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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
253/287

◆4-153 紫の刻印

第三者視点




 総括が終わり、王帝とエレノアが着席する。

 本来ならば此後、老年の侍従長から解散の挨拶があり、身分の順に退室していく。


 その侍従長が歩き出す直前、突然エリシュバ王女が立ち上がった。

 予定に無い彼女の行動に、皆が首を傾げる。

 何だろうとざわめく中、彼女は一つ手を打ち、皆の耳目を集めた。


 「さて、これで大公家(わがや)宿題(かだい)は終わりました。皆様お疲れ様でした」

 にこやかに微笑みながら、兄達を労う彼女。

 本来ならば侍従長の役目。

 予定外の彼女の行動に、侍従長は目元の皺を小さく動かした。


 「続きまして、これから正教国と帝国の双方の仲を深める為、秘奥の共有を行いたいと存じます」

 彼女の言葉の内容が理解できず、侍従長達やスクリプトゥーラの者達のみならず、トゥーバ・アポストロの皆も顔をしかめた。


 ルコックが挙手をして発言の許可を求めた。

 「姫様…突然の事で理解が追い付かないのですが…。

 おっしゃる事は、帝国と正教国の極秘情報を提示して見せ合え…と言う意味ですか?」

 彼女は人差し指を口元に当てながら天井を見上げ、少し考えてから軽く肯定した。

 「…そうね。そう言う意味()あるわね」

 ルコックは露骨に顔を引き攣らせた。


 「エリー…?貴様の意図がわからん。

 我が家の恥程度なら赤面すれば済む話だが、手の内は命に関わる。

 例え大恩ある教皇猊下に対しても、言えない事や見せられない物は当然あるぞ?」

 ファルクカルトルが怪訝な顔で彼女をじっと見つめている。

 彼女の真意を測りかねている様子。


 「殿下のおっしゃる通りです。

 スクリプトゥーラ(われわれ)に晒す事の出来ない秘がある様に、トゥーバ・アポストロにも聞かせられない事は、当然、数多御座いましょう。

 何故、その様な事を突然…」

 ルコックはトゥーバ・アポストロの面々が座る席を意識する。

 彼等も、ルコックの意見と同じだという意味で、首を縦に振った。

 両国の諜報部員達が、互いに相手を見ながら嫌そうに見つめ合う。

 その様子を、エリシュバは面白そうに眺めていた。



 「…このキツネ…早く説明なさいよ…」

 いつまでも場を収めようとしない彼女を見て、エレノアがブチブチと呟きながら立ち上がった。


 「皆様のご懸念はごもっとも。説明させて頂きます。

 これから行われる緊急会合(ざんぎょう)は国からの要請ではなく、わたくしと、極一部の()()の方々の要請に依るものです」

 そう言いながら、王帝やエリシュバに目を遣った。


 「そして、これから公開する内容は両国の秘と言えるもの。

 今この場に居るのは、その秘に触れても良いと判断された、信頼に足る者達のみです」

 彼女はスクリプトゥーラ、トゥーバ・アポストロの面々、壁際に立つ侍女長、そして近衛護衛役を兼ねた侍従長達を見渡した。

 皆、顔には出さないが、困惑している様子だった。


 例外はクラウディアの席の面々とカーティくらい。

 どんな発表内容でも変わらずに遊んでいるルーナや、欠伸をしているジェシカの態度は異様に見えた。


 「当然ですが、信頼されたからと言って聞きたくも無い事、見たくも無い物を無理矢理見せられるのは嫌だ…と言う方もいらっしゃるでしょう。

 自分は国に忠誠を誓っているのであって、わたくしや王帝個人の要請に応える義理は無い…という信念の方も居らっしゃるでしょう。

 その方々は、この後すぐに退室いただけます」

 幾人かが顔を見合わせ、ざわつき始めた。


 「勿論、退室したからと言って、なんら罰せられる事は御座いません。

 なにせこれは、『魔…』」

 エレノアが言い掛けたところで、エリシュバが止めに入った。


 「待て!待ってよ!!

 ああ…!もうちょっと楽しみたかったのに!

 私の仕事!私が説明するわよ、もう!」

 そう言いながらエリシュバが横入りした。


 「我が国の晒す物は帝国の秘宝。

 正教国が晒す者はエレノア様の秘宝。

 帝国が持つ秘宝とは何か?

 その価値はどの様な物か?

