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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
260/287

◆4-160 異空の漕ぎ手 クサントス

ヴァネッサ視点




 『久しいのぉ、雪帽子。

 …それとキサマは雷小僧か?

 大きくなったのぅ…。見違えたぞ』

 「お久しぶりで御座います。クサントス様」

 「あの時…僕達を助けてくれた聖獣様…」

 『二人とも無事に生き延びたのぅ…善き哉』

 「全ては貴方様のご助力の御陰で御座います。

 その節は……」


 自分より上の身分を持つ生徒達や、帝国の王族とその側近達にすら雑な態度をとるクラウディアが、突然現れたクサントスと呼ばれる『何か』に対して恭しく接している。

 クラウディアのクサントスに対する感謝の心情と、クサントスのクラウディアとデミトリクスに対する慈愛の心根が、二発する『音』を通して私に伝わって来た。


 「こらこら、子供達より先に私に挨拶をせんか。我が友よ」

 二人の会話にメンダクスが横入りした。


 『ああ…まだ居たのか?キロン。もう帰って良いぞ?』

 「クサントス…言い草!」

 『ははは…冗談だ。友よ。

 …しかし、また入れ物を変えたのか?

 昨日の今日で、落ち着きの無い奴だな』

 「長く入ると()()()のだから仕方無かろう…?

 気を遣っているのだよ。私はヒトが好きなのでな」

 「はっはっはっ…相変わらず奇特な奴だ。

 善いぞ…善い善い…」

 メンダクスとクサントスは、クラウディアを挟んで談笑しだした。


 …現実味が無い…

 さっきまでは女神様で、今は何?

 メンダクスさんも人間じゃない。

 マリアベルと同じなの?

 ()に二人…()()のを感じる。


 メンダクスの流した血から酷く濃い魔素が溢れたと思ったら、それが撚り合わさって紐状に成り、空中へと伸びた。

 彼がその紐を手綱の様に引っ張ると、クサントスと呼ばれる『何か』が突然現れた。

 …その様に、私には視えた。


 クサントスの声は私の鼓膜を通らず、直接眼球の裏側に届く。

 対して、二人の声は鼓膜から入る。

 頭の中を介して3人が会話している様で、混乱する。

 周囲からも、彼等の会話に困惑する感情が聴こえてきた。


 「黒い馬の…魔獣…?」

 「メンダクス様と対等に話せる魔獣など居るのか?」

 「()()クサントス様だ。

 決して失礼の無い様に…」

 「あの御方が伝説の…?」

 背後から聞こえるざわめきが、()()の形と立場を教えてくれる。


 …馬…?…皆には馬に見えているの?

 これが?…いえ、この御方が?


 皆の見えている彼と、私の視えている『彼』とはまるで違う形らしかった。


 皆の見る世界は物質の形。

 私の視る世界は精神の形。

 魔力の形は精神に依存している。

 そして力ある者達は、特に異質な形を持っている。

 これまでに私は、幾度も自分の()を通して『力ある者』を視た。


 ルティアンナに始まり、昨夜はマリアベル。

 日を跨いだだけで、ガラティア様に、メンダクス、クサントス…。


 私の直ぐ側に居るルティアンナ。

 初めて彼女を視た時に『力ある者』の存在を知った。

 彼女は、人の形を持つ『無限の蛇が這い出る底無しの沼』。

 彼女を直接()()と鳥肌が立つ。

 相対する時は、彼女の本体からは()を逸らして末端だけを視るようにしている。


 パエストゥムの村で遭ったレクトスとニグレド。

 眩しくて美しい角を持つ一角獣と、猫に似た形の柔らかな球体。

 彼等は『暖かな日差しの中の布団』。

 思わず抱きしめたくなる。


 マリアベルの中身は『溢れ出る粘体』。

 ガラティア様は『荘厳な(いしぶみ)を抱く霊廟』

 メンダクスは『透けて歪む人形(ヒトガタ)』。


 そんな彼等とクサントスは違う。

 より、ルティアンナに近い感情(かたち)

 そして、彼女とは違う恐怖の体現。


 彼は『一寸先も視えない深い洞穴』。

 空中に空いた深淵に視える。

 気をしっかり持たないと、落ちてしまいそうになる程に濃い奈落。

 私の魔術式(反響)が吸い込まれてしまう様な感覚に陥る。


 …彼は普通の魔獣や聖獣じゃない。

 クラウディアは彼の本質を知っているの?

 デミトリクスは?

