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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
247/287

◆4-147 おおきくて、こわいもの 後編

アルドレダ視点




 …大きな黒い影…ねぇ…


 私は皆と並び歩きながら思考した。

 今現在、歴史的な大事件が進行している。

 しかし、皆は知らないし知る必要もない。

 特に、子供達には知らせてはいけない。


 …可能性としては反乱軍の侵入…ではないわよね。

 人影とは言ってないし、庭を彷徨く暇があったら正門壊して侵入してるだろうし…。


 …北門に集合している魔獣達が門を突破?

 でも、それならエレノアから連絡が来る手筈になってる。

 終わったとも撃退したとも連絡は無いから、おそらく今でも作戦実行中。

 順調かな?

 …まさか、連絡すら取れない事態ではないわよね?


 「アルドレダ先生…?大丈夫ですか?

 どこか具合でも…?」

 ノーラリンデル女史に指摘されて、顔を上げた。

 「先生…大丈夫?凄く怖い顔してたけど…?」

 彼女の右腕にしがみついている少女が、私の顔を見上げながら少し怯えている。


 「あ…ご…ごめんなさいね。

 少し考え事を…」

 …いけない…心配してたら顔に出た。

 「大丈夫よ…きっと…」

 …兎に角、今は影とやらの現認よね。


 「…外に…異常は無いみたい」

 廊下の窓から正門辺りを確認。

 門や柵に破損はない。

 反乱軍が侵入している雰囲気も無い。


 「ほら!やっぱり外じゃねーよ!

 屋根の上だよ!」

 私の呟きを勘違いして、何故か勝ち誇っている生意気な男の子。

 そして、それを悔しそうに睨む、負けん気の強い女の子。


 「…貴方が足音を聞いた部屋に案内してくれるかしら?」

 私が尋ねると、男の子は嬉しそうにしながら先導し始めた。

 私とノーラリンデル女史は、子供達をゾロゾロと引き連れて彼の部屋へと向かう。


 …面倒な子の疑念から片付けよう。

 煩いし。



◆◆



 この宿泊棟は3階建て。

 女の子達の部屋は、そこの3階。

 私達教師は2階。

 3階と違い日当たり悪し。安い部屋。

 経費削減。教師は来賓ではないから正教国側負担なので。

 …じーちゃん、しわいからなぁ…。


 保護者達と男の子達の部屋は別棟の2階。

 私達は2階の渡り廊下を経て、件の生意気な男の子の宿泊棟へと渡る。


 幾つかの棟は、採光とデザインの為に階数を減らしている。

 来賓である男の子と保護者達は、2階が最上階の日当たりと見晴らしの良い部屋…らしい。

 男の子の部屋は渡り廊下を渡ってすぐの所にあった。

 …話が本当なら、大きな影は今、私の頭の上に居るということね。


 細かい装飾は他の部屋と同じだが、この部屋は応接室が広い。

 窓の外には、この応接室より広いルーフバルコニー。


 「広くて良い部屋ね」

 私が呟くと、女の子達が反応した。

 「ずるーい!何この部屋!私達と違い過ぎない!?」

 「その代わりに、お前達は3階なんだから良いじゃないかよ!」

 「階段上がる手間が増えるだけじゃない。良かないわよ!」

 「こらこら…また言葉遣いが…」

 ノーラリンデル女史は困った顔をしながら溜息を吐いていた。

 …私達教師の部屋に比べれば、どちらもずるいのよね。


 「此処で足音を聞いたのね?」

 アルドレダは天井を見上げながら尋ねた。

 「うん!ミシッていう、何かが忍び足で歩く様な音!」

 「保護者の方には言ったの?」

 「言ったけど…」

 男の子は言い淀んだ。


 「実は…この子達の親御さんは、バルにいらっしゃる様でして…」

 ノーラリンデル先生が困った様に頬に手を当てた。



 この建物の1階には、街まで行かなくても飲酒が出来るように各種店舗施設が設けられている。

 大人同士で静かに飲む為のバー。

 貴族の気品を気にする方向け。

 ワイワイ騒がしく飲む為のバル。

 貴族の常識から解放されたい方向け。


 子供の世話と仕事から解放された大人達がいく場所は皆同じ。平民も貴族も変わらない。

 当然、子供は入れない。

 ノーラリンデル女史が代わりに入店し、子供達の親に事情を説明したのだが…


 「皆様…程よく酔っていらっしゃいまして…」

 けんもほろろ。

 「お化けか夢だろうと言って笑うだけでした」

 彼女は溜息を吐いた。

 「他の子達も…?」

 アルドレダの質問に、皆黙って頷いた。


 「はぁ…私も呑みたい…」

 「アルドレダ先生…!」

 「ご…ごめんなさい」

 小さく舌を出して誤魔化すと、女史は「後で行きましょう」と言って微笑んだ。


 その時…


 ミシィ…!

