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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
251/287

◆4-151 王宮の第三応接室

クラウディア視点




 「そろそろ行くわよ。皆を待たせてるの」

 エレノアは私から顔を背けたまま声を掛けた。

 「ん…?どこへ?」

 「これから枢機卿代理としての仕事があるのよ。

 ………貴女の事も紹介するわ」

 「紹介…?えっ…?」

 私の問を無視して先に行く彼女。

 時折、袖で顔を拭っていた。


 私はエレノアの後を追って部屋を出る。

 扉をくぐると、外で待機していた侍女達が一斉に立ち上がった。

 一人が近くの部屋の扉を叩く。

 すぐに銀装飾の鎧を身に着けた騎士が二人、ガチャガチャと金属の擦れる音を立てて出て来た。

 彼等はエレノアと私の前で(ひざまず)き、護衛としての挨拶を行なった。


 挨拶を終えると、彼等は左右に退き頭を下げる。

 その間を分け入る様に、年嵩の女性が堂々と歩いて来て私達の手前で跪く。

 胸に付けた位を表す紋章から、彼女が彼等の上司だと判る。

 彼女は丁寧な挨拶の中で、エリシュバ王女の命により、側仕えとしてエレノアに仕える事となった旨を述べた。

 彼女の言葉に対してエレノアは背筋を伸ばし、目礼のみで応答する。

 そして、待ち合わせ場所への案内を命じた。


 ほとんど言葉を交わさずに案内を命じるエレノアの立ち居振る舞いは、彼女が王女と同等の地位である事を示している。

 侍女長は彼女の態度に満足し、踵を返して案内を始めた。


 …枢機卿代理…か。

 やっぱりお姉ちゃんは高位なのだなぁ…。


 表向きの司教という地位は仮の物。

 実権としては枢機卿と同等なのだと、この側仕え達は理解していた。

 恐らくは、教皇の耳目(トゥーバ・アポストロ)である事も、王女から聞かされているのだろう。

 表向きの位も枢機卿になってしまえば、トゥーバ・アポストロの指揮権も持つ彼女は、枢機卿達の中でも最高位と成る。

 そうなれば、王帝とほぼ同等。


 教皇派閥や王国派閥に対抗する為の枢機卿推薦だったのだろうけれど…ヘルメスには感謝するわ。

 お祖父様の長い計画が実を結んだわね。


 「紹介…って何?聞いてないけど?」

 ガチャガチャと鳴る護衛騎士達の音に紛れさせ、私は小声でエレノアに文句を言う。


 「貴女の中の彼女の事…。

 確定したら約束してくれるそうよ。

 エリシュバ王女の全面的な支援を」

 「あの女狐…どうやって知ったのかしら…?」

 「昼餐の呼び出しの時じゃないの?

 それか、学校での監視からかも。

 確信は無いから確認してくれって言われたわ。

 …これからは視線だけでなく、盗聴にも気を付けなさい」

 「は〜い…ところで誰に知らせるの?

