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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
250/287

◆4-150 エレノアの奉納

クラウディア視点




 「そう…イルルカはそれを選択したの。物好きね…」

 ふぁ…と大きな欠伸(あくび)をしながら、私はエレノアからの報告を受ける。

 目を覚ました時には、イルルカだけでなく、ヴァネッサもデミトリクスも居なかった。

 部屋の隅で本を読んでいる侍女を除けば、此処には私達二人だけだった。


 「デミちゃんまで?ヴァネッサの付き添い?」

 「デミトリクスはね…」

 部屋の主(王女様)は、仕事だか悪巧みだかの為、彼を連れて何処かへ行ったそうだ。

 居ない間は、この部屋を好きに使って良いと言い残して。


 私は遅めの朝食を摂る為、部屋の隅で待機している侍女に声を掛けた。

 彼女に案内されて、王女の私室の中にある食事用の部屋へと向かった。


 私はこれ迄の経緯を聞きながら、ダラダラと食卓に着く。

 すぐに、簡単な昼食(朝食)が運ばれて来た。

 向かいには既に本当の昼食まで済ませたエレノアが着席し、優雅にカップを傾けていた。

 私は詳しい経緯を聴きながら、カトラリーに手を伸ばした。



 イルルカは日が昇る頃には目覚め、ヴァネッサも、それから暫くの後に目覚めたらしい。

 アレだけの事があったのに二人とも朝が早い。

 エレノアとエリシュバが目覚めた二人と少し話をして、謝罪と謝辞を述べたそう。

 朝食前には医療班がやって来て、二人を医務室に連行して行ったとのこと。

 酷い魔素酔で歩けなかったから、簀巻(すま)きにされて大勢に囲まれて出荷されたとか。


 「結構な人数が出入りしてたのに、貴女だけ全然起きなくて…ふふ…」

 「立てた作戦が上手くいくか、緊張であまり良く寝られなかったの。寝不足でね…ふぁ…」

 「貴女にも細い神経があったのねぇ…」

 エレノアは本気っぽい顔で大袈裟に驚いてみせた。

 私は頬を膨らませながらそっぽを向いた。


 その後間もなく、王女はデミトリクスと話があると言って立ち上がった。

 彼は首を傾げた後、何度かクラウディアの方へと視線を送ったそうだ。

 しかし、頼りの姉はエレノアの太ももに顔を擦り付け、涎を垂らしたまま目を開かない。

 彼が困って逡巡していると、それまで人形の様に黙って座っていたファーディア第四王子が立ち上がり、突然彼の手を取った。

 王子は、背伸びしてデミトリクスの耳元に口を近づけると、何かを囁いたそうだ。

 デミトリクスは相変わらずの無表情だったが、エレノアには、彼が驚いている様に見えたとのこと。


 ファーディア王子はエレノアの方を向き直り、彼女に向けて退室の挨拶を行なった。

 その姿勢は、洗礼式前の子供とは思えないくらい大人びていたそうだ。

 その後デミトリクスは抵抗すること無く、彼と手を繋いだまま、エリシュバ王女の後について部屋を出ていった。


 「…成る程。

 デミちゃん…無事だといいけど…。

 アイツ、性格悪いから…虐められないかしら?」

 「仮にも王女様をアイツ呼ばわりは止めなさい。絡まれると面倒だから。アイツに」

 侍女から飛んでくる批判めいた視線を、エレノアは鉄面皮で弾き落とす。


 「ところでヴァネッサは何を望んだの?…報酬」

 「彼女は全て持ってる娘だからね。物欲は皆無。

 やっぱり予想通りのお願いが一つだけ。

 …見捨てれば楽なのにねぇ。お陰で面倒な仕事が増えたわ」

 「私達にとっての不倶戴天。目的の一人だったけれど…。

 …アレでもお父様の友達だったのよねぇ。信じられないけど」

 「操られていた事を考えると情状酌量。

 でも、欲を利用されていたのだから自業自得」

 「わだかまりや憎しみをぶつける当てが無くなって、何だか苦しいのよ。お姉ちゃん…」

 「そういうのを呑み込んで大人に成るのよ」

 「大人になんて成りたくないわね…。

 感情の解放もままならないなんて…」

 「ヴァネッサにとっての彼は、私達にとってのルキナなのよ…」

 「…それを言われると拒絶出来ないじゃない…。

 はい…これ」

 私は懐から折り畳まれた紙を取り出して、エレノアに手渡した。


 エレノアは紙を見つめながら小声で聴いてきた。

 「これは?」

 「手順書だって。カーティ…クリオシタスの方かな?から聴き取りした」

 「ふ〜ん…結構細かいわね」

 「停止手順が必要だとは思っていたけれど、こんなに面倒だとはね」


 黙り込んで内容を頭に叩き込んでいたエレノアが、ふと顔を上げて口を開いた。

 「…信用度は?」

 「100は無いにしても、80程度はあるかな?」

 「結構信用してるのね?」

 「信用ではなく打算よ。

 信用が欲しいのは向こうだから」


 エレノアは再び紙に目を落とす。

 暫く逡巡していた様子だったが、意を決して口を開いた。