 ギシ…ギシ… 


 屋根の上から足音が聞こえ、皆は一斉に口を閉じた。

 緊張の糸が張る様に、皆、息を止めて動かない。

 私は小声で、「此処にいて」とだけ言って、ルーフバルコニーのある方へ向かう。


 緞帳の様なカーテンを静かに開け、鍵を外す。

 「これから屋根の上を確認します。

 もし私に何かあったら、すぐに逃げて大人達に知らせなさい…」

 皆は身震いしながら頷いた。


 「先生ぇ…危ないよ…やめようよ…」

 背の低い女の子が泣きそうな顔で私を見つめる。

 「大丈夫。先生は強いんだから」

 私はウィンクをして微笑み、窓の外に向き直った。



◆◆



 アルドレダはルーフバルコニーに続くガラス扉を少しだけ開けて、狭い隙間を抜ける様に身体を潜らせて外に出た。


 中庭を挟んだ(はす)向かいの部屋で明るく輝く魔導灯の光が外に漏れ出ている。

 僅かに開いたカーテンの隙間から漏れ出た光は、減衰していても、闇中を照らす光源としては十分な量だった。

 光が反射して、ルーフバルコニーに立つアルドレダの一挙手一投足は皆にも良く見えた。


 皆が固唾をのんで見守っている中、アルドレダは慎重に歩みを進め、ゆっくりと子供達の方を向き直った。

 顔を上げて目を細め、上を見上げた。

 彼女の視線が、丁度、子供達の頭の上方に向けられた時…


 「あっ!」

 アルドレダは思わず叫んだ。

 彼女の声と同時に上から降ってきた黒い影が覆い被さり、彼女を勢い良く押し倒した。

 バルコニーの上で悶える彼女と影。

 黒い影が邪魔をして、子供達からは彼女の様子がよく見えない。


 「ぎゃー!!」

 「先生が!先生が!アルドレダ先生ー!」

 女の子達が悲鳴を上げる。


 「……痛い!痛い!……」

 黒い影はアルドレダの腹部辺りに牙を立て、頭を激しく揺すっている様に見える。


 窓の外で繰り広げられる凄惨な現場。

 アルドレダの悲痛な叫び声が中庭に響き渡り、皆、真っ青になって震えた。

 女の子達は膝から崩れ落ち、床に両手をつけたまま嘔吐(えず)いていた。


 「すぐに逃げて!大人達に知らせなさい!」

 ノーラリンデルの声が室内に響き渡り、数人が跳ねる様に立ち上がり、我先にと部屋の扉へと走り出した。



◆◆



 ルーフバルコニーに出ると、強い風が顔に当たった。

 何かあった時に声が聴こえる様に、カーテンと扉は小さく開けたまま。


 私は足音を殺して歩きながら、部屋の屋根の上が良く見える位置まで進んで振り返る。そして見上げた。

 屋根の上には真っ黒な影。そこに光る穴が二つ。

 それは私をじっと見下ろしていた。


 「…あっ!」

 正体を見て、私は思わず声を上げた。

 声と同時に、真っ黒い影が私に覆い被さる様に飛び降りて来た。

 それはドゥーム・フェンリルのスカリだった。


 「スカリ?なんで此処に??」

 私を押し倒して尻尾をブンブンと振り回す彼女。

 嬉しそうに、私の顔を舐め回した。

 興奮して、私のお腹に鼻を押し当て、グリグリと頭を振る。

 「あはは!痛い、痛いって!ちょっと、止めなさい!」

 私も、つい嬉しくなり、何をしに来たかを忘れて声を上げた。



◆◆



 負けん気の強い女の子と騎士見習いの少年は、真っ先に部屋の出口に飛び付いた。

 押しのけ合いながら、震える手でノブをガチャガチャ回している。


 背の低い女の子は腰が抜けてしまい、その場でペタリと座り込んだ。

 アルドレダ先生が死んじゃったと、大声で泣き叫んでいる。


 「早く動いて!逃げなさい!

 部屋の扉を叩いて、他の宿泊客を起こしなさい!

 誰でも良いから、大人達に伝えなさい!」

 ノーラリンデルは叫びながら、泣いて座り込んでいる子供達を立たせた。


 「リンデル先生は!?一緒に逃げよう!」

 彼女の袖を引っ張る男の子の顔に生意気だった様子は微塵もない。

 今は涙と鼻水でグチョグチョ。


 「先生はね…先生として皆を守らなければなりません。

 アルドレダ先生は命を賭して化物の正体を晒してくださったのです。

 私は彼女を見倣って皆さんの逃げる時間を稼ぎます。

 さぁ!早く!お行きなさい!!」

 彼女の鼓舞で、皆は一斉に部屋を飛び出して行った。



◆◆



 「あ…待って…」

 私が止める間もなく、蜘蛛の子を散らす様に一斉に飛び出して行く子供達。

 悲痛な表情と決死の覚悟を伴い、震える手で傍に落ちていた杖を手に取って構えるノーラリンデル女史。

 彼女は涙を流しながら、スカリとそれに覆い被されている私を見つめていた。

 

 周りの部屋に明かりが灯り、慌てる大人達の錯乱する声と、混乱する叫び声。


 「ひぇっ…」

 次々に伝染していく悲鳴と混乱を目にして、私の背筋が冷たくなっていく。


 この騒ぎは何事かと、斜向かいの部屋の女性客が窓から顔を覗かせた。

 ルーフバルコニーの上で真っ黒な獣に抱き着かれながら顔を舐められている私を見て、彼女は甲高い悲鳴を上げた。

 サイレンとなった声はホテル中の人間を叩き起こした。


 「私…次生まれ変わったら貝になるんだ…」

 目から溢れる私の涙を、スカリは大きな舌でペロリと舐めとる。

 そして彼女は嬉しそうに、一際大きい声で夜空に向けて吠えた。




 

スカリちゃんは屋根の上、アゴラは庭で警戒中。

ハンナさんは猫に呼ばれてお出かけ中。

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