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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
265/287

◆4-165 付記 籠の中の街

クラウディア視点




 長い長いトンネル。


 天井を見上げると、線状に引き伸ばされた星明かりが頭の上を通り過ぎていく。

 後ろを振り返ると、街灯が微細な銀粉の様に煌めき、小さな宝石箱となった帝国の街並みが遠ざかって行く。

 足元を見下ろすと、真っ黒な山の木々が紙に描かれた平らな絵の如く潰れ、物凄い速さで後方へ流れて消えていく。

 私は、細長くて透明な筒の中から、先程まで足をつけていた世界を眺めていた。


 聖獣クサントスの背に揺られ、私達は認知外の世界(トンネル)を潜り抜けていた。


 「へぇ…なんか不思議な感触だねぇ…実に面白いわ」


 私の背後に座るカーティが、クサントスの背中を撫で回しながらブツブツと呟いている。

 先程まで周囲の景色に対して赤子の様にはしゃいでいたのに、今は彼自体に興味津々。


 背に揺られているというのは正確な表現ではない。

 彼の身体は揺れていない。

 筒の中を滑る様に移動している。

 なのに加減速も感じない。


 鞍も(あぶみ)も無いけれど、お尻も腿も傷まない。

 身体を傾けてみても落ちる気配は無く、気が付くと元の姿勢。真っ直ぐに座している。

 触れる手から感じる彼の背は、筋肉の様に硬くなく、毛並みの様に柔らかくもない。不思議な感触。


 …相変わらず…

 『良い乗り心地だろう?以前と変わらず』

 「ええ…そして、変わらない不思議な光景…」

 クサントスからは、己の能力を誇る気持ちが伝わって来た。


 『随分と穏やかになったのぅ。前と違って』

 「…あの頃は…死んでいましたから…」

 『泣いてくれる友、怒ってくれる友のお陰で生き返ったか?善き哉。

 ヒトは我等と違い、狭き時の中で足掻く者。

 死んでから生き返るまでも瞬きの間か。羨ましいのぅ…』

 「分かるぜー。

 俺達なんか、ずっと死んでる様なもんだしな〜」

 クリオシタスが会話に割り込んで来た。


 「あまりに死から離れると、生からも離れるよな」

 『リベリ共に共感されるのも癪なのだが…その通り。

 この新世界の為に創られ、自我を手にした我等だが、創造主様は死の喜びまではお与え下さらなかった』

 「お陰で、何かに拘泥(こうでい)しないと生の実感が薄くてなぁ…」

 『うむ…拘泥か。言われてみれば、そうよなぁ…』

 意外と話が合うらしく、お互いに頷き合っている。


 「アンタの拘泥は、魔導具?」

 「…そーかもな…今は」

 「昔は違うと?」

 「昔は自我が曖昧だったからな…

 馬鹿な妹達は、未だ御方の上澄みの望みばかりに拘泥し、彼女の真意を思慮しないし…」

 「真意…?」

 「…それは追々。

 少し寝るわ。着いたら起こしてくれ」

 クリオシタスは逃げる様に会話を打ち切った。


 「クリオがいきなり引き籠もったけど…何かあった?」

 カーティがキョトンとした顔で私達を見ている。


 『ふむ…リベリ達にも色々と複雑な事情があるようだの…』

 クサントスは一声鳴くと、速度を上げて走り出した。





 ()()に辿り着いたのは、夜が最も深くなった刻だった。


 頭上を流れる星明かりが線状から点状に戻り始め、平面だった足元の深い森は、少しずつ立体を取り戻していく。

 遠くの方に幽かに見えた灯火は次第に形を取り戻し、周囲に在る建物の輪郭をはっきりと浮かび上がらせた。


 「これが…デーメーテール様の…街?」

 私は感嘆の息を漏らした。

 街の中央にある白い巨木を中心に、滑らかな石と堅木で築かれた建物が建ち並ぶ。

 碁盤目状の街道が美しく敷き詰められ、魔導灯の灯りが白磁の様な石畳に反射して煌めいていた。


 「…美しいわね」

 『これが豊穣の森の街。

 人を外れた者達が築いた安息所だ』

 クサントスは鼻を鳴らしながら空を飛び回った。


 「へぇ…幾何学模様のしっかりと整備された道は見事としか言いようが無いわね!

 あの街灯は、ガス燈でも旧式魔導灯でも無い…?

 もしかして、ミランドラ卿の魔導灯じゃない!?

 森の中の引き篭もりと揶揄されてる割に、あっかる〜い!!」

 カーティが大口を開けながら、嬉しそうに叫んだ。


 『引き篭もりとか言うな…誰のせいだと思っておる?