 あまり大っぴらにはしたく無いのだけれど?」

 「主要な人物だけよ…多分。

 相手は厳選してるけれどね…。

 一応ヴァネッサも用意したから、彼女を利用しなさい」

 「…いつかは晒さないといけないとは分かってたけど、こんなに急に来るとは…」

 侍女長を先頭に、エレノアは真っ直ぐ前を向いたまま歩き続けた。


 大きな扉の前に着く。

 「第三応接室で御座います。こちらで執り行われます」

 侍女長が足を止めると、背後に居た侍女が前に出て、扉脇で護る騎士に耳打ちをした。

 彼等は外鍵を外し、一定のリズムで扉を叩く。

 暫くするとカチャリと音がして内鍵が外れ、重厚な扉がゆっくりと開いていった。


 「う…眩し…」

 開いた扉の隙間から金色の光が漏れ出て、私の目に飛び込んできた。


 大きな応接室の南面に設けられた巨大で滑らかな硝子窓からは、多くの昼の光が貪欲に取り込まれている。

 それが北側にある曲面の壁と、そこに掛かる金色の装飾に当たり、その反射光が丁度入口に立つ私達を照らしている。


 入って最初に目に入るのは、入口正面に掛かる人より大きな文字盤の機械時計。

 魔導回路により動く、半永久式壁掛け時計。

 アナログとは違い、緻密な回路が組み込まれているらしい。

 滑らかに動く秒針は歯車の刻み音を立てず、帝国の魔導科学技術の高さを見せつけていた。


 見上げる程高い天井からは、小振りのシャンデリア型魔導灯が光を落としている。

 ただしそれは、一つではなく幾つも垂れ下がっていた。

 その藤の花の様な姿の魔導灯は、全てが最新式。


 それらは全て、招待された客が驚いて入口で足を止める様に計画・設置された装置(モノ)

 帝国の偉大さを見せつける為の舞台装置。


 「威圧?威迫?それとも成金?やらしい造り」

 「そういう事言わないの」

 小声でエレノアに叱られた。


 侍女や護衛騎士達は扉の外で立ち止まり、侍女長と私達が扉をくぐり終えるのを、敬礼姿勢のまま見送った。

 最後尾の私が部屋に入ると、音も無く扉は閉じられ、外から鍵を掛けられた。



◆◆




 この部屋には大きな円卓が複数ある。

 各卓には反乱の鎮圧に協力した者達が座って、各々が好きなように過ごしていた。


 大きな円卓の一つ。

 手前側に実動隊のジェシカ、オマリー父娘。

 演奏で古代魔術の補助をしたルーナとサリー。

 その向かいに座る、狙撃のデミトリクス。

 そして彼の左右には、ルティアンナことセルペンス姉と、ヴァネッサが。


 ルティアンナは、己の顔程もある大ジョッキを片手に持ちながらデミトリクスに絡んでいる。

 …酒壺の蛇と言うより、酒壺と蛇だなぁ…


 身体をくねらせて彼に擦り寄せながら、酒臭い息を吹き掛ける彼女。

 彼の反対側に座るヴァネッサが、それを手で押し返している。

 ヴァネッサはまだ完全に回復したわけでは無いらしく、車椅子に座って参加していた。


 あんなに近くで…。

 少し前まではあんなに怯えていたのに。

 覚悟が決まると意外と強いのね…あの娘。

 …これなら…うん。大丈夫ね…。


 卓の中央にはパックとエインセル。

 卓上の果実に意地汚く齧りつき、テーブルクロスに果汁の染みを広げている。


 一人離れた席で、何処かで見た様な本を貪る様に読み耽るのは、クリオシタスことカーティ。

 彼女は、うんうんと唸りながら解読に集中している。

 時折、頭を掻き毟り、くぐもった声を上げていた。


 そして、彼女の周囲の席にはトゥーバ・アポストロの諜報・警護部隊の面々。

 目だけを隠すハーフマスクを着けている隊員が半分。

 残りは平凡過ぎて記憶に残らない顔か、逆に仮面を着けても特徴があり過ぎて意味を成さない顔の者。

 皆、カーティへの警戒半分、宴会半分。


 経験が浅そうな女性警護隊員。

 手に取ったグラスの飲み物が減っていない。

 顔は向けてなくてもカーティに意識を向けている事が、離れた入口からでもすぐ判る。

 …緊張解かないと疲れるわよ?


 対して、平凡な顔の男性と髭面の強面は、警戒そっちのけで飲み比べの勝負中。

 わざわざ専用の酒樽を卓の横に設置して、交互に相手のジョッキに酒を注ぐ。

 飲みながら下品なギャグで笑っている様子を、新人の女性隊員が苦い顔で睨みつけていた。


 此処までが、正教国側の参加者達。


 イルルカは医務室にて収監・治療中だそう。

 マリアベルの攻撃で、生来の魔石に多大な負荷が掛かった模様。

 脚の魔石と違い、本体の器は然程大きくないから無理は出来ない。


 ハンナも当然欠席。

 アゴラとスカリが子供達を怯えさせたとか?

