◆4-155 ソルガ原書とガラティアの顕現
「皆様、ご協力ありがとう御座いました」
エレノアが頭を下げる。
『紫の契約印』の儀が終了し、皆、首を回したりしながら体をほぐしていた。
次にエリシュバが立ち上がり、口を開く。
「お約束通り、これから皆様には両国の秘宝をご覧いただきます」
そう言って、カーティの方を振り返った。
「カーティ教授…我が図書館から持ち出された本の返却、お願いします」
「えっ?やだけど?」
そう言いながら、読んでいた本を抱え込む。
カーティは相変わらずの平常運転だった。
帝国の王女に対しても変わらない、ふてぶてしい態度。
「…これから、内容を解説して差し上げますと言ってるのですよ…?」
「解説はクラウディアちゃんが行うのでしょう?
貴女に返す必要ある?」
ニコリとしながらも、譲る気が無い。
その時…
ゴンっ!
「っいってぇ!」
いつの間にか背後に立っていたクラウディアが、思いっきり拳骨を振り下ろした。
カーティから出た悲鳴は、女性のモノではなく男の声だった。
「な…!?何で??
表にカーティ出してたのに、何故、俺に痛みが?」
クリオシタスは頭を抑えて机に突っ伏した。
「面倒臭い遣り取りはいらん!早く出しなさい」
そう言いながら、クラウディアはカーティの背中にいきなり手を突っ込んだ。
「えっ!?…おいっ!こらっ!…やん!ダメ!」
男声と女声が入り混じる。
悶えるカーティを無視してクラウディアは乱暴に背中をまさぐり、服の裏地に手を掛けた。
「こんなにしっかり縫い付けて…手間掛けさせるな!」
大声で怒鳴りつけながら、力任せに裏地を引き裂く。
「きゃあ!」
二重になっていた布の隙間から、油紙に包まれた古書が出て来た。
「…何で…分かったの…?
せっかく、偽造本まで用意してきたのに…」
肩をはだけさせたまま、彼女は涙目で問う。
クラウディアは質問を無視して本を掴み取ると、そのまま自分の席に戻った。
「さて、次は私だな」
王帝が立ち上がった。
彼の向かう先は、応接室入口正面にある巨大な時計の前。
彼が盤の端にある穴に手を突っ込み、穴の奥にあった引手を引くと、ガコンと音がして時計の針が止まった。
止まった大きな長針を両手で掴むと、深呼吸した後に息を止めて力を入れた。
長針がゆっくりと動き出す。
彼はそれを真下を向くように動かした。
そして、それと同じ事を短針にも繰り返す。
長針と短針を真下の位置で合わせた後、引っ張った引手を元に戻した。
文字盤横の装飾が浮き上がって左右に開き、中から金庫が現れた。
「へぇ…隠し金庫かぁ…」
ジェシカが目をキラキラさせながら呟いた。
「金目の物は無いわよ。議事録の写しだけ」
「…っち…」
エレノアが釘を刺すと、舌打ちしながら視線を外した。
王帝がダイアルを操作して扉を開く。
金庫内に高く積まれた書類束の間から、数冊の本を取り出した。
それらはクラウディアが閉架書庫で探し求めていた、稀少本類、植生記録本等、盗まれて売られていた本達だった。
「これらは市場に流れていた本達です。
発見し、回収しておきました」
エリシュバが王帝から受け取ると、それらをクラウディアの前に丁寧に並べた。
「最後は私ね」
クラウディアは、ジェシカの方に視線を向けた。
「持ってきてくれた?」
クラウディアが声を掛けると、ジェシカは部屋の隅に目を向けた。
「鍵の開け方を忘れちゃったから、父ちゃんに箱ごと運んでもらった」
ジェシカが目配せするとオマリーが立ち上がり、部屋の隅の棚の背後に置いてあったクラウディアの長持を、肩に乗せて運んできた。
「ここで良いかな?」
クラウディアが頷くと、オマリーは席の横に長持を置き、鍵束を彼女に手渡してから席に戻った。
クラウディアは、複雑な手順で解錠して隠し棚を引き出す。
二重底の下から、彼女が入手した古代文書が現れた。
クラウディアの目の前には数冊の古代文書と稀少本。
カーティが盗んだ本。
王帝が買い戻した本。
クラウディアが買い取った本。
「やっと…揃った…」
感無量の様子で、彼女は呟いた。
大勢とは言えないまでも、少なくない人数が居る応接室。
