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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
243/287

◆4-143 ルディクラの一撃




 「何コイツ、何コイツ…!

 キッ………ツイんですけど…!

 力強過ぎる…!魔力食われる…!

 魔獣化したドゥーム・フェンリルなんて無理無理よぉ〜!」

 エインセルは、楽しそうに吠えながら転げ回る魔獣のすぐ近くで幻覚の魔術式を発動させ続けていた。

 上下する大きな牙と爪が彼女の肌を掠め、垂れた涎から立ち昇る濃い魔素が魔獣の周囲に漂い、酩酊しそうになる。

 「…ひっ…!

 死ぬ死ぬ死ぬ!死んじゃう…!」


 「…頑張って!

 僕の魔力を渡すから!…お願い!耐えて!」

 倒れているヴァネッサの直ぐ側。

 全員の姿を隠しつつ、エインセルを応援するのはパック。

 彼は、己の魔力を変換しながら余裕の無いエインセルの魔術式へと注ぎ込み、術式が解けない様に支えていた。


 「あったりまえじゃないの!

 こっちのくそガキ護ってやってるんだから、ちゃんとヴァネッサ(私のふとん)を隠しなさい!護りなさい!

 アイツの触手に触れさせないで!」

 倒れているイルルカの頭を蹴飛ばしながら、寸前の所で魔獣を押し留めていた。


 「任せて!

 あの化物の魔力塊ならボクでも何とかなる!何とかする!何としても逸らせる!」

 降り注ぐ『不可視の鞭』が、僅かに逸れて床に激突した。

 パックは、光の波長に干渉して曲げる能力の応用で、マリアベルの魔術式の波長に自分の能力を侵入させる。

 術式の操作命令に誤差数値を紛れ込ませて、鞭の軌道をネジ曲げた。

 「光よりは単純だけど…むぐぐ…重い…!

