘。
こちらは、アビゲイルお姉様と呼んでいる。
時々、少しポンコツ。
「当然よね。
私も、エルフラードお義父とオマリーが止めなければ、国境の関を破壊してでも駆け付けるつもりだったし?」
私は、エレノアお姉様の言葉にウンウンと頷いた。
「…関破りは止めなさい。
関係性を疑われたらどうするのよ?
お父様、お馬鹿な義娘を止めて下さり、ありがとう存じます…」
アビゲイルお姉様が頭を抱えながら静かに叱責した。
エルフラード公爵を見つめながら手を組んで感謝している。
「あら…馬鹿とは失礼な。
貴女より成績は上よ?」
「はぃはぃ…首席様。まったく…凄う御座いますわ。
お陰様で、私はいつも次席を温めさせて頂いておりますよ」
「貴女の地元である正教国の大学部なのだから、必須科目全て満点取れば、貴女が首席に成れるのよ?」
「涼しい顔で憎たらしい事を…この、クソ女」
「まぁ…子供達の前でお下品ですわよ?次席様」
私がアワアワしていると、カーラが力尽くで二人を引き離し、近くの空席に私達を座らせた。
「お嬢様。
その優秀な頭脳を下らない事に消費しないで下さいませ。
ベアトリス様がこちらを見ておられます…」
ベアトリス第一夫人は親族達と談笑しながらも、意識はエレノアお姉様達に向いていた。
「声までは聴こえてないわよ。
…カーラ、飲み物をお願い。
私はウィスキー。この子達には葡萄ジュースで…」
「私はワインを」
「すみませんカーラ様、セリナ様用の湯もお願いします。人肌で…」
「承りました。
静かに談笑していて下さいね?お嬢様方…」
カーラは、お姉様達に威圧をかけてから席を離れた。
「…さて、お目付け役も消えた事だし、何か面白い事を聞かせて頂戴。
私の可愛いティナ、リーヴ」
二人は私達の顔を覗き込みながら、ニコリと微笑んだ。
◆◆
私達の親族は、複雑な手順を踏んで応接室に集まった。
長旅で疲れた枢機卿や公爵の側近達をホーエンハイムの使用人達が各寝室に案内した時、わざわざ別個に晩餐会会場から連れ出した。
意図的に己の主人達や同僚達と引き離した。
それには理由がある。
枢機卿と公爵の側近達は、必ずしも我々の味方では無いという事。
今回の訪問の目的は、
『正教国・帝国・王国、三国の国境警備の環境確認。
及び、軍の装備や兵達の現状をイリアス枢機卿が直接視察して、教皇に報告する為の遠征』
…となっている。
実は、正教国のイリアス枢機卿が私のお祖父様で、帝国のエルフラード侯爵がホーエンハイムの親戚である事は、一部の側近達を除いて知らない。
知っているのは血縁者と協力者に限られる。
そして、私達の一族は世界各地に血縁者を置いている。
血縁の子供を協力者家族の子供と入れ替える。
または、協力者達の実子として洗礼式を受けさせる。
ホーエンハイムの人間は、各国協力者の家庭と戸籍を入れ替える事で、書類上の繋がりを消していた。
私達は新しい戸籍を手に入れて、協力者は私達の庇護を受ける。
何百年も繰り返してきた戸籍入れ替え。
各国の支配層は、目の前の部下がホーエンハイムの人間とは知らずに、純粋な自国出身の人間と考えて重用する。
今では、血縁者は世界中の中枢に入り込んでいる。
そうして各国に散る事で、万が一の戦争に備えている。
表向きは敵対しつつ、裏では血族同士で助け合う。
逆に、内側に問題があれば、外圧を利用して解決策を創り出す。
血の繋がりを利用して世界の均衡を保つ。
なので、外で出会った際は他人のふり。
側近も使用人も、自分の主人が相手と血縁とは知らないから。
今回の親族会議は、これ迄各人が各国で収集した内部情報を、枢機卿に報告する為の席。
集まった情報を元に、お祖父様とお父様と侯爵の三頭で、今後のホーエンハイムの舵取りを決めるのだ。
◆◆
「アルダライア著作、虚数界の魔素運動?
…そんなに難しい本を読んでいるの?
意味が解るの?」
「私のリーヴは天才だからね!当然よ」
「何故貴女が威張るのかしら?首席様?」
「…お姉ちゃんが解説してくれたけど…難しすぎて…」
「やっぱりティナか…」
「貴女もティナに教わりなさいな」
「うっせぇ…」
お祖父様の益になる様な情報も無いので、私達は、これ迄に読んだ本の内容を二人に話していた。
同い年の二人は洗礼式前に戸籍を交換している。
枢機卿の娘であるエレノアは侯爵の元へ、侯爵の娘であるアビゲイルは枢機卿の元へと。
正教国と帝国、今は同盟国だが元々敵対国。
今後、国同士が別れた場合の為の保険。
太古の魔術式や、各家が秘密裏に所持する聖獣の助けを借りる時、各国に己の血縁者を置いておく必要があるから。
ついでとして、真名を隠す目的も。
今は国同士の関係が安定している事もあり、現在、エレノアお姉様は正教国の大学部に在籍している。
「…もう卒業しても良いのだけれどね。
北方教会区の司祭に内定しているしぃ…」
既に司教までの道のりも用意されているらしい。
腰掛けとしての司祭だそうだ。
正教国が帝国を重視している姿勢を見せる事と、裏で枢機卿が手を回して、表向き敵対しているヘルメス枢機卿を焚き付けた結果だそうだ。
ヘルメス枢機卿は帝国貴族が後ろ楯となって支えている。
イリアス枢機卿は名目上は反帝国の立場。
ヘルメスは、イリアス枢機卿とエレノアお姉様の関係を知らない。
敵対しているお祖父様が暗躍して、ヘルメス自身が己の意思で、帝国公爵の娘であるエレノアお姉様を重用したいと思わせたのだそう。
お姉様には、誘導した結果の大出世が約束されているらしい。
ヘルメス枢機卿は、お祖父様に対抗する駒としてエレノアお姉様を見ているが、その実は対立者の駒。
「これで、正教国の上層部はイリアス様の駒だらけ…ってね。
相変わらず貴女のお父様は随分と嫌らし…長期的な計画を立てるものね。…娘に似たのかしらね?」
「今は貴女のお父様でしょう?」
アビゲイルお姉様の嫌味を、エレノアお姉様が打ち返した。
お祖父様の実の娘と思われているアビゲイルお姉様自身は、教会には関わらない。
枢機卿の娘が教会に入れば、不要な忖度と無駄な混乱と対立が生じるからだ。
ヘルメス枢機卿一派に不要な警戒をさせる事は避けたいらしい。
卒業後は、正教国の上級公務員に成るそうだ。
…アビゲイルお姉様に腹芸は難しいだろうしね。
ポンコツだし。すぐに関係がバレそう…。
財務官僚辺りかな?文科省の可能性もあるか。
「あら?…お祖父様が貴女を呼んでいるみたいよ?」
エレノアお姉様の視線の先を見ると、お父様が私に向けて小さく手を振っていた。
「お姉様方…少し席を外します」
「行ってらっしゃいな」
私は弟妹を二人に預けて席を立った。