だが、唾を飲み込む事すら躊躇われる雰囲気により、部屋は静寂に包まれた。
これから起こる事を知っている者も知らない者も等しく、クラウディアの一挙手一投足を見逃すまいとして目を凝らしていた。
◆◆
「これから貴国と私の秘密を開示します。
話して良い相手は自分自身。
考えて良い場所は頭の中。
当然ながら、この事は他言無用です。
刻印に命じます」
皆、真剣な目で彼女を見つめながら了承した。
クラウディアの言葉と彼等の応諾に呼応するかの様に、全員の刻印がほんのりと薄く光った。
クラウディアは、そっと目を閉じて口を開く。
「鍵の欠片を用意しました。
ガラティア…盟約に従い、姿を現しなさい」
クラウディアが神の名前を呼ぶと、膨大な魔力の波が噴き出し、彼女の全身がほんのりと光り輝いた。
再び目を開けた彼女は、いつものクラウディアでは無かった。
「神の顕現だと…!?」
全員が事の大きさを理解し、息を呑んだ。
姿形に違いは無いが、心の中では彼女が本物であると理解してしまい、皆、混乱している。
彼女の発する異質な魔力と雰囲気に圧倒され、頭では否定しても心が肯定してしまう。
胸を押さえて頭を垂れる者まで出た。
ジェシカやカーティですら、頬が染まり、彼女の姿に高揚した。
ガラティアと呼ばれた彼女は、初めに自分の両手を見た。
その後キョロキョロと周囲を見渡し、自分に注目する人達を一瞥した。
そして机の上の本に目を遣る。
「ふふ…アルダライア=ソルガ…ねぇ…」
彼女は相好を崩し、大切そうに本を見る。
「発音からとったの…?デリア…。
手掛かりを…ありがとう」
独り言を呟きながら、ほんのり輝く手で古書に触れた。
ガラティアが机の本に軽く触れると、ひとりでに表紙が開き始める。
彼女は、机の上にあったインク壺の蓋を開け、ペンを手に取った。
「さて…と、お仕事を…始めますか…」
パラパラと捲れる本の内容を、彼女は素早く目を動かしながら確認していった。
「エラー…修正します…。エラー…修正します…。
致命的なエラー…知識データを参照。データを元に補完します…」
機械音声の様な独り言を呟きながら、ペンとインクで本に何かを書き加えていく。
全員が息を呑んで彼女の行動を見守った。
◆◆◆
本の修正を終えた後は、ガラティアによる太古の技術と歴史、高次元の場から発する魔素の原理に関する講義が行われた。
「…以上をもちまして、講義を終了致します。
皆様…ご清聴ありがとう御座いました」
僅かに瞳を光らせながら、ガラティアが頭を下げる。
瞳の光が鎮まると、彼女はクラウディアへと戻っていた。
クラウディアの目の前には、多数の修正が書き加えられた古書や稀少本が並んでいた。
修正跡を嬉しそうに眺めるエリシュバとカーティ、そして一緒に覗き込むファーディア王子。
頭から湯気を出して机に突っ伏す、オマリーとジェシカ達。
世界の真実を知り、溜息を吐く王族。
興味深くクラウディアを見つめる諜報員達。
侍従達の中には感涙している者まで居た。
初めは半信半疑だった者達も、ガラティアの途方も無い知識の奔流を直に受け、既に疑う者は居なくなっていた。
「この事は、この場の者達だけの秘密です。
この部屋を出たら、次にガラティア様の御姿を見る迄、この事を忘却しなさい。
刻印に命じます」
エリシュバが声を掛け、全員が応じると、首の刻印が再び光輝いた。
その後、王帝の挨拶が行われ、解散する事になった。
王帝と側近達が退室し、夫人達と三王子、その部下達が続いて退室した。
エレノアは側仕えとして付けられた侍女長を先に退室させて部屋に残り、内側から鍵を掛けた。
部屋にはエリシュバとファーディアを除くと、数名のトゥーバ・アポストロとカーティ、クラウディア達だけが残った。
「さて…私の選択に彼はどう反応するのかな?」
クラウディアは小さく呟いた。
あけましておめでとうございます。
突然ですが、1週間程正月休みをいただきますm(_ _)m。
もう少しで4部終了なのだけど…ね。
おせちの用意やら何やら、普段よりお正月の方が忙しいと思うのですけれど…(-_-;)疲れた…