 一応、雪帽子の顔を立てて案内してやるが、くれぐれも失礼の無い様に。

 デーメーテールに殺されても仕方無いと諦めろ。

 決して雪帽子を巻き込むな』

 「フィクス・ベネナータは前世代の連中の仕業なんだけどなぁ…

 おい!カーティ、失礼の無い様にな!」

 「へっ?アタシ?

 失礼なんてするわけ無いじゃん。貴族だよ?アタシ。

 礼儀作法のひとつやふたつ、お茶ノ子さいさいよ。

 まーかせて!」

 クサントスが刺した釘を軽口で受け流す二人。

 心なしか、彼の身体から漏れ出す煙が黒くなった気がした。





 巨木から程近い場所に、高い鉄柵が立ち並ぶ広大な敷地が見えた。

 敷地内は外灯によってポツポツと照らされているが、大部分は真っ暗だった。


 奥の方まで視界が通らない為に、正確に幾つの建物が在るのかは分からないが、中央辺りに巨大な館が存在する事は判る。

 建物の(しつら)えは時代を感じさせる物が多く、最新型の魔導灯の明るい光と古臭い建築の組み合わせは、一種異様な風情を感じさせた。

 私達を背に乗せたクサントスは、敷地を囲う柵を飛び越え、中央建物の正門前に降り立った。


 『我が名はクサントス。客人を連れて参った。

 デーメーテールと眷属達…我が呼び声に応じよ』


 静かだが何処までも伝わる強い音。

 クサントスの声は、夜の闇の中を浸潤するかの様に伝わった。

 程なくして建物の扉が開き、薄いナイトドレスの上から肩掛けを羽織った女性が、伴を連れて姿を現した。


 髪は漆黒。瞳は深紅。

 黒くて深い長髪は夜と混ざり合い、彼女の輪郭を曖昧にしている。

 対して肌は抜ける様に白く、闇の黒と反発してハッキリとその姿を浮かび上がらせていた。


 目は大きいが彫りはそれ程深くなく、幼さを感じさせる東方民族の顔立ち。

 対して鼻と唇は小さく、北方民族の特徴を残している。

 北と東、両方の特徴を混ぜた様な彼女には、独特な魅力があった。


 「遅かったわね。もう寝るところだったのよ?」

 『悪かったのぉ…安全な道を選んで遠回りしたのでな。

 いい加減、結界の揺らぎを修復せんか…邪魔でしょうがない』

 「この娘がフレイスティナ…ね…それと…」

 デーメーテールは私達の顔を覗き込んだ。

 対して、私達も彼女の顔に釘付けとなった。


 「こ…この…顔は…」

 「クラウディアちゃん?いくら血族だからって…」

 私達は彼女の顔を見て、呆気に取られた。

 呆気に取られたのは私達だけでは無かった。

 彼女が連れている供回りも、私の顔を見て目を見開いていた。

 『こらこら、指を差すな…お前達、挨拶せんか』

 クサントスの呆れた声が皆の頭に響いた。


 私は、咄嗟にクサントスの背から飛び降りて、彼女の前に跪く。

 デーメーテールは神妙な顔のまま、ゆっくりと頷いた。


 それを見たカーティは、慌てて降りようとしてクサントスの背中に足先を引っ掛け、バランスを崩した。

 そのままワタワタしながら転げ落ち、地面に顔を叩き付けて海老反りになった。


 「ぷっ……あっははははっ!!」

 突然、デーメーテールが笑い出した。

 震えながら膝を叩き、大声で爆笑している。

 先程までの威厳のある彼女の風情は掻き消え、みっともなく腹を抱えている。

 供回りがワタワタしながら宥める中、私は口を開けたまま彼女の様子を見つめていた。


 「デーメーテール様、どうしたニャ!?」

 彼女の笑い声を聞いて、館から黒猫が飛び出して来た。

 「あ…ニグレド!」

 「あっ!クラウディア!」

 ニグレドは私を見つけると、私の腕に飛び込んで来た。

 「デーメーテール様!コレがクラウディアにゃ!

 どう?似てるでしょ?

 …なんで笑ってるにゃ?」

 身体をくの字にしながら馬鹿笑いするデーメーテールを見て、ニグレドは首を傾げた。


 カーティは、顔に泥を付けたまま立ち上がり、デーメーテールの前に跪く。

 キリッとした真面目な彼女の顔から、泥のパックが剥がれ落ちた。

 「やめてぇっ!やめっ!この馬鹿!あはははっ!」

 再度、彼女の顔を見たデーメーテールは、腹を抱えながらしゃがみ込んだ。


 夜空に響く魔女の笑い声を聞きながら、クサントスは盛大な溜息を吐いた。




 挿絵(By みてみん)

 デーメーテール

デーメーテールちゃんは笑上戸。

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