 反応が遅い…!キツイ!」


 高密度の魔力塊に直撃されれば自分達が危険なのは元より、繰り返し影響されればヴァネッサにも後遺症が出る可能性がある。

 なので、ヴァネッサと自分達に振るわれた『不可視の鞭』の軌道を変化させ、彼女(マリアベル)の攻撃をギリギリで躱す。

 マリアベルはルディクラとは違い、自分の魔力の大体の位置しか分からないので、僅かに軌道を逸らされた事には気付けない。


 幸い、エインセルの傍には『不可視の鞭』は振り下ろされなかった。


 間違って魔獣に当てて昏倒させる訳にはいかないので、マリアベルも手を出さない。

 ただ、マリアベルが気まぐれで攻撃する事も想定して、エインセルは魔獣の眼前で震えながら我慢していた。

 しかしながら彼女のこの立ち位置は、幻覚の魔術式が切れたら真っ先に襲われる位置でもある。

 涎を垂らしながら転げ回る魔獣の尖った犬歯がギラリと光るなか、エインセルは息を切らしながら幻覚を見せ続けていた。


 二人共に息も絶え絶え。

 魔術式を掛けている相手が普通の相手ならば、ここまで疲労困憊する事は無かった。


 妖精は魔力の申し子。

 単純な魔物や妖魔よりも魔術式を上手く操れる。

 しかし、魔獣化したドゥーム・フェンリルと化物(マリアベル)の、神獣や精霊に匹敵する程に濃くて重い魔力。

 遥か格上の相手。

 それらに対して魔術式を掛け続ける事は、妖精にとっても辛く厳しい事だった。


 護る者の為、二人は必死に死線を潜り抜けていた。

 リリンが彼女を倒すかマリアベルが諦めない限り、十数秒後には、二人とも魔力と体力が尽きて魔術式が解ける。

 その限界が目の前に迫る中、二人を諦めの色が染め始めていた。


 「おー…結構ギリギリかニャ?」

 その二人の背後から突然声が聞こえた。

 「もうすぐ助けが来るから頑張るニャ」

 二人が振り返る頃には、声の主は消えていた。



 魔獣に幻覚を見せて動きを封じているエインセルと、ヴァネッサを護りつつエインセルのサポートを行っているパック。


 その二人の背後から声が聞こえた。

 「「誰!?」」

 声のする方を振り向いた時には、既に誰も居なかった。


 「なになになに!?この私が幻聴!?」

 「いやいやいや!!僕にも聞こえた!」

 「なら…誰かさんの言葉を信じるなら…!」

 「最期の時まで…やってやる!」


 二人は気力を奮い立たせて、魔術式を再展開した。

 僅かな希望が諦めを塗り替えた。

 十秒と保たない筈の魔術式が、一分を超えても継続し続けた。



◆◆



 「ルディ!!ルディクラ!!」

 リリンの拳撃を弾き返しながら、マリアベルは叫んだ。


 彼女の頭の中でルディクラは未だに泣き叫んでいた。

 マリアベルの頭の中にはルディクラの部屋があり、中には兄弟を模した人形が転がっている。

 ルディクラはその中のクリオシタスの人形に何度もハサミを突き立てていた。


 …この馬鹿。少しはこちらを見なさい。

 ルディなら妖精のいたずら程度、簡単に看破、妨害出来るのに…。

 肝心な時に役に立たない娘。


 リリンは『不可視の鞭』に打たれる事を気にせず、一気呵成に攻め立てた。

 護る事を気にせずに攻められる様になった彼女の攻撃速度は、どんどんと速くなっていった。


 拳の威力はクララベル並み。

 速度と技はセタンタ並み。

 体力は魔物(グレンデル)以上。

 白い肌に浮かぶ蛇鱗紋。

 そして、直接見ると視線を奪われそうになる蛇眼。


 「全く…醜悪な作品だこと…」

 マリアベルは新たな毒瓶を割り魔素に取り込ませて攻撃するが、リリンは次々と耐性を付けてしまい効果が薄い。

 痺れた様に動きが鈍ったり、吐血して目から血涙を流す事はあっても、それら全てを僅かな時間で克服してしまう。


 「ルディクラ!魔獣の目を覚まさせろ!」


 段々と、マリアベルに鞭を操作する余裕は無くなっていった。

 彼女は粘性魔素(スライム)を維持する事に手一杯となってしまった。


 「ルディクラ!コピディタスの仇を討て!

 目の前に居る奴よ!」

 マリアベルの言葉に、今迄反応しなかったルディクラが突如動き出した。


 「貴様が姉様を!!」

 ルディクラは怒りに判断力を失くしていた。

 論理的に考えられなくなった彼女は、全ての者が敵に見えた。

 彼女は前置きも無く、いきなり全力で妨害の魔術式を展開した。

 彼女の魔術式が部屋中に拡がったと認識したと同時に、エインセル達の術が解かれた。


 「えっ…?」「あっ…!」

 エインセルとパック、二人の魔術式が消えて姿が現れた。

 同時にヴァネッサの姿も現れ、魔獣も動きをピタリと止めた。


 魔獣は鼻の先に居るエインセルを見て、涎を垂らしながら口を開く。

 エインセルは、立ったままの姿勢で気絶してしまった。


 「良くやったわ!魔獣を…」

 「貴様が!姉様を!!」

 ルディクラはマリアベルから魔獣の操作権を強制的に奪い取ると、魔獣に身体強化を重ねがけして、リリンに向けて()()した。

 魔獣は爆発したかの様に飛び出すと、リリンの背中に頭から激突した。


 全身が鉄の様に硬い魔獣化したドゥーム・フェンリルを、更に身体強化した上での強烈な突進。

 巨大な砲弾が直撃したかの様に、リリンの身体は()()()に曲がった。

 

 マリアベルに集中していた時、いきなりの死角からの突撃。

 凄まじい速さで一人と一匹は部屋の壁に激突し、壁を破壊して外に飛び出して行った。

 そしてそのまま道を挟んだ向かいの建物へと、もつれ合ったまま激突・破壊しながら飛び込んで行った。


 「………想定外だったけれど、上手く行った…のかしらね。

 …ああ…疲れた」

 マリアベルは服の埃を払いながら窓の方を一瞥した後、ヴァネッサに目を向けた。


 ヴァネッサの前では、パックが両手を大きく拡げながら震えていた。

 「…意外と厄介な虫だったわね。

 早めに殺しておけば良かったわ…」

 そう言いながら『不可視の鞭』で横薙ぎにして障害物(バリケード)を蹴散らした。

 更に、返す鞭でパックの身体をはたき飛ばす。

 パックは避ける事も出来ずに、弾かれて壁に激突。気絶した。


 「さて…魔獣(あのコ)が居ないと平民の脚は兎も角、ヴァネッサ様を運ぶのは…難儀するわね。

 …どうしようかしら…」


 「随分と派手に暴れたわねぇ…

 元気なのは良い事だけれど、後片付けが大変そうねぇ。

 お嬢ちゃん、お片付けは自分で出来るかい?

 手伝おうか?」


 マリアベルがどの様に運ぶかを熟考していると、突然、すぐ横から声を掛けられた。




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