 彼等にクサントスの本当の姿を知らせるべき?


 そんな事を考えていたら、クサントスがこちらを視て笑った気がした。

 私は反射的に眼を逸らし、俯いた。



 …面白い娘だ…実に…

 雪帽子や雷小僧とはまた違う…

 ヒトより我等に近しい娘か…実に…興味深い。

 長生きはするものだ…


 私の頭の中にクサントスの声が響いた。

 驚いて思わず顔を上げた。


 …ひっ…!


 深淵の中に人の顔が浮かんでいた。

 白髪白髭の好々爺がニコニコしながら私を見つめている。

 身体は無く、黒い円の中に老人の顔だけが浮かんでいた。


 …うん?キサマは雷小僧の縁者か?繋がっておる…


 老人の目が私の眼を固定する。

 …逸らせない…


 …そう怖がるな。

 とって食ったりはせんよ。


 彼は優しく声を掛けてくる。

 けれども本能が私の身体を震わせる。 


 …逃げてちゃダメ。

 彼の本質を()定めないと…

 私は意を決して口を開いた。


 …貴方は何ですか?

 クラウディアは何故貴方を呼んだの?  

 デミトリクスは貴方の本質を理解しているの?


 彼は、面白いと言いながら口を開いた。


 …怯えたかと思えば喧嘩腰。

 猫を前にした鼠の様に()いのぅ…

 キサマは雷小僧の伴侶か?ヒトの成長は早いものだのぉ…

 道理で、雷小僧が見違えた訳だ。

 成る程、成る程…


 私は気圧される心を奮い立たせ、彼を正面から見据えた。


 …善い善い。

 別に隠す事でも無し。

 ワシはつまらぬ案内人。

 異界を渡る舟の漕ぎ手。

 ただ…それだけの存在。


 私は本能的に理解した。

 彼の背後にある穴。

 それは()()なのだ。

 この世では無い世界へと続く道。


 …ほぅ…見えぬ者程、視えるのか。

 善き娘だ、気に入った。

 キサマを我が眷属にしてやろう。


 …えっ?何?

 考える前に彼が一声吠えた。

 突然、私の眼の前に魔法陣が現れて強い光を放った。


 我を喚ぶ法、授けよう。

 雪帽子すら知らぬ禁呪故、決して他言無用。

 遭いたければ喚ぶが善い。

 …キロンには内緒でな…



 「……など…という事が御座いまして…」

 『ほぅほぅ…成る程なぁ。

 つい先日の如く感じるが…人の時間は早いものよ』


 クサントスとクラウディアの会話で、私の意識が引き戻された。

 彼等の会話は先程迄の続き。

 時間は数瞬と経っていない様だった。


 …夢?…じゃない…


 頭の中に刻まれた魔法陣がハッキリと視える。

 見たことの無い文字で装飾された円陣の意味が解る。

 私がクサントスを視ると、彼は私の頭の中で微笑した。


 …眷属…?私の意思は…?


 「雑談を愉しむのも良いが、穴を維持し続けるのも疲れる。

 そろそろ本題に移るとしよう」

 メンダクスが会話を止めてクラウディアの背を押した。


 「この雪帽子には望みがあるそうだ。

 私に免じて聞いてやってくれ」

 クラウディアの頭に手を置き、ポンポンと軽く叩く。

 彼女は嫌がる素振りを微塵も見せず、静かに頷いた。


 『望みは理解しておるよ。

 雪帽子…キサマも数奇な運命に絡まっておるなぁ…。

 平穏無事な生活を望めばヒトとして死ぬる運命を辿れるのに、わざわざ難所に挑むとはな。

 ワシが助けた意味が無くなるではないか…』

 クサントスは、溜息の様な黒い息を吐きながら愚痴をもらした。


 『それに…キサマの望み、叶えられるか否かは別の話だ』

 彼は、昔馴染みだろうと手心を加える気はないぞと、釘を刺した。


 「それも承知の上で御座います。クサントス様。

 どうか、私に新たな『試し』を…」

 クラウディアは、真剣な面持ちでクサントスの瞳をじっと見つめた。

 『ふむ…仕方無いのぅ…。

 ただし一度だ。失敗したら終わりだ。

 その時は、今迄通りキロンの庇護の下で一つしかない命を繋ぐが善い。

 北の魔導具も諦めろ…ガラティアには悪いがな』


 クラウディアは、彼の言葉に黙って頷いた。




挿絵(By みてみん)

クサントス

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