 「クリオシタスとは…何を取引したの?」

 彼女の目は紙に向けられていたが、意識は私に向けられている。

 僅かに手が震えていた。


 …嘘をつくことも出来るけれど…

 「知識。…そして私の見る光景」

 …ここで嘘はつかない。


 エレノアへの裏切り行為になる気がして、私は真実で応えた。…出来るだけ曖昧に。


 「それって…」

 「大丈夫。…監視はちゃんとするから」

 「そういう事じゃなくて…!」

 エレノアの声が大きくなる。

 部屋の端に居た侍女達が、少し驚いた様にこちらを覗っている。

 エレノアが手で合図を出すと、彼女達は一礼をした後、静かに部屋を出て行った。


 「貴女の柱はガラティア=ディーヴァだったわよね?」

 「うん…流石は司教様。

 ちゃんと正式な名前で呼ぶのね」

 「当たり前でしょ…は、どうでも良いの」

 エレノアはゆっくりと息を吐いた後、意を決した様に口を開いた。


 「ガラティア様は…目覚めているのね?貴女は器?」

 「目覚め?器?…何のこと?」

 私は無表情を装った。

 エレノアは私の瞳をじっと見つめる。

 「やはり…そうなのね…」

 瞳孔の僅かな揺らぎから察したようだ。

 彼女は溜息をつきながら両手で顔を覆い、天井を見上げた。


 私も一つ溜息をついて、口を開く。

 「お姉ちゃん、『目覚め』に関して知ってたの?」

 「ええ…『目覚め』は『呪い』。

 出来れば『封印』して欲しい…」

 「それは…無理。

 私には成すべき事がある。彼女の力は必須。

 身命を賭して成さなければならない事があるから」

 「それこそが……呪いよ」

 エレノアは小さく呟いてカップを置いた。


 「フレイスティナ…貴女はこれから何を求める?」

 「今は『片割れ』を…かな?」

 私の言葉を聴いて、エレノアの手が震える。

 「リーヴバルトルには…?」

 「…これから」

 「メンダクスが許すとでも?」

 「…どうだろう?本心では望んでいるのでは?」

 「…はぁ………そうかもね…」

 エレノアは、再び両手で顔を押さえた。


 「鍵が此処にある以上…貴女が行かなければならない。

 彼の地の者達にとっては僥倖(ぎょうこう)…。

 しかし、貴女には災厄以外の何ものでもない」

 エレノアは机に肘をつき、顔を押さえたまま口を開く。


 「そう言わないで。ガラティアは良い娘よ」

 「分かってる。神様に『悪』は居ない…。

 でも、神様の『善』が人を殺すのよ!」

 「…司教様が口にしてはいけない言葉じゃない?」

 「誰かがやらなければならない事…だけれど…

 …貴女達以外であって欲しかった」

 私から彼女の瞳は見えないけれど、どうやら泣いているらしかった。


 暫くの沈黙が続く。


 「大好きなお姉ちゃんの忘れ形見…」

 エレノアは小さく呟いて涙を拭き、私を見つめる。


 「貴女に私の加護と真名を捧げる」

 私は一瞬たじろいだ。止めるように言おうとした。

 しかし、エレノアの真剣な眼差しが、私の言葉を押し留めた。


 彼女は震える手を胸に当てて目を瞑る。

 「…我が不動の知識を。

 正教国司教エレノアより真名を一つ。

 導き手・トゥールベールより知識を一つ。

 聖家・メディナより血を一つ。

 我が柱ルクサス=クストゥスより加護を一つ。

 今此処に奉納させて頂きます」

 一度言葉を区切ると、彼女が薄い金色の光に包まれた。


 「我が真名はエレノア=ルクサス=メディナ。

 我が魂に刻まれし『神織布プロテウス』。

 フレイスティナ=ディーヴァ=ホーエンハイムへ」

 エレノアが真っ直ぐに私を見つめる。

 赤い瞳が金色と混ざり、宝石の様に輝いた。


 彼女の周囲に光るカーテンが浮かび上がる。

 突然それが勢い良く動き出し、私の周囲に移動した。

 暫く周囲を漂っていた『神織布プロテウス』は、急に私の身体に巻き付き、強い力で締め始めた。


 「くっ…!」

 苦しさに思わず声が漏れる。

 巻き付いていた『プロテウス』は、ゆっくりと私の身体の中に沈み込んで行く。

 息の出来ない苦しさと、神経を撫でられる様な不快感が続いた。

 「うぐ…ハァハァ…」

 身体の中に完全に沈み込んだ所で、ようやく息を吐けた。


 エレノアは立ち上がり、後ろを向いた。

 「私達の準備が整うまでに、貴女もやるべき事をやっておきなさい」

 彼女の足元には一粒の涙。


 「…ありがとう。大好きなエレノアお姉ちゃん。

 必ずやり遂げるわ」

 彼女の魔術式を胸の奥に感じながら、志を口に出す。

 思い、口にして、私は彼女を己の魂の奥に刻み込んだ。




 

『奉納』…身捧げ

相手に自分固有の魔術式を刻み付ける。

有利に成るか不利に成るかは相性しだい。

相手が死ぬまで再度の奉納は不可能。

一度奉納すると、己の固有魔術式の効果が弱まる。

悪い使い方をすると、『呪い』になる。

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