 ホテルを騒がせた罪でアルドレダも一緒にお仕置きするとか何とか…?

 詳しく知らないけど、ハンナがどこかへ連行したらしい。

 明け方に正教国子息の護衛を引き継いだ帝国の諜報部警護隊員が、半泣きで引き摺られて行く二匹と一人を見送ったそうだ。ナムナム。



 そしてレヴォーグ家の面々。


 ベルンカルトル王帝と夫人達。

 ファルクカルトル第一王子。

 ゼーレべカルトル第二王子と、側仕えとしてのルコック。


 塔から出されたリオネリウス第三王子には、包帯まみれのセタンタが寄り添っている。

 イメディングの化物姉妹相手に、たった一人で()り合って生きて帰ったとか。信じられない化物。

 あの様子では瀕死の重傷だろうに、リオネリウスの護衛役に手を挙げたらしい。

 クリオシタスが同席してるのでは、心配するのも無理ないけれど。


 そしてエリシュバ王女と、彼女の膝の上で果物を頬張るファーディア第四王子。

 こちらは妖精達とは違い、洗礼前の子供とは思えない位に丁寧で綺麗な食べ方。


 リリンことセルペンス妹は、セタンタ以上に怪我が酷く、参加には医局が猛反対した。

 エリシュバからも止められ、エレノアやルティアンナ()に会えない事となり、人生が終わった様な顔で絶望していたとか。

 それを聞いて、流石に可哀想だから、正教国に帰る前にエレノアがお見舞いに行くそうだ。


 帝国側の用意した侍従や侍女が、酒の追加やツマミの用意で忙しなく動き回っている。

 滑らかな足運びから、全員が一流の護衛と判る。

 恐らくは帝国の内務諜報部スクリプトゥーラ。ルコックの部下達だろう。

 全員忠誠度が高く、二心を持たないと断言出来る者達だけを、この部屋に集めた様子。


 この場に居る主人達も従者達も皆、エレノアとエリシュバが厳選した者達。

 トゥーバ・アポストロの顔を晒しても、スクリプトゥーラの作戦内容を喋っても、正教国や帝国の恥部を笑い飛ばしても、誰も驚かないし口外しない。

 それを知っても問題ないと判断された者達だけを、二人が厳選した事が判った。



 私達に一番最初に気が付いたのはジェシカだった。

 「みんなー、寝坊助がようやく来たわよ」

 広い部屋中に彼女の声が響き渡る。

 皆の注目が一斉に集まった。


 …寝坊助で注目されるのは嬉しくないなぁ。


 侍女長の案内に従って、私達はそれぞれ、ヴァネッサとルティアンナの隣の席に着いた。


 ヴァネッサは私の手を握り、ニコリと微笑む。

 「クラウ、私やり遂げたわ!」

 「そうね…見事だったわ。ありがとう。

 …デミちゃんを…よろしくね」

 「えっ…?うん…?」


 ルティアンナはデミトリクスに絡むのを止めて、反対側に座ったエレノアに絡み始めた。

 エレノアは彼女を素手で引き剥がし、光るカーテン(プロテウス)を変形させた光る帯で、素早く彼女を椅子に縛り付けた。

 縛られている間、彼女はニコニコとしながら身体をくねらせていた。

 …縛り付けられて、喜ぶのは何故?ワカラナイ。


 侍女長は案内を終えた後、一礼して壁際へと移動した。


 「皆、此処に一堂会した!」

 王帝が立ち上がり、声を張り上げる。

 全員の喋る声がピタリと止んだ。

 「これから会合を執り行う。

 …エリシュバ、頼んだぞ」

 王帝は着座し、代わりに王女が立ち上がった。


 「皆様、お待たせ致しました。

 まず初めに、帝国側の総括から始めさせて頂きます。

 見届人は正教国教皇代理、エレノア司教様です」

 エリシュバが声を発し、両国の最高位の者達だけで行われる会議が始まった。




 

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