◆4-145 事件の調査と銀の彼
「…それでは、あの夜に見た事を教えて下さい」
騎士団の街内調査官を名乗るその人物は、丁寧な口調で私に尋ねた。
彼の話し方は、私に威圧感を与えない様に気を遣っている様子が伝わって来る。
ただ…
「は…はい…あの日は、どこぞの坊ちゃん達の…あ…御令息御令嬢の…歓迎?式典の記念だとかで…旦那様から特別手当をもら…頂き…頂戴さ…いたし…」
普段、話し慣れていない私の舌は頻繁に躓き、思う様に回らなかった。
◆
その日、大旦那様から呼び出された私は、息を整えてから扉をノックした。
『入れ』と言う低い声を聴き、扉の取っ手に震える自分の手をかける。
転びそうになる脚で敷居を跨ぎ、卑屈に見える前屈みの姿勢のまま、豪華な応接室の絨毯に恐る恐る足を置いた。
貴族ばかりが宿泊する高級宿泊街区に、通りを挟んで並ぶ大店の一つ。
観光や仕事で来た外国の豪商や貴族達が、買い物に利用する主な大通りに面した一等地。
そこで高価な反物を扱う我が店の所有者である大旦那様から、突然呼び出された。
理由は思い当たらない。
高等教育を受けているとはいえ、貴族の親戚も居ない生粋の平民である自分。
貴族である大旦那様とは顔を合わせた事がなかった。
子爵位を持つ大旦那様は、帝国内の商業ギルドの相談役も務めている。
主に貴族達との繋ぎ。そして貴族関係の問題解決の為に下命された公職。
当然、その利権と立場を利用して、己の懐も潤している。
そしてこの店は、その為に大旦那様が所有している店舗の一つ。
この店の主人は大旦那様の親戚筋の若者。
…経営の勉強の為に、この大店を任されているとか何とか。
叙爵はされていないそうだが、生まれつきの平民にとっては貴族となんら変わらない。
若い旦那様相手ですら緊張するのに、大旦那様なんて恐れ多くて膝の震えが止まらない。
自分の仕事は、地階にある倉庫の管理と整理と補充。そして下働きの統括。
計算能力の高さと、養蚕製糸業を営む親戚が居る事を買われて雇われた。
加えて言えば自画自賛になるけれど、長身で正装が似合う己の見た目も採用の決め手だったと思う。
それ以外はポンコツなのだが、黙っていれば分からない。
主な仕事の一つに、指定された商品を素早く探して梱包し、恭しく運ぶ役目がある。
それを、1階の貴族客担当者とお客様の目の前で丁寧に開封して見せ、手渡す作業。
その間、一切口は開かない。
その一連の行動が商品の価値を上げる…らしい。
側仕えを雇えば良いのに節約かな?
どちらにしろ、『仕事中、口を開く必要が無い』事が、私にとって天職だったのに…。
旦那様でさえ地階に足を運ぶ事などあまり無く、報告書を読み上げる時くらいしか顔も合わせない。
その更に上である大旦那様からの呼び出しと聞いて、卒倒するかと思った。
何を言われるのかとビクビクしながら部屋に入り、上目遣いに顔を上げた。
部屋の中には、自分の主人である旦那様と、初めて顔を合わせるが、旦那様に似た面影の大旦那様が手前の長椅子に座っていた。
そして奥の窓際に、思わず目を惹かれる人物が立っていた。
それは、『…美しい』と溢しそうになる程の美形の騎士だった。
スラリとした長身。
抜ける様な白い肌。
窓から入る光を集めて輝きを放つ、短く揃えられた銀髪。
ニコリと微笑む彼の瞳は蠱惑的な力があるのか、目が離せない。
思わず見惚れて突っ立ていた。
挨拶をしていない事に気付いたのは、旦那様が咳払いをした後だった。
「こっ…こりは、しっ…!ししし失礼いたしますた」
頭を下げると同時に、思わず故郷の訛りが出た。
恥ずかしさで、耳まで赤く染まっていくのが分かる。
大旦那様が眉根をひそめ、旦那様が溜息をついた。
◆
裕福な貴族達の護衛として来店する騎士達をよく目にする。
彼も彼等と同じ様な形状の軽装鎧を着用していた。
首都街内で公式の騎士鎧。
しかし、その造作が全く違った。
彼の纏う銀装飾の施された高価な胸当てとマントは、一目で普通の騎士達との『位』の違いを分からせた。
そして、剣を腰にぶら下げたままで部屋の一番奥に堂々と立つ彼の態度と、入口近くの下座席に座る大旦那様達の様子。
子爵位を持つ大旦那様よりも高位の貴族なのだと理解した。
私は高等教育で教わった内容を思い出した。
そして、背中に氷柱を入れられたかの様に背筋が伸びた。
騎士で子爵より上ならば、少なくとも左官クラスの高位軍人。
もしくは近衛騎士。
つまり銀の彼は、この街の軍人の大半よりも上に立つ存在。
比べて私は、パリッとした綺麗な御仕着せで、見た目は貴族の執事や側仕えの様に立派。
しかし、焦ると言葉に西方のキツい平民訛りが出てしまう小心者。
普段から人前では喋らない様に気を付けていた。
だが、銀の彼から「先日の事件について、貴方から話が聞きたい」と言われ、主人からも促される様な視線で睨まれて、口を開かざるを得なくなってしまった。
これというのも、あの日は式典の記念とやらで売れ行きが良過ぎたせい。
そのしわ寄せで、在庫管理と追加発注に時間が掛かったから。
外はかなり暗くなり、雨も降りそうだった。
だから…つい、帰るのが面倒になって…
泊り込もうなんて考えなきゃ良かった…ちくしょう…。
◆
私は緊張の余り、平民的な言い回しな上にしどろもどろに喋ってしまい、大旦那様から酷く睨まれた。
余計に慌ててしまい、言い直そうとしていると、旦那様はこめかみを押さえて咳払いをする。
しかし騎士の彼は、『私は気にしていない、落ち着け』という目配せをする事で、私の主人達を黙らせた。
「この場では身分や上下関係は気にしないで。
これは取り調べではありません。
言葉遣いなど気にせずに、落ち着いてお答え下さい」
彼はそう言うと、一つ咳払いをした。
「すたら気負わずおちつけ。
アンタをどうこうしようって気はねーが。
無理して大仰な喋り方せんでもええがよ」
と、いきなり凄い農村訛りの、しかも私の出身地辺りの言葉で話しだした。
銀の美丈夫から発せられる訛り言葉の上手さに、私は驚いた。
旦那様達などは、口をパクパクさせながら、まん丸にした目で彼を見ていた。
「ゴホン…。
ですので…貴方があの晩に見た事、見た人、聴いた事。気楽にお話し下さい」
そう言って、彼はニコリと微笑んだ。
私は一呼吸した後、訛り口調はそのままに先日の事件について口を開いた。
◆
「成る程…7の鐘で閉店作業。その後、在庫整理をしている間に8の鐘が鳴った。
その暫く後に、金属を擦る様な轟音が斜向かいの宿泊施設から響いて来たので、貴方は消灯した地階の廊下から外を確認していた…と」
彼は上座の長椅子に肘をかけ、この部屋の主人の様な態度で私の発言を繰り返した。
「ええ、ええ…そうです。
そうたら、建物の屋根の上に大きくて真っ黒な…」
私は、身ぶり手ぶりを交えて、その時の状況や見えた人物の様子を語った。
「…そうしていると、その建物から飛び出した何かが、2件隣の建物に突っ込んだと…」
「ええ…私、びっくりして…
だけんど…窓からでは良く見えず…急いで外に…」
私は急ぎ裏口へと回り込み、施錠してから表通りに飛び出した後の事を話した。
通りに出てみると、宿側の壁と同じ様に、向かいの建物にも大きな穴が空いていた。
そして、それらの間の大通りの真ん中辺り、女性が一人で立っていた。
「その女性はどんな顔でしたか?」
「すまね…怖くて少し離れた場所の暗がりから見てた。
その上、ガス燈の灯りが暗くて、顔は見えなかった。
ただ…何か叫んでたな…」
「何と言ってましたか?」
「誰か、心配してたな。
大丈夫かーとか?
建物の空いた穴に向けてだな…」
私の酷い訛りに対して、疑問を挟まず会話が出来る彼。
同席した他の二人は、驚き顔のまま固まり、黙って聞いていた。
「その女性の特徴は分かりますか?」
そう聞かれたので、判る限りの情報を伝えた。
農村で常用される作業服を着ていた事。
言葉の訛りからして、自分の出身地よりも更に西方の出身者である可能性が高い事等。
「…昔、子供の頃、父ちゃんと生糸の販促行った時に聴いた言葉によく似てたな…
国境に接する正教国の村…名前は忘れたが…。」
「成る程…大変参考になりました。
ありがとう御座いました」
彼は女性の事だけをあらかた聞くと、ニコニコしながら大旦那様と握手して、足早に部屋を出て行ってしまった。
私が緊張の汗を拭っていると、大旦那様が、「礼だ」と言って私の懐に金貨を1枚滑り込ませた。
私が恐縮していると、旦那様が『口止め』を意味する仕草をして、私に退室を促した。
…まだ話の途中だったんだけど、良かったのかな?
あの女性がその後に何をしたか…いや…言わない方が良い。
誰も信じないだろうし、ホラを吹いたと思われて金貨を取り上げられても嫌だしな…。
私は懐にある金貨の厚みを指先で楽しみながら、地階へ続く扉に手をかけた。




