◆4-162 血縁
クラウディア視点
「お見事です。よく調べましたね。
血縁の事は、ガラティアから聞いたのかい?」
メンダクスが拍手しながら私とクサントスの会話に割り込んで来た。
全く驚いていない彼の様子から、私がデーメーテールの血縁である事は知っていたらしい。
「いいえ。彼女は知りません。
そもそも、私も確証があった訳ではないのです。
賭けでしたね。当たって良かったです」
私の言葉に対して目を細めるメンダクス。
…嘘は言ってないのだけれど。信用ない?
100%でない事は全て賭けだからね。
「ガラティアは、デリアがホーエンハイムの血統である事を知りません。…少なくとも今現在までは。
…今後、開放される彼女のアーカイブには記される事になるかもしれませんけど…」
…ガラティアのアーカイブは欠落が多いし、必要な時に必要な事を教えてくれる訳じゃない。
何故、ガラティア事典がそんなに不便なのかは、だいたい想像つくけれど。
「ソルガ原書…貴方達がその様に呼んでいる古書ですが…、それに書いてあったのでは?」
帝国の本屋で手に入れた古代本に書いてあった内容は、試しの儀には関係無い。
原書の本来の著作者も、デーメーテールが勝手に書き足した古代文字の内容も。
過去に誰かが、デリアが手を加えた古書を『正体不明の伝説の魔導具士・アルダライア=ソルガの古代本』だと言って売り捌いたのだろう。
古代文字が無いと、意味の分からない図形が書き記されただけの古い本。
当時の人々に、字の無い本の価値を解する事は無理がある。
アルダライア=ソルガはデリア本人だから、完全な虚構でも無いのだけれど。
「ソルガの書に書かれていた古代文字の覚書。
それを解読して得た内容は、デーメーテール様がガラティアの姉であった時代の記録。
デリア女史が古代東方文字で記した、ただの日記です」
あの本から得た情報だけでは、我が家のデリアとの繋がりは分からない。
分かるのは、言語学者デリアの知識量の凄さとガラティア姉妹の仲の良さ。
過去を思い出したガラティアは、デーメーテールに遭いたくなったようだ。
「ならば、いったい何処からデリアとホーエンハイム、それと、デーメーテールと貴女との繋がりを知ったのかな?」
特徴の無い顔には似合わない特徴的な笑顔。
ヒトの笑顔とはコレだろう?と見せつける様に、以前の顔と同じ口角の上げ方をするので、少しキモい。
そんなに知りたい事なのかな?
別にどうでも良くない?無関係な第三者にはさぁ…
ま…別に知られても構わないのだけれど…。
説明するのが面倒くさいなぁ…。
でも一応は上司で魔人だし、機嫌を損ねる意味も無し。
仕方無い、教えてやるか。
「それは…デーメーテール様の好む植物です」
「彼女の好む植物…?」
予想外の答えだったらしく目を丸くした。
「そういえば…確かに彼女は多種多様な植物を育ててはいる。
だが、どれが特別に好きだとかは…知らないな…」
顎に手を当てながら考え込んでいる。
「そういえば、回収した本に植物図鑑がありました!養母様!
デリア様は植物がお好きだったのでは?」
「おお、そうだったな…
デリア著・失われし古代植物図鑑だったか?
…巫女の好みはデーメーテールも好む。
貴様はデリアの好みから、彼女が自分と繋がっていると予想したのか?」
ファーディア王子が会話に横入りし、同じ口から発せられる男の子の声と女性の声が、私の話を補足する。
私は頷いて口を開いた。
「デーメーテール様の管理する黒の森で、フィクス・ヴェネナータに絡みつかれている多くの木を見ました。
…見るも無惨な姿に変わっていましたが…」
あの木は私の良く知っている木だった。
私の故郷、北国の寒い地域によく在る高木。
それが何故か黒の森に生育していた。
湿度・温度を管理し、手間暇かけて育てないと、故郷の雪国に在る物と同じ高さまでは育たない。
それが、私の故郷程の物ではないが、かなりの高さまで育っていた。
その事から、地域一帯の環境を操作してまで育てていた事が分かる。
「そんな生育の難しい高木を、わざわざ温暖な地で育てたのは…」
「…故郷の再現…ですね」
メンダクスの言葉に小さく頷いた。
戻れない事を知っていたから、今の土地で環境を再現したかった。
デリアの子供じみた我儘だったのだろう。
何故かメンダクスとファーディアの瞳が揺らぐ。
目の前を見ている筈なのに、二人の視線は遠い。
「そして…」
私が口を開くと、二人の視線は私に戻った。
「…我が家にはデリア女史の著作本が数多く遺されておりました。
…私のお気に入りだったのです」
正教国の中央教会図書館にさえ収蔵されていない超稀少本が、我が家には、ほぼ全巻揃っていた。
そして、巻末の署名と手書きの字体が同じだった。
つまり、写本ではなく原本。
作者がその土地で著し、その土地で写本や印刷をした場合、原本の買い取り権限一位はその土地の領主にある。
著名な作者でない場合は買い取り権限を他者に売却する事もあるが、デリア女史は植物学者としても名が知られていた。
「ほとんどは既に焼失し、残りは盗まれてしまいましたけれど…」
思い出したくはない記憶。
夜の闇の中、遠くからでも見えた館の炎。
エリシュバ王女が、少し居心地悪そうにしている。
「…成る程。
デリア女史が手掛かりを残していたのですね。
ホーエンハイム領地と繋がっている知識ある女性。
しかも著名な研究者となれば、高位貴族である可能性が高い。
かの地で高位貴族ならば、ホーエンハイムの一族であると考えるのは当然…」
メンダクスがブツブツと呟き、ファーディアがホウホウと頷く。
「そして…レクトスとニグレドが私をデーメーテール様と見間違えた事も…」
「魔力の質は血縁で似る…ですね」
メンダクスのヘラヘラした笑みは消え、神妙な顔で相槌を打っていた。
「ええ…聖獣達は人の違いを本人の魔力の色や形で見分けるそうですね。
彼等が見間違うと言うことは、私とデーメーテール様の魔力の色に、ほとんど差異は無い…」
「ええ…かなり近い者と言えるでしょう」
「たしかになぁ…外見を見なければ、ワシも見間違っただろう。
始めはデーメーテールの奴が、キ…メンダクス達の様に『種の研究』でもしているのかと思ったからのぅ。
だが…アレはそういう行いを忌避していたしな」
…乗り移りを忌避か…。
彼女が子供達と敵対しているのは、その辺りも関係あるのかな?
「確かに納得致しました。
複数の線が、貴女とデーメーテールの巫女を繋いでいたのですね。」
メンダクスは再び笑顔に戻った。
ただ、先程迄の違和感のある笑みではなく、より自然な表情になっている。
「貴方は既にご存知でした様ですけれど…?」
反射的に嫌味が出た。
面倒くさい説明をダラダラとさせられた鬱憤が、僅かに吹きこぼれた。
「デリア女史からホーエンハイムの事は聞いておりました」
彼は、それを嫌味とは受け取らずに応えた。
「それ故、歴代のホーエンハイム領主とは交流を持っていたのですよ」
だから私の父や母とも懇意だったし、小さい頃の私達にも会っていると、彼は教えてくれた。
『愉しげに話している所、スマンがな…』
私達の会話中、微動だにせず黙っていたクサントスが、突然動き出して声を掛けた。
『扉が繋がった…いつでも出発出来るぞ』
別れの刻限を告げてきた。