 この意味が分かりますか?」

 ルコック等の、長の地位に居る幾人かには思い当たる節があるようで、大きく目を見開いて口を噤んだ。

 その様子を愉しむ様に、エリシュバはニヤリと笑った。


 「そうです。

 これから公開される事は、『魔女様案件』です」


 事の重要性を悟った者達は全員口を噤み、理解出来ない者達が騒ぎ出す。

 どういう意味だ?と尋ねるリオネリウス。

 聞かれても答えられずに困っているセタンタ。


 「つまり、魔女様(おかあさま)からの依頼で御座います」

 そう言って、エリシュバは(うやうや)しく頭を下げる。

 ルコックは溜息を吐きながら、小声で何事かを呟いていた。


 エリシュバの礼に呼応する様に、続けてエレノアが口を開いた。

 「絶対の忠誠を持つ者以外は知ってはならない。

 墓石の下に入っても話してはならない。

 これから公開する物事を、視た者・聴いた者達は、わたくし達に協力せねばならない。

 代わりに、それなりの地位と報酬を約束しましょう。

 自身の魂に対する誓約が必要な案件です」

 騒いでいた人達は、ようやく事の重大さに理解が追い付き、顔を引き()らせた。


 エリシュバが再び口を開く。

 「その為に、忠誠に揺らぎのある者や秘密の保持に自信のない者は勿論、理由も分からずに協力する事を(いと)う方々には、即刻退室願う…という意味です」

 彼女は念を押して、警告を繰り返した。


 エレノアとエリシュバは交互に口を開き、お互いの言葉を補完しあう。

 (あらかじ)め読み込まれた台本の様に、息の合う二人。


 「当然ですが、聴いた後に協力を拒否する事は出来ません」

 エレノアが軽く会釈をする。

 「覚悟の出来た方のみ、この場に留まり下さいませ」

 エリシュバも軽く会釈をする。


 「「覚悟の出来た方々には、期間無期限の『紫の刻印』を刻ませて頂きます」」

 二人の声がピタリと重なり、部屋の中で反響(こだま)した。



 『刻印』

 特定の行為を強制する為に用いられる契約の刺青(いれずみ)

 正式名称は『契約の刻印』。


 紙の契約(しんれいけいやく)等とは違い、非常に強い強制力を持った契約。

 相手の尊厳問題や受認の可否、材料の入手難度により使用が難しく、公には用いられない。

 また、知る者も少ない。


 まず、魔獣の血を使用してインクを作る。

 強制する物事に合わせて作成・改造した魔術式を、そのインクで直接皮膚に刻み入れる。

 魔術式は、銅貨程度の大きさから兌換紙幣並の大きさまで、設定する内容や複雑さにより様々。

 魔獣の血が、刻まれた本人から魔力を吸収し、魔術式の形を維持し続ける。

 契約に反した行為を行うと、刻まれた魔術式が自動的に発動し、決められた結果を行使する。


 魔術式発動の原因に、本人の自由意志があったかどうかは無関係。

 操られていようが、強制されていようが、魔術式は考慮しない。

 機械的に、組み込まれた(プログラムされた)結果が発動する。


 使用する(インク)の元となる魔獣の格によって、書き込める魔術式の制限が変わる。

 格の低い魔獣の血ならば、身体や精神への軽い強制のみ。

 痺れや吐き気、目眩、軽い幻覚や幻聴など、生活に支障の出るくらい。

 だがそれが、格の高い魔獣の物ならば、命にも手が届く強制力を発揮する。

 そして、もしそれが聖獣由来の物ならば、魂を束縛する事も可能。

 死後に身体を利用されようとも、刻印箇所が崩れ落ちて無くなろうとも、契約した式が発動する。


 軽い強制ならば『黒の刻印』

 強い強制ならば『赤の刻印』

 魂の強制(そくばく)ならば『紫の刻印』


 刻印の残存期間、相手の意思、そして法律等。

 各種要因に依って彫込可能な刻印が決定される。


 『黒の刻印』は相手の意思を無視して刻み込める。

 刻印の残る期間は短期間。

 主に、犯罪者の労働奴隷契約にのみ使用され、逃亡すると発動する。

 一部の犯罪者集団が違法に使用する事もある。


 『赤の刻印』は相手が受け入れないと刻めない。

 刻印の期間は魔術式の内容に依る。終身も可能。

 主に、各国の諜報部の長等、重要な機密に触れる可能性の高い者に刻み込む。

 また、王族が護衛騎士に刻む事もある。

 (インク)の入手難度の為に、用いられる事は滅多に無い。


 『紫の刻印』

 基本は赤の刻印と同じだが、魔術式の内容や刻印の期間に制限が無い。

 だが、そもそも聖獣の血を手に入れる事が前提条件。

 魔人や魔女に連なる者達くらいしか行使出来ない。



 「なっ!」

 ルコックはいきなり立ち上がり、叫んだ。

 「姫様!この場の全員ですか!?

 陛下を含めて?紫を?」


 「勿論だ」

 彼の言葉に応じたのは、王帝本人。

 「それだけ拡めてはならない案件だと言う意味だ」

 落ち着いた声で淡々と述べる姿に、ルコックは続く言葉を飲み込んだ。


 「成る程」

 次に声を上げたのは、ファルクカルトル第一王子。

 「父上が納得しているならば問題無い。

 エリー、早くしろ」

 そう言って、早く刻めと催促してきた。


 ゼーレべカルトルは無言で袖をまくり上げ、少し逡巡したリオネリウスも上着を脱ぎ始めた。


 レヴォーグ家の面々の様子を見て騒ぎは鎮まり、スクリプトゥーラのみならず、トゥーバ・アポストロの者達も、どこに刻もうかと話し始めた。

 刻まない事を選択し、退室する者は皆無だった。


 「「皆様のご決断に感謝を…」」

 エリシュバとエレノアが双子の如く頭を下げた。

 「…ヴァネッサ、…お願い」

 クラウディアが声を掛けると、彼女は覚悟した面持ちで小さく頷き、立ち上がった。